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最終話「シザーマン綱渡りから落下す」

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 こんなに天気が良くて冷たい秋風が頬をつんざく日には、思い出す。
それはまだ私が高校生の頃の放課後。私はよく思いを寄せる人と一緒に下校していた。
普段はそんなに話さない私は、その時ばかりは自分でも不思議なくらいにおしゃべりに
なった。恥ずかしかった。顔が赤くなるのが自分でもわかったくらいに。
 私の高校生活はとても色々なことがあった。楽しくて充実していた。だからあの頃の
私はこんな楽しい日々が、高校生活が終わるまでずっと続くと思っていた。
 でも違った。私の思い寄せる人は自殺した。それも私の親友と一緒に。
 私は嘆き悔やんだ。どうして彼は死んでしまったのだろう?
 彼のお葬式のことは今でも覚えている。高校三年生の夏休みの出来事。
当時親には友達の家に泊まりに行くと言っていたが、密かに彼の家にお泊まりすることが
一週間後に控えていたそんな矢先のお葬式。処女が彼に奪われると思うと、いてもたっても
いられなくなった私は、よくうさぎのぬいぐるみを自室で投げまわしていた。
 夏休みだというのに、学校指定のセーラー服を着て一人自室でお泊まりの予行練習を
していた、そんな日に私の携帯電話のバイブが振動する。学校の友達からだった。
電話をとると何やらその友達は泣きそうな声でゆっくりと声を発する。
「佐瀬君と麻田さんが自殺しちゃったんだって……」
「えっ……」
嘘だと信じて疑わなかった。でも現実だった。一気に大切な人を二人も失うのはあまりに
辛すぎた。彼から最後に来たメールは「俺は麻田のサーチライトになる」だった。
「サーチライトって何のこと?」とメールを返したが二時間も返信が来なかったのが
気がかりだったけど、まさかこんなことになるなんて……。
 お焼香をあげているときはなぜだか不思議に実感はなかった。でもいざお葬式が終わる
となると急に彼と親友の死が、音を立てて襲ってきた。
 お葬式場から家まではとても遠かった。電車で来たので、そこでぐしゃぐしゃになる
まで泣いた。体が熱くなるのがわかった。半そでのセーラー服に手をやると、湿っている
のがわかった。こんな時は私があの日彼にしたみたいに、誰かに頬にはんかちをあてがって
欲しかった。でもそんなことをしてくれる人は、いない。
大丈夫?と声をかけ慰めてくれる親友もいない。死んでしまった。

 それからの夏休みは本当に辛かった。あまりにも辛い日は、彼とよく帰ったいつもの
帰り路を何度も往復した。夏の日の午後の太陽は容赦なく私の白い肌を照らした。

 そんなに悲しんだ私だったけど、月日の流れは恐ろしいもので知らぬ間に彼のことを
考える時間は少なくなっていった。でもないわけじゃなかった。

 今思えば、人生というのは実は綱渡りなのかもしれない。
よく彼が言っていた。「俺は一度綱を踏み外したんだ。俺は駄目人間なんだ」
そんなことないよと私が言うも彼はノスタルジックに浸るのをやめない。
一度とて綱渡りから落ちてしまった者はとても失敗を恐れてすぐにノスタルジックに
浸る、そんな気がする。でも彼にはノスタルジックに浸らず前を向いて欲しかった。
私を見てほしかった。でも彼は前を向かなかった。後ろの蓬と手をとりあって自殺した。

 こんなに天気が良くて冷たい秋風が頬をつんざく日には、思い出す。
 それはまだ私が高校生の頃。最愛の彼と親友の彼女の自殺。
 高校の周りを通って、吹奏楽部のトランペットの音を聞けば思い出す、彼と笑った
 オレンジ色に染まりつつある放課後の教室。
懐かしさを思い出すそんな日は眠る眠る。ノスタルジックに浸る自分はかきけそう。
深夜の夜空を思い出そう。そしてこの日記をとじよう。
 タイトルにはこうある。

 「シザーマン綱渡りから落下す」





 (おわり)




9, 8

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