No.36
ふ菓子くいたいなというようなことを考えながらあてもなく見知らぬ白い世界をさまよっていた。
足はちゃんと二つともそろって股の付け根から生えてるから、自分が幽霊でないことだけは分かる。それだけはたしかに確かめた。
ここがどこなのかっていうのも、そのあたりの標識に書かれてる文字を読めばだいたい分かる。
某県某市の駅構内だ。行きかうスーツ姿の人々の大半は家路を急ぐサラリーマンのおっさんたちなんだろう。今日の夕飯は何かな、なんて考えながらね。
それじゃあたしが誰なのかっていう疑問に対してだけど。
あたしにはこう見えて、それなり立派な記憶力というものがあるので、そこんところもしっかりと把握してるんだ。
まわりが白く見えてるのはあたしがムダにせっぱつまってるからで、あてがないのは家に帰りたくないから。
そんなわけで学校帰りに家とは反対方向の電車に乗って、そのまま揺られること2時間半、ぶらりと降りた途中の駅であたしは長いことうろついていた。
「あー」
おなかへったなあ。
どれくらいかっていうとほら、あそこの隅に落ちてる犬のうんこ。あれがふ菓子に見えるくらいにはへっている。
こんなひもじい思いをするくらいなら、ちゃんとお弁当食べとくんだったなあ。失敗した。
「ママのおべんと……」
がんもどきの煮たのとかぎょうざとか入ってる、しょうゆ系のおかずに彩られたママお手製弁当。
友だちのナントカさんにばかにされて、食べずじまいのお弁当。
かばん学校に置いてきちゃったなあ。マズったなあ。
でもこんなところに犬のうんこなんて落ちてるもんなんだろうか。ペット同伴で電車に乗ろうとする人がいるものか?
とすると、あれは本当にふ菓子なのかもしれない。
ふ菓子なら、遠足に行く小学生が持っていっても不自然じゃない。それでばかにされて、あそこに捨てていったのかもしれない。
「ごくりぐう」
のどとおなかがなる。
その黒い物体はたまらぬ魅力をはなっていた。近づいてみる。
はたしてこれは例のあれなのかはたまたふ菓子なのか。
かりんとうかもしれない。あらたな可能性の現出にめまいがした。とおりすがりのおじさんが、かわいそうなものを見るかのごとき目であたしとすれ違っていった。
これがなにかを確かめるのは簡単だ。さわればいい。
二、三分そのまま。
でも上着のポッケにつっこんだ手を出すのがメンドいし、出したひょうしに中の小銭が落ちて転がってどこかに行ってしまうかもしれない。すると帰れなくなる。
「かえろ……」
あほらしい。
帰ってママにあやまろう。明日の朝もいつもどおりに作ってもらおう。それですっかり元通り。
あ、でもかばんは学校だから、英語の宿題できないや。いつものことだけど。