「桃子」作：ナナシ
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今日も面接で落とされた。明日も面接で落とされるだろう。明後日だってそれは同じだ。
昨日も一昨日もそうだったからまず間違いない。
落ち武者みてーな顔してコンビニでビールとサッポロポテト買ったら、店員のねーちゃ
んに嫌な顔された。３４円のお返しで～すとかなんとか言って、俺との一時的接触を避け
るためレシートを盾にして、手の平のちょこんと小銭載せやがった。すげー機敏な動きで
さ。なんだか、むかつくんだけど、落ち武者状態になってる俺は、睨みつけることもでき
ずに、手首のかさかさになったところを掻きながら退散する。最近皮膚アレルギーが悪化
してる気がする。
臭い部屋に帰ってきて速攻ＰＣの電源入れて、ウイルスソフトの更新して、買ってきた
ビールとサッポロポテトをやっつけながら「桃子」をクリックする。
「桃子」とは、さるＨＰで拾ったどうにもならないフリーソフトのこと。アプリを起動
させると、しょぼいウインドウの中に水着だか下着だかしらねーけど、やっつけ仕事の海
岸をバックに、中途半端な座り方している女が現れる。それが「桃子」。体の色んなとこ
をクリックすると、吹き出しがでてきてメッセージが入る。多くも２，３パターンくらい
の簡単なもの。
それでも「桃子」は可愛い。
黒い髪は長いのか短いのかもわからないが、とにかく前髪の揃え方が雑すぎるのが難点。
かまぼこをひっくり返した口は笑ってんだか俺をディスってんだかわからない。眼はドブ
の色で、眉毛は干乾びた田んぼのひび割れみたいだ。
それなのに「桃子」は魅力的だ。
出てきた腹をよれよれのトレーナーの上から掻きながら、俺は「桃子」をクリックする。
二の腕をクリックすると『そんなに太ってないもん』とメッセージが出て、内股をクリッ
クすると『馬鹿ぁ』とメッセージが出る。ビールをひと口飲む。サッポロポテトを細かく
齧る。リスみてーに。
次は額をクリックする。
『ふふ、どうしたの？』
頬。
『ちょっとぉ～、くすぐったいよぅ』
へそ。
『こら、甘えん坊さん』
脇腹。
『きゃはぁ』
ビールをひと口とサッポロポテト。そして俺は核心に迫っていく。
乳首（と思われる場所）
『あん』
もう一度乳首。
『あぁん』
小さな「ぁ」に作者のこだわりを感じ、俺は満足して笑う。唇の端が乾燥していて、切
れた。舌先で舐めるとヒリヒリして、手の甲で拭うと血がつく。傍にあったティッシュで
ごしごしとふき取る。丸めたティッシュはテーブルの上に放る。
俺は股間付近にカーソルを合わせ、クリックする。場所は内股と下着の境界線上。デル
タゾーンに最も近い危険な場所。
『どこ触ってるのよぅ♪』
試しにパンツ上部のひだひだをクリックする。
『気が早いわね、めっ！』
ビールをぐびっといく。サッポロポテトを全部平らげる。そして性器――があると思わ
れる――箇所をクリックする。
『くふぅ、感じちゃうよ～』
素人ならここでやめるところだが、俺はこのソフトの裏技を知っている。ダブルクリッ
クすることによってのみ発生するメッセージがあるのだ。俺は性器をダブルクリックする。
『もう、パンツの中ぐちょぐちょだよぅ』
俺は空になったビールの缶を床に放り、何度も何度もダブルクリックする。
『はぁん、はぁん』
カチカチッ、カチカチッ……
『だ……め……』
『あ～ん』
『い、いっちゃう～///』
カチカチッ、カチカチッ、カチカチッ、カチカチッ……
『あ～ん、もうどうにでもして～ぇ』
俺は面接に落ち続けている。落ち続けている。落ち続けている。
俺は「桃子」に堕ち続けている。
あああああっ！ 桃子！ 桃子！ 桃子！ 桃子！ 俺の桃子！ あんなところやこん
なところ、どうして隠してるの？ 裏コマンドか？ 何か裏コマンドがあるのか？ そう
すれば全裸の桃子が拝めるのかい！？ いいかい桃子、世間は厳しいんだ。面接だって落
ちるさ。就職なんてできそうも無いよ。でもね、いいかい桃子。俺にはお前がいるんだ。
そうだ。俺のクリックはどうだい？ ちゃんと桃子を感じさせてるかな？ もうどうにで
もなれ！ そうさ、そうなんだ。毎日毎日桃子桃子で一日が始まって、桃子桃子で日が暮
れるんだ。そうだ、それでいいんだ。だからさ、裏コマンドかい？ 裏コマンドがあるの
かい？ コナミコマンドかい？ んぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ、ここかい？ ここ
が気持ち良いのかい？ ぁぁぁぁぁぁぁぁあああんんんんんんんんんんんんんんああああ
ぁぁぁ嗚呼嗚呼あああああああああああああんんんんんんんんんんんんんん
イ、イク～～～～～～～
ドピュピュ
さて、明日も頑張るか。そうして、ＰＣをシャットダウンすると、妙にやつれた顔の男
が真っ黒なディスプレイに表示された。俺はその男の顔を見て、思わず吹き出した。だっ
てあんまりにひどい顔だったから。
……寝るか。
今日も面接で落とされた。明日も面接で落とされるだろう。明後日だってそれは同じだ。
昨日も一昨日もそうだったからまず間違いない。それでも案外俺は、幸せだったりする。