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タカシはじまった

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「クソザコがッ!!」
 ありったけの憎悪を込め、パソコンのモニターに向けて言い放った。目は血走ってるはずだ。
「てめぇなんかこの俺が本気出したら、秒殺なんだぞッ! いや、瞬殺! いや、音殺! いや…ぶつぶつ」
 俺はFPSと呼ばれるジャンルのネトゲをプレイしている。ゲーム内ではかなりの腕を持っており、そこそこ名が知れている。いや、俺が一番有名だろう。
「ブフゥゥゥゥゥ」
 気合いのため息。昼に食ったカップ麺の臭いがした。
「さっきの奴、絶対殺してやる! 殺してやる!」
 そう息巻き、汗まみれの脇の下を掻く。
 俺の名は中村タカシ。34歳。職業はプロゲーマー。だが、スポンサーなど付いていない。これから付く予定だ。
 俺と同年代の男の多くは定職に就いている。家庭を持ってる奴も居る。俺はそういう奴らとは違う。俺はこのゲームの覇者だ。大体、定職に就いた所で、一生こき使われるだけだ。結婚した所で、一生搾取されるだけだ。
「クソゴミどもがッ! 俺様のサポートをしろよ、ゴミどもが!」
 俺の所属するチームが負けた。怒りで頭が狂いそうだ。時計を見る。15時。
「まだババアどもは帰ってこないな、よし」
 俺は実家に住んでいる。だが居心地は良くない。クソババアとクソジジイが毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、定職に就けだとか将来はどうするんだ、とか話してくるからだ。そんな事、お前らの知った事か? 大体、それを言ってお前らに何の得があるんだ? え? 俺はそんな親に殺意を持っているが、今は我慢だ。プロゲーマーを続けるには、こいつらが必要だからな。
「フヘヘ、俺が一番殺してる。クソザコどもが!」
 さっきの鬱憤はこれで晴らした。愚民どもがこの俺に楯突くんじゃねぇ。
 ガチャリ。玄関のドアの音だ。
「………帰って来た」
 階段を上がってくるぞ。来た。ドアを開けるか? いや、開けない。ドア越しだ。
「タカシ、早く仕事して」
 またか? うるせぇぞ、クソババア。
「あんたの同級生の真田くん、あのメーカーの課長に昇進したよ? 異例の大出世って。あんたはどうすんの?」
 うるせぇって言ってんだろうが。
「あんた、このままだとどうにもならないよ? 早く働いて」
 もう我慢できねぇ。次、何か言ってみろ。壁に俺の鉄拳を食らわせてやる!
「タカシ」
 ドン!! 鉄拳をお見舞いしてやった。
「………」
 階段を降りる音。ざまぁみやがれ。クソババアが。俺を怒らせたら、どうなるか思い知れ。
 真田というのは、高校の頃の同級生だ。成績優秀、容姿端麗で女にもモテテいた。一方の俺は成績は良くなく(本気を出していないから)女どもは俺の魅力に気付かなかった。
 くそが、あのババアのせいで嫌な事を思い出してきた。あのババア、タダじゃおかねぇ。
 俺だって分かってる。分かってるんだ。だから、今手元にあるこのコンビニのバイトに応募する。今からだ。時計を見る。18時。
「時間が悪いな」
 明日だ。明日、電話してやる。
「よし、クソザコどもを狩るぜ。フヘヘ」
 今日も明日も大して変わらねぇよ。だから俺は、今からザコどもを狩る。クソババアの鬱憤をザコどもで晴らすんだ。

 
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