第一話「僕らは」
退屈で眠くてだるくてどうしようもない国語の授業中、前の席の中谷が自らの首筋にカッターナイフを突き刺してくれたので、僕は「これで授業は中断だな」と判断して、教科書を閉じた。
「死んだりしたらだめだよ」
中谷の自殺騒動を聞きつけてやってきた日高の台詞は、言葉の内容とは裏腹にどこか嬉しそうな響きを帯びていた。先週から僕らのクラスの仮担任になっている臨時教員の彼女は、教師らしい仕事が回ってきたことが楽しくてたまらないのか、はしゃぐ気持ちを隠しきれないでいた。血に濡れて使い物にならなくなった幾人かの教科書も彼女が自腹で購入してくれた。天井まで噴き上がった中谷の血を洗い流す大変な作業にも、日高は率先して取り組んでくれて、クラスの連中の評価が上がったのも事実だった。
それはそうと中谷は初めての試みであるにも関わらず無事に自らを殺し切った。どこにでもある平凡な自殺の一つとして片付けられ、新聞の記事にもテレビニュースにもならず、日々量産されるこの国の自殺者の一人としてカウントされただけだった。
第一話「僕らは」
僕らは日常的に「死」というものに慣れっこになってしまっていた。他人の死に動揺したり影響されたりといったことがうまく出来なくなっていた。生徒から慕われていた前担任の橋本先生が、二週間前、夜道で強盗に襲われて殺された時だってそうだ。少しは悲しいな、とか残念だな、とか思いはしたけれど、それ以上に、このご時世だから仕方ないね、と、どこか年寄り臭い感慨を抱いただけで、クラスの連中も似たり寄ったりといった様子だった。
中学三年生という年齢ながら、僕らのほとんどはこれからの人生に希望なんて見出せないでいた。むしろ死なずにいる方が不思議な世の中ですらあったのだ。
中で一人だけ泣き腫らした目をしていたのが里崎若菜で、それを発見した者も、里崎には人の死を悲しめる真っ当な精神が残っているのだと判断することなく、「橋本とデキてたんだろ」と卑俗な噂を流しているばかりだった。僕はそんな噂はどうでもよかったのだけれど、言われてみると里崎の容姿は長い黒髪以外は地味でそう目立つものではないものの、だからこそ、脂性で煙草臭かった橋本先生とお似合いな気もした。腫れた目が治ってからの里崎の表情はどこか強い決意を秘めたものになっており、橋本との噂のことで彼女をからかう雰囲気は自然と消えていた。
僕らはいずれみんな死んでいく。
だから精一杯頑張って悔いなく生きていこう。
なんてことは全然思えなくて。
今は特に死ぬ理由もないし、誰も殺してくれないから生きている。そんな風に毎日を過ごしていた。