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「どうして行くときと違う手なの?」

吸い込む息がとても冷たく、吐く息は白く染められ空に消えていく。
ぎゅっと存在を確かめるように握られている右手は、相手の体温を感じ取るのには十分だった。
父は私のそんな無粋な質問にも、笑顔を崩さずに優しく答えてくれる。

「お父さんは今こっちの手が冷たいんだよ。だから行くときと逆なんだよ?」
「ふーん、そうなんだー!まなの手、暖かい?」
「あぁ、真奈の手はとっても暖かいよ。ストーブとかホッカイロよりもね」
「やったー!お父さん大好きー!」


大きくなってやっとわかった。私はずっと父に守られていたんだ。
行くときと逆だった手は、車側を歩いていてくれたからだ。
歩道とは言えいつ何が起こるか分からない。だから、父はあえて自分を車道側にして歩いていてくれたんだ。
さりげない気付かい。これが親の温かさだと思う。私は父からたくさん学んだものがある。



お母さんのこと作文にしてを書いてきなさいって、先生に言われた。
私はお母さんがいなかったから、それがすっごい嫌だった。
お父さんにお母さんは?って聞いても、笑って何も言ってくれなかった。
でも、私知ってるよ?お母さんは私が生まれてすぐに死んじゃったって。
お父さんは優しいから、私には黙っていてくれるんだよね?ありがとう。
そんな優しくて大好きなお父さんの作文を書いて行ったら、みんなに笑われた。
なんでお母さんなのにお父さんのこと書いて来てるの?って。
みんなのお家ではお母さんがいることは当たり前だと思うけど、そうじゃない家だってあるんだよ?
しかも、それが授業参観の時だった。
お父さんは罰の悪そうにしながら笑うしかなかった。そんなお父さんを見ていると、とても悲しかった。

お家に帰ってお父さんに褒められた。でも、私はそんなことよりも「ごめんなさい」が先に出てきた。
そしたらどうして謝るんだい?って言われた。そんな優しいお父さんがすっごく好き。
ごめんね?お父さん……。その夜は謝りながら泣き疲れて寝たと思う。


また、ある日。お父さんは酔っ払って帰ってきた。どうやら"じょーし"さんともめちゃったみたい。
私はお水をあげて、お父さんをベットに寝かせてあげた。その時、お父さんが寝言のように。
「お母さん……」って言っているのを聞いて、さびしいのは私だけじゃないんだと思った。
そして、そのままお父さんの横で寝た。とても暖かくて、安心して眠れた。


運動会。どうしても親との障害物競走という競技があり、父と参加しないとだめだった。
私は気が進まないまま、父にそのことを話してみた。
すると、毎日仕事で忙しいはずの父は笑っていいよ。と答えてくれた。
私は嬉しくなって、競技内容が書かれた紙を一緒に見て、作戦会議をした。
本番当日、父はいつになっても現れなかった。私は心配だったが、父を信じていた。
絶対に来てくれる。周りのやつらが何か言ってきたけど、私は構わなかった。
そして、入場3分前。遅くなった!と言って、スーツ姿の父が汗を浮かべて走ってきた。
ごめんな。ちょっと仕事が急に入っちゃって。そういう父の姿は頼もしく見えた。
すると携帯に着信が入って、父は少し顔を暗め電話に出た。
「今は忙しいんだ!あとにしてくれ!」後で聞いたら、それは上司さんだったらしい。
大事な企画だったけど、抜けて来てくれたみたい。それを聞いたとき、涙が止まらなかった。
競技の内容はボロボロ。父はすごく疲れていたみたいで、グルグルバット10周でへたりこんでしまった。
それを見てしょうがないなぁ、とため息つく自分が可愛かった。


最近、父がずっと家にいます。どうしたの?って聞いても、有給休暇だよ。長いだろ?としか言ってくれない。
私はその時とっさに悟った。首になってしまったのだと。そして、私は後ろから父に飛びついた。
真奈は心配しなくてもいいんだ……。父も分かったのかというように、隠すことはしなかった。


今日も下駄箱に靴がありません。昨日も一昨日も。きっと明日も明後日も。
スリッパで一日中行動しないといけません。体育の時間も。
そのうちいじめはエスカレートして行きました。理由は、父が毎日作ってくれる私の弁当だ。
お父さんは料理がうまい方ではない。だから、必然的に冷凍食品が多くなってしまう。
しかし、友達の弁当は彩鮮やか。どうせ、暇人なんだろうな、と見下していた。
真奈の弁当きたなーい。その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがはじけた気がした。
その友人に飛びかかろうとしていた。他の子に止められて何とかおさまったけど……。
その次の日からこういう陰湿ないじめに合っている。もう学校行きたくないや……つまらないし。
私は不登校を始めた。父はすっごく心配してくれている。でも、自分の部屋からは必要のない時には出なかった。

ある日、不登校にも慣れた時だった。ふとトイレに行こうと部屋を出たら、父の部屋から何か声が聞こえた。
扉が開けっぱなしで何やら母の写真を持っている。

「お母さん……俺の育て方が悪かったのか?そんなことないよな……真剣に愛してきたもんな……」
「でも、娘に何かあったのに力になれないなんて親として失格だよな……はははは」

明らかに言葉の端はしに泣いているであろう鼻をすする音とと、声に震えがでている。

「俺……父親失格だよな」

その言葉を聞いた瞬間。何もかも馬鹿らしく思えた。いじめ?何よそれ。
父をあんなに悲しませて。私は一体何をやっているんだろう。たった一人の理解者を……裏切っていた。


学校に通うようになって1週間。私をいじめるグループは無視し続けることによって、いじめは終わった。
おもちゃに興味を失った子供のように。また別の"おもちゃ"を見つけるのだろう。
そして父も。仕事がようやく決まったらしい。私は心からお祝いした。


そうして、私は就職し父とは離れてしまった。
仕事場で素敵な男性を見つけ、結婚することになった。


「それではブーケを!」

私はここに来ることができなかった人に届くようにおもいっきり宙に投げた。
今までお世話になった。心から支えてくれた人。もうこの世にはいない。


そして、今現在。私は一人の子供に恵まれた。名前は裕貴。男の子だった。

「ねーねー!お母さん」

今でもまだこそばゆい感覚に包まれる。私はなぁに?と笑って返す。

「なんで、おてて逆につなぐの?」

私はいつか自分がした台詞を子供から聞くなんて――。涙がこぼれそうだったが、子供の前。ぐっと踏み込んだ。

「おかーさんはね、今こっちのおててが冷たいからだよ?ほら、冷たいでしょ?」
「うー、おかーさんなんでこんなにつめたいの?」
「ゆーきに温めてもらうためだよ?」
「そっか!おかーさん、いっぱい暖かくなってね!」
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