花咲喫茶
僕は窓の外を眺めていた。
木枯らしが吹いて、あの美しい紅葉もみな散ってしまった。
雪でも降って、一面銀世界にでもなれば美しいだろうに。
曇り空の下、ただ冷たい風が道路脇の木の枝を揺するだけの風景。
こうなれば立派な木もただ寂しいだけだ。
そういえば祖父が亡くなったのもこの季節だった。
祖父は喫茶店を営んでいた。
僕はこたつから出て、戸棚を開く。
そこにはずらりと銀色の缶が並んでいる。
そして「桜」というラベルを貼られた缶を手に取る。
その缶は冬の寒さを象徴するように冷たい。
蓋を開けると中には、まだ挽かれていない珈琲豆が入っている。
珈琲なのに甘ったるいような香り。
僕はその珈琲豆をミルに流し込む。
祖父から譲ってもらった年代物のミルだ。
左手でミルをしっかりと支える。
この台の、木目の感触がいい。大好きだ。
大好きだった祖父を思い出す。
右手でゆっくりとアームを回す。
豆の砕ける音、そして手に伝わってくるこの感触も大好きだ。
僕は挽いた珈琲豆を持って表に出る。
右手いっぱいに掴む。
そしてその木の枝に振り撒く。
すると見る見るうちに枝々に桃色の花が咲く。
真冬の冷たい風が頬を打つ。
冬の桜吹雪も悪くないもんだ。
僕は満足して部屋に戻る。
珈琲でも飲もう。