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Act1. 天使を探す少年

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『太陽の言葉、月の言葉』

Act1. 天使を探す少年

~恩人の羽根~

 夕飯も終わり、ほかの皆は馬車へ引き上げ始めている。
 ぼくもそろそろ寝よう。
 最後にもう一度だけ、あれを見てから。
 ぼくは首に下げた組み紐をそっと引いた。

 服のしたから姿をのぞかせるのは小さな小瓶。
 そのなかには、いつもどおり、一枚の白い羽根がほのかな輝きを放っていた。
 まるで、空に輝く、月のあかりのように。

「綺麗だな」
 見入っていると後ろから声がした。
「ナガルさん!」
 くったくのない笑顔。ひとつにまとめた茶色い髪、腰にはひとふりの長剣をはいた背の高い青年。
 このキャラバンのリーダー、ナガルさんだった。

 このひとは、ぼくをこのキャラバンに同行させてくれた恩人だ。
 そのうえに、ほかのメンバーともわけ隔てなく接してくれる。
 とても気さくで面倒見がよくて、まるでみんなのお兄さん。
 もちろんぼくもナガルさんを大好きだ――このキャラバンには、ついおととい、お邪魔させてもらったばかりなんだけど。

「ひょっとしてこれは?」
「はい。“あのひと”の羽根です」


 ――“あのひと”。
 白い翼の、命の恩人。

 あれはぼくが、まだ小さな子供のころ。
 ひとり海辺の崖の上で遊んでいたら、風に帽子を飛ばされた。
 空色のハンチング。
 ぼくがはじめて自分でつけた、しろいカモメのワンポイントがある、一番のお気に入り。
 幸か不幸かそれは、崖の横っ腹に生えた木の枝にひっかかった。
 当然ぼくは崖を降りて帽子を取ろうとした。
 そして――帽子をつかんだ瞬間に――足を滑らせた。
 下は海。だけど水の下にはたくさんの岩があると聞かされていた。
 だから、ぜったいここであそんじゃダメと言われていた。
 もしも落ちたら、死んじゃうからね、と。
 迫りくる海面。ぼくは死を覚悟した。

 けれどそのとき奇跡がおきたのだ。

 がくんと衝撃を感じた、と同時に、ぼくの身体は止まってた。
 誰かがぼくのわきの下に手を入れ、ぼくを持ち上げている。
 力強い、ばさ、ばさ、という音が頭上からしている。

 ゆっくりと、海面が遠ざかっていく。
 やがて崖のうえの地面がみえてきた。
 その、地面がゆっくり近づいてきて、足の裏が触れる。
 ぼくはあわてて足に力を入れ、地面に立った。
 そうして振り返ると、そこにはぼくと同じくらいの年頃の、可愛らしい女の子がいた。
 頬に揺れる淡い金の髪。濃い浅葱色の瞳。
 彼女はにこ、と笑うと、そのまま舞い上がり、海のほうへと飛んでった。
 その背中には、真っ白い羽根を生やした大きな翼。
「あ、……」
 ぼくは追いかけようとした。お礼を言いたかった。
 けど、先は崖。
 ぼくは、彼女の背中をなすすべもなく見送った。

 後に残ったのは、彼女の翼から落ちた、真っ白な羽根がいちまい。
 その日からそれは、ぼくの一番の宝物になった。
 父さんからもらった、小さな小瓶に大事に入れて。
 母さんに編んでもらった、丈夫な組みひもでそれを首から下げて。
 大きくなったら、彼女を探しに行こう。そしてちゃんと、お礼を言おう。
 その日からそれが、ぼくの目標になった。


 そうして今、ぼくはここにいる。
 彼女の羽根を胸に下げ、小さなハンチングをポケットに、彼女を捜して旅をしている。

~アルフとデューフ~

 ナガルさんはぼくの隣に腰を下ろした。
 にっこり笑って言ってくれる。
「はやく、見つかるといいな。
 あんまり長く旅してると親御さんも心配するだろ。
 お前ちょっとうっかりしてるところあるしさ。早くお礼を言って家に戻って、安心させてやるといい」
「ありがとうございます」
 ナガルさんはけして口の悪い人じゃない。本当にぼくはうっかりなのだ。
 現におととい、ぼくはとんでもないうっかりをやらかした。
 ナガルさんのキャラバン(というか、ナガルさん)をみて、いきなり話しかけてしまったのだ。
 思い返してもぞっとする。
 もしもナガルさんたちが『デューフ』だったなら。ぼくは今頃この世にいない。


 この世界には、ふたつの種類の生き物がいる。
 ぼくたち、光の生き物――『アルフ』。
 そして、闇の生き物『デューフ』。
 どちらもいろいろな姿のものがいるので、外見からは見分けがつかない。
 見分ける方法はただひとつ。言葉を交わすことだ。
 アルフは光の言葉から作られ、光の言葉を話すことができる。けれど闇の言葉は聞き取ることも語ることもできない。デューフはその逆だ。
 そして、アルフにとってはデューフが生きる糧。逆もまた然り。

 つまり知らない人を見たとき、相手の正体も見極めずに話しかけるのは、次の瞬間アタマからばりばり食べられてしまうことにもなりかねない、危険な行為なのだ。

 だからふつう、旅人は手話か筆談で会話する。
 そのうちに、相手が同族と気づけばその後はしゃべり言葉で会話すればいい。
(逆に異種族だと気づくこともあるけれど、そのときはお互い、しらばっくれておくのが暗黙のルールとなっている)
 ぼくもそれは知っていた。けど、ナガルさんを見た瞬間ぼくは、ああ、この人はだいじょうぶ、と勝手に思っていきなり話しかけてしまったのだった。
 こんにちわ。このキャラバンはどちらまでいらっしゃるのですか? と。


「さっきも言ったが、明日は強盗団の勢力地域を突っ切る。お前は馬車から出ないでじっとしているといい。まさか恩人が強盗ということはないだろうしな」
「はい」
 このあたりは有翼のデューフが多いという。まさかと思うが、ひょっとしたらと思う気持ちもないではない。
 だからこそ、ぼくはここにきてみたというわけで。

 でも。
 もしも強盗団に彼女がいたら。ぼくはどうしたらいいのだろう……


 はたして、その予感は的中した。

 昼ごろだった。奴らはいきなり襲ってきた。
 馬車の窓を小さく開け、そっと外をうかがうと、武装した有翼人の一団とキャラバンのメンバーが交戦していた。
 相手は、リーダーらしき男がひとりと、手下が十数名(みんな翼があった)。
 よく見ると、口は動いているけど言葉は聞き取れない。
 デューフだ。今度こそ本当の。
 しかもなんか強そう。
 ぞっとしたぼくは頭を引っ込めようとした、が、運悪くなかのひとりに見つかってしまう。
 仕方なくぼくも剣を抜いて、窓から応戦した。
 幸いなことにそいつは男で、ぼくの恩人とは似ても似つかなかった。
 そしてすぐに、退却していった。
 ナガルさんたちは腕も立つのだ。それもすっごく。
 奴らはほうほうのていで逃げていった。
 それも、馬車まで残して。
(一台だったけど……おそらく、御者が負傷したため置いていかれたのだろう)
 ナガルさんが指示を出す。
「なかにまだ伏兵がいるかもしれない。怪我の軽いものは俺に続け」
 ぼくはほとんどケガをしていない。だから馬車をおり、ナガルさんのもとへ走った。

 ぼくの馬車からその馬車まではちょっと距離があった。
 だからぼくが駆けつけたときにはもう、馬車のドアは開かれて、ナガルさんたちは中に入っていた。
 そこでぼくが見たのは、部屋の隅でうずくまるひとりの少女だった。

 淡い金の髪。粗末な服と靴。
 栄養が足りてないらしい細い腕にはいくつか傷やアザが見える。
 その腕で自分をかき抱き、彼女はぶるぶると震えていた。
 背中には白い翼。気の毒なことに風きり羽根を途中からすっぱりと切られていて、おそらく飛ぶことはできない。
 何より、細い足首には黒い、重そうな鎖が見えた。

「ナガルさん! この子……」
「ああ。伏兵じゃないな、間違いない。
 ただ……
 いま話しかけてみたんだが、反応がないんだ」

 話しかけて反応がない。
 ということはまさか。

 そのとき、ちら、と彼女がこちらを見た。
 瞳のいろは、濃い浅葱色。
 その瞬間ぼくは彼女の前に飛び出していた。

「待ってください。この子、ぼくの恩人です!!!」

 ぼくは必死で彼女を弁護していた。
 こんなカッコなんです、捕まって捕虜になっていたのは間違いないですよ。デューフにつかまってたってことはアルフなんです。いきなりさらわれて、ひどい目に合わされて、おまけに戦いなんかあって、怖くて怖くてだれとも話せなくなっちゃってるだけなんです。今だけですよ。ココロが回復したら、またしゃべれるようになります。お願いします、この子を救けてあげてください。この子のお世話はぼくがします。この子のぶんまでぼくが働きます。どうか、お願いします。殺さないで下さい!!

「男に二言はないな?」

 無限とも思える時間のあと。
 ぽん、とぼくの頭にあったかい手が乗っかった。
 目を上げるとナガルさんが、優しく笑ってた。
2, 1

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