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第三章「赤色のデモクラシー」

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 昭和34年から、昭和35年。そして、昭和45年にかけて。
 日米安保理闘争とよばれる、その一連の運動は、平和的側面を持つ一方で、非常に暴力的な一面も持っていた。今起きている運動で例えるならば、「平和憲法保護のための戦争」といった感じか。そこには本質的に矛盾が発生しているにもかかわらず、彼らはそれを正そうとしない。
 おそらくは、彼らも気づいているのだろう。平和の対は戦争ではなく、無秩序の混沌であると。戦争の反対は、議論であり、それは人の最も文化的な闘争である。相反するような二つの概念は、その実つながってはいない。
 戦争と平和という語は、あまりにもナンセンスだ。
 
 ○

 坂口という男が、僕の前に現れて、しかも、今こうしてミスタードーナツの店舗で北小路のお姉さんと共に向かい合ってコーヒーを飲んでいるのかというのを説明するには、少々冗長な話をしなければならないだろう。
 北小路のお姉さんと一緒に歩いていた坂口に話しかけたのが最初のきっかけではあるが、そんなことはどうでもいい。ただ、出会ったのが市内有数のショッピングモールであるキャナルシティであり、さらにその周りには大量のラブホテルなり風俗街があるのは説明しておく必要があるだろう。あとは察してほしい。
 北小路のお姉さんは、坂口を同じ大学の同期だ、と説明した。九州帝国大学卒ということは、それなりに頭がいいのだろう。
 僕は、お姉さんと二三話して、それですぐに別れるつもりでいたのだが、そのまま成り行きといえばいいか、お姉さんに連れられて坂口とミスタードーナツでお茶することになった。
 北小路のお姉さんは、相変わらず大量のポン・デ・リングを注文し、坂口はというとオールドファッションを二つとコーヒーというひどく平凡な組み合わせだった。
 僕はエンゼルクリームを一つとコーラを注文した。お姉さんに、ガキめ、と馬鹿にされた。

 「君はこの国についてどう思う」と坂口は言った。
 「国といったら、日本ですか?」
 「それ以外にどこがあるというんだ」微笑んでコーヒーをすする。
 「はぁ、別にどうにも思わないですけど」
 「模範的な高校生の答えだな。じゃあ、質問を変えよう。朝鮮についてどう思う?」
 「朝鮮連邦は、悲願の統一を成し遂げた国と教科書にあります。半世紀以上前には二つの国に分かれて戦争をしていた、という風に習いました。印象については、特に何も」
 「あの国はだな。ほんの10年前には大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国に分かれてたんだ。統一はしたが、いまでもなお経済の差のギャップであえいでいる。ドイツ統一と同じ現象だ。当時の大韓民国のGDPは世界11位でかなりの経済国だった。だが、統一後は一気に降下して20位ぐらいの位置に収まっている。はたして、悲願の統一は本当に喜ばしいことだったのか? それについて、考えたことはあるか?」
 「ないですが、彼らが願い続けたことがかなったのであれば、結果にかかわらずそれは喜ばしいことではないのでしょうか」
 「2000年代に、嫌韓という一大ムーブメントが発生した。いまでは廃れてるがね。日本国における対韓国感情は急激に悪化した。主な原因は、韓国が日本や中国独自の文化の起源を主張したことにあるが、いまではそれらの問題は解消している。朝鮮側が認めた、という要因もあるだろうが、私は、それだけではないと思っている。
 李王朝の再興で、誇るべき文化ができたからではないか、と。天皇家には劣るが、李王朝は1300年以上にも及ぶ歴史を持っている。ヨーロッパでは見れないほどのながい歴史だな。誇れるわけだ。なにが言いたいか、と言えばだな。今の日本に足りていないのは、李王朝のような、国の誇りだと思う。天皇家の権威は地に落ちているし、経済もいまでは低迷している。アメリカはアジアにおける軍事的拠点を朝鮮と台湾に移したし、国民の半数近くはジジババばかりだ。トヨタは倒産し、自動車産業は風前の灯。造船だって中国に取って代わられている。さあ、この国に誇りはあるか? なにか、一つでもいい。誇れるものがあるか? どうだ、陶山。挙げてみろ」
 「平和憲法とか?」

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