畸形細工 (1)私と枠組み
名称や種類といった枠組みは、別の何かがあるから存在するもの。
別の何かが無ければ、名付けたり作ったりする必要の無い物。
男があるから女があって、女がいるから男がある。
人間があるから獣があって、獣があるから人間がある。
正常があるから異常があって、異常があるから正常がある。
姉があるから妹があって、妹があるから姉がある。
枠組みに当てはまらないモノなんて、モノじゃない。
笹川奏、人間、女、奇形。
其れが私が位置する枠組みであり、私を名称する物だ。
世間一般で言えば、私は正常な人間という枠組みには当て嵌めてもらえない。
私は産まれ付き右腕と右目が無い状態で産まれた為、身体的異常の枠組みに入れられた。
世間では私の様な人間のことを、可哀想な子、とも言う。
然し私にとってその分類は全くの無意味だ。
何故なら、私は正常な体を持った事が無いから、可哀想と言う意味を理解出来ないからだ。
そして生まれついての事であるから、この体を不便と感じた事がないからだ。
だが矢張り世間の目は冷たく不愉快な物ばかりだ。
私の生まれた家は所謂名家で、代々仕来りや文化を重んじる由緒正しい家だった。
つまり私は本来なら名家のお嬢様になる筈だったのだが、如何せんこの体。
体裁や見栄や名誉と言った物を重んじる祖母にとって私は、恥ずかしい子、だった。
由緒正しい家の大黒柱、その娘が奇形児とあったのでは世間の笑いものにされる、と。
私は双子の姉として生まれたが、結局その家の子供として育てられるのは妹だけだった。
私はといえば、遠い遠い親戚、親戚とは名ばかりの他人の、老夫婦に預けられた。
老夫婦は心優しい人だったが、矢張り私は其処でも、可哀想な子、だった。
幼稚園、小学校低学年の間は気味悪がられ、小学校高学年になると虐めの恰好の餌食だった。
バケモノ、キモチワルイ、などという罵声や悪口は、名前以上に言われ慣れてしまった程だ。
中学時代は虐めを通り越した凄惨な虐めだったが、私の心が傷付く事は一度としてなかった。
きっと、痛みというものも、右の腕と目玉と一緒に、母胎に置き忘れたんだろう。
そうして私は、生きている。
今日も私は、元気です。
畸形細工 (2)私と友達
春、それは出会いと別れが交差する季節。
九年間の義務教育を終えた私は、今日から晴れて高校生になる。
虐めが原因で自殺する学生や生徒の多い昨今、今日も私はそう言った人達を忘れて生きる。
虐めを苦に自殺する程私の心は弱くない、というより神経は繊細じゃないのだ。
それに、人生悪い事ばかりではない。
というより、私の人生悪い事ばかりで落ちる所まで落ちたから、後は上るだけと言う奴。
珍しくそんな事を思えるのは、今横で苺ジャムパンを頬張っている男の所為、否、お陰だ。
その男は久賀義昭、人間、男、五体満足だ。
彼は私が今日から通う高校の、同級生になる男で、受験の日に初めて会った男だ。
幼稚園から友達のとの字も無かった私は、受験の日一人で試験会場まで行く羽目になった。
そして見事に迷子になってしまった。
方向感覚とかも、多分母胎に置き忘れたんだろう、そうに違いない。
そんな迷子になっている最中の私に声を掛けたのが、同じく迷子になっている義昭だった。
恋愛小説であれば男が女を助けるものだが、私と義昭は二人で迷子になっていた。
結局試験はギリギリで間に合って、結果から言えば二人とも当然合格した。
久賀義昭という男は兎に角明るくポジティブな人間で、最初は私の体に驚いていたものの、数分後には慣れていたというので驚きだ。
然もやたらとお喋りで、会って初日で彼という人間の殆どを知る事になった。
差別しない、というより基本は考えなしのポジティブシンキング。
人間というよりは大型犬のような人懐こさ。
そして初日で、私にとって人生初の、メアド交換をした。
で、今。
一緒に、今日から通う高校目指して歩いてるわけだ。
「ところでさぁ、奏は高校行ったらしたい事とかあんのけ?」
ジャムパンを食べ終えた義昭が、空になった袋をクシャクシャに丸めて自分の鞄に突っ込みながら聞いてきたその言葉に、私は左目をポカンとさせた。
高校行ったらしたい事、なんて考えた事もなかった。
高校なんて、勉強する為か、若しくは遊ぶ為に行くだけの所だと思っていたし。
「…と」
「…と?」
「…友達百人、出来る…カナ?」
思わず疑問形になってしまった。
自分でも不思議でたまらない。
私には、友達なんていない事が当たり前で、別に如何でも良かったことなのに。
ほんの少しの期間で、こんな変化が起こっている自分に、吃驚した。
が、当然私の変化なんて知る由もない義昭は、思い切り噴出してしまった。
そして腹を抱えてゲラゲラと、けれど凄く優しく笑ってくれた。
「ははっ!!今、何人目だって!」
「…義昭、だけ」
「ぶはっ!!はははっ!!百人とか…くくっ…」
「…やっぱり、無理かな」
あんまり笑うからやっぱり自分には無理なんだと思った。
笑う義昭に対して怒りは感じないし傷付くことは無かったけれど、言った自分に恥ずかしくなった。
恥ずかしがっている私の頭を、急にワシワシと撫でたのは、矢張り笑っている義昭だった。
「バッカ!!できるってゼッテ!百人どころか二百人とかさ、夢じゃねって」
ほんの冗談のつもりだったのに、義昭は笑いながら言ってる。
「オレとオマエは少しの時間で仲良くなれただろ?だからイケルイケル。おっけぇおっけぇ」
それは義昭が例外的に、誰とでも仲良しになれるような人間だからだ。
とは…言えなかった。
「なんかあったら、オレが手伝ってやっからさ」
「…そう、か」
「そそ。おらー、高校ついたっぜぇー」
「…うん」
ちょっと前に義昭と出会った校舎が、視界いっぱいに広がった。
友達百人出来たって、きっとコイツが一番大切。
畸形細工 (3) 私とクラス
「…笹川奏、です。高校での目標は、友達百人作ることです。よろしくお願いします」
そして聞こえたのは、一部の掠れた笑い声と、義昭の我慢するような笑い声だった。
友達作りには第一印象が大切というから精一杯笑ったのだが、不評だと理解した。
窓を背にした義昭が、複数人の女子生徒に囲まれて楽しそうに笑っている。
窓の向こうに広がる青空が、楽しそうな彼らにとても似合いで、私は其れを黙ってみている。
案の定、人懐こく明るい義昭は、私のときと同様直ぐに他人と打ち解けていた。
それどころか、彼はどうやら世間一般で言うイケメンという枠組みの人間らしく、女子に人気だ。
私はといえば、クラスの自己紹介タイムでの自己紹介が失敗したのか、周りには誰も居ない。
中学までは怖いとか気持ち悪いといった枠組みに居たのに、どうやら此処では変人らしい。
改めて、人と付き合うという事の大変さを実感した。
やはり、久賀義昭という男は、私にとっても例外らしい。
「奏ェー、なに一人でぼぉっとしてんだよ。オマエもこっち来いって!」
女子達と談笑していた筈の義昭が、いつの間にか私に大手を振っていた。
その姿がまるで、遊んで欲しそうに尻尾を振っている大型犬みたいで、笑えたけど堪えた。
私が笑うとまた引かれるし。
呼び続けてる義昭とは対照的に、周りの女子はいかにも私を邪魔者として見ている。
目は口ほどに物を言い、とはよく言うが、彼女達の目は口以上にお喋りなようだ。
邪魔するな、其処にいろ、なんでお前が構われる、そんな事を声もなく目は言っている。
勿論、私にしか聞こえないだろうが。
「…良い。多分話、付いてけないし」
どうせその女子達が話すのは、服とか化粧とか、恋愛話だろう。
私はお洒落にも恋愛にも興味は無いから、きっと話に付いていけない。
そう思って私が頭を振れば、女子達は嬉しそうに笑って義昭を見上げた。
「義昭くんって優しいんだねぇ。でも、笹川さんって暗いしぃ、義昭君まで暗くなっちゃうかもぉ」
「てか、笹川さんって義昭くんの何ぃ?」
「友達百人とかマジウケるんですけどぉ」
「百人とか言ってる癖にぼっちだし。つぅかあの眼帯なに?キモイんですけど」
「アレじゃん?ほら、構って欲しくってぇ、自分で傷つけちゃうやつじゃん?」
「うっわぁ、マジキモイんですけど。構ってちゃんとかうっざぁい」
生憎と自分で自分を傷つける根性は無いんだな、コレが。
中学から慣れっこだけど、相変わらず、女子って凄い。
いや、私も女子だし、女子全員がこんなんじゃないのは分かっているんだが。
本人に聞こえるように堂々と言える度胸だけは、本当に、小学校から感心している。
それで、義昭は聞いているだけか。
「…ホンット、キモイよね」
…時間が止まった。
まさか、入学早々で裏切られるとは思ってなかった。
これは流石に予想してなかった出来事だった。
「だよねぇ!なぁんだ、義昭君もそう思ってたんだぁ」
「うん、キモイよね。オマエらみたいな女子って、ホンットキモイ」
「…え?」
…今度は女子達の時間が止まったようだ。
「如何して女子ってさ、そんな本人目の前にしてあること無いこと悪く言えんの?確かに奏は暗いけどさ、でも、アンタらみたいに心、醜くねぇと思うカラ。オレには、アンタらのがよっぽどキモイね」
「は?意味分かんないんだけど…え、てか何?義昭君あぁいうの好み…」
女子達が反撃する。
「なんで女子ってそう恋愛ごとに結びつけんの?欲求不満なビッチ程キモイもんってねぇよな。勘違いしてんじゃねぇよ、このブス共が」
…こんな怖い人だったのか。
口悪すぎ、態度悪すぎ、目付き悪すぎ、何処の不良だオマエ。
と、思いつつも、嬉しい自分がいたりした。
言葉も出ず、顔を真っ赤にして女子達は震えている。
そして最後に彼女達から出た言葉は。
「はっ!?テメェこそ勘違いしてんじゃねぇっつぅの!!」
「マジ話しかけて損したし!」
そう口々に言いながら、不機嫌そうに彼女達は去っていた。
去り際に、私の机を誰かが蹴ってったけど、私はただ義昭を見ていた。
「…ふぅ。やだやだ!女子のしがらみってこえぇなぁー!!」
女子達から解放された義昭は、一人で背伸びをして叫んだ。
その周りを男子が囲む。
「オマエすっげぇなぁー。あぁいう女子にはオレは口出ししたくないねぇ」
「つぅかオマエ馬鹿だろ?あれ?何?あんなんじゃなくても他に女はいるんだ的なアレか?」
次は男子にモテ始めた義昭をみながら、私はただ、ただ。
笑いを堪えながら、顔を歪めていた。