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獣の視点

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その獣はうずくまって呻いていた。
自分が何者なのか解らず戸惑った、得体の知れない不安で一杯だった。
自分の過去がすっぽり抜け落ちてしまい なぜ悲しいのかが解らなかったのだ。
泣きたいが泣けなかった。そもそもその獣には涙腺が無かった。

「自分が何者か知りたいか…」

暗い部屋に響き渡る声。
「知りたい!」と叫びたかったが獣の口から出るのはうめき声だけだった。

「どうだ…?」
腹に響く湿った布のような声が怖かったが
獣は無茶苦茶に頷いた

「そうか…」

チャリンと獣の足下に何かが落ちた

「それは金だ」

獣はそれを拾い上げてみた
「カ…ネ…」
よく見てみようとするとそれは粉々に砕け散った
獣は申し訳ない気持ちになった。
もしかして声の主の大切な物だったらひどい目にあわされるかもしれない。
しかしその声の反応は意外な物だった

「それでいい…それは一円玉というものだ」

「イチエンダマ…」

「そうだこの国の金で一番弱く少ない金だ」


チャリン
また獣の足下に何かが落ちた

「それは十円玉だ」

さっきほどもろくはなかったがやはり持ち上げるとぐにゃりと曲がった

「それはさっきの金の十倍の価値がある」

さっきのより大きいし重いし少し固かった。
獣はもっともだと思った。

チャリン

「これはその十倍だ」

次のは銀色に輝いていてキラキラ光っていた。
たしかにさっきのは茶色く濁っていたし獣は納得した。

チャリン
「そしてこれはそれの5倍」

次のはもっと大きくて綺麗だった。
なにより固くて立派だった。獣は納得した。

「そしてこれが20倍」
獣は期待した。
さっきの20倍も美しいものを見てみたい。
もしかしたらそれを見てしまったら自分はどうにかなってしまうのではないかとさえ思った。

しかし獣の前に出てきたのは茶色くて薄い紙だった。
つまみ上げると最初のよりはるかに壊しやすくもろかった。

何かの間違いだ、獣は悲しくなった。

「そうだ、それが今の社会だ。」

獣は悔しかった。
こんなに綺麗な物よりこんな茶色の紙のほうが価値があるなんて間違っている。

「美しいもの強いもの強靭な物より弱い物の方が価値があるなんて間違っているとは思わんかね…」

獣は首が千切れる程頷いた。

「そうだろう…そんな間違った世界を正してやろうとは思わんかね…」

獣はまた首が千切れる程頷いた。
この声の主が正しいと思った。
この偉大な声のためだったら何でも出来る そう思った。

「よろしい…ならば行け!デスウルフ!」

自分の名前を知った!俺はデスウルフ!自分はこの人の為に戦う俺は戦う!

嬉しさと使命感に震えたデスウルフは天井に向かって吠えた。
すると天井は二つに分かれ綺麗な月が見えた。

自分の体が見えた。
自分の手を見た。
自分の体は銀色でぴかぴかしていた

よかった…自分には価値がある

そう思うと嬉しくなった。




獣は月に向かって吠えた。



6, 5

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