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最終章 One-For-All

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『ピピピッ、プシュウゥー』

「ん・・・」
エアーが押し出される音と共に、俺の入っているカプセルが排出された。
「ぐーむむむむ・・・・」
なんだか気分が悪い。相当な期間眠っていたのもあるだろうが、恐らく安定脳波維持装置が上手く作動しなかったのだろう。全く以って酷い夢を見た。
血圧が戻っていない気だるい身体を無理矢理ベッドから起こし、現在の状態を確認する。
「むぅ・・・」
改めて個室を見渡してみると、非常に狭い部屋である事を再確認させられる。
さっきまで見ていた夢では、俺は21世紀台の世界で普通の高校生をやっていたようだが・・・
此処はそんな広い世界とは打って変わって、4畳在るか無いか、と言った所か。
ま、元々は一人分の人工冬眠カプセルを保護する為だけの区画だし、文句をつけても仕方ない。
「で、外はどうなってんだ・・・?」

俺が物心付いたか付いてないか位の時に、俺の国は戦争を起こした。
俺は裕福な家に生まれ、その戦争が本格化するまでは、そう言った事とは無縁に生きてきた。時々流れてくる戦況のニュースに多少耳を傾ける事はあったが、情報操作が加えられた後の胡散臭い話を聞くのも癪だったし、戦地が遠くてこっちの生活にはほぼ影響が無いこともあって、ほぼ聞き流していた。
が、ニュースに流れることは無かったが、国軍はかなり戦地で相当手を焼いていたらしく、国土にこそ戦火は広がらなかったものの、戦争は長期化・・・俺が中学校に入ったか、それくらいの時期にようやく、その影響がこっちにも現れ始めた。
最初は食事に。ひと月経つ毎に主食の量が減っていき、半年経つ毎に主菜が一品減った。
それから衣類や生活用品にも規制がかかった。一般市場に回される分の石油まで軍が買い占め始めたとか何とかで、販売店に人が殺到する現象が各地で起きたらしい(うちは専売契約を裏で交わしていたらしく、その影響は余り受けなかったが)。
そうなると周囲の視線が痛くなって来る。学校に行くと周囲からは侮蔑の目で見られ、会話を交わす事も無くなり、教師すら俺の存在に触れなくなっていった。
親から直々に不必要な外出は控えろと指示を出され、一般人とは違う形だったが、次第にその戦争の不便さと窮屈さが身に沁みて感じられてきた。

それから1年経ったか経たないか位だったか、どこかで核爆弾が投下されたって言う話を聞いたのは。

その後はまるで絵に描いたSF映画みたいな展開だった。
国連で大騒ぎになって、国々が次々に宣戦布告するわ・・・加盟国がどんどん抜けてって、国連は機能停止。挙句の果てには報復核まで発射される始末。
世界を纏め上げる機関を失い、核による核の報復、誰にも止める事の出来ない不の連鎖が始まった。

国と国の間で倫理について議論される場が無くなれば、残るのは『自国の利益』唯一つ。
他国がどうしたって? そんなモノもう関係ないし、それが自国を脅かすなら核爆弾で焼き払っちゃえば御仕舞いじゃーん。

・・・って言うのは、匿名掲示板で頭の悪いヤツが書き込んでた内容の受け売りなんだけど。
実際の所、普段そう言った情報を確認していなかったのが災いして、核爆弾が落とされた経緯や、国家間の関係や、国内の情勢等の最低限知っておくべき情報は俺は何一つ把握できていなかった。
流石にこの時ばかりは自分の甘さと無知に嫌気が差した。

そして俺たち一家は、完成直前の避難用シェルターに入れる切符が運良く手に入ったとか何とかで、核戦争が本格化する前に戦火を逃れる事になった。
正直な話、俺はその時、あの場に留まって何か自分に出来る事をやりたかった。国民総動員なんたらかんたらで近所の人や知り合いがどんどん徴兵されていったり、強制労働に連れて行かれる姿を見て、そうやって周りが苦しんでいるのに、俺だけがのうのうと、何もせずに生きている事が心苦しくなっていた。
流石にそればっかりは少し自分の意思を貫きたいと思って、親に一度その話を打ち明けた。すると向こうは逆上して『人が折角骨を折って手に入れてやったと言うのに~』とか『今更残っても泣きを見るだけだ~』とかなんとか言って、叫ばれ、喚かれ、怒鳴り散らされ・・・その勢いに圧倒されて、結局俺はその話に首を縦に振ってしまった。
実際は親父も御袋も苦労した様子なんか無かったし、未だに膨れた腹は出っ張ったままだったのだが。

そして、このシェルターでの暮らしが始まった。
完成していなかったのは地下にあるこの人工冬眠装置のみで、それが完成する前までは、この上層部にある居住区画で生活していた。
しかし、外部から隔絶され、混乱を避ける為に情報を管理された閉鎖空間。数週間すると、痺れを切らしたヤツが取り乱し、次第にシェルター内にも不和が出始めた。
初めから嫌な予感はしていた。少なくとも俺の親二人は、神経質で我慢弱い、そういう奴等の内に入っていたから、近いうちに何か起こすだろうと言う確信があった。
そうして馬鹿な連中が、彼ら曰く「いつまで経っても完成しない」人工冬眠装置を見かねて『外に出よう』と言い始めた。
その中には勿論、俺の両親も混じっていた。
俺はシェルターを出るつもりなんて毛頭無かったが、当然の如く両親は俺を道連れにしようとした。
流石にこの時ばかりは自分の親に失望した。一般人を見捨て、自分からシェルターに逃げ延びる事を選択したくせに、場所が狭いだの、気が狂うだの、そう言った小さい事を理由に管理者に文句を付け始め、挙句の果てにはシェルターを出て他の場所を探す、と・・・ここまで身勝手で愚かな人間だったとは想像もしていなかった。
そこで俺は両親と決別した。それから数日後、両親含め、管理者の説得を聞き入れなかった奴らは、シェルターを出て行った。
その後の行方は当然知る由も無い。少なくとも、俺たちが人工冬眠している間に死んだのは確実だろう。
両親が居なくなって、初めの内は少し辛かったが、元々家に一人で居る事も多かったせいか、程なく慣れてしまった。周りの人も俺を哀れんで親切にしてくれて、皮肉な事に親が居なくなってから格段に居心地がよくなった。
それから二ヶ月ほどして、人工冬眠装置が完成した。
セーフティチェックが終了し、動作テストを終え、バグや誤作動が起きない事を確認し終わった後、俺たちはこの区画に順次連れて行かれ、眠りに付いた。


そうして、今に至ると言う訳だ。
直前に聞いた話では、人工冬眠から覚めても、混乱を避ける為に暫くの間は部屋のロックが解除されないらしい。部屋毎に順次解除されるとの事だ。
「しかし・・・」
こういう場合、俺はジッとしていられない性質だったりする。
「(ロックって解除できたりしないのかな・・・)」
扉に近付いて、タッチパネルに手を当ててみる。
『ロックされています。ロックを解除するにはパスコードを入力してください』
「(・・・それじゃあ、パスコードを入力すれば、ロックが解除されるって事か?)」
その一抹の可能性に、俺の好奇心が食い付いた。
「(ご丁寧にアルファベット入りかよ・・・)」
こうなると難しくなってくる。入力数は9文字。暗算は出来ないが、卒倒するほどの膨大なパターンの内から唯一つを当てなきゃいけないって言う事は解る。
「(とりあえずランダムで入れてみるかな・・・)」
適当に入力して、認証させて見る。
『パスコードが違います。もう一度入力してください』
「(まぁ、そうだわな・・・)」
これで当たったら苦労はしないだろう。
しかし、出来ない事は無いはずだ―――と、思っていた。どうしてか、今の俺のテンションは少し可笑しかった。
どんな阿呆でも一目見て解る程の、限りなく不可能に近い挑戦。それに果敢に挑もうとする俺。大人しくロックが解除されるのを待っていればいいものを・・・人工冬眠から覚めた人間が初めにとる行動とは到底思えない。
「しかし9文字・・・9文字か・・・」
そんな時、ふと、部屋の傍らに置かれていた、黒ずんだ物体が目に入った。
「ギター・・・か・・・」
そう言えば、人工冬眠に入る前、俺は許可を貰ってこのギターを部屋に置かせて貰ったのだった。
当時、俺の好きだったバンドに憧れて、バイトをして初めて購入したギター。思い出の深い品だった。
外に出れない日は一日中練習して時間を潰したっけな・・・
「(弦が劣化してボロボロになってら・・・木製の部分も干乾びてて、触ると崩れる)」
大分時間が経ってしまったのか、恐らくもう二度と弾く事は出来ないだろう。
「そう言えば、あの夢・・・」
・・・センチュリオン・ギター、だっけか。
相当酷い夢だった。中二、いや、あんなネタは小学生すらも妄想しないだろう。頭がイカれている。
―――待てよ?
「(センチュリオン・・・Centurion、って・・・9文字じゃないか?)」
まさか、と内心思いつつも、一応入力して見る事にする。
「(まさかそんな馬鹿な事が、在り得るとは思わないけ・・・)」
『パスコードの認証に成功しました。ワン・フォー・オール・シークエンス強制解除。ロックを解除します』


『ウィィーン』
目の前の自動扉が開いた。
「馬鹿な・・・」
3

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