第10章 双子の魔術士
共和国首都ビュリック。ここは国の重要機関が集まる中枢都市であったが、コルツワーヌほど発展はしていなかった。しかし、戦争終結後に急速な成長を遂げ、今では世界最大の巨大都市となっている。
首都ビュリック
「ここが、首都ビュリックか・・・。信じられん、ここは本当にラインガルトなのか?」
ロイドは周りの景色に目を疑った。街に入るとその巨大さが一層感じられる。立ち並ぶ建物は皆エルロード城並みの高さであり、あちこちに道路が張り巡らされ、自動車が縦横無尽に駆け回る。さらに夥しい数の人、人、人。街は人間であふれかえっていた。
「凄いわね~、こんな街が世界にはあるなんて。」
文明の遅れたエルロード育ちのロイドとユリアには、ここはまるで異世界のように感じられるようだ。
「それで、これからどうするんだい?」
ワトソンは尋ねた。
「これから大統領官邸へ向かう。ビュリックはどうやら王石を集めているエルロードの行動を怪しんでいるらしい。俺がエルロードからの使者として、大統領閣下に直々に説明に行く。」
「うーん、僕はビュリックには2、3回ぐらいしか来たことないから分からないな~。」
ワトソンは首をひねった。
「そうか、誰かに尋ねてみるしかないな。」
ロイドは道を行く、背広の男性に近づいていった。
「すまないが、大統領官邸にはどう行けばいい?」
ロイドは男に尋ねた。
「あんた、よそ者だね。大統領官邸なら『セントラルシティ』にあるよ。ビュリックはここ『ウェストシティ』と『セントラルシティ』、『イーストシティ』の3つの区画に分かれているんだ。」
男はロイドを見ると、こう言った。
「セントラルシティへはどう行けばいい?」
「3つの区画は列車によって結ばれている。そこの道の突き当たりにウェストシティ駅があるよ。そこから列車に乗ってセントラルシティ駅で降りれば、駅の目の前に大統領官邸があるよ。」
「分かった、協力感謝する。」
ロイドたちはウェストシティ駅へと向かった。駅の前には鉱山で見たようなレールが走っていた。その上に箱のような乗り物が何台も連なっている。
「これに乗ればいいのか?」
「うん、これが列車っていう乗り物だよ。」
ロイドたちは列車に乗り込み、中の椅子に座った。しばらくして、駅員の合図の笛と同時に列車はゆっくりと動き始めた。大きな車体からは想像もつかないほど、列車は特異な音を立てながら猛スピードでレールを走る。
「こんな長い乗り物がどうやって動いているんだ?」
ロイドにとって列車は不思議な乗り物だった。
「これは電気の力で動いているんだよ。電気っていうのは雷に似たようなエネルギーで、凄い力を持っているんだ。」
「電気か・・・・。」
ワトソンの説明を聞いても、ロイドには電気というエネルギーが想像もつかなかった。
「セントラルシティ、セントラルシティ。お忘れ物にお気をつけ下さい。ご乗車ありがとうございました。」
話をしているうちに列車はセントラルシティ駅へと着いた。駅を出ると、目の前に巨大な庭園が現れ、はるか先には建物が見えた。どうやらあれが大統領官邸のようだ。
「おい、貴様。部外者が官邸へ何のようだ!!」
ロイドは衛兵に呼び止められた。
「俺はエルロード魔法騎士団長『ロイド・アルナス』だ。国王陛下の使者として、大統領閣下にお会いしたい。」
ロイドはそう言って、首に下げた一角獣の紋章を見せた。
「それは、王宮騎士の証・・・。失礼しました、どうぞお通り下さい。」
衛兵は門を開けた。門をくぐると奥の建物までの道が伸びており、左右には森林が広がっていた。庭園内はとても広いため、迎えの車が来ている。ロイドたちはとても長い黒色の車に乗り、官邸へ向かった。
「騎士団長殿、エルロードから長旅ご苦労様です。私が大統領補佐官のアウグストです。」
官邸の入り口にはアウグストと名乗る大統領補佐官が迎えに来ていた。片目のスペクタクルズを付け、礼服を身にまとった姿から大統領の片腕として切れ者の印象をロイドは感じ取った。
「お迎えご苦労様です。さっそくですが大統領閣下にお会いしたいのですが。」
「こちらでございます。」
ロイドたちは補佐官の案内で、官邸内の赤い絨毯の上を歩いていった。やがて、補佐官は突き当たりの部屋の前で止まった。
「ここが大統領執務室でございます。」
そう言って補佐官は扉をノックした。
「閣下、客人でございます。」
「うむ、入りたまえ。」
補佐官が扉をあけると、ロイドたちは中へ入っていった。
「ようこそ、騎士団長殿。私がビュリック共和国大統領の『プレジデント・ルーファス』だ。」
大統領は大きなデスクの向こうの椅子に腰掛けていた。見るとまだ歳は若く、40になったばかりといった感じである。顔立ちははっきりしていて、短めの口ひげが威厳を醸し出している。この若き大統領ルーファスは、元は一介の工場の技術者から大統領に就任したという異色のキャリアを持っている。
そのため、ビュリック国民の支持は厚く、敏腕補佐官アウグストの手腕で政治面も素晴らしい。
「閣下、お目にかかれて光栄です。」
ロイドたちは膝をつき、頭を垂れた。
「まあ頭を上げなさい、私は大統領といっても君たちと同じ人間だ。そんなことをする必要はない。ところで、ひとつ聞きたいのだが・・・・。」
「どうぞ、何なりとご質問してください。」
「エルロードが最近王石を集めているという話を聞いてな。目的は何なんだね?まさか、悪魔王の力を手にして再び戦争を起こそうと言う気はないと思うが・・・・。」
大統領はさっきとはうって変わって、神妙な面持ちで尋ねた。
「実は最近、王石を悪用しようという輩が出てきております。そうなっては世界が破滅すると畏れられた国王陛下が私に王石を集めるように勅命を下されたのです。ですから、我々は再び戦争を起こそうという気は全くございません。」
「なるほど、それを聞いて安心した。ビュリックも全面的に協力しよう。」
大統領は再びにこやかな表情に戻った。
「さて、私はこれから閣議に行かねばならん。最後に君たちにこれを授けよう。」
すると、補佐官が隣の部屋からなにやら持ってきた。
「共和国軍正式採用多目的銃『ドレッドノート』。目的に合せて炸裂弾、火炎弾、硫酸弾の3つを使うことが出来る、最新鋭の高性能銃だ。君たちの仲間に銃を使えるものは居るかね?」
「では、僕が頂きます。」
ワトソンは前に出て、銃を受け取った。
「では、これにて失礼します。」
ロイドたちはゆっくりと執務室を出て行った。
「ふ~、息苦しかった~。どうもああいう雰囲気は苦手だわ~。」
ユリアは大きく息を吐いた。
「でも、大統領さんはとても気さくな方でしたわね。やっぱり、元は技術者だから私たちが親しみやすいのかもしれませんわね。」
ロイドたちは再び駅前広場に戻った。
「さて、この辺で手分けして情報収集をするか。1時間後にここで落ち合おう。」
ロイドの提案で、一行は分かれた。
「『バー・ギアサウンド』・・・・。『歯車の音色』か、入ってみるか。」
ロイドはふと目に留まった酒場へと入っていった。
「いらっしゃい、お客さん初めてかい?」
中に入ると、マスターがシェイカーを振っていた。
「ああ、エルロードから旅をしている。とりあえず、ワインを一杯。」
ロイドはカウンターに座ると、ワインを注文した。
「へ~、それはまた遠くから来たもんだ。お客さん騎士のようだが、公用かい?」
マスターはシェイカーを置くと、慣れた手つきでグラスにワインを注いだ。
「ああ、さっき大統領閣下にお会いしてきた。」
「プレジデントにお会いできるとは、お客さん地位の高い騎士なんだね~。はい、お待ち~。」
マスターはカウンターにグラスを置いた。ロイドはグラスをそっと持つと、ワインを1口含んだ。エルロードの最高級ワインほどうまくはないが、久々にワインを飲んだロイドにとっては、たいそううまく感じられた。
「ところで、1つ聞きたいことがあるんだが。」
ロイドはワインを飲み込むと、口を開いた。
「王石について何か知らないか?」
マスターはシェイカーを振る手を止めた。
「王石・・・・・ですか?伝説上でしか知らない代物ですので、私にはさっぱり・・・・。」
「そうか・・・・。」
一方その頃、ワトソンは・・・・
「『セントラルガンショップ』。銃器店かな?」
ワトソンは店に入ってみた。
「いらっしゃい。」
店の中は拳銃、ライフル、散弾銃など大小あらゆる銃が陳列されていた。奥のカウンターには若い男の店主が立っている。
「え~と、ちょっと聞きたいことがあるのですけど。」
ワトソンは店主に話しかけた。
「王石について何か知りませんか?」
「『キングストーン』・・・。はて、そんな銃ありましたっけ?」
店主は首をひねった。
「いや、銃じゃなくて、伝説に登場する宝石なんですが。」
「ああ、かの悪魔王の封印石の破片ですね。そういえば、私が仕事でガストラングへ行った時です。途中で立ち寄った『ラパ』という村で王石の噂を聞いたことがありました。ラパへ行ってみてはどうでしょうか?」
「そうですか、ありまがとうござます。」
ワトソンは店主にお礼を言うと、店を後にした。
しばらくして、一行は再び駅前広場に集まった。
「すまない、こっちは手掛かりなしだった。」
「私たちも有力情報は得られませんでしたわ。」
ロイドとジョアンはうなだれて言った。
「僕の方は手掛かりがつかめたよ。ここから北のラパという村に王石があるらしいよ。」
「そうか、よくやったワトソン。早速、明日ラパへ向かおう。」
ロイドは喜んで言った。しかし・・・・
「見つけたわよ、ロイド・アルナス!!」
突然、どこからか女の声が聞こえた。
「誰だ、姿を現せ!!」
ロイドは背中の大剣に手をかけた。すると、空間に青いひずみが現れ、そこから魔術士風の2人の女が出てきた。
「私たちはストーンバーグラーズの刺客、コードネーム『双子の魔術士(ジェミナイマジシャン)』。
おとなしく王石を渡しなさい!!」
黒いローブを纏った女は言った。
「ストーンバーグラーズだって!!お前たちが父さんと母さんを殺したんだな!!」
ワトソンは拳銃を構えて叫んだ。
「お前の両親を殺したなんて、アタイは知らないよ。まあいい、刃向かうなら力ずくで奪い取る!!姉さんいくぜ!!」
真紅のローブの女が言うと、姉さんと呼ばれた黒いローブの女は詠唱を始めた。
「トランスポーテーション!!」
すると、再び青いひずみが現れ2人の姿は消えた。
「くそ、奇襲をかけるつもりか。気をつけろ、どこから来るか分からんぞ!!」
ロイドは剣を構えながら辺りを見回した。
「あれは私たち精霊魔法使い(ウィザード)は行使できない、空間転移魔法!!あの女何者なの?」
ユリアは驚いた。
「ウィンドスライサー!!」
突然、背後から声がしたかと思うと、おそらく妹であろう真紅のローブの女が風の刃を放った。
「危ないですわ、マジックシールド!!」
ジョアンは間一髪、魔法盾を作り出しなんとか攻撃を防いだ。
「くそ、これでは埒が明かない!!」
しかし、状況はさらに悪化した。
「おい、お前らか弱い女性によってたかって何してやがる!!」
突然、通りがかりの拳法着を着た男がこちらへ向かってきた。
「なんだお前は、俺たちは奴らに襲われているんだ!!」
「問答無用、俺が成敗してやる!!」
そういって、拳法着の男はロイドに殴りかかってきた。
「待て、話を聞け。」
ロイドは男の拳を剣のしのぎで受け止めた
「お前らの話など、聞く耳持たん!!」
男はさらに攻撃を続けた。
「俺はこいつの相手をする、お前たちは刺客を何とかしろ。」
ロイドは男の攻撃をかわしながら指示した。
「何かしら、あの勘違い男は。まあこっちには好都合だわ。」
姉妹は再び姿を消した。
「また、消えた!!」
ワトソンは銃を構え、周囲を警戒した。
「ワトソン、後ろ!!」
ユリアが叫び、ワトソンは背後を向いた。
「アイスランス!!」
その瞬間、妹の方が巨大な氷柱を飛ばした。
「く、そこか!!」
ワトソンは氷柱を横に飛んで避けつつ、体制を崩しながらも銃を撃った。しかし、弾丸が命中する直前に妹は再び消えた。
「精霊魔法と空間転移魔法との巧みなコンビネーション攻撃、どうやって崩せばいいんだ?」
3人は思わぬ刺客に翻弄されっぱなしであった・・・・・。
第10章 完