第14章 王石の真実
ガストラング帝国。ここは終末戦争時代に成立した、大陸の東側に位置する新興国家である。雨が多く温暖な気候のため、古くは農業を主にしていたいくつかの小国家が存在していたが、これらの国は互いに争いが絶えなかった。そんななか、終末戦争の混乱に乗じて一人の男がこれらの国を統一した。後の初代皇帝カール・リヒトハルト・シュミッド1世である。
シュミッド1世は類まれなるカリスマ性を持ち、「知識こそが力である」と説いて国立アカデミーを設立し多くの研究者を育てた。特に魔法研究が盛んで研究成果を軍事に取り入れ、終末戦争期に最強の魔術士団を率いて戦った。現在では工学研究も盛んでビュリックに次ぐ近代文明を持っている。ガストラング帝国はこうした知識と魔法の国家である
「はあ~、疲れた~。」
ユリアのため息が聞こえた。一行はやっとの思いで火山を降りたところで、目の前には広大な平原が広がっていた。
「ここがガストラング帝国か。本当はあまり来たくない場所なんだが・・・。」
ロイドがそういうのも無理は無い。エルロードとガストラングは終末戦争で互いに敵国であった。未だにその確執は残っており、しかも今の皇帝はなかなか過激派な人物らしい。
「おい、なんか町が見えるぜ。」
ラッドが叫んだ。平原の向こうに赤レンガの家々が連なる町が見えた。その中に混じってひときわ大きな建物がある。
「ともかく、行ってみるか。」
一行は町を目指した。
学術都市 マクレス
マクレスはガストラング帝国の玄関口の町である。この町を象徴する大きな建物は国立アカデミーであり、ここにはアカデミーに所属する学者たちが多く住んでいる。まさにガストラングの象徴というべき町である。
「入り口の看板に何か書いてあるな・・・、『マクレス』。」
ロイドは門を見上げた。
「しかし、活力のねえ町だな。白衣や黒いマント着た、見るからにヒョロヒョロのひ弱そうなのがそこらじゅうに居やがる。見ているだけで寒気がするぜ。」
マルスは町を眺め回して言った。たしかに、マルスみたいな筋肉バカには嫌いなタイプの人々が多く見受けられる。その風貌から、おそらくは研究者や学者と思われる。
「エルロード魔法騎士団長、ロイド・アルナス様ですね?」
ふと、一人の黒マントの若い男がこちらへ話しかけてきた。
「そうだが・・・、お前は誰だ?」
「私は学者見習いの『ルドルフ』という者です。私の先生があなたにぜひお会いしたいそうです。」
「悪いが、俺は急いでいる。学者の長話を聞いている暇は無いんだ。」
「『クレア・ヴァンデルリッヒ』と言う名をご存知ありませんか?」
ロイドはその名を聞き、一瞬沈黙した。
「ヴァンデルリッヒというと、世界的な歴史学者で、終末戦争時代の権威ではないか。」
「さすが騎士団長様、ご聡明である。そのヴァンデルリッヒ先生がぜひお会いしたいと言っておられるのです。」
ルドルフはにこやかに言った。
「もしかしたら王石に関する重要な情報が得られるかもしれないな・・・。よし分かった、お会いしよう。」
「ありがとうございます。先生の研究室までは私がご案内いたします。」
一行はルドルフの案内で国立アカデミーへと向かった。
国立アカデミー
「すごいわね~、レンガ造りでこんなに大きな建物があるなんて。」
ユリアは驚いた。
国立アカデミーは近づいてみると想像以上の大きさだった。高さはエルロード城並である。古いレンガ造りでこれほどの建築物が作れるとは、当時の建築技術の高さが窺える。
「アカデミーは帝国でも最も古い建築物です。建立から400年経っても一度も立て直されたことはありません。」
ルドルフは付け加えて言った。
「この棟が歴史・地理学の研究棟です。」
一行は建物の中に入っていった。中は思ったより広く汚れはほとんどなかった。目の前に階段があり、左右に廊下が広がっている。
「先生の研究室は3階です。」
3階まで階段で上がり、右の廊下へ入った。廊下はかなり長く、左右に無数の部屋がある。ルドルフはある部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。
「先生、ルドルフです。」
「うむ、入り給え。」
奥から落ち着いた声聞こえ、ルドルフはドアを開けた。
「先生、客人をお連れしました。」
「ようこそ。私が歴史学者の『クレア・ヴァンデルリッヒ』だ。終末戦争期を専門としておる。」
クレアは椅子から立ち上がり、会釈をした。クレアは灰色の長い髪で、あごに白い髭を生やしていた。見るからに威厳のある、初老の男であった。
「初めまして、ヴァンデルリッヒ博士。お目にかかれて光栄です。」
ロイドは騎士団流の敬礼をした。
「貴殿等が王石を集めていると聞いてな、ぜひ話しておきたいことがある。」
そう言うと、クレアは書物が無数に並ぶ大きな本棚から一冊の本を取り出した。
「これを見てくれ給え。」
本を机の上に広げると、ロイドたちはそれを覗き込んだ。
「これは終末戦争期のとある文献だ。しかし、この中には恐ろしい王石の真実が記述してあった。」
クレアは眉間にしわを寄せ、重々しく語った。
「そなた等は王石の成り立ちを知っておるかな?」
「ああ、神界王オーディンが悪魔王メフィストフェレスを巨大な封印石に閉じ込め、それをバラバラにしたものが王石だ。」
「その通りだ。世間では王石は全て集めたものは悪魔王の力を手に入れることができるなどと都合がいいように解釈されている。」
クレアは文献のある一節を指差した。
「だが、ここにはこう書いておる、『王石を集めし者。魂・肉体、全てを失えり。悪魔王蘇り。』」
ロイドたち一行は凍りついた。
「つまり、王石を集めた者の魂・肉体を生贄に悪魔王が復活するということだ。」
「これが本当だとしたら、組織の野望を一刻も早く阻止しないと大変なことになる!!」
ロイドは叫んだ。
「これはまだ学会にも発表していない文献で、この事が本当かはまだ定かではない。だが、王石を集めようと馬鹿なことを考えている輩がいるなら、一刻も早く阻止して欲しい。」
クレアは静かに本を元に戻した。
「私は君たちに世界の命運を任せておる。二度と終末戦争のような戦乱は起きて欲しくない。」
「分かりました、絶対に悪魔王の復活は阻止します!!」
ロイドは高らかに宣言した。
「して、貴殿等はこれからどうするつもりかね?」
「とりあえず、帝都を目指そうと思う。」
クレアはキセルをくわえ、火をつけた。
「帝都に行くには2つの手段がある・・・。」
キセルを口から外し、煙を吐きながら静かにこう言った。
「一つはマクレス~ガストラング間を結ぶ鉄道を利用する方法。だが、最近の帝都の警戒はかなり厳しい。エルロードの王宮騎士の貴殿が堂々と入るわけに行かないであろう?」
「ああ、見つかったら確実に捕らえられてしまうだろう。」
「もう一つは通称『人狼(ワーウルフ)の洞窟』と呼ばれる洞窟を抜ける方法。これなら衛兵に見つからずに帝都の外壁に出ることができる。それに、どうやら人狼の洞窟には王石があるらしい・・・。」
「なるほど。では、人狼の洞窟を目指すことにしよう。協力感謝する。」
こうして一行はアカデミーを後にした。
学術都市 マクレス
「なあ、本当にあの爺の言ってることを信じるのか?」
マルスは宿への道を歩きながら、ロイドに尋ねた。
「ヴァンデルリッヒ博士は世界的な権威だ。かなり信用できると思うぞ。」
「そうか・・・、俺はどうも学者という人間は好かん。そう言うなら、ロイドの考えに任せるぜ。」
「さっきから、王石とか、悪魔とか、神とかさっぱりわからねえぜ!! 誰か説明してくれ!!」
ラッドは頭を掻きむしった。
「ラッドは終末戦争の話を知らないのか?まあいい、宿でゆっくり話してやる。」
宿に着くと、ロイドは受付に交渉を始めた。
「1部屋400エルクか、ちと高いな・・・。」
ロイドは800エルクを受付に払うと
「ユリアとジョアンは201、他は202だ。」
各自部屋へと向った。
こうして、マクレスの夜は静かに更けていった。ロイドは自らの使命の重圧を改めて感じ、なかなか寝つけなかった・・・。
第14章 完