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第二十一章 禁呪

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「フハハハ・・・、素晴らしい、全身から力がみなぎってくるようだ。これが魔剣の力か。」

マークは不気味に高笑いを上げた。その瞳は憎悪で真っ赤に染まり、前屈みになりながら魔剣を持つ2本の腕をだらりと下げている。足元はおぼつかないように、ふらふらと体を揺らしている。その姿はもはや化け物であった。

「一命は取り留めましたが、完全に魔剣に肉体を乗っ取られたようですね・・・。だから、あれほど注意しなさいといったのに。」

エリックは変わり果てたマークの姿を哀れみの表情でみつめていた。

「マーク・・・、お前って奴は、こんなに変わり果てた姿になるなんて・・・。」

ロイドは化け物となった、かつての好敵手の姿に涙した。涙は光輝く聖剣に落ち、その粒は光を反射し綺麗に輝いて散った。

「待っていろ、すぐ目を覚まさせてやる。」

ロイドは涙を拭うと、聖剣イングラクトを構え、マークを見つめた。その眼差しは強い信念に満ちている。そして、気合とともに斬りかかった。

「今の俺には傷一つつけることもできん、ロイド!!」

マークは二刀を交差させ、ロイドの斬撃を挟み込むようにに受け止めた。

「馬鹿な、そんな不安定な体勢で攻撃を受け止められるはずが・・・。」

ロイドは剣を握る手に更に力をこめるが、刃はピクリとも動かない。まるで巨大な城壁に阻まれているようであった。

「ふん、そんなものか。」

マークは少々期待はずれかのように嘲笑を浴びせると、二刀で絡め取るようにして剣をはじき返す。ロイドの手を離れた聖剣イングラクトは回転しながら宙を舞い、石床に突き刺さった。

「しまった、剣が。」

ロイドが突き刺さったを取りに走るが、時すでに遅し。

「終わりだ、ロイド!!」

マークが体を回転させながらストームブリンガーを振り回すと、マークを取り囲むように上昇気流が発生した。

「ツイスター!!」

やがてその気流は巨大な竜巻となり、唸りを上げてロイドに向かって進みだした。

「よもや、そよ風すらない屋内に竜巻を作り出すとは。」

ロイドの身体は無常にもあっという間に竜巻に飲み込まれてしまった。

一方その頃、

「ぐふっ・・・。」

帝国兵の体が激しく石壁に叩きつけられた。衝撃で壁が人型のようにめり込んでしまい、兵士は血反吐をはいて倒れる。そこには拳を突き出したマルスが立っていた。

「情けねえな。ガストラングの帝国兵はこんな軟弱者ばっかりなのか?もう少しできると思ったんだがな。」

マルスは退屈そうに拳をボキボキと鳴らし、首を回した。周りには気絶した帝国兵が山のように積み重なっている。

「化・・・、化け物だ。素手で我等帝国兵をここまで葬るとは・・・。人間の所業とは思えん。」

帝国兵たちはマルスの鬼神の如き強さを見て、恐怖に慄いた。見ると、顔面蒼白で冷や汗を流しており、完全に戦意を喪失している。

「こっちも大体片付いたぜ、戻って来いケルベロス!!」

ラッドは首に提げた笛を吹いた。すると、帝国兵の首に噛み付いているケルベロスが戻ってきた。

「己、子供と犬ごときにここまで虚仮にされるとは・・・。」

帝国兵は右手で首を抑えながら呻いた。

「魔法結界解除シマシタ、制御システム終了シマス。」

ふと、あたりに機械のような人工的な声が響いた。

「よし、結界解除成功!!」

一心不乱に機械に向かっていたワトソンが、立ち上がり声を上げた。どうやら、魔法結界が解除されたみたいだ。

「これで魔法が使えるわね。今まで抑えてた分、存分に暴れてやるわよ。」

ユリアは杖を持ち叫んだ。

「フフフ・・・。それはこっちの台詞ですね。」

エリックがふと不適なふくみ笑いをした。

「まさか、本当に結界を解除してくれるとはありがたいですね。帝国兵は、揃いも揃って役立たずばっかりで困りましたよ。ここからは、ガストラング魔術士部隊長『エリック・サルマンド』が直々にお相手いたしましょう。」

今まで床に腰を下ろして、戦いを静観していたエリックであったが、おもむろに立ち上がった。そして、頭を覆っていたフードを拭い去った。初めて素顔をあらわにしたエリックの瞳は、驚いたことに左右で色が違っていた。左目が青で右目が赤である。

「私が本気で戦うのは久しぶりですね・・・。」

ふと独り言をつぶやくと、ローブの袖を捲くり、左腕を露出させた。その左腕には、右手に大鎌・左手に小型の振り子時計をもった老人の絵と多数のルーン文字の刻印が掘り込まれていた。

「うわあああ、エリック様が『あれ』を使われるぞ、逃げろーーーー!!」

それを見た帝国兵達は急に血相を変えて、一目散に逃げ始めた。

「あの老人は時の神『クロノス』ですよ。でも、何でそれを左腕に掘り込んでるのでしょうか?」

ウォーリスは左腕の刻印を見て疑問を抱いた。

「ただのこけおどしだろ、先手必勝だ!!」

マルスは物怖じすることなく、エリックに殴りかかる。

「やれやれ、せっかちな人ですね・・・。グラビティブラスト!!」

エリックが左手をかざすと、強い衝撃を受けたかのようにマルスの身体が吹っ飛んだ。無論エリックにそんな腕力はなく、第一、左手は触れていない。

「ぐはあ!!」

マルスは体ごと壁に激しく叩きつけられた。

「いったい何が起きたんだ?」

「目には見えませんが、圧縮した重力の塊をぶつけただけです。本番はこれからですから黙ってみていなさい。」

そう言って、エリックはその左手を地面に置いた。

「テリトリー展開!!」

すると、エリックの左腕の刻印が青白く光り、床一面に巨大な時計盤が描き出された。時計盤は本物の時計のように針が動いている。

「時よ、歩みを休めよ、ルーズ・ザ・タイム!!」

エリックが詠唱をすると、床の時計盤の針の動きがどんどん遅くなっていった。

「いったいこれは・・・。」

ウォーリスは目の前の不思議な光景にただ引き込まれていた。

「この空間が私の『支配領域』に入ってしまえば、お前達など虫けら同然ですよ。いきますよ・・・。」

そう言うと、なんと、一行の目の前から突然エリックの姿が消えた。もちろん、空間転移魔法を行使した形跡も無かった。

「どこへ消えやがった。」

マルスは怒声を上げた。しかし、それは虚空にむなしく響くだけであった。

「遅いですよ。」

ウォーリスは背後からエリックの声を聞き振り向いた。しかし、時すでに遅し、エリックは左手をかざしてニヤリと口元を上げていた。

「グラビティブラスト!!」

ウォーリスは重力弾を体に受けてしまい、激しく吹き飛ばされた。

「そこか!!」

ワトソンはエリックに向けて、銃を撃った。しかし、再び姿が消えてしまい、弾丸は空を切った。

「さっきに比べて、格段にスピードが増していやがる。」

マルス程の拳法の達人の眼をもってしても、エリックの動きは捕らえられないようだ。

「それはちょっと違いますね。」

エリックは再びもとの位置に姿を現した。

「この空間の時の流れが遅くなっているんですよ、私には影響しませんが。あなた方から見れば、私のスピードが途轍もなく速いように感じますがね。私から見れば、さっきの銃弾ですらハエが止まる程の遅さですよ。」

「この男、時間を操れるというのですか?いやしかし、時間を操るなんて真似ができるわけがありません。」

ウォーリスは目の前の光景を信じたくないように、頭を振るわせた。

「『禁呪』というものをご存知ですか?」

ふと、エリックは質問を投げかけた。たいした余裕である。

「キンジュ?何だそれ、食いもんか?」

ラッドには聞いたことの無い言葉だった。

「フフフフ・・・、面白い坊やですね。」

エリックはラッドの答えに苦笑した。そして、再び語り始めた。

「古来より、どれだけ魔法・科学が発達しても、人間には決して踏み込めない領域があるという教えがあります。それが、時空・物質・生命・自然の4つの領域です。しかし、畏れ多くもこの領域に足を踏み入れた者がいました・・・。」

「オルディア教の開祖、アレリウス1世ですわね・・・。」

ジョアンはふと、ラインガルトの誰もが知っている人物の名を挙げた。

「御名答です。さすが僧侶学校のお嬢様、賢いですね。」

エリックは拍手をした。

「そう、ラインガルトで最も信仰されている、主神オーディン、古代ラインガルト語で言うところのオルディアを祀る宗教、オルディア教の開祖にして、初代教皇のアレリウス1世です。彼は天才的魔法研究家としても知られていました。彼は研究の末、死者を蘇らせるという秘法を編み出し、実際に蘇生に成功しました。これを神の奇跡と信じた信者達は彼を崇め、彼はオルディア教を創始しました。しかし、その後突然、彼は巡礼先の山で稲妻に打たれて亡くなってしまいました。教会は彼が『生命』という神々の領域に踏み込んだことにより、天罰を受けたと畏れ、この秘法を『禁呪』として封印しました。」

「ごちゃごちゃ講釈垂れる奴だな。だから何だっていうんだよ!!」

マルスはしびれを切らして、怒鳴った。

「まあ、落ち着いてください。ここからが本題です。」

エリックは腕を組み部屋を歩き回り始めた。

「この禁呪の存在には帝国も眼をつけていました。王石の力だけでは力不足と感じたシュミッド6世は、10年前に極秘に禁呪の研究機関を設立し帝国屈指の頭脳を集めました。そして、研究の末に時空を操る禁呪を解き明かしたのです。」

「10年前・・・・。」

ウォーリスは10年前という言葉を反芻した。何か思い当たることがあるらしい。

「そして、帝国一の魔力を誇る、魔術士部隊長の私がその禁呪を習得したのですよ!!」

エリックは高笑いした。

「もちろん、禁呪を習得したものはそれ相応の罰を受けますがね。時空の禁呪を習得した私は、通常の1.5倍の速度で年を取る呪いを受けました。しかし、皇帝の悲願が果たせるのならば、寿命が短くなるくらい安いものですよ。」

「すごい忠誠心だ。皇帝というのは余程すごい人物なんだろうな。」

ワトソンはふと思った。

「まだまだ私の力はこんなものではありませんよ・・・。何も操れるのは時間だけではない。」

エリックが再び左手を地面に置くと、今度は刻印が赤く光った。

「リバースグラビテーション!!」

するとものすごい地響きとともに、一行の身体が浮かび上がった。

「どうなってんの、体が浮かび上がってる。」

ユリアは必死に足をじたばたさせている。しかし、地面には足がつかない。それどころか、一行の身体は急加速して上昇し、天井に打ち付けられた。

「どういうことだ、体が天井に貼り付いている。」

ワトソンは目の前の光景に目を疑った。ワトソン達だけではない、戦っていたはずのロイドとマーク、気絶して横たわる帝国兵達、床に転がっていた無数の剣、床に刺さっていたイングラクト、全てが天井に張り付いているのだ。まるで天地が逆さまになったかのようである、エリックを除いては・・・。

「この空間の重力を逆転させたんですよ。簡単に言うと、今は天井が地面で、床が天井になってます。言ったでしょう、私は時間だけではなく空間も操れるのですよ。」

「いったいどうなってるんだ、竜巻が晴れたと思ったら、天井に立っているなんて・・・。」

ロイドを飲み込んでいた竜巻は、空間の重力が乱れたことにより消滅したようだ。

「いったい俺は何を・・・。どうなってるんだこれは、さてはエリックの仕業だな。」

天井に叩きつけられた衝撃で魔剣が手から離れ、マークは正気に戻った。

「おい、俺とロイドの戦いの邪魔をするな!!」

マークは下にいるエリックに向かって怒鳴った。

「すみませんね、マーク。領域内に居ると敵も味方も関係なく巻き込んでしまうのが、時空の禁呪の欠点でして・・・。」

エリックは指をパチンと鳴らした。

「うわああああああ」

すると空間の重力が戻り、ロイド達一行を含め、天井のものは全て落下した。

「もう少し丁寧に降ろせないのか・・・。」

マークは立ち上がると、魔剣を拾い鞘に収めた。

「これではまともに勝負にならん、決着は預けておくぞロイド!!」

捨て台詞を残し、マークは転移装置へと消えた。

「待て、逃げるのか!!」

ロイドは追いかけていこうとしたが、突然体が重くなり動けなくなった。

「足が鉛みたいに重い、これでは動けん。」

「『グラビティプレス』、空間の重力を倍にしたのです。これで貴方は身動きが取れませんね。」

エリックは腰からナイフを取り出し、こちらへ詰めより始めた

「さて、このまま死んでいただきましょうか。」

「残念ながら、死ぬのは貴方です。」

ウォーリスは一言つぶやくと

「ニフルヘイムの業火に包まれし魔人よ、我の契約によりてその姿を現わさん、巨人スルト!!」

呪文を唱え、足元に赤く輝く魔方陣が現われた。魔方陣は激しい炎を噴出すると、そこから炎に包まれた赤き巨人が姿を現わした。

「これはまさか、『神召喚』・・・・。何故貴方が。」

エリックはその圧倒的な迫力に押され、巨体を見上げると思わずしりもちをついた。

「そう、皇帝シュミッド1世が行使したとされるラインガルトの神々の力を使役する秘法、神召喚です。そしてこれは炎を司る鍛冶の神、巨人スルトです。神召喚は詠唱に非常に時間がかかるのですが、あなたが長々と講釈を述べている間に詠唱させてもらいましたよ。」

ウォーリスは誇らしげに言った。

「ウォーリスがこれほどの力を隠していたとは・・・。」

ロイドは見たこともない魔法を目の当たりにして驚愕した。

「スルトよこの者に炎の制裁を、レーヴァテインインフェルノ!!」

ウォーリスが命令すると、巨人スルトは身の丈もあろうかという、巨大な燃え盛る鉈を振り下ろした。衝撃に地面が割れそこから火柱が上がった。

「これはまずい、リバース・ザ・タイム!!」

エリックは火柱に飲み込まれる寸前に、魔力を振り絞り床の時計盤の針を逆に動かした。すると、火柱が収束し割れた地面が元に戻ったではないか。

「時間を巻き戻したのか!!」

ロイドは目の前の光景に目を疑った。

「まさか神召喚を使える者がいるとは予定外でした・・・。ここは一旦退くとしましょう。」

「待ちなさい。あなた『ジョバンナ・マクレバス』という人を知っていますね?」

ウォーリスはエリックに問い詰めた。

「『ジョバンナ』、そうですか貴方が・・・。なるほどそういうわけですか・・・。」

エリックは意味深な言葉を残すと、青いひずみの中へと消えた。

「スルトよ帰還せよ!!」

ウォーリスに命令されると、巨人スルトは火の玉となって空の彼方へと消えた。

「やはり、『ジョバンナ』先生は・・・。」

ウォーリスは突然泣き崩れた。

「『ウォーリス・クレイン』。この男、本当にただの学者なのか?」

ロイドはウォーリスを鋭い眼つきでじっと見据えていた・・・・。

                               第21章 完
















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