ここは遊園地。人が愛を求めて向かう、夢と希望の楽園。
その中に異形の怪人が駆け抜ける。
人々が叫び声を上げながら怪物に道をあけて逃げ惑う。
その怪人の後ろから追いかける一人の少女。
外側に跳ねるクセッ毛に大きな瞳が印象的で、見にまとうその服装は上半身にセーラ服。
そして、履いているものはジャージといった非常にアンバランスなものであった。
「こぉらぁぁぁぁぁ! そこの怪人、待ちなさい!」
今、怪人を求めて全力疾走している私は、
ごく一般的な女子高生。
強いて違うところを上げるとすれば私は正義の味方ってとこかナ――
名前は古町朱里。
そんなわけで怪人を追い詰めて、遊園地の真ん中にある大広間までやってきたのだ。
昆虫の外見に手が四本もある怪人は足を止めて、振り向いて私を見据える。
「しつこいな」
「ようやく観念したようね。傷つけられた人の痛みを思い知りなさい!!」
「すまないがそうはいかない。俺はやるべきことがあるのでな。俺の気高き意思、砕けるものなら砕いてみせよっ!」
「パンツ泥棒がなに格好よさ気に吠えてんのよっ! バカぁ! 私のパンツ返してよぉ!」
「ふっ、今どきクマさんのプリントとはな」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!! 言うなぁ! 笑うなぁ!」
「クックッ、ハハハハ、アーハッハッハ!! そのプリントの下に『お兄ちゃん大好き(はぁと)』がサインペンで書かれていたときは流石の俺もときめいてしまったぞ!!」
怪人が悪人笑いでとんでもないことを言ってのけた。
「小さいときから履いていたんだからしょうがないでしょうがぁぁぁぁ!!――ハッ!?」
周りから苦笑が聞こえる。
「……クスクス。可愛い」
「……も、萌え~」
「……今もお兄ちゃんのことが大好きなのかしらねぇ。いいわぁ」
「小さいときから……色んなエキスが……ハァハァ…」
こいつ、生かしてはおけない。絶対に。
とくに最後の方、後でジャイアントスイング。
私は怒りで震える指を怪人に突きつけて、
「パンツ泥棒怪人っ! 人の、特に私の心を傷つけた罪、決して許さないんだから!」
両腕を顔の前で交差させ、一気に腰まで引き抜く。
私の周りに光が満ちる。
高密度のエネルギーが私を包む。
「なっ……なんだ!? この光は……」
両手で拳を作り、胸の前で思いっきりぶつける。
「閃光招来!」
エネルギーと光が爆砕する。
私の体が弾かれたように大空に舞い上がる。
「た……只の女じゃないのか? 貴様は……貴様は何者だっ!!」
純白の体操着、紺色のブルマを身に纏い怪物を見下ろす。
光り輝く太陽を背に、私は怪人に向かってこれから怪物を屠る者の名を叫ぶ。
「ブルッ! マイッ! ダァァァァァァァァァァァ!!!」
「……ハハッ!」
怪人の四本の腕から無数の刃が飛び出す。
毒でも塗ってあるのだろうか、先端から濁った水滴が滴り落ちる。
「今や世界の英雄となった伝説のブルマ戦士、ブルマイオー……その跡継ぎが存在したと聞く」
腰を屈め、空中に居る私に向かって、地面を蹴り、物凄い速度で迫ってくる!
私と怪人の距離が一気に狭まる。
「それが貴様か! ブルマイダー!!」
「――っ!」
毒爪が私の眼前をかすめる。
背筋がぞくりと来て、冷や汗が流れる。
「はぁっ!」
腕を振り切った隙を狙い、顔面に拳を繰り出す。
凄まじい衝撃を爆音と共に叩きつける。
しかし、その手ごたえは固く、怪物は拳を顔面に受け止めながら、
「ククク……」
――笑っていた。
「こ……こんのぉぉぉぉぉ!! 強がってんじゃないわよ!」
手を開いて顔を掴み、
腰を曲げてあごに向け、膝蹴りを放つ。
怪物の頭がのけぞる。
――笑い声は未だに止まず。
「強がる? 高級シルクのパンツで撫でたようなこの感覚がか? くすぐったいぞ! せめてナイロンぐらいは欲しいものだ!」
「そんな感覚わかるわけないでしょうが! 私、貧乏神も裸足で逃げ出すほどの貧民なんだからぁ! うわぁぁん!」
さらに二度、三度、拳を繰り出す。
四度目の拳を振り切ろうとしたとき、足に違和感を感じた。
「え」
怪物の四本の中の二つが伸び、私の足を鷲掴みにしていた。
「――きゃぁ!」
そのまま振り回され、景色が回転する。
足首にかかった力が突然、消える。
次の瞬間、私は地面に向かって――いや、広間の端にある池に向かって落下していった。
本能で身を丸めながら、激しい水音と水しぶきを上げながら池の中に突っ込んでいく。
怪物がブルマイダーの落ちた池を見下ろしている。
四本の腕から生えた毒爪をガチガチと合わせながらニヤリと笑う。
「これぐらいで死ぬようなブルマイダーじゃあるまい?」
池からは泡が立ち上っている。
きっと池の底でチャンスを伺っているのだろう。
「ククク……いつまで息が持つかな? 池から出てきたときが貴様の最後だ」
一際大きな泡が立ち上り、水面を揺らす。それっきり、静かになる。
「……そろそろか。寒かっただろう。もう二度と寒さに震えぬよう、息の根を止めて差し上げようではないか」
「そしてゆっくり、じっくり、ねっとりと……今履いているブルマイダーのパンツを頂いてやる! クックッ!」
そう思ったとき、もう一度泡が立ち上るのが見えた。
「ん?」
まだ息が――
再三、泡が立ち上る。泡、泡、泡、泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡泡。
「――なっ!?」
ゴボゴボと水面が泡で盛り上がる。
「み、水が蒸発している……!?」
異様な光景に、怪物は呆然と見つめていた。
体から熱が放出される。
私の体に面した部分がじゅうと音を立てて蒸発し、泡となり、浮かんでいく。
私は床の出っ張りにしがみ付き、水上の怪物を見上げながら頭の中で言葉を紡ぐ。
悪しき存在を滅ぼす呪文を。
『汝は見る
天をも砕く稲妻を
そして滅び行く間際に思い知るがいい
――正義の怒りを』
ブルマイダーを表す紋章が刻まれた、右手首のブレスレットが淡い光を放ち、振動する。
足が光に包まれる。
暴発しそうな程のエネルギーが足に集中し、圧縮され、凝縮されていく。
その足で地面を思いっきり蹴る。
凄まじい衝撃と共に、コンクリートの床がえぐれ、私は今――舞い上がる。
水面が大きく盛り上がり、耳をつんざくような音と共に、巨大な水柱が出現した。
そして人々は見る。
光を身に纏い、怪人に足を向けて逆さまに飛び出していくブルマイダーを。
それは天を貫く槍。
悪しき存在を貫く光の槍。
人々の中からぼそりと呟く声が聞こえる。
「光が登っていく……」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怪人が目前に迫ってくる。
「く、くそぉぉ!」
やけくそ気味に振り下ろされる毒爪。
しかし、私の足はそれすらも砕いて、怪人の腹にめり込む。
「ぐあっ……!!」
固くて薄いものがへし折れる音がした。
私はそのまま怪人を足の裏に乗せたまま遥かなる高みまで連れて行く。
「あの世で神様に謝ってきなさい!!! ブルマイダー奥義ぃぃぃぃぃ!!!!」
回転が加えられ、さらに勢いが増す。やがて、足は怪人の腹を貫き――!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「シャイニングゥゥゥゥゥゥインパクトォォォォォォォォォ!!!!!」
私の背後で、光が爆発する。
その光が怪物を包み、凝縮し、閉じ込められていく。
そう、お兄ちゃん大好き(はぁと)クマさんパンツまでも。
「あぁぁぁぁ!!私のパンツー!」
全てが終わり、地面に降り立とうとしたが、
「うう……お兄ちゃんごめんなさい……ふぁっ?」
足に負担をかけ過ぎたのか力が入らなく、へたりと座り込んでしまう。
「あ……あはは…疲れたぁ……あれ?」
周りに人だかりが出来ている。
みんなが心配そうに私を見ている。
ああ、心配してくれたんだ。
なんだか嬉しいな。
私は答える代わりに元気よくブイサインを出した。
とたんに湧き上がる歓声。
「ブルマイダー! ブルマイダー!」
「ブルマイダー! ブルマイダー!」
「ねぇ、かーちゃん。あのおねえちゃん、服がすけているよー」
……え?
「しっ! 言っちゃいけません!」
え、え?
慌てて、自分の体を見る。
水で濡れた体操服が肌に張り付いて透けて下着が露に……ってぇ!?
バッと両手で胸を隠し、顔を赤らめて周りを見渡す。
「なるほど、イチゴ柄ね」
「ブルマイダーはイチゴが好きなのねぇ」
「も、萌え~!」
「ハァハァ……その下にあるイチゴ……食べちゃいたい……」
「えっ……あ……う……ふ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
次第に涙腺が緩み始め、頬に一粒の涙がこぼれたとたん、
堰を切ったように大声を上げて泣いた。
何でぇぇぇ!?私、いいことしたのにこんな目にあわなきゃいけないのよぉ!