「ええええええええっ!! 一美ちゃんがこの星の人間じゃない!? しかも、王女!? しかもしかも、年齢が千を超えているってぇ!?」
「……崇めたまえー余はアルデバランの王女なるぞー」
「で、でも……なんで地球なんかに?」
「……私の星は、好戦的な種族が多くて、私達も例外じゃなかったの。私達、アルデバランの王族は絶対的な力を持った王者でなければならない
だから、後継者を決めるときに、ある試練を課すの」
「それは?」
「それが、親しい人の抹殺だってよ。一美の場合、恋人だったわけだ。まったく、えげつねぇな。おい」
「……そう、女王は冷酷でなければ国民を纏めることは出来ない。当時の女王であった母上からそれを聞かされたときは絶望したわ」
「そんな……酷い」
「そんな酷いことをするのが母上なんですのよ」
「……いくら母上の命令と言えども私はそれを承服することは出来なかった。だから、逃げてきたの。女王に逆らうことは星全体を敵に回すのと同じだから」
「一美は小型の宇宙船でここまでやって来たんだ。そこであたしと出会ったわけ。初めて見た一美は怪我だらけで、それはもう酷い有様だったぜ」
「……柊さんに出会わなければ、私はあのまま死んでいたわ」
「ちょ、ちょっと待って! 一美ちゃんはいつ地球に来たの? 私と一美ちゃんは小さい頃からずっと一緒だったんだよね!?」
「……そ、それは……」
一美ちゃんが困惑した表情で何か言いかけたとき、突然、横から爆発音が聞こえてきた。
「えっ!?」
爆発した方向に向くと、目の前に壁の瓦礫が襲い掛かってくる。
柊さんが、すぐに机を蹴り上げ、瓦礫を守るバリケードにする。
そして私の体を引っつかみ、側に引きずり込む。
「一美! マイアと一緒にこっちにこい! さっさとしろぉ!!」
「はいっ! マイア!」
一美がマイアを抱きかかえながら机のかげに潜りこむ。
「!」
机から何かが生え、一美ちゃんの目前に突きつけられる。
刃。先端からは禍々しい色をした液体がぽたぽたと垂れていた。
「こ……これ!」
間違いない。遊園地で戦ったあの怪人が使っていた武器だ。
ありえない。だって……確かに倒したはずなのに!
「朱里ぃ! ぼさっとしてんじゃねぇぇぇ!!」
「えっ」
銃声。
その音に我に返って、柊さんのほうを振り向く。
柊さんは硝煙が出ている銃を握り締めて、机の上を睨んでいた。
そこには――怪人がいた。
怪人は眉間から煙を出して、顔を仰け反らせていた。
「……マイア様。こんなところにいらしたのですか。みんなが心配しております。さあ、帰りましょう」
「嫌よ! 姉さまを殺すとわかって何故帰らなければならないんですの!?」
「姉さま……一美ちゃんを殺すつもりなの!? どうして! あんたとは何の関係も無いじゃない!」
「……うるさい小娘だ。そういうお前こそ何も知らないくせに口出しするんじゃない」
再び銃声。今度は怪人の目に向かって。
しかし、怪人は低い声を出してほくそ笑み、
「ククッ」
怪人の腕によって銃弾は弾かれ天井にめり込んでしまう。
「けっ。朱里と一美に聞いたぜ。てめぇの星が見えなくなったんだってな。それはアルデバラン星独特の王位継承の儀式だ――っらぁ!!」
柊さんが机の裏に脚をくっつけてそのまま怪人ごと蹴り飛ばす。
怪人は机に押され、一歩、二歩後退する。――チャンスだ!
「ゴホゴホッ、朱里!」
「わかってますっ!」
柊の叫び声に弾かれるように机の上を飛び越え、両腕を交差させ、変身の構えを取る。
「昇華変化!」
光が全身を包み、弾ける。
「ブルマイダーァァァァァァ!!!」
そのまま、怪人の頭に向かって真正面から蹴りを放つ。
怪人の首が異常な程の角度に折れ曲がる。
怪人が宙に浮かび、
「グァァァァァッ!」
勢いは止まらず、私と怪人は共に、穴の開いた壁から外へ飛び出す。
「はぁぁぁぁぁぁ!! シャイニングストライク!!!」
光が満ちる。足の先が光に包まれていく。
怪人の腹に蹴りをめり込ませ、そのまま地面に向かって落下する。
衝撃。アスファルトの地面がへこみ、光に包まれていく。
「……やった?」
後に残されたアスファルトのへこみを見つめていると、
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「! マイアちゃん!?」
柊さんの部屋から声が聞こえ、私はすぐに戻ろうとして腰を屈めて空を見上げた。
「――――へ?」
つい、間抜けな声を出してしまった。それも仕方の無いことだった。何故ならば、
空に大きな球体が出現していたのだから。何の前触れも無く、いきなり。
空全体を覆いつくすかのような物体。あまりにも巨大過ぎて、はたして球形の姿をしているのかどうかも怪しい。
その球体の中から、ついさっき倒したはずの怪人がぞろぞろと大勢出てくる。
その光景に只、呆然とするしかなかった。
「じ、冗談でしょ? なんでこんなに居るのよ……って! マイアちゃん!」
視点を柊さんの部屋の方向へ向けると、三、四体の怪人がぽっかりと穴が開いた壁の中へ入り込んでいくのが見えた。
「ま、待ちなさいよ!」
すぐに自分も後を追って、地面を強く蹴り、柊さんの部屋へと戻る。
床に降り立ち、目に飛び込んできたのは、気絶しているマイアちゃんを抱えた怪人と、怪人に捕縛されている一美ちゃん。そして地面に横たわっている柊さんだった。
「柊さんっ! 大丈夫ですか!?」
よく見ると、柊さんの体のあちこちに傷があった。きっと、二人を取り戻そうとしていたのだろう。
柊さんが私の肩を掴みながらふらふらと起き上がる。
「ゲホゴホッ……あたしゃ頭脳労働派だってのによぉ」
こんなときまでも柊さんは柊さんだった。
「ククク……余計な手出しはしない方がいいぞ? まあ、こいつの命が惜しくなければの話だがな」
一美ちゃんを捕まえている怪人がそう言って、一美の喉元に刃を当てる。
喉から血が一筋伝う。
「一美ちゃん!! すぐに離れなさいよ! 汚い手で一美ちゃんに触らないで!」
「ほう、この悪女に味方する人がいようとはな。こいつがお前に何をしたのか覚えて――いるはずもないだろうな。 なぁ、エレクトラ?」
「どういうこと!?」
「や……やめてぇぇ! お願い!」
一美ちゃんが怪人を見上げて、悲鳴に近い叫び声を上げる。
「いいだろう。教えてやる。プレアデス七人姉妹それぞれ特殊な能力を持っている。エレクトラも例外ではない。
そして、エレクトラの能力は人の記憶を操る。お前は疑問に思わなかったのか?何故、今までこいつが異星人だということを知らなかった?」
「えっ……だ、だって、小さい頃からの友達で…………ず、ずっと一緒に居たんだよ……」
「よく思い出せ。お前とエレクトラとの記憶に他の人間は居たか? 母親は見たか? 父親は居たか?」
「……え……あ……で、でも! 一美ちゃんの両親は小さい頃に死んでそれからずっと一人で生活しているし……一美ちゃんはあまり外に出なかったし……!」
「幼女が一人で、しかも他人と関わらずに生活出来るものなのか? そもそも――幼い頃のエレクトラの姿をはっきりと覚えているのか?」
言葉を紡ぐたびに、怪人の言わんとしている事が段々と理解してくる。
でも、認めたくない。ぜったいに。
ふと、一美ちゃんを見つめる。
一美ちゃんは、私を見て、驚き、次第に泣きそうな表情になってきて瞳を伏せた。
私は、手のひらを顔に当てる。手のひらが水で濡れる感触がした。
「……」
柊さんが苦痛そうな表情を浮かべている。
……私は今どんな表情をしているのだろう。ああ、なんで……なんで……
「エレクトラは、お前の記憶を操作した。誰かに側に居てほしかった。そんなつまらない理由でだ」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
一美ちゃんの叫び声が聞こえる。
私は体の力が抜けていき、がっくりと膝を付いてうなだれてしまう。
「ああっ……ひっ……ひっく……朱里ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさぁい……えぐっ……」
「ククク……哀れな女だな。そう思うだろう?」
すすり泣く声が聞こえる。
一美ちゃんが泣いている。
「朱里ちゃ……ぁん……ごめん……なさい……ひっ……ぐ……」
その泣き声を聞くたびに、私の中に何かが生まれる。
それは怒り。
心を焦がしつくす程の激しい怒り。
拳が強く握り締められ、爪が食い込み血がにじみ出る。
歯がぎりぎりと音を立てる。
心臓の音がやかましいぐらいに高鳴る。
――許さない。
「……っざけないで。何様のつもりよ、あんたぁ……!」
「ひっ……ご、ごめ……」
つま先を床に突き立て、ぎりぎりと力をこめる。
顔を上げ、睨みつける。
許さない! 許さない!
「許さないんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
音速に近い速さで、残像を残しながら、怪人と一美ちゃんの方へ向かって跳ねる。
怪人の手前で腰を回転させ、怪人の頭に回し蹴りを放つ。
「なぁ――ガァ!!」
怪人の体が一美ちゃんから離れ、回転しながら吹き飛ばされる。
「よくも……よくも一美ちゃんを泣かしたなぁぁ!!!」
「あ……朱里ちゃ……」
「一美ちゃん!」
地面にへたり込む一美ちゃんをじっと見つめる。
「ひっ!」
「一美ちゃんは、私のことが好き?」
「えっ……ぁ……」
「私は一美ちゃんのことが好き! 出会ったときからずっと! 一美ちゃんが何者か、昔、私に何をしたのかなんて関係ない!
今の一美ちゃんは私のかけがえのない友達!! それだけは絶対に本当なんだからっ!! 誰にもそれを否定させてたまるもんかっ!!」
「あ、朱里ちゃん」
新たにやってきた怪人が私を取り囲む。窓の外には無数の怪人。見ただけで総勢、百体は超える。
しかし、今の私に怯えは無い。
私は見つけた。私の生きる道。
私の正義の在り方を。
拳を握り、足を踏ん張り、目前の怪人を見据える。
「あの世で神様に謝ってきなさい!!」
私を取り囲む怪人が一斉に鋭い刃を煌めかせながら襲い掛かってくる。
まず、目の前の一人。拳を前に突き出し、空気を切り裂きながら怪人の腹部にめり込ませる。
すぐさま、身を翻し、足を高く上げ、後ろの怪人に向かって蹴りを繰り出す。
「えっ!?」
足の到達地点には誰も居なく、その上に怪人の足が見えた。
「ブルマイダー! 死ねぇぇぇぇ!!」
「くっ!」
怪人が飛び掛ってくる。毒の塗られた刃が迫ってくる。
この状態では避けることは難しい――いや、不可能だ。
ならば、刃を受け、拳をお見舞いしてやる。
私は片腕を顔の前に持ち上げて、これから襲い掛かってくるであろう激痛に歯を食いしばる。
冷や汗が流れる。
刃が私の腕を切断しようとしたその刹那、
「――アグッ!!」
突然、目の前から怪人が消えた。
次の瞬間、壁に何かがぶつかる音が聞こえた。
慌ててそっちの方向へ目を向けるとそこには腹を貫かれ、ぽっかりと穴が開いている怪人が横たわっている。
「朱里ちゃん」
一美ちゃんの声が聞こえる。私はゆっくりとした動作で一美ちゃんを見る。
一美ちゃんは――微笑んでいた。泣きながら。
「……私も。私も朱里ちゃんのことが好き。ずっと怯えていたの……いつか、朱里ちゃんにしたことがばれて、許してくれなくなるんじゃないかって……」
「そう思っていたら、どんどん、消耗的になって……いつしか、私は動くことを止めてしまっていた」
残りの怪人が、何かに気づいたように、一美ちゃんに向かって突進する。
「一美ちゃん! 危ない!!」
「でも、朱里ちゃんは全てを知ってなお、私を友達と呼んでくれた。私を守ろうとしてくれた。――あなたは激しく動いていた」
四つの腕を持つ怪人が五人。
総勢二十の刃が一斉に一美ちゃんに襲い掛かる。
「……ありがとう。朱里ちゃん。あなたのおかげで私も――――ようやく動き始める」
刃が一美ちゃんの柔肌を切り裂こうとしたその瞬間、
一美を中心として凄まじい炎が巻き起こる。
炎の中から凛とした一美ちゃんの声が聞こえてくる。
「聞け! アルデバラン星人! 私はもはやプレアデス七人姉妹が長女エレクトラを名乗らない!」
それは煉獄。
悪しき者の罪を全て焼き尽くし、浄化する正義の炎。
炎が怪人を包み込み、飲みほしていく。
その炎の中から生える手が怪人を鷲づかみにする。
「私はこの青き星の住人、一美! そして今一度思い出せ! 貴様らが目の前にしている戦士の名を!」
怪人ごと右手を高く掲げて一気に下へ振り下ろす。
「――煉獄爆来!!」
爆音と共に炎が爆ぜる。
それと同時に、すでに煤になった怪人の体が四散する。
その中心から炎を引き連れながら現れたのは、純白の体操服、紅のブルマ。
そして、首から伸びる赤いマフラー。
マフラーの中心には、紋章が刻まれていた。
そう、あの紋章が語る名は――
「ブルッ! マイッ! オォォォォォォォォォ!!!」
長い時を経て――英雄は再び動き始めた。