私達は今、宇宙船の中を駆け抜けている。
赤い通路が無数に枝分かれしていて、一美ちゃんの案内が無かったらきっと迷っていただろう。
ほとんどの怪人は外で私達を撃退するつもりだったのだろう。ほとんど外に出払っていて、中には少数の怪人しか居なかった。
その怪人を蹴散らしながら、ただひたすら走り続ける。
「一美ちゃん! マイアちゃんがどこに居るのかわかる!?」
「多分、宇宙船の中心にある司令室だと思う。こっち」
一美ちゃんが右の通路を指差す。
「わかった! 行こう――っ!?」
向きを変え、右側の通路へ入り込もうとした瞬間、私の頬を掠めて、目の前の壁に刃が突き刺さる。
「朱里ちゃん、危ない!」
続いて迫ってくる刃の銃弾に一美が炎でいなし、
「はぁっ!!」
そのまま、刃を巻き込んだ炎を刃の飛んできた方向へ飛ばす。
「ギャァァ!!」
怪人の悲鳴が聞こえて、どさりと黒こげになった怪人が倒れる。
「戻ってきたか」
足音が聞こえる。外に行っていた怪人達が戻ってきたのだ。
私は喉を鳴らし、拳を握りなおして薄暗い通路の奥を見据える。
無数の怪人が黒こげになった怪人を踏み潰しながらこっちへ向かってくる。
「小賢しい真似を……だが、ここまでだ。お前らはここで死ぬのだ」
「朱里ちゃん、先に行って。マイアをよろしく頼むね」
「一美ちゃん……きっとまた会えるよね?」
「うん。約束」
一美ちゃんに背を向けて、走る。
背後から炎が巻き起こる音が聞こえてくる。
それでも私は振り向かない。
一美ちゃんを信じると決めたから。きっとまた会えると約束したのだから。
「エレクトラ、一人でこの軍隊に立ち向かうつもりか? 俺達の力を知っ――」
地面を強く蹴り、先頭の怪人に向かって突進する。
懐に潜り込み、下から突き上げるように怪人の顔に手を重ねて、
「はぁっ!!」
手のひらから炎を召喚し、怪人の顔面を焼き尽くす。
炎に包まれながら怪人は後ろの群れに突っ込んでいく。
「き、貴様ぁ!」
慌てふためくその姿に笑いを抑えきれない。
「何か言ったか? すまないな。虫けらの言葉は習得していないのだ」
腕に炎を纏わせ、眼前の敵を見据える。
「バッタの怪人か……さぞやよく燃えるだろうな?」
暗くて長い通路を走り続けると、目の前に奇妙で赤い扉があった。
私はそのまま、突き破るように、扉を開け放つ。
「!」
私の目に飛び込んできたのは、天井が見えないぐらい大きな部屋の中心の祭壇。
その上に椅子があり、誰かが座っていた。
「マイアちゃん!!」
うなだれる様に座っているマイアちゃんが居た。
駆け寄ろうと、足を踏み出そうとした瞬間、目の前に刃が飛び込んできた。
「っ!」
体をそらし、すんでのところで交わす。
すぐに体を起こし、前を見据える。
「――え? 誰も居ない」
その時、後ろから声が聞こえてくる。いつのまに背後に!?
「ほう。少しは成長しているようだな」
「だ、誰っ!?」
「やれやれ、冷たいな。共に遊園地で楽しい時を過ごした仲だというのにな」
「あ、あんたは……あの時のっ!?」
「思い出してくれたか。お前に会いたくて地獄の底から這い上がってきたぞ」
「……なら、再び地獄へ叩き落してあげるわっ!!」
腰をひねり、後ろの敵に向かって後ろ回し蹴りを放つ。
固い感触がし、反動で私と怪人の距離が開く。
「クックックッ……俺は新たな力を得て生まれ変わった。見ろ! 俺はこんなにも興奮しているぞ!!」
ようやく、怪人の姿が見える。
「ってぇぇぇぇぇぇ!? なんでまたパンツを被っているのよぉ!! しかも、も、盛り上がって……!!」
怪人の頭に、お兄ちゃん(はぁと)のパンツが被られていて、その下から角だろうか、
変な長いものが生えていてパンツを押し上げている。
「うわぁぁぁん! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態!」
「ハーハッハッ!! 酷い言われようだな。だが、お前はその変態に負けて死ぬのだ!」
異様に長い手を振り回して、顔面に向かって襲い掛かってくる。
「そんなの、ごめんこうむるんだからっ!!」
足を持ち上げ、こっちも怪人の顔面に向かって足を突き出す。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「らあっっ!!」
怪人の腕と私の足がぶつかり合い、乱暴なほどの衝撃波が私達を中心として広がっていく。
炎が通路を駆け巡る。
「あははっ! 楽しいものだな、悪人退治というものは! ましてや相手が弱い者ならなおさらだ!」
すでに五十体以上の怪人を屠ってきた。
それでも怪人の勢いは衰えることを知らず、なおも果敢に向かってくる。
そんな怪人に私は、恐怖も、畏怖も、哀れみを覚えることもなかった。
今、私の心を占めているのはどろどろとした欲望――歓喜。
「どうした! 早く来い! 貴様らは私に殺されるしか能がない生き物だ! ならさっさと殺されに来い!」
目の前の怪人の頭を鷲づかみにし、壁に叩きつける。ぐじゃと小気味のいい音が聞こえた。
戦いを生業とするアルデバラン星人の魂が喜び叫んでいる。
凶暴で凶悪な生き物。それが地球では英雄と崇められている。
なんとも皮肉なものだ。
禍々しい存在でありながら私は平穏を望んでいる。そう、炎と同じように。
炎は矛盾に満ちた存在。
僧侶と魔女を火あぶりにし、平和への松明ともなる。
血でまみれた手を下から上へと舐め上げ、私は微笑む。
「ふふっ。まだだ、まだ終わってくれるなよ? この私の体の疼き、お前らの死をもって癒せ!」
怪物の群れに飛び込み、両手から炎を噴き出し、飲み干していく。
無数の屍を積み上げながら私は炎と共に舞う。
血みどろの向こう側に広がる未来の為に。
「ぐぁっ!」
私の体が宙に浮かび、壁に叩きつけられる。
「ククク……まだ生きているのか。これで壁に叩きつけられるのは二十……何回目だっけかな?」
震える足を踏ん張り、立ち上がるが、足に力が入らなく、前のめりに倒れてしまう。
先ほど、くらった刃の毒が体を蝕んでいるのだ。
「うう……痛い……痛いよぉ……」
「痛いだろう、苦しいだろう、辛いだろう。力など得ずにただ、普通の女として生きればこんな目にあわずに済んだというものに」
怪人が私の頭を掴んで持ち上げる。
ぶらりと足が宙に浮かぶ。
「うぐっ……!」
「正義などお前を苦しめる枷でしかないのだ」
「……苦しくても、痛くても……それでも私は私を必要としてくれる人の為に頑張りたいの! それが苦痛だなんて言うもんですか!」
きっと怪人を睨みつけて、顔面に渾身の一撃をぶちかます。
「あぐっ!……なるほど、また叩き付けられたいのだな。いいだろう!」
怪人の腕が唸りを上げて、私を壁に叩きつけようとする。
腕が伸びきる瞬間を私は狙う。
「今っ!」
伸びきった腕の関節を目掛けて、
「シャイニングスラッシュ!!」
足先から光の刃が放出され、怪人の腕を両断する。
「ギャァァァァァァァァ!!」
切り落とされた腕と共に、地面に降り立つ。
「――ブルマイダー奥義」
すぐに、光がまだ消え去らぬ足を振り上げて、こめかみに向けて気力を振り絞った蹴りを繰り出す。
「シャイニングゥゥゥゥゥゥゥインパクトォォォォォォォォ!!!!」
光が満ちる。
悪しき存在を包み消し去る正義の光。
「ぐぁぁぁぁぁっ! おのれ……! またしても! またしても敗れると言うのかぁぁぁぁぁぁ!」
「地獄の閻魔様に怒られてきなさいっっ!!」
「ブルマイダァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
怪人は最後まで私の名を叫びながら、光の中へ溶けていった。
「マイアちゃん! 大丈夫!?」
祭壇の上にはマイアが椅子にもたれて倒れている。
口に手をかざすと、微かに息をしているのがわかる。
「よかった……そうだ、宇宙船を探さなきゃ……あ、宇宙……」
丸い窓から、この球体は既に宇宙に上がっていることが解る。
「……地球って綺麗だったんだね」
後ろの扉が開く音が聞こえた。
思わず、身構えながら振り向くが一美ちゃんの姿が見え、ほっと胸をなでおろす。
「朱里ちゃん! 無事だった!? ……あ、マイア!」
「ねえ、宇宙船ってどこにあるの?」
「ここは、司令室だから、多分後ろのほうに……」
一美ちゃんは祭壇の後ろに回り、壁に手をつけて何かをしている。
何をしているのかと聞こうと近寄ると、壁の一部が崩れ落ちる。
中を覗き込んでみると、丸くて長い穴とその中心に小型の宇宙船があった。
「……あった。さあ、マイアをここに乗せましょう」
「うんっ」
宇宙船にマイアを乗せて、一美ちゃんがコクピットのパネルを操作すると、宇宙船はエンジン音を響かせて外へ飛び出していった。
それを見送り、ようやく終わったと実感して、背伸びをする。
「よっしゃー! 終わったー! 私達も帰ろうよ!」
「うん……そうだね――っ!?」
突然、爆音が連続して轟き、地面が揺れる。
「え? な、なんなの!?」
がくんと振動し、体から重力が無くなっていく感触がする。
「落ちている……?」
「そんな……爆破装置!? なんでそんなものが……! ま、まさか……!」
ふと、一美ちゃんが何かに気づき、憎悪の表情を浮かべ、見上げる。
おそらく遥か向こう側の我が故郷に向かって。一美ちゃんは吼える。
「メロペェェェェ!! 貴様ぁぁ!! よくも、よくもやってくれたなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「そうか! 最初からそのつもりだったのか……くそっ! とんだ外道な女王様だ!」
球体が真っ赤に燃え上がる。まるで太陽のように。
それが段々と大きくなってくる。地球に向かって落下を始めているのだ。
兵士が慌てて尋ねる。
「どういうことですか!?」
「どうもこうもねぇよ。最初から、地球に落とすつもりだったんだ。マイアと兵士を犠牲にして。いや、マイアも邪魔だったんだろうな」
「そ、そんな……では、逃げましょう!」
「ばーか。あんな馬鹿でかい爆弾が落ちたらどこに居たって終わりだよ。それよりもお前はマイアを拾って来い。なぁに、大丈夫さ」
もう一度空を見上げる。
ぐんぐんと落下してくる球体。
恐怖などあるはずも無い。
あたしは満面の笑みを浮かべて言ってやった。
「見てな。あたしの妹達は最強だぜ」
「あ、あとどのぐらいで落ちるの!?」
「おそらく……あと二分で大気圏に突入するわ」
「ええええええええええええっ!! そ、そんな! 何とかならないの!?」
「……一つだけあるわ」
「何!? お願い教えて! 私、みんなを助けたいの!」
「私と朱里ちゃんの腕輪の力を解放するの……でも、私はともかく、複製品であるブルマイダーの腕輪じゃ……朱里ちゃんの身の安全は保障出来ないわ……」
「それでも構わない!」
「朱里ちゃんが無様な体を晒すことになるかもしれないのよ!?」
「いいのっ! 私、お兄ちゃんに約束したんだから! 胸張ってお兄ちゃんの妹って言えるような私になるって!」
「朱里ちゃん……」
「今、逃げたら、お兄ちゃんに会えたとき、笑って抱きつくことなんか出来ない。そんなの嫌だから」
「……わかったわ。朱里ちゃん。あなたはやっぱり強い人……誰よりも」
「あははっ。そんなことないよっ。必死なだけなんだから」
「ふふっ。さあ、やりましょう。私達の勇気、みんなに見せ付けてやろうね」
「うんっ!」
私と一美ちゃんは司令室の中央で、並び構える。
「ブルマイダーの名において命ずる! 今こそ、真の正義を示すとき!」
「ブルマイオーの名において命ずる! 今こそ、真の正義を示すとき!」
ブレスレットが今までにない強い光を放ち、部屋中を染める。
かつて無いほどのエネルギーが満ちる。私達は光と炎となる。
光と炎の中で私達は運命に立ち向かう。
残り時間、一分。
「光は希望となりて」
光が乱舞する。
「炎は勇気となる」
炎が乱舞する。
「希望は荒ぶる勇気の盾となり!」
「勇気は切なる希望へと切り開く剣となる!」
『光と炎、二つが合わさるとき、光り輝く黄金の炎となりて! 解き放つは未来へと繋がる翼!!』
光と炎が二人の背中に集まり、一つの形を作り上げる。
それは球体を覆い尽くすほどの巨大な翼。
黄金の炎が作り上げた翼。
暗くて寒い宇宙に光が灯る。炎が漲る。
全てが、希望と勇気に満ち溢れる。
世界中の人々よ見るがいい。
勇気と希望を与え、夜を超え、日の終わりを超える、誇り高き黄金の炎を。
これこそが正義の源。
遥かなる未来へ羽ばたくための力。
『――――二体一心究極奥義!! ミュートロギア!!』
私は暗闇の中で、冷たい風を感じて目が覚めた。
体を起こすと、ガラガラと体の上に載っていた鉄くずが落ちる。
「っぺ……ぺっぺっ。砂が口に入っちゃったよぉ……」
「ここは……砂漠?」
「あっ! 一美ちゃん! 大丈夫だった!?」
「……うん、今でも信じられないわ」
目の前には、あの球体の残骸。
無数の鉄くずが辺りに散らばっている。
「朱里っ! 一美! 生きているかぁ!?」
「お姉さま! 無事でしたのー!?」
柊さんとマイアが、車に乗ってやってきた。
「……生きているわ。二人ともね」
「おお、生きていたか。よっしゃよっしゃ」
「はぁ……やっと終わったんだね」
「朱里、一美……お帰り」
「あ……ただいまっ!」
柊さんに駆け寄ろうと瓦礫を踏みしめると、目の前に布が舞うのが見えた。
「え?」
「あ」
「……だから言ったのに……無様な姿を晒すって……」
おそるおそる、自分の体を見てみる。
ブルマイダーの衣装である体操服がぼろ布になって空に舞って行く。
故に、今の私の姿は――
「ふぇぇぇぇぇぇ!? は、裸ぁぁ!?」
「ふぁぁ……朱里お姉さま……綺麗ですわ……」
「あーあ、ブルマイダーの力を酷使し過ぎたんだな。まだまだ改良の余地がありそうだな」
「……あ、夜明け。綺麗ね……全てを照らしつくす光……朱里ちゃんの綺麗な肌も……」
「お、救援だ。おーお、わんさかとやって来ているぞぉ。おい」
「うわぁぁぁぁぁん!! 照らさないでぇ! 来ないでぇ!! 見ないでぇぇぇぇ!!!」
「……ふう」
「朱里お姉さま、お疲れ様でございますっ。手紙でも書いていらっしゃったんですか?」
マイアちゃんがお茶を差し出してくる。
あれからマイアちゃんはヒロイン協会の一員となった。
彼女の明るさに何度も救われている。
「ありがとう。マイアちゃん。うんっ、お兄ちゃんへの手紙をね」
「朱里ぃ。新しい任務だ」
「あ、はい。なんですか?」
「裏山の洞窟に怪人が出ていて、周辺の住民が迷惑を被っている。直ちに退治してくれ」
「はいっ! それで……相手は誰なんですか?」
「ん、三体だ。本来なら一美も一緒に行かせるべきだが、あいにく別の怪人を退治中だ。だから一人で行ってこい」
そう言って、柊さんは手元の資料に目を落とす。
「んっと……怪人は、オーガ、ゴブリン、スライムだな」
「……あ、あの。そのラインナップって……あ、急用を思い出しましたので失礼します」
そう言って扉に向かおうとすると、後ろから柊さんに肩を掴まれた。
「こら、耳年増め。上司命令だ、さっさと行ってこぉい! あたしだって胸が張り裂けそうな程辛いんだよ!」
「嘘だぁ!! 笑っているじゃないですか! 目がキュピーンってなっているじゃないですかぁぁ!!」
「ええい! 正義の味方は逃げる選択なんか最初から無いんだよ!」
「朱里お姉さま。なんだかよく分かりませんが、頑張ってくださいましっ!」
「いーやーだーぁ!! はーらーまーさーれーるーぅー!!!」
お兄ちゃん。元気ですか? こっちはすこぶる元気です。
あの大騒動から数ヶ月後、世は平穏を取り戻しつつあります。
しかし、小さな悪は途絶える事は無く、私達の出番はまだまだ続きそうです。
だから、お兄ちゃん。ずっとずっと見守っていてくださいね。
いつか私がそっちへ行くとき、笑顔で抱きしめられるように頑張ります。
そう、正義の味方――ブルマイダーとして。