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魔界(側近戦)

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 しばらく経たない内に、オリアー、セシル、エミリアもヒウロ達と合流した。この三人もメイジ同様、四柱神戦で苦戦をした様子だったが、全員が無事だった。
 ヒウロは四柱神戦、アレン戦の事をみんなに話し、神器を手に入れた事も明かした。仲間達はそれぞれの反応を示したが、ヒウロの落ち着きぶりを見て、とりあえずは全員が安堵したようだ。
 そして、話は次なる戦いの事に移る。すなわち、魔王ディスカルの側近の二人である。
「ダールとビエル、ですか」
 オリアーが言った。
「……私はダールと戦った事があるけど、あの強さは異常だったわ。現時点でも、勝てるかどうか」
 セシルが不安そうに言う。
「ダールもそうだが、ビエルの強さも底が見えない。ファルス王国を消し飛ばしたからな。ビッグバンと言ったか。あんな技、聞いた事すら無い」
「メイジさんの言う通りです。ファルス王国は魔法防壁が張られていました。あれごと吹き飛ばすなんて、私は未だに信じられません」
 そう言い、エミリアが俯く。
「……でも、行かなくちゃならない」
 ヒウロが言った。
「俺達は、魔族を倒すためにここまで来たんだ。確かにあの側近二人は、今までの敵とは比べ物にならないと思う。でも、俺達は進まなくちゃならないんだ」
 四人がヒウロの目を見る。
「行こう。自分達の力を信じるんだ」
 四人が頷いた。
 そして、ヒウロ達は歩き出した。オリアーを先頭に、少しずつ奥へと進んでいく。すでに他の魔族は委縮してしまったのか、戦闘は全く起こらなかった。そして。
「……この扉の向こうに、とてつもない邪気を感じます」
 先頭を歩くオリアーが言った。
「みんな、行けるね?」
 ヒウロが言う。それに対して、四人が頷いた。
「行きます」
 オリアーが、扉を開ける。闇。扉の向こうは闇一色だ。ヒウロ達が周囲を警戒しつつ、部屋の中に足を踏み入れた。
「ようこそ」
 声。五人が、すかさず陣形を組む。闇が、晴れて行く。
「勇者アレクの子孫、そしてその仲間達さん、お待ちしていましたよ」
 漆黒のローブ。赤い長髪。細く長い眉。黄色の瞳。
「自己紹介は不要だとは思いますが、一応、名乗っておきましょうか。私は魔王ディスカル様の側近の一人、ダールです」
「ヒャハハ。俺様は初めましてって言うべきかぁ?」
 金髪のツンツン頭。つり上がった細い目。そして、異様に痩せている身体。
「俺様はビエル。ダールと同じ、ディスカル様の側近の一人だ」
 ヒウロ達はすかさず、戦闘の構えを取った。
「おやおや。まぁ、そう焦らずとも良いではないですか」
「構わねぇよ、ダール。俺様はさっさとやりたくて仕方ねぇ。四柱神のゴミどもが先だっつぅから、俺様はストレス溜まってんだよぉ」
 ヒウロが二人の魔族をキッと睨みつけた。
「俺達は魔王ディスカルを倒さなくちゃならない。その邪魔立てをするなら、容赦しないぞ!」
「……容赦、しない?」
 ダールがニヤリと笑った。
「聞きましたか、ビエル。容赦しないそうですよ」
「ヒヒヒ。勇者アレクの子孫は、稀代の笑わせ師かよ。久々に面白いと思っちまったじゃねぇか、オイ」
 ビエルが構えた。殺気。
「それじゃ、どう容赦しねぇのか、教えて貰おうじゃねぇか!!」
 ビエルが飛び掛かってきた。ヒウロがアレンの剣を構える。
 アレンの剣。父の形見、志。ヒウロが構える。刹那、ビエルと激突した。衝撃波が巻き起こる。
「は、速い」
 オリアーが言った。確かに速い。だが、どうしようもないレベルではない。ヒウロはそう思った。むしろ、この攻撃力の方が厄介だ。僅かだが、ビエルの力の方が強い。
「ほう、その剣は」
 ダールが、ヒウロの剣を見てニヤリと笑った。
「アレンの剣ですねぇ。そうですか、アレンを殺しましたか」
 ゆっくりと、粘りつくかのような口調だった。ヒウロの心がザワつく。
「バカがッ」
 ビエルが剣ごとヒウロを殴り飛ばした。一気に後ろの壁まで押し込まれる。地に足を踏み込み、何とか耐えきった。剣を持つ手が僅かに痺れている。強い。さすがに側近だ。
「ちっ。勇者アレクの子孫だっつぅから、少しは期待したが……大したことねぇなぁ。これじゃ、他の奴も」
 ビエルが周囲をギロリと見渡した。まるで獲物を狩るような目だ。
「期待できそうにねぇぜ!」
 両腕。左右に開いた。右にオリアー。左にメイジ、セシル、エミリアだ。次の瞬間。
「イオナズンッ」
 爆発系上等級呪文。同時に二発。双魔法。オリアーが目を見開く。メイジが舌打ちする。
「このっ」
 オリアーが神王剣・シリウスを地から天へと振り上げた。王剣・エクスカリバーの力を継承している。イオナズンの魔力を弾いた。天井で大爆発が巻き起こる。
「セシル、エミリア、後ろに下がれッ」
 メイジが両手を突き出した。
「イオナズンッ」
 相殺。寸での所だった。爆風が吹き荒れる。ビエルの甲高い笑い声が、風の向こうでこだましていた。
 今までの敵とは格が違う。メイジはそう思った。四柱神の一人、グラファの双魔法――それをビエルは当たり前のようにやってのけた。いや、それだけではない。ビエルはまだ力の片鱗すら見せていないだろう。これから、どうなる。
「クク。双魔法はグラファの専売特許ではありませんよ、魔人レオンの後継者さん」
 ダールが口を開く。爆発の煙幕で姿は見えない。
「四柱神如きに出来る特技が、我々側近にできないはずがないでしょう」
 煙幕が晴れた。ダールは、腕を組んでいた。観戦気分なのか。
「ビエル。このまま、あなた一人でやっても良いですが、それでは私の仕事が無くなります」
「あぁ? だったら寝てろ、ダール。こんなザコども、俺様一人で十分だ」
「いえ、私も楽しみたいのですよ。懐かしい顔もありますしねぇ」
 ダールが二ヤリと笑いつつ、セシルに目を向けた。セシルに一瞬だけ、怯えが走る。
「お久しぶりですね、死の音速の剣士さん」
「だ、黙りなさい……! 今の私なら――」
「ダール!」
 セシルの言葉を遮るかのように、オリアーが割って入った。
「僕が相手です。二度と、セシルさんには手を出させない」
「ほう。これはこれは。音速の剣士に騎士(ナイト)が付いていたとはね」
 ダールが腕組みを解いた。
「ビエル、良いですか?」
「ちっ。勝手にしろ」
「どうも。……おや。それともう一人、私の命を欲している人が居るようで」
 ダールがオリアーの後ろに目をやった。ヒウロだ。闘志で燃え盛っている。
「父さんの仇だ。お前は絶対に俺が倒す」
「何を勘違いされているのやら。あなたが殺したんですよ。この親殺しが」
 ヒウロがキッとダールを睨みつけた。
「おいおい、勇者アレクの子孫も持ってくのかよ。それじゃ、俺の相手はダールの中古と残りカス」
 瞬間、巨大な火球がビエルの眼前を掠めた。メイジのメラゾーマだ。
「誰が残りカスだ? 口を慎めよ」
「……良い度胸だ、ゴミが」
 ダールと対するヒウロとオリアー。ビエルと対するメイジ、セシル、エミリア。正義の使徒達と魔王の側近。両者の戦いが、今始まる。
122, 121

  

 ビエルが首を鳴らした。口元を緩めている。だが、目は笑っていない。
「俺様に喧嘩を吹っ掛けるたぁ、良い度胸してるな、お前。名前は言えるか?」
「メイジ。魔人レオンの後継者だ。ファルス王国を滅ぼした報い、受けてもらうぞ」
「あぁ?」
 ビエルが眉をひそめた。目を少しだけ泳がせる。まるで、そんな事など一切知らない、という素振りだ。
「あぁ、あの事か。ヒヒ」
「……忘れていたのか」
「忘れていた? 何言ってんだ? 俺にとっちゃ、人間の国なんぞゴミの集まりでしかねぇんだよ。俺様はそのゴミを焼却しただけだ。忘れてたんじゃねぇ。覚えておく価値すらねぇんだよ、バァカ」
 メイジの表情が一気に険しくなった。
「……ビエル、必ずここでお前の息の根を止めてやる」
「出来るもんなら、やってみろ? ヒヒヒ。女二匹の悲鳴も聞きてぇなぁ。裸にして散々にいたぶってやりてぇ。ヒャハハ」
「ゲス野郎がッ」
 メイジが両手を突き出した。
「イオナ」
「遅いよ、カスが」
 瞬間、大爆発。ビエルのイオナズンだった。メイジが吹き飛ぶ。セシルとエミリアに戦慄が走った。
「レオンの後継者とか言ってたな、お前。ザコじゃねぇか」
「ちぃ……っ」
 強い。これ以外にビエルを形容する言葉が見つからない。メイジはそう思った。魔力・詠唱スピード共に遥かに自分を凌いでいるのだ。独力では確実に負けるだろう。だが、自分には仲間がいる。セシルが、エミリアが。
「セシル、エミリア、お前達の力を貸してくれ……!」
 メイジが杖にすがりながら立ち上がった。イオナズンの一撃。ダメージが大きすぎる。
「メ、メイジ……。私は」
 セシルが震えていた。ダールと肩を並べるビエルを目の前にしているのだ。魔王の側近。嫌でもルミナスでのダール戦が頭を過る。
「頼む、俺だけでは勝てん。お前の魔法剣が必要なんだ……!」
 メイジが片目を瞑る。汗が頬を伝った。ビエルと近距離戦を張ってくれ。メイジはセシルにそう言っていた。
「私は……!」
 セシルが目を地面にやった。そして、考える。何のために自分は魔界にやってきたのか。自分はルミナスで破壊と殺戮の限りを尽くした。そしてそれに対して自分は、生きて償うと決めた。そう、ここで震えるために自分は魔界にやってきた訳ではないはずだ。
「私は!」
 セシルの目から怯えが消えた。闘志が宿る。
「音速の剣士!」
 次いで、魔法剣を作り出した。セシルは恐怖を乗り越えた。
「頼むぞ」
 メイジの目が光る。
「エミリア、俺とセシルの回復と支援を頼む」
 メイジの言葉に対して、エミリアが大きく頷いた。そして、すぐにメイジの傍に駆け寄る。回復呪文を使うのだ。
 エミリアがある意味、大きな鍵を握っている。メイジはそう思った。相手はビエルだ。いかにセシルが素早くても、確実にいくつかは攻撃を貰うはずだ。そのいくつかの中に、致命打が入っていた場合、このパーティは壊滅の危機に陥ってしまう。前衛であるセシルが崩れた瞬間、ビエルに良いように弄(なぶ)られてしまうからだ。つまり、この戦いでの主軸はセシルになる。そして、そのセシルを支えるのがエミリアだった。
「ここからが、本番だ」
 エミリアの回復を終えたメイジが、神器を構えた。
 風が渦巻いていた。ビエルが舌を出し、ニヤニヤと笑っている。
「セシル、行くタイミングはお前に任せる」
 メイジが言った。本来なら、自分が呪文でセシルの背中を押すべきだが、それは出来そうになかった。ビエルの異常な殺気が、ビリビリと全身を刺激しているのだ。それも、その殺気は自分だけに向けられている。
 ビエルは、自分だけを狙っている。メイジはそう思った。そして、セシルとエミリアはビエルの眼中に無い。これはあくまで予想になるが、もしこれが当たっていれば、逆に付け込む隙になる。自分がどこまで目立てるか。これもビエルとの戦いでは重要なポイントになりそうだった。
 風が止んだ。その時だった。セシルが駆けた。魔法剣を構える。
「ダールの中古が。俺様とまともにやり合えるとでも思ってんのか?」
 ビエルが構える。徒手空拳だ。セシルが歯を食い縛った。斬りかかる。
「はん、こんなもんかよ」
 片手で受け止められていた。だが、セシルの目は萎えない。
「ダールは左手の小指で私の魔法剣を受け止めた。あなた、自分で言うより弱いんじゃないの?」
 瞬間、ビエルの目が血走った。
「このクソアマがッ」
 ビエルが魔法剣を押し込もうとする。瞬間、魔法剣が消え去った。セシルが自分の意志で消したのだ。魔法剣は使い手の意志で、作成・消去が出来る。ビエルの態勢が前のめりになった。再び、セシルが魔法剣を作り出し、一閃。ビエルの血が宙を舞った。
 セシルにはオリアーのような力強さは無い。その代わり、技がある。セシルは自分の持ち味を最大限に引き出していた。このセシルに加え、ビエルは魔法剣士との戦闘経験が皆無だった。すなわち、セシルが初の対魔法剣士、というわけである。
 メイジはしっかりとそれを観察し、情報として取り込んでいた。やはりセシルが主軸となる。だが、相手はビエルだ。すぐにセシルの速さ、戦い方に慣れてくるだろう。そこはエミリアの支援呪文にかかっている。素早さ増強のピオリム。攻撃力倍増のバイキルト。この二点が鍵を握ってくるはずだ。特に前者のピオリムは重ね掛けが出来る。
「エミリア、ビエルがセシルの動きに追い付き始めたら、ピオリムをかけてやってくれ」
「は、はい」
 エミリアの声がうわずっていた。緊張しているのか。
「……あまり気負うなよ。大丈夫だ。俺が勝利へと導く」
 この言葉に、エミリアの耳が赤くなっていた。
「メイジさん、こういう時に言うのも変ですけど、いつも冷静ですね」
「魔法使いの性分だ」
 むしろ、後衛職の特徴と言っても良い。前衛職と違い、後衛職は敵味方の観察が可能なのだ。敵味方の動きを観察し、どうやって勝利へと繋げるか。このプロセスを組み立てるのも、後衛職の仕事の一つだった。
 セシルが懸命に戦っていた。ビエルの反撃を皮一枚で避ける。心は研ぎ澄まされていた。ビエルの動きが見える。セシルは攻撃よりも、回避に専念していた。攻撃はメイジに任せて良い。セシルはそう割り切ったのだ。ビエルの大振り。避ける。隙。
 その瞬間、メイジが目を見開いた。
「メラガイアーッ」
 烈風。紅蓮の熱球が空を切る。ビエルが身体を反らしていた。
「なんだぁ?」
 ビエルが目をメイジに向ける。メラガイアー。初見だった。当たればダメージは確実か。ビエルはそう思った。
「メラゾーマの強化版って所か」
「……俺は魔人レオンを超えた」
「大仰な事を言いやがるな」
 セシルの魔法剣。ビエルが避ける。
「言い忘れてたが、俺は肉弾戦よりも呪文の方が得意でなぁ」
 ビエルが右手を突き出す。狙いはセシルだ。
「ハエが。鬱陶しいんだよ」
 次の瞬間、大爆発。セシルが吹き飛ぶ。地面に投げ出され、その全身からは黒煙が上がっていた。メイジが目を見開いた。イオナズンか。だが、あのイオナズンは。
「俺のイオグランデ並の威力……!」
「セシルさん!」
 エミリアが叫んだ。
「死んだんじゃねぇかぁ? 久々に本気で撃っちまったからよ。ヒャハハハ」
 どうする。メイジの頬を一筋の汗が伝った。
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 メイジの掌が汗で濡れていた。
 ビエルのイオナズン。その威力は自分のイオグランデ並だ。メイジはそう思った。目をセシルに向ける。ピクリとも動いていない。全身から黒煙が巻き上がっている。一撃。一撃で、セシルは戦闘不能状態に追い込まれていた。だが、微かに命を感じる。死んではいないはずだ。
「エミリア、俺がビエルを引き付ける。その間にセシルの回復を頼む」
 言っていた。しかし、独力でどこまで戦えるのか。
「で、でも」
「急げ。放っておくと、セシルが死んでしまうぞ」
 メイジが一歩、前に進み出た。エミリアが困惑している。
「急げッ」
 語気を強めた。すると、弾かれたようにエミリアが駆け出した。
「ヒヒ。回復なんてさせると思ってんのかよ。このまま、お前らは全滅コースだ」
 ビエルが右手を突き出した。矛先はエミリアだ。
「……ビエル、俺を恐れているのか?」
 メイジが静かに言った。挑発するしかない。メイジはそう考えたのだ。これまでの言動から見て、ビエルはダールよりも感情的な所がある。さらには自分の強さに相当な自信を持っているはずだ。そこを刺激してやる。
「あん?」
「魔人レオンの後継者である俺を、恐れているんだろう」
「間抜けか? てめぇ」
「間抜けはお前だ。お前は神器の使い手であり、魔人レオンの後継者である俺を恐れている」
「死にたいのか」
「……お前にピッタリの言葉があるぞ。人間界の言葉だ」
「あ?」
「弱い犬ほどよく吠える」
 ビエルが口元を緩めた。目は笑っていない。メイジは息を呑んだ。ここからだ。僅かに身体が震えている。それをかき消すかのように、メイジが吼えた。次の瞬間。
「ゴミ屑がぁッ」
 光。刹那、大爆発。イオナズンだ。爆風が吹き荒れる。メイジが横に飛んで避ける。
 ビエルに生半可な呪文は通用しない。メイジはそう思った。それは最上等級呪文でも同じ事が言えるだろう。メラガイアーを見たビエルには、まだ余裕が見えたのだ。だが、上等級呪文では勝負にはならない。ビエルとやり合うには、最上等級呪文が絶対に必要だった。エミリアがセシルの傍に駆け寄り、回復呪文を掛け始めたのを、メイジは視界の端で捉えた。
「ビエル、この程度か?」
 さらに挑発する。杖に魔力を送り込んだ。次の呪文は相殺が出来る。
「てめぇッ」
 ビエルの右手。マヒャドだ。
「マヒャデドスッ」
 冷気系最上等級呪文。氷柱乱舞。ビエルのマヒャドを相殺する。
 メイジは戦いつつ、突破口を探っていた。最上等級呪文では、相殺が限界だ。仮にビエルにその直撃を食らわせたとしても、倒すには至らないだろう。つまり、決め手に欠ける。セシルが戦闘に復帰したとして、これは解消されない。ならば、どうするのか。答えは、もう出ていた。自分が持ち得る最強の呪文。極大消滅呪文。
「メドローア。これに全てを賭ける」
 セシルが上半身を起こしていた。回復を終えた。それを目で捉えつつ、メイジはメラゾーマとマヒャドの魔力を杖に送り込んだ。次の瞬間、ビエルの呪文。皮一枚で避ける。その時、メイジはセシルの闘気を感じ取った。セシルの魔法剣。ビエルの背後で輝いている。光と風。メイジはそれを感じた。
「なんだ?」
 ビエルが振り向く。殺気を感じ取ったのだ。瞬間、ビエルが目を見開いた。
「なっ!?」
「浄化しなさい!」
 セシルが魔法剣を振りかぶった。聖なる光。
「グランドクロスッ」
 十字に斬り裂く。光が溢れた。だが、ビエルは受け切っていた。苦痛に顔を歪ませている。右手。セシルを弾き飛ばした。メイジが目を見開いた。魔力を解放する。終わりだ。消滅しろ。
「メドローアッ」
 極大消滅呪文。紅と蒼が混じり合った巨大な球体がほとばしる。
「う、うおぉぉっ」
「終わりだ、ビエルッ」
 メイジが叫んだ。だが、ビエルの顔は笑っていた。
「全部、演技だ。バァカ」
 その瞬間だった。ビエルの前に、光の壁が張られた。呪文反射。マホカンタ。メドローアが、極大消滅呪文が、跳ね返る。
「何かあると思ってたよ。さすが俺様だぜぇ。勘が冴えてる。……てめぇが消滅しとけ、ヒャハハハッ!!」
 メイジの頭の中は真っ白になっていた。
 こんなものなのか。メイジは単純にそう思った。
 死ぬ。こんな簡単に死ねるのか。光の壁によって反射されたメドローア。それに飲み込まれて、自分は死ぬ。魔族との戦い。力及ばず。この一言だった。知恵を振り絞った。英知に魔力を乗せ、やる限りの事をやった。それでも死ぬ。――死ぬ。
「ヒャハハハッ」
 ビエルの笑い声。血が、熱い。メドローアが眼前に迫っていた。血が燃える。
「こんな所で諦めるのか、私の力を受け継ぎし者よ。真に私を超えたのならば、魔力だけではなく、精神力・知力も超えてみせよ」
 声が聞こえた。
「メイジ!」
「メイジさん!」
 セシルとエミリア。その瞬間だった。メドローアが、身体を飲み込んだ。
 視界が白かった。痛みは無い。その代わりに心が、どうしようもない程に熱かった。このまま死ぬのか。死んでいいのか。いや、違う。死んでたまるか。死ぬために、ここまで戦ってきた訳ではない。何のために戦ってきた。平和を勝ち取るため。魔族を倒すため。ファルス王国の、いや、死んでいった人間達への手向けのため。
「一度だけ、お前に私の力を貸そう。この一度だけだ。私の力を受け継ぎし者よ。今度こそ、私を超えるのだ」
 視界が戻った。
「あ、あぁ?」
 ビエルがたじろいでいる。
 メイジの全身は白銀に輝いていた。そして、無傷。極大消滅呪文に飲み込まれた。それでも、無傷だった。
「て、てめぇ……!」
 ビエルが呻いた。メイジは究極の防御特技を発動させていたのだ。その特技とは。
「パラディンガード……! なんでだ、なんで魔法使いのてめぇがッ」
 敵の攻撃を全てその身に受け、無効化させる。それがパラディンガードだった。だがこれは、聖騎士と言われるパラディン専用の特技であり、魔法使いであるメイジには使えるはずもなかった。
 魔人レオンが、力を貸してくれた。メイジはそう思った。無論、理屈などない。だが、自分は生きている。まだ戦える。
「ビエルッ」
 メイジの目に闘志が宿った。戦う。自分の全てをぶつける。
「訳がわからねぇ……! 訳がわからねぇッ! なんで生きてやがるッ」
 ビエルが叫んだ。
「俺はお前に全てをぶつける。もう俺は何も要らない。お前に勝つ。ただそれだけだ!」
 杖に、メラゾーマとマヒャドの魔力を溜めこんだ。
「またメドローアかよ? あぁ!? 無駄だよ、ゴミがッ」
 メドローアは布石だ。メイジは目でそう言った。
「セシル、さっきのグランドクロス、もう一度撃てるか」
 メイジの言葉。セシルが魔法剣を杖に立ち上がった。そして、強く頷く。
「よし」
 メイジが、両腕を天に掲げた。その構えに、ビエルが怪訝な表情を浮かべる。
 目を、瞑った。かつて、メイジはバギマを五本の指に宿した事がある。スレルミア河川での戦いの時の話だ。それを応用する。
 各上等級呪文。火球系のメラゾーマ。火炎系のベギラゴン。冷気系のマヒャド。真空系のバギクロス。そして、爆発系のイオナズン。それぞれの魔力を、各指に宿す。
「もう良い。もう飽きた。お前とやり合ってると頭がおかしくなりそうだぜ……! もうお前はいいよ。飽きたよッ」
 ビエルが両腕を突き出した。闘気。ファルス王国を消し飛ばした、あの特技。
「死体も何も要らねぇッ! 消え去れ、ゴミ虫がぁッ」
 ビッグバン。天地が崩壊する。
「俺の、俺の全てをぶつけるッ」
 メイジが目を見開いた。身体の奥底が燃える。各指が光を放った。その光は球体となり、巨大なエネルギーと化していく。五大上等級攻撃呪文。その全ての魔力が混じり合い、究極呪文が今目覚める。
「マダンテッ」
 メイジが全ての魔力を解放した。
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 火球・火炎・冷気・真空・爆発。五つの攻撃呪文。その全てが混じり合って目覚めた究極呪文、マダンテ。術者の全魔力と引き換えに放たれるそれは、何もかも全てを飲み込んだ。そう、文字通り全てだ。
「お、俺様のビッグバンがっ」
 ビエルが呻いていた。マダンテがビッグバンを飲み込み、天と地を揺らす。
「な、何がマダンテだ……! 所詮、それも呪文の一つ。俺様のマホカンタで!」
 メイジはただ黙っていた。マダンテは、全てを飲み込むのだ。それはマホカンタですら例外ではない。
 気を失いそうになるのを、メイジは必死に耐えていた。もう自分には魔力がない。無論、体力もだ。立っている事自体が奇跡だった。だが、まだ杖に残した魔力がある。メラゾーマとマヒャドの魔力。それを放つまで、気を失うわけにはいかない。
 マダンテがビエルを飲み込んだ。だが、倒せない。ビエルは受け切る。メイジはそう思った。それ程の強敵なのだ。マダンテはあくまで、倒すための切っ掛けに過ぎない。
「セシル、魔法剣を!」
 メイジが力の限りに叫んだ。
「グランドクロスね……?」
「違う。俺の、俺の最後の魔力だ。持って行け」
 杖を突き出した。メラゾーマとマヒャドの魔力。メドローア。それをセシルの魔法剣に放つ。
「俺はもう、戦え、ない」
 メイジはそれだけ言って、倒れた。絶対にビエルを倒せ。言葉にはならなかった。
 セシルが目を見開く。メイジが作ってくれた最後のチャンス。そしてメドローアの魔力。風・光・極大消滅。三つの力が重なり合い、セシルの魔法剣は揺らめいていた。この一撃に、全てを賭ける。
「エミリア、私にピオリムを」
「は、はい」
 マダンテの光が収束していく。エミリアのピオリム。重ね掛けを施した。
 光が消えた。ビエルが両膝をついている。
「く、くそったれがぁ……! 死にかけたぜ……! このビエル様が、人間如きに!」
「その人間に、あなたは倒される」
 セシルの声。魔法剣を振り上げていた。ビエルが、目を見開く。
「いつの、間に」
「これで終わりよ!」
 風・光・極大消滅。最強の魔法剣。
「アルテマソードッ」
 真っ直ぐに、ビエルの正中線上を斬った。
「ダ、ダール。ディスカル、さ、ま」
 両断。
「グバッ」
 爆発。それだけだった。呆気ない程に、それだけだった。
 風がなびく。セシルが一度だけ、息を吐いた。
「強敵、だった」
 ビエルの肉片は光の粒子となり、宙を舞っていた。セシルが魔法剣を消した。勝った。それだけを思った。
 エミリアが、気絶したメイジの傍に寄り添う。
「勝ちました、メイジさん」
 エミリアは、泣いていた。メイジが居なければ、絶対に勝てなかった。何度もダメだと思った。その度に、メイジが何とかしてくれた。ありがとうございます。エミリアが心の中で呟く。
 エミリアの涙が、メイジの頬に落ちていた。
 ヒウロとオリアーが剣を構えていた。対するは魔王の側近の一人、ダールである。
 今までを振り返れば、ヒウロ達はこのダールの手によって、様々な苦渋を舐めさせられていた。セシルとアレンの魔族化。そして、ヒウロとアレンの死闘。その結果として、ヒウロは自分の父を殺めてしまった。
 ヒウロにとってもそうだが、オリアーにとってもダールは倒すべき敵だった。自分の愛する女性が、良いように弄(なぶ)られたのだ。この悔しさは抗い難かった。オリアーはセシルを守ると決めた。そして、ダールは倒すべき敵だ。
 つまり、この二人にとってダールは、因縁の敵であると同時に、絶対に自分達の手で葬らなければならない敵なのである。
「お二人とも、そんなに怖い顔をなさって。さすがの私も恐怖で身体がすくみますよ」
 ダールが笑う。
「そうそう、ヒウロさん。アレンとの戦いはどうでしたか?」
 ヒウロは何も言わなかった。目に闘志を宿す。それだけだった。
「さぞかし激しい戦いだったでしょうねぇ。アレンは強かった。我ら魔族の中でも、かなりの実力を持っていましたから」
「……父さんは魔族じゃない」
「なら、何故殺したのです? 魔族だから殺したんでしょう?」
「それしか手がなかった。お前のせいで……!」
「詭弁を。どの道、あなたは自分の手で父親を殺したんです。勇者ともあろう者が、親を殺すなんてねぇ」
 ダールがニタリと笑う。
「こんなデタラメな話がありますか? それも父親の剣を握っている。自分が殺した父親の剣ですよ。私は魔族ですが、あなたのその薄汚い道徳心には頭が下がりますよ」
「ダール……!」
 ヒウロが剣を握り締めた。許せない。単純にそう思った。自分は自らが信じた道を進んできたのだ。それを否定された。父も愚弄された。怒りで、全身が熱い。
「そして、音速の剣士。あの人の悲鳴は最高でしたねぇ。もう一度、聞きたいぐらいですよ」
 オリアーが震えていた。怒りで、震えている。
「何なら、私の妻にしても良い。毎晩、あの悲鳴を上げさせるのも」
 その瞬間だった、オリアーが駆けていた。
「黙れ、ダールッ」
「ほう。相当にあの音速の剣士に惚れ込んでいますね」
 両者が交わる。金属音。火花が散った。
「僕はお前を許さない!」
 神王剣・シリウス。刀身に闘気を乗せる。
「許さないからどうだと言うんです。大した力も持っていないクズが吠えた所で、ただの遠吠えですよ」
 オリアーが目を見開く。中距離。次いで、剣を地から天に向かって振り上げた。闘気の旋風。空裂斬だ。ダールが右手を突き出した。空裂斬が掌に触れる。ダールがグッと力を込めた。次の瞬間、旋風は力任せに握り潰された。
「中々の技です。四柱神程度なら、ひるんだかもしれませんね」
 オリアーが歯を食い縛った。強い。四柱神とは格が違う。
「さぁ、挨拶はこのぐらいにしましょうか。勇者アレクの子孫と剣聖シリウスの後継者。さすがの私も、この二人を相手にするのは骨が折れそうです」
 ダールが、首を左右に倒して音を鳴らした。
「戦闘、開始です」
 ダールの口元が緩んでいた。
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 心臓の鼓動が高鳴る。目の前の巨悪。倒すべき敵。勇者としてだけではない。人間として、アレンの息子として、倒すべき敵。
「オリアー、ダールの言葉に耳を貸すな! あいつは俺達を挑発して、平常心を奪おうとしている!」
 ヒウロがダールから目をそらさずに言った。それに対して、オリアーがかすかに頷く。
 父さん。心の中で呟いた。確かに自分は、自らの手で父を殺めた。だがそれは、なるべくしてなった事だ。後悔などしていない。全ては魔族を倒すため。
 心を奮い立たす。その時、神器、ブレイブハートが光を放った。ヒウロに勇気が灯る。
「父さん、俺に力を貸してくれ」
 勇者アレクの剣。父の剣をギュッと握りしめた。
 ダールが、無言で手招きした。笑っている。
「オリアー、同時に行くぞ!」
「……はい!」
 駆けた。左右に分かれる。剣を振り上げた。オリハルコンで出来た剣。振り下ろす。金属音。反対側からも聞こえた。同時攻撃。それをダールが捌いている。
 反撃はない。様子を見ているのか。オリアーが流れるように剣を振っている。ヒウロもそれに呼応する。
「中々ですねぇ。さすがの私も防御で手一杯ですよ」
 ダールが言った。だが、表情にはまだ余裕がある。
「分かっていた事ですが、ある程度は力を見せなければ勝てそうにありませんね」
 次の瞬間、ダールの全身から闘気が溢れ出した。闇の闘気。ダールがオリアーの剣をいなす。その刹那。
「回し蹴りッ」
 ダールが竜巻の如く身体をひねり、蹴りをオリアーに叩き込んだ。オリアーが剣で受ける。しかし、顔の表情が歪んでいた。回し蹴りの衝撃が、オリアーの身体の芯を貫いたのだ。オリアーの剣が止まる。
 ダールが身体をヒウロに向けた。束の間、睨み合った。来い。ヒウロは目でそう言った。次の瞬間、拳。空を切る。首をひねってかわしていた。さらに拳。剣で受け流す。
「爆裂拳ッ」
 超高速。四連撃。ヒウロが目を見開く。ブレイブハートが光った。一撃目。剣でいなす。二撃目。突き出された拳に合わせて、懐に飛び込んだ。三撃目が飛んでくる瞬間。
「隼斬りッ」
 閃光。二度きらめく。カウンターで放った。ダールが僅かにひるむ。
「オリアー!」
 ヒウロが言った。刹那、闘気の旋風が放たれる。空裂斬だ。ダールが身体をひねる。その間、ヒウロは剣を天に突き上げていた。聖なる雷撃呪文。稲妻よ、全ての邪悪を貫け。
「ギガデインッ」
 稲妻。乱舞する。
「クズどもが……ッ!」
 瞬間、ダールの目が光った。
 拳に闇の闘気が集約されていく。稲妻。ダールに触れる直前。雄叫び。その瞬間だった。ダールが勢いよく腕を振り払った。それと同時に稲妻が弾き飛ばされる。
「ヒウロ、お前はアレンより強い。確実にだ」
 アレンは爆裂拳を剣で捌く事しか出来なかった。所が、ヒウロはそれをカウンターで合わせてきたのである。この事から、ダールは生半可な力ではヒウロ達に勝てないと判断した。
「本性を現したか」
「フン。こうなってしまった以上、本気でやってやる。ありがたく思うが良い。私の本気はそうそう見れるモノではないからな」
 ダールの目に殺意が宿った。そして、駆ける。
 ダール。本気で来る。ヒウロはそう思った。神器、ブレイブハートが熱い。勇気は萎えていない。
「オリアー、ダールと接近戦を張れるか?」
 ヒウロが言った。ダールにギガデインは通用しなかった。そうなると、生半可な攻撃ではロクにダメージも与えられないはずだ。ならば、最初から全力で行く。ギガデインと剣の融合。ギガソード。そして、ギガブレイク。父を、アレンを破った技。
「やれます。そのための僕です」
 オリアーのこの言葉に、ヒウロが頷いた。刹那、ダールの拳。皮一枚。風切り音が轟音の如く、ヒウロの耳の中で渦巻いた。剣を薙ぐ。空ぶった。蹴り。身を屈める。その隙にバックステップを踏んだ。ヒウロとダールの間にオリアーが入り込む。
「僕が相手だ、ダール!」
 ダールは何も言わなかった。拳。オリアーが剣で受ける。神速の攻防。風を切る音。金属音。様々な音が絶え間なく鳴り響く。
 ヒウロが剣を天に突き上げた。次いで、アレンの剣に闘気を纏わせる。ギガソード。この技で、ダールを倒す。
「ほう、この私のスピードに付いてくるとはな。さすがは剣聖シリウスの後継者。四柱神では勝てないわけだ」
 ダールの拳。空を切る。オリアーの剣。ダールがもう片方の拳で弾く。
「だが、これは受け切れるか? いや、お前に見えるか?」
 ダールが一瞬だけ、右手を引いた。オリアーに戦慄が走る。その刹那。
「雷光一閃突きッ」
 いかずちの刃が胸を貫いた。オリアーはそう思った。血。口端から漏れていた。全身が麻痺している。身体が動かない。感覚だけが妙に鋭利だ。殺気。
「閃光烈火拳ッ」
 ダールの奥義。アレンの戦闘意欲を刈り取った大技。八連撃。拳が見える。オリアーは受け流そうとした。だが、身体が動かない。腹から胸にかけて、八連撃、その全てが叩きこまれた。意識が、薄れる。倒れる。いや、まだだ。オリアーが執念を燃やす。舌を噛む。闘志が戻った。
「海破斬ッ」
 力の限りに振るった。いや、振るったつもりだった。声しか出ていない。剣を持つ手は動いていない。ダメージが大きすぎて、身体の自由が利かないのだ。
「オ、オリアー!」
 ヒウロの声。背後からだった。ダールを倒すために、ヒウロは何か手を講じているはずだ。
「僕に構わないでください!」
 叫んだ。
「構わないでください、か。健気だなぁ」
 ダールの拳が腹にめり込む。血を吐いた。もうダメか。兜ごと、頭を掴まれた。
「その澄んだ眼、気に入らんな。血反吐まみれにしてやりたいよ」
 さらに拳。意識が途切れ途切れだ。ヒウロに全てを託す。それまで、自分は盾だ。オリアーが歯を食いしばる。
「中々、音を上げないじゃないか。見上げた根性だ」
 ダールがそう言った瞬間だった。オリアーの背後で、凄まじいまでの闘気が立ち込めていた。
「オリアーを離せ、ダール……!」
 ヒウロが、ギガソードと化したアレンの剣を握り締めていた。
「フン、真打ち登場か」
 ダールがオリアーを投げ捨てる。無抵抗に地に投げ出された。意識が遠のいていく。だが、オリアーは懸命に意識を保っていた。ここで意識を失えば、剣士の名がすたる。剣聖シリウスは、常に勇猛果敢だった。そして、パーティの盾となり、剣となった。勝負が終わるまで、気を失ってたまるものか。
「来い、ヒウロ」
 ダールの手招き。ヒウロが目を見開いた。ブレイブハートが熱い。剣を構え、駆け抜ける。
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 視線は外さなかった。ダールの目。ギガソードを振り上げる。この目の前の魔族に、ダールに勝つ。ヒウロが吼えた。
「ほう、これがアレンを破った技か?」
 ダールがギガソードを両腕で受け止めていた。
 しかし、ヒウロの闘志は萎えなかった。ダールは父であるアレンよりも、数段強いのだ。認めたくはない。だが、事実だった。そのダールにギガソードを受け止められた。ある意味、当然の結果だ。このギガソードで倒せる程、ダールは甘くはない。
「まだ何かあるな。見せてみろ」
 ダールが言う。ヒウロが目を見開いた。さらにギガソードを振るう。
 最強の必殺技、ギガブレイク。稲妻・闘気・剣・勇気の四つの力を一気に解放し、相手に叩きつける最強無比の技。この技ならば、ダールも無事では済まされないはず。ヒウロはそう思った。だが、倒せるのか。
 自分のギガブレイクで、ダールを滅ぼせるのか。これだけが疑問だった。ダメージは確実に与えられるだろう。しかし、滅ぼせるかどうかは分からない。もし滅ぼせなかったら、その後はどうなる。ギガブレイクを撃ち放てば、剣は普通の状態に戻る。そうなれば、ダールは一気に勝負を決めにくるだろう。その状態で、再びギガソードを作る機会は得られるのか。
 だが、撃つしかない。ギガデインもギガソードもダールには通用しなかった。ならば、ギガブレイクしかない。
 ダールがギガソードを受け止める。そのダールの目に、殺気が宿った。
「見せないのならば、こちらから行かせてもらうッ」
 ダールが僅かに右手を引いた。オリアーを貫いたあの必殺技。
「雷光一閃突きッ」
 いかずちの刃。ヒウロの胸を貫く。手足の指先まで、痛覚が迸った。次いで殺気。やはり。オリアーを追い込んだのと同じように、撃ってくる。ダールの奥義。
「閃光烈火拳ッ」
 ヒウロが目を見開く。これをまともに食らう訳にはいかない。かわせるのか。受け切れるのか。いや、かわしてみせる。受け切ってみせる。ヒウロがそう決意した瞬間、ブレイブハートが強烈な光を放った。視界が、白く染まる。ダールの姿だけが、ヒウロの目に映った。なんだこれは。ヒウロはそう思った。
「選ばれし者よ、我が力を解放するのだ。そして、剣聖シリウスの後継者と力を合わせよ」
 父の声が聞こえた。ダールの拳。見える。ゆっくりと、スローモーションのように、動いている。身体をひねった。いつものように動けた。まるで、時間軸が違う。ヒウロはそう思った。八連撃。全てをかわし切る。視界が、元に戻った。
「なっ……!?」
 ダールが声を漏らす。状況を理解できていない。そんな表情をしている。
 何が起きたのか。ヒウロもそう思った。閃光烈火拳が放たれた瞬間、時間軸が自分だけズレているような感覚に襲われた。いや、感覚だけではない。そのズレた時間軸の中で、自分はしっかりと動けた。そして、閃光烈火拳の八連撃を全てかわしていた。
 神器、ブレイブハート。神器の力なのか。ヒウロはそう思った。今にして思えば、ブレイブハートは他の神器とは違っていた。オリアーやメイジの神器は、道具として実体があるのだ。だが、ブレイブハートは違う。心、魂。そういった、抽象的なものなのだ。そして、神器に眠る力。
「……オリアー」
 ヒウロが視界の端にオリアーを捉える。父が、いや、神器がオリアーと力を合わせろと言っていた。つまり、独力ではダールを倒す事は出来ないと言う事だ。
「僕は……まだ、戦えます……!」
 オリアーが立ち上がる。そして、神王剣・シリウスを構えた。全身を震わせている。
 一振り。それが限界だ。オリアーはそう思った。そして、その一振りに全てを込める。最強の必殺剣、ギガスラッシュ。
 ヒウロがオリアーの目を見つめる。それだけだった。それだけで、互いの意思を交換した。自分が機会を作る。その機会に、オリアーの最強の必殺技を叩きこむ。そして、それに自分のギガブレイクを合わせる。
「……行くぞ、ダールッ!」
「さっきの閃光烈火拳、かわしたのはマグレだろう。次はないッ!」
 両者が駆ける。決着の時は近い。
 想いが、ヒウロの中で渦巻いていた。父の仇。目の前の巨悪。今ここで、ダールと雌雄を決する。
 神器の力。それが解放されつつある。ヒウロはそう思った。ダールの閃光烈火拳をかわしきった。あれは自分の力ではなく、神器の力だったはずだ。どんな力なのか、その正体は分からない。だが、とてつもない力だ。
 父と母が、見守ってくれている。ヒウロは神器の力の発動を、そう捉えていた。閃光烈火拳をまともに貰えば、自分は無事には済まされなかった。何としてでも、直撃は避けなければならなかった。その状況の中で、神器は力を発動したのだ。神器の中に、父と母が居る。そう考えると、勇気が倍加されていくのが自分でも分かった。
「これほどとはな。正直、私の予想を遥かに上回る強さだ」
 ヒウロのギガソードと、ダールの拳が幾度となくぶつかり合う。
「お前たち魔族は、人間をみくびりすぎだ!」
「そのセリフ、アレンも言っていた。私は人間など、取るに足らん存在だと思っていた」
 ダールの爆裂拳。全てを避け切る。反撃。ギガソードの隼斬り。ダールがいなした。
「その認識は、どうやら間違いだったようだ。その証拠に、お前はこの私と渡り合っている!」
 ダールが右手を引いた。来る。ヒウロはそう思った。いかずちの刃。雷光の如きの突き。
「雷光一閃突きッ」
 ヒウロが目を見開く。勇気をダールに向けて放った。かわしてみせる。いや、カウンターを狙う。ヒウロがそう決意した瞬間、視界が白く染まった。ダールの姿以外が、ヒウロの視界から消える。まただ。『あの』現象。
 ダールの拳が、ハッキリと見えた。スローモーションで突き出される、ダールの拳。閃光烈火拳をかわした時と、同じ現象だ。ヒウロが突き出された拳の下を掻い潜る。
「選ばれし者よ、運命をその手に掴め」
 父の声。
 ヒウロが吼えた。声にはならなかった。ギガソードを握り締める。呼吸を一度だけ挟んだ。息を吸い込む。同時に、剣を地から天へと振り上げた。
 視界が戻った。
「うぐぁっ!?」
 ダールの両腕が斬り飛ばされていた。傷口に雷撃が纏わりついている。勝機。
「オリアーッ!」
 ヒウロが叫ぶ前に、すでにオリアーは構えていた。剣を逆手に持ち、前身に重心を乗せている。神王剣の刃が、黄金色に輝いていく。究極の必殺剣。ダールの背後からだ。挟み撃ち。
「ギガスラッシュッ」
 オリアーのギガスラッシュ。ダールの股から、袈裟の軌跡を描いて光が走る。ヒウロが目を見開いた。ギガソードに勇気を込める。最強無比の必殺技。
「ギガブレイクッ」
 ダールの左肩から股に向けて、ヒウロは剣を振り下ろした。稲妻・闘気・剣・勇気。四つの力が解放される。
 光。究極の必殺剣と最強無比の必殺技が、ダールの胸で交わった。二つの技は一つとなり、奥義へと進化を遂げる。
「ギガクロスブレイクッ」
 ×の字に、斬り裂く。光の花が咲いた。
「貴様、覚醒」
 ダールの呟き。刹那、光が溢れた。断末魔。視界が光で遮られていく。その光の中で、オリアーが剣を鞘に納めた。勝利を確信したのだ。
「……勝った」
 ヒウロもそれだけ言って、剣を鞘に収めた。視界が元に戻った時、ダールの死体はすでに光の粒子となっていた。
「父さん」
 宙に舞い上がる粒子を見つめながら、ヒウロは静かに呟いていた。
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