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ラゴラの町〜

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「やはり、お主は只者ではないわい」
 白く太い眉を掻きながら、老人は言った。眉に反して、目は細い。しかし、声色からして驚いているのは間違い無かった。

 メイジは、ラゴラの町で修行に励んでいた。師事しているのは、メイジの前に居るこの老人だ。名はリーガル。お世辞にも体格は良いとは言えず、上背も無ければ、力強い肉体も持ち合わせていない。老人らしい身体つきで、木綿の布の服に樫の杖という出で立ちだ。だが、メイジはこの老人を見た時、何とも言えない威厳を持ち合わせていると感じた。この直感は正しく、リーガルは強い魔力を持っていた。そして何より、他人の魔力を見抜く力を持っていた。これは他に例がない、リーガル独自の力だ。
 ラゴラの町に着いた途端、このリーガルがメイジに話しかけてきた。とんでもない魔力を持っている、と言われた。そして、その直後にヒウロ、オリアー、メイジにベホマを掛けたのだ。
「フム、そちらの少年は身体の傷とは別の要因で、気を失っておるようじゃな」
 ヒウロを見て、リーガルは言った。そして、この町で休ませた方が良い、と宿まで手配してくれたのだった。その後、メイジはリーガルの元へお礼を言いに行ったのである。

「……確かに村の中では一番の呪文の使い手でした。でも、そこまで驚かれる程の魔力を持っているとは思えません」
「それはお主の力の使い方が間違っておるからじゃ。試しに、あの魔方陣に呪文を撃ってみぃ」
 リーガルが指差す。壁に魔方陣が描かれていた。リーガルの家は一見、普通の木造の家なのだが、地下があった。今メイジが居る場所が、その地下の部屋だ。石造りの大広間になっている。等間隔でロウソクが並べられている以外、特に目立つ物は無かった。
「全力でだぞ」
「良いんですか?」
「構わん。あの魔方陣は呪文を吸収する力を持っておる。かつての魔人レオンのフルパワーでも無い限り、ビクともせん」
 メイジが頷く。次いで、集中した。自分の得意な火炎系呪文を撃つ。
「メラミッ」
 右手からそれは放たれた。螺旋を描き、火球が壁面へと突っ込む。壁に触れた瞬間、火球は消え去った。
「フム、壁の魔方陣を見ておれ」
 リーガルが言った。すると、壁の魔方陣が青色に輝いた。
「なるほど、青か」
 白く太い眉を掻きながら、リーガルは言った。
「お主、メイジと言ったか。あの魔方陣は、魔法を吸収すると同時に、威力を測定する力も持ち合わせておる」
 リーガルが説明を続ける。
 あの魔方陣は、色の輝きによって威力のランクが定められ、白、水色、青、紫、赤と大別されるのだという。白が最弱、赤が最強といった具合だ。その五色の中でも細かな色の変移があるが、メイジは青色だ。だが、水色寄りの青だった。つまり、現時点でのメイジの呪文の威力は、中の下だ。
「……なんとなく、そんな気はしていましたが」
 ショックだった。ファネルにはもちろん、ごうけつぐまにもメラミで効果的なダメージを与えられなかった。だから、そんな気はしていた。しかし、プライドがそれを認めない。
「安心せい。さっきも言ったじゃろう。お主は力の使い方を間違っておる、とな。それを今から矯正してやろう」
 リーガルが笑う。細い目が、さらに細くなった。
「良いか、今のお主は手の魔力しか使いこなせておらん」
 リーガルが一歩、前に出る。
「魔力というものは、身体全体に存在するのじゃ。もちろん、魔力が全く無い者もおる。魔力は生まれた時点で、その絶対量が決まっておるのじゃ。そしてメイジ、お主の魔力はワシから見ても凄まじい」
 リーガルがさらに一歩、前に出た。
「ワシが今から実演しよう。今のお主の魔力の使い方、すなわち手の魔力のみ使った呪文と、全身の魔力を使った呪文をそれぞれ撃つ。その威力を見ておれ」
 リーガルが右手を突き出す。
「メラミッ」
 火球。壁面へと突っ込み、そして消え去った。魔方陣が輝きだす。色は水色だ。
「続いて、全身じゃ」
 リーガルが右手を突き出した。しかし、先ほどとは何かが違う。殺気か、闘気か。メイジが思わず、リーガルを見る。
「メラミッ」
 火球。しかし、先ほどのメラミとは訳が違う。火球の周囲を電撃のような物が覆っている。そして何より、速い。
「この時点で違いが分かったじゃろう」
 壁面に触れる。魔方陣が出した色は赤。
「……なるほど」
 リーガルがじっとメイジを見つめる。驚いていない。並の魔法使いならば、あのメラミを見ただけで腰を抜かす。メラミの域を超えているのだ。しかし、メイジは驚くどころか納得しているように見えた。
「どうじゃ、全身の魔力を使いこなすだけで、これ程の威力の違いが出る」
 あえて表情を出さず、リーガルは言った。
「教えてください。今の俺じゃ、あの二人の足手まといだ」
 リーガルが頷く。メイジの拳は、硬く握られていた。
 そして、メイジの本格的な修行が始まった。使いこなす魔力を手から腕、腕から半身と段階的に増やしていく。それが増えていく度、メイジの呪文の威力は桁違いの上昇を見せた。何より、習得速度が凄まじかった。まるで忘れていた事を思い出すかのように、次々と身体の魔力を使いこなしていく。そしてついに。
「撃ってみるが良い」
 メイジが頷き、右手を突き出した。集中する。全身から闘気が溢れ出し、魔力の渦が部屋中で荒れ狂う。ビリビリと肌を突き刺す感覚が、リーガルにかすかな恐怖を感じさせた。
「メラミッ」
 火球、と表現するには生易しすぎる程のそれは、強烈な螺旋を描いて壁の魔方陣に突っ込んだ。そして、魔方陣が輝きだす。果たして、魔方陣の出した色とは?
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「お、驚いたわい……!」
 魔方陣は『黒く』輝いていた。メラミを吸い込んだ衝撃なのか、ゆらゆらと陣がうごめいている。
「黒……」
 メイジが呟く。自らの右手を見る。魔力の鼓動が微かに感じられた。息は乱れていない、気分の高揚も感じられない。むしろ、あの程度の威力なのか、という気さえしている。
「短期間の修行でこれほどまでの結果を出すとは、ワシの予想の範疇を越えておったわ」
 リーガルは驚愕の表情を浮かべていた。それもそのはずだ。かつて黒の輝きを出した人間はただ一人。魔人レオンだけなのだ。
「メイジよ、お主は一体、何者なんじゃ」
「……わかりません。でも、何か懐かしい感じがする」
 何故かは分からなかった。ただ、何となくメイジはそう感じただけだ。
「そうだ、リーガルさん。宿に戻っても良いですか? 仲間に呪文を使える奴が一人居るんです」
 ヒウロだ。メイジほどでは無くとも、ヒウロも魔法使いとして悪くない資質を持っている。リーガルから何か教わる事はあるはずだ。

「ヒウロ、具合はどうだ」
 メイジは宿に戻った。ヒウロはすでに着替えており、元気そうな様子だ。表情も明るい。
「やっと身体の重みが無くなりましたよ。心配をかけました」
「メイジさんの方はどうですか?」
 オリアーが声を掛けた。
「あぁ、やって良かった、と言えるぐらいには強くなった」
 言って、軽く笑う。その表情を見たオリアーは、相当腕をあげた、と感じ取った。
「ヒウロ、オリアー、お前たちもリーガルさんに会ってみないか? 会って損はないはずだ」
 二人は顔を見合わせた。そして頷く。
「そうですね。俺が気を失った事について、何か知っているかもしれないし」
 こうして、三人はリーガルを訪ねる事にした。

「なるほど、お主にベホマをかけても意識が戻らなかったのは、それが理由か」
 ヒウロはリーガルに事情を話した。ただし、勇者アレクの事は伏せた。メイジやオリアーにも話していない。第一、自分自身が信じられないのだ。他の人に話したとして、信用して貰えるかどうかも分からなかった。
「しかし、ライデインとは……」
 リーガルが白い眉を掻く。にわかには信じられないようだ。真の勇者にしか扱えないと言われている雷撃呪文なのだ。何故、ヒウロが使えるのか、という疑問点に行きつく。
「俺達も見ました。実物を見たのは初めてですが、かつて書物と読んだものと同じ現象です」
「うぅむ。しかし、信じ難い。ライデインもそうだが、身体の限界を超える呪文を撃てた、という事にも驚きじゃ」
「リーガルさん、信じてください、とは言いません。でも、俺にはあの呪文が撃てたんだ。そして、たぶんこの先も撃たなきゃいけない時が絶対に来る」
 魔族が再び姿を現した時、ライデイン無しで戦えるとは思えなかった。今、手持ちの武器で魔族に対抗できるもの、それはライデインだけ、と言っても過言ではない。しかし、今の自分では扱いきれる代物ではない事も事実だ。どうにかして、ライデインを自分のものにする必要がある。
「呪文に頼るのは悪い事ではない。じゃが、ワシが見る限り、お主は魔道よりも剣の道の方が明るく見える。剣を主体に、魔法はあくまでその補助として考えた方が良い」
「でも」
 ヒウロが身を乗り出した。
「そう急くな。方法が無いわけでもない」
「えっ」
「幸い、お主には優秀な魔法使いが仲間におるからの」
「メイジの力を借りるのじゃ」
 ヒウロがメイジを見た。自力ではなく、メイジに助けてもらうという事か。かすかに悔しさがにじみ出てくる。しかし、すぐに頭を切り替えた。今はライデインを撃てるようになる事だけを考えるべきだ。
「お主ら、マホイミという呪文を知っておるか?」
 三人は小さく頷いた。
 マホイミとは、自分の魔力を他人に分け与える呪文である。ただし、分け与えられるのは少量で、あくまで減った魔力を元に戻す、という効果だ。魔力の総量に変化は起こらない。ヒウロの場合、ライデインの魔力に身体が耐えられなかった。マホイミそのものでは、解決にはならない。
「このマホイミを応用する」
 リーガルがメイジの左手を掴んだ。
「? 何ですか?」
 メイジが眉をしかめた。しかし、リーガルは返事をせずに何やら呪文を唱え始める。メイジは左手が微かに熱くなっていくのを感じていた。何かの力が身体の内部を駆けていく。すると、左手に何かの紋章が浮かび上がった。
「メイジよ、お主にマホイミの紋章を授けた」
 リーガルが説明を始めた。
 その説明によると、メイジは自分の意思で、他人と魔力の共有が出来るようになったと言う。つまり、ヒウロがメイジの魔力を使えるようになったのだ。リーガルが言うには、ライデインの魔力もメイジにとっては苦では無いらしい。底知れぬ魔力、とリーガルは言う。しかし、メイジ自身はピンと来なかった。だが、自分の魔力がヒウロの助けになる。これは悪い気はしない。
「ただし、あくまで術者の魔力が土台じゃ。メイジはあくまでその補助に過ぎん」
 すなわち、ヒウロの魔力が無くなればライデインは撃てないという事だ。場合によっては、また気を失う事になる。
「二回じゃ。ライデインを唱えてその後も戦うならば、おそらく二回が限度じゃ。それ以上撃てば、疲れ果てて動けなくなるか、もしくは気を失う事になるじゃろう」
 乱発は出来ない。ここぞという時にしか使えない。しかも、メイジの左手が術者の身体に触れておかなければいけないらしい。実戦ではメイジは後方に居る事が多い。魔法使いだからだ。一方のヒウロはオリアーと共に前に出る。これからはメイジとの距離感を注意して戦う必要性があるという事だ。
 ヒウロは内心、悔しかった。自分の呪文なのに、自分の力だけでは使いこなせないのだ。リーガルは剣の道の方が向いている、と言っていた。だがその剣も、オリアーにはかなわない。焦りと情けなさで一杯になった。どうすれば、強くなれるんだろう。ヒウロが心の中で呟く。
 ふと、ヒウロの肩に手が置かれた。メイジだ。ヒウロがメイジの目を見る。メイジは軽く頷いた。気にするな、目でそう言っているような気がした。
「所で、そこの鎧を着たお主」
 リーガルがオリアーに話しかけた。
「僕ですか?」
「うむ、先ほどから気になっていたんじゃが、お主から何らかの魔力を感じるぞ」
「え? そんな。僕は呪文は一切使えませんよ」
 オリアーが笑う。
 オリアーは幼い頃から剣を振り回していた。そのせいか、呪文とは無縁だった。ある時、試しに呪文を使ってみよう、と奮起した事もあったが、全くの無駄だった。呪文を使おうにも、それを使うイメージが全く出来なかったのだ。だが、代わりに剣術がある。幼少の時点で、剣で大人に勝った事もあった。だから、オリアーは剣の道を突き進んできた。
「うぅむ。呪文を使う魔力とは異なるようじゃが……。しかし、確かに魔力は感じるぞ」
 リーガルが首をかしげる。しかし、これ以上は何も掴めないようだ。
「お主たち、行き先はどこじゃ?」
「ルミナス城です。王に会いに」
「なんと、ルミナスか。ならば、ちょうど良い。ここから南下した所に、スレルミア河川という川がある」
 ヒウロ達もこれは知っていた。ルミナスへ行くには、この川を渡らねばならないのだ。流れが激しく、魔物も住みついているため難所でもある。
「この川を越えてすぐの所に、スレルミアの町がある。そこにワシの知り合いがおるのだ。名はクラフト。おそらく、クラフトならばお主の魔力の正体も掴めるじゃろう」
「クラフトさん、ですか」
「うむ。会って損はないはずじゃ」
 こうして、三人の次の行き先はスレルミアと決まった。この後、三人はリーガルに改めてお礼を言い、宿に戻った。
 メイジが自室で紫のローブを脱ぎ、布の服に着替える。当たり前と言えば当たり前だが、オリアーと比べると頼りない体格だ。鎧など、とてもじゃないが着る事など出来ないだろう。しかし、その代わりに魔力がある。だが、ごうけつぐまにも、ファネルにも自分の呪文は通じなかった。
「強くなったのだろうか」
 メイジは呟いた。リーガルの元で修行した。魔力を測る、という魔方陣は黒色に輝いた。強くはなったはずだ。だが、魔物に、魔族に通じるかどうかは分からない。
「底知れぬ魔力、か」
 リーガルが言っていた事を思い出しながら、メイジは眠りについた。
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 一方、魔界では――
「以上が、報告となります」
 石造りの大広間。石柱が等間隔で配され、邪気が辺り一面に満ちている。そこにファネルは跪いていた。ファネルが跪くその先には玉座。人間の王が座るものと同じぐらいの大きさだ。左右に女の魔族が控えており、玉座から入口まで赤い絨毯が道を作っている。そこに座るは、最強の魔族にして王である、ディスカルだ。細身の体格、ブロンドの長髪、赤い瞳、少し色白だが人間と同じ肌色の身体を、絹のような白いローブで包んでいる。
「で?」
 ディスカルが片方の女魔族の顔に触れながら、ダルそうに呟く。
「……っ」
 ファネルは跪き、顔を下に向けたまま身動き一つ取れないでいた。心臓の鼓動が速くなっていく。冷や汗が全身から噴き出してくる。
「そのライデインを使った人間はどうした? ん?」
「申し訳ありません。ひとまずは報告が先かと思」
「逃げ帰ってきたのか」
 ディスカルが鼻で笑った。依然、女魔族の顔を撫でている。
「申し訳ありません……っ」
 ファネルの全身が恐怖で震えだした。汗が頬を伝い、地面にポタポタと落ちる。跪く足に力が入らない。感覚が消えていく。
「そう怖がるなよ、ファネル。私は寛大な王だ。知っているだろう?」
 動悸。ファネルは生きた心地がしていない。
「私は感謝しているよ。お前が無様に逃げ帰って来てくれたおかげで、勇者の子孫が存在する事を知る事が出来たのだからな」
 ディスカルが鼻で笑った。
「もしお前が何の情報も無しに逃げ帰って来ていれば……」
 不意にディスカルが指を鳴らした。瞬間、顔を撫でていない方の女魔族の身体が爆発した。肉片が辺りに飛び散る。その一部がディスカルの衣服に散ってしまった。その様を見たもう片方の女魔族の顔は、恐怖でひきつっている。
「チッ。汚れてしまったか。おい、綺麗にしろ」
 顔を撫でている女魔族に命令した。
「え、あ、あ」
「遅いよ」
 指を鳴らす。その女魔族の身体も爆発した。ディスカルが鼻で笑う。沈黙。いや、戦慄と言った方が正しい。
「……ファネルよ、次はないぞ?」
「しょ、承知しております」
 ファネルが逃げるように魔王の間から退出する。
「勇者アレクの子孫か。フン」
 ディスカルは頬杖をつき、ファネルの背中を見つめていた。
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