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ルミナス王国〜

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 その頃、ルミナスはヒウロ達の予想通り、魔物達からの襲撃を受けていた。その魔物達を率いるはファネル。かつて、ヒウロ達と対峙し、ライデインによって退けられたファネルである。
 ファネルはディスカルの命令により、ルミナスを襲撃していた。多くの魔物も率いてきた。ディスカルから、ルミナスを襲撃すればヒウロ達がやってくる、と言われたのだ。復讐の機会。ライデインでスタボロにされた屈辱を晴らす。無論、ディスカルからヒウロらを仕留めるように、とも言われていた。
「魔物達よ、人間を殺せ。一人たりとも逃がすな」
 悲鳴。叫び。爆発音。青いローブの下で、ファネルはニヤリと笑っていた。

「うあぁっ」
 住民の叫び。魔物達が追い回している。抵抗できる術はない。住民達は逃げ回るだけだ。ルミナスの兵――ルミナス騎士団が懸命に抵抗しているが、焼け石に水だった。数が違いすぎるのである。それに加え、長らく、実戦から遠ざかっていた。このままでは、ルミナスは制圧されてしまう。
「た、助けて、お、お母さん」
 子供。ガタガタと震えている。魔物がニタリと笑った。殺される。その瞬間。上空より光。ルーラだ。
「ッ」
 魔物の首が、身体から離れた。ニタリと笑ったままだ。次いで身体が倒れ、死体が煙となって消える。
「大丈夫?」
「あ、あ」
「私が来たからには安心しなさい。さぁ、どこかに隠れて」
 手には魔法剣。風が鳴いている。風の魔法剣だ。背後。魔物。
「これ以上、ルミナスをやらせはしない」
 斬る。真っ二つだ。その様を住民が見ていた。銀色の軽装鎧。風になびくブロンドの髪。意志の強い瞳。そして、魔法剣。
「お、音速の剣士だ! 音速の剣士、セシル様だ!!」
 そう、この人間こそ音速の剣士の異名を持つ、セシルだった。エクスカリバーが封印されている部屋に入れた人物。エクスカリバーと対面するにふさわしい人間。
「ルミナス騎士団は?」
「も、もう出動してます。ですが、太刀打ちできないようで」
「わかった。下がっていなさい」
 セシルが駆けた。魔物を斬る。進む。どこかに親玉が居るはずだ。魔物の数が増えてきた。親玉はこの先か。周囲。ひどい有様だ。家には火が付き、住民の死体が転がっている。倒壊している家屋もあった。ここにはもう、自分以外に生きている人間は居ないだろう。セシルはそう思った。
「お前達……許さない」
 魔物がワラワラと寄ってくる。セシルが集中した。風の魔法剣が大きくなる。風の音が強くなる。その気に圧されたのか、魔物の群れが一斉に飛び掛かってきた。苦し紛れの特攻だ。セシルが魔法剣を頭上に掲げる。そしてグルリと円を描き、叫んだ。
「エアロブレイドッ」
 振り下ろす。瞬間、エメラルド色に輝く衝撃波が一直線に走った。瞬間、魔物達が消し飛んでいく。断末魔。轟音。凄まじい衝撃波。
「一瞬で敵を消す。これが音速の剣士の名の由来」
 軌跡を見つつ、セシルが呟いた。

「……なんだ?」
 ファネルが呟いた。轟音が聞こえたのだ。そちらの方向に目をやった。エメラルド色の衝撃波。魔力。
「勇者アレクの子孫らが来たか」
 言って、ニヤリと笑った。復讐してやる。急いで、魔力の元を辿った。居た。人間。だが、一人だ。ヒウロじゃない。それ所か、その仲間でもない。
「誰だ、貴様は」
 ヒウロ達以外にここまで出来る人間が居たのか。ファネルはそう思った。
「セシル。人は私の事を音速の剣士と呼ぶ」
「音速の剣士? いや、その前にその声。貴様……女か?」
 ファネルが言った通り、セシルは凛々しくも女性的な声をしていた。
「そう、私は女。けど、強さに性別は関係ない」
「……フン」
 ファネルが鼻で笑った。確かにそうだと思った。目の前のこの女は、魔物の群れを消し飛ばしたのだ。強さは本物だろう。ファネルはそう思った。
「なるほど、魔法剣か。人間の分際で」
 魔法剣の使い手というだけで、ある程度の強さは計れる。
「あなたが魔物の大将?」
「そうだと言ったら?」
「ここで倒す」
 セシルが駆けた。風の魔法剣。速い。
「血気盛んだな。だが、私の目的はお前ではないのだ」
 右腕。剣のような刃。魔法剣を受ける。微かに風を感じた。ジジジと魔力がスパークする音が耳を突く。ファネルが斬り払う。力で押した。所詮は人間の女だ。力は強くはない。だが、魔法剣士はそれを補う能力を持っている。力は無くとも、攻撃力は一級品なのだ。油断はできない。ファネルはそう感じていた。
 押された。だが、あの魔族は油断していない。魔法剣の強さを知っている。セシルは気持ちを更に引き締めた。
「もう少しでアレクの子孫らが来るだろう。その間、お前と遊んでやる」
 アレクの子孫? セシルはその言葉に反応した。アレク。あの勇者アレクの事? いや、それよりも。
「遊ぶ? 本気を出す事態にならないようにする事ね」
「小娘が」
 馳せる。火花、いや、魔力が散った。尚もぶつかり合う。防戦一方では些か(いささか)不利か。ファネルはそう思った。左手。突き出す。衝撃波。
「くっ」
 セシルが態勢を崩す。ファネルはその瞬間を見逃さない。右手。刹那、目の前で爆発が起こった。爆発系下等級呪文イオ。ダメージを与える事が目的ではない。目くらましか。ファネルが警戒する。殺気。魔法剣が飛んでくる。避けた。煙の中からセシル。さらに魔法剣。尚も右手で受ける。
「なるほど、多少はやるようだな。いつぞやのアレクの子孫らよりも手強い」
 オリアー、ヒウロ、メイジの三人を同時に相手にした。それよりも強い。認めてやる。小手調べはこのぐらいで良いだろう。本気を出す。ファネルはそう思った。
「目の色が変わった。遊びでは私を殺せない、と思ったようね」
 セシルが口元を緩めた。だが、息を少し切らしている。強敵。そう思った。
「フン。精々、私を楽しませる事だ。すぐに死んでしまっては、面白くない。本気で戦うのは久しぶりだからな」
 気炎が立ち昇る。左手。周囲の空気が凍てついていく。
「マヒャドッ」
 冷気系最強呪文。無数の氷柱。氷風。鳴いた。氷柱が一気に突っ込む。
「くッ」
 魔法剣で捌く。だが、貫かれた。セシルの全身を氷柱が切り刻む。セシルが片膝をついた。マヒャド。まさか使えるとは思っていなかった。それも強い魔力だ。
「どうした。その程度か。私は手の内を一つ見せただけに過ぎんぞ」
 左手。
「それ、もう一発」
 マヒャド。無数の氷柱。
「そう何度もッ」
 セシルが立ち上がる。魔法剣。頭上に掲げ、円を描いた。この技で。
「エアロブレイドッ」
 エメラルド色に輝く衝撃波。轟音を立ててほとばしる。氷柱を飲み込んだ。そのまま、ファネルへと突っ込んでいく。
「ほう」
 声を漏らしながら、ファネルは左手を突き出した。焦っていない。
「マホターン」
 瞬間、薄い光の壁がファネルの目の前に現れた。マホターン。一度きりの呪文反射だ。エアロブレイドは魔力。すなわち、跳ね返る。自身の技が。
「そんなっ」
「自滅しろ」
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 セシルが目を瞑った。閃光。痛みは無い。死んだ? いや、違う。
「大丈夫ですか」
 声が聞こえた。目を開ける。鎧、兜。目の前に男が立っていた。剣を構えている。見た事がある剣だ。
「エ、エクスカリバー?」
「もう大丈夫です。音速の剣士さん」
 男が二コリと笑った。その男とは無論、オリアーだ。リデルタ山脈の魔族を片付け、ルミナスまで駆けてきたのだ。
「ほう、貴様か。久しぶりだな」
「……ファネルですか」
 オリアーがキッと睨み返す。エクスカリバーは構えたままだ。
「どうやったかは知らんが、良いタイミングだったぞ」
 エクスカリバーの別名は対魔法剣。呪文を刀身に留める事も出来れば、そのまま弾く事も出来る。かつての歴代最強の魔法使い、魔人レオンの魔力をも自由にできた剣だ。エアロブレイドの魔力を弾く事も難しくはなかった。
 ファネルがオリアーを睨みつける。かつて、自分の右腕の一撃を何度も受けた事のある男だ。あれから、どの程度まで腕を上げたのか。見た所、剣も変わっている。見事な剣だ。魔法剣技をどうにかしたのも、あの剣が一役買っているのだろう。ファネルはそう思った。
「アレクの子孫はどうした?」
「お前に答える義理はない」
 オリアーの闘志。腕を上げている。ファネルは瞬時にそう感じ取った。
「セシルさん、立てますか?」
 ファネルの目を睨みつけたまま、オリアーが言う。
「あ、ありがとう」
 立ち上がる。魔法剣。消えていない。
「女性、だったんですね」
「そうよ」
 だから何? という言外の意味も込めて言い放つ。
「僕はあなたに会ってみたかった」
「え?」
 ドキリとした。一体、どういう意味。
「来ますッ」
 ファネルが突っ込んできた。オリアーがエクスカリバーで受ける。ファネルが空中へ舞い上がった。ファネルは空も飛べるのだ。左手を突き出してくる。オリアーの嫌な記憶が蘇った。あの左手に前回は苦戦させられたのだ。ヒャダイン、衝撃波。あの凄みはまだ記憶に新しい。
「マヒャドッ」
 冷気系最強呪文。本気か。本気を出しているのか。だが呪文ならば。
「僕には通用しないぞッ」
 オリアーがエクスカリバーを大きく横に振った。瞬間、マヒャドが弾かれた。ファネルが舌打ちをする。同時に翻った。突っ込んでくる。
「……あなた、名前は?」
 セシル。この男はエクスカリバーを完全に使いこなしている。マヒャドを弾く様を見て、セシルはそう思った。
「オリアーです」
「そう、良い名前ね」
 言いつつ、魔力を片手にともらせる。
「イオッ」
 ファネルに向かって放った。若干の失速。ぶつかる。オリアーとファネル。力勝負だ。どちらも引かない。瞬間、火球がファネルの目の前を掠めた。この魔力の波動。覚えがある。だが、強い。自分が知っている波動よりも数段、上だ。ファネルはそう思った。キッと火球が飛んできた方向を睨みつける。
「貴様か」
 メイジが右手を突き出していた。表情に自信がある。
「メイジさんッ」
 オリアーが隙をついてファネルを弾き飛ばした。
「ちぃっ」
 瞬間、背後から殺気。ファネルが振り向く。ヒウロ。
「隼斬りッ」
 稲妻の剣。刹那、二回の電撃。身体を貫く。
「がぁっ!?」
 ファネルが思わず声を漏らした。だが、見つけた。アレクの子孫。貴様だ。貴様だけを待っていた。しかし、奇襲とは。戦い慣れしている。獣の森で出会った時はただの小僧だった。今くらった剣技。見事だ。腕も上げている。
「しかし、役者はこれで揃った。あとは私が貴様らを殺すだけだッ!」
 炎が燃え盛っている。火災。風に煽られ、火勢が増していた。いや、それだけではない。ファネルと四人の人間の闘気が火を勢いに乗せている。そう錯覚してしまう程、場は緊迫していた。
「獣の森のような不覚は取らん。今ここで、貴様ら全員を殺す。絶対に逃がさん」
 ファネルのローブが風に煽られている。いや、闘気で揺れているのか。
「オリアー」
 メイジがオリアーに目配せした。セシルをフォローしてやれ、目でそう言った。セシルが肩で息をしている事にメイジは気付いていたのだ。
 セシルは先の連続戦闘に加え、エアロブレイドを二発撃っていた。魔法剣士は戦闘能力が高い代わりに、戦闘時間が短いという弱点があった。魔力を常に消費しての戦いなのだ。大技である魔法剣技も魔力を多大に消費してしまう。いざという時のために実剣を携帯しているが、そちらに切り替えると戦闘能力は大幅に落ちてしまう。魔力の剣とは攻撃力が違いすぎるのだ。ましてやセシルは女だ。力が重要とされる実剣での戦闘能力は期待できなかった。
「私はまだ戦える」
 セシルが空気に勘付いたのか、隣のオリアーに言った。
「えぇ。分かっています。どの道、守ります。僕が」
「……勝手にしたら」
 緊迫。ファネルか、ヒウロ達か。互いに出方を窺っている。現状、ヒウロ達が有利だった。綺麗にファネルを囲んでいるのだ。だが、隙がない。
「私の狙いは、貴様だけだ」
 ファネル。動いた。速い。狙いはヒウロだ。右手を振りかざしている。刃。
「あの時の俺と思うなッ」
 ファネルの右腕を斬り払う。稲妻の剣。火花と電撃が乱舞する。本気のファネルだ。獣の森の時とは比べ物にならない。スピードも力強さも気迫も。全ての点で凌駕している。だが。
「見える」
 受けられる。自分も強くなっている。ヒウロはそう感じていた。
「ならば、これはどうだ」
 殺気。この殺気、覚えがある。獣の森でズタズタに斬り刻まれた、あの技だ。
「真空斬りッ」
 瞬間、風が鳴いた。だが、動きが見えた。皮膚一枚の所で真空の刃をかわしきり、稲妻の剣で綺麗に一撃を捌き切った。ファネルが目を見開いている。驚いているのだ。カスリもしなかった。真空斬りは自分の持ちうる技の中でも自信のある部類なのだ。それを完全に避けた。見切られている。
「ちぃっ」
 思わず、距離を取った。瞬間、灼熱の炎。足元から巻き起こる。ベギラマ。メイジだ。身体をひねった。かわす。左手を突き出した。
「マヒャドッ」
 氷柱。メイジがすかさず、マジックバリアを唱えた。マヒャドの威力が殺される。
「強くなった、貴様らは本当に強くなった!」
 背後より殺気。振り返る。ヒウロ。さらにサイドからオリアー。かつての獣の森で、ファネルはこの二人の剣を捌き切った。ピオリム・バイキルトで強化もされていた。それを完全に捌き切っていた。だが、今は。
「おのれっ」
 押されている。動きが速い。一撃も重い。
「セシルさん、メイジさんの方へ走ってくださいッ」
 オリアーがエクスカリバーを振りながら言う。魔法剣の光が弱い。魔力が切れかかっているのだ。メイジならそれを何とか出来る。魔力回復呪文のマホイミがあるのだ。この近接戦にセシルが加われば、ファネルは完全に瓦解する。現時点で後手に回っているのだ。勝てる。セシルが加われば、一気に勝てる。
 セシルが走った。メイジ。あの魔法使いの事だ。魔力が切れる寸前だ。このままでは戦闘に加われない。あの魔法使いなら、何とかしてくれる。そう思いながら、セシルはメイジの元へ駆けた。
「手を出せ」
「何をするの?」
「いいから、早く出せ」
 口調が強い。いくらか腹が立ったが、セシルは右手を出した。握られた。
「マホイミ」
 瞬間、切れかかっている魔力が大きく回復したのが分かった。マホイミ。魔力回復呪文。しかし、この回復量は常軌を逸している。
「あなた、一体何者なの?」
「……今はファネルだ。お前が行けば、形勢は崩れる。だが、無理はするな」
「大きなお世話よ」
 生意気な女だ。気も強いだろう。メイジはこういう女はあまり好きではない。
「行け」
 セシルが駆ける。手に魔法剣。エメラルド色の光が強い。そのままファネルの背後から斬りかかった。
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「ぬぅぅッ」
 ファネルが呻く。魔法剣士も加わって来た。このままでは。ここまで腕を上げたのか。本気を出した自分でも手に余る。三本の剣が引っ切り無しに襲いかかってくるのだ。捌き切れない。
「うぐッ」
 斬られた。さらに来る。
 ファネルの動きが鈍った。ヒウロ達は剣撃を緩めない。一撃、二撃とファネルの身体に刃を浴びせた。勝てる。あとはトドメの一撃を放り込むだけだ。
「ヒウロ、メイジさんの元へ」
 オリアーが言った。ヒウロが頷く。ライデインだ。
「隼斬りッ」
 去り際に剣技を叩きこむ。ファネルが顔を歪めた。
「メイジさんッ」
 メイジが頷いた。左手をヒウロの背に添える。闘気。雷雲。
「お、おのれぇぇっ」
 ラ、ライデインだ。バカな。人間の分際で。この自分に勝つのか。ファネルが焦る。完全に表情に出ていた。
「邪魔だ、ゴミどもッ」
 ライデインを止めなければ。オリアーとセシル。ゴキブリどもが。まとわりつくな。殺してやる。だが、当たらない。致命打にならない。何をしても捌かられる。アレクの子孫。その仲間。ここまで。そして音速の剣士。
「うおぉぉぉっ!」
「終わりだ、ファネルッ」
 オリアーが懐に飛び込んだ。そのまま剣を振り下ろし、ファネルの身体を斬り裂く。鮮血が宙が舞った。間髪入れずに、手首をひねった。剣の束尻。ファネルの顎を跳ねあげる。ファネルの目に赤く燃え上がる空、雷雲が飛び込んできた。
「ライデインッ」
 バカな。この魔族ファネルが。こんなクズどもに。閃光。雷撃。
「ディ、ディスカル様ぁっ」
 貫く。
「ファネルはライデインを受け切る! これだけじゃ倒せないっ」
 ヒウロが叫んだ。
「メイジさんっ」
 オリアーがエクスカリバーを構えた。メイジが頷く。
「メラミッ」
 刀身に業火が宿った。そして。
「火炎斬りッ」
 斬り下ろす。
「グギャァァァッ」
 断末魔。雷撃と火炎に身体を貫かれ、ファネルは屍となった。
 かつて、獣の森ではじめて遭遇した魔族。あの時は手も足も出なかった。そんな強大な存在を今、倒した。ヒウロ達は実感した。強くなっている。魔族に対抗しうる力を備えつつある。
 雷雲が晴れた空は、赤く染まっていた。
「素晴らしいな」
 ファネルとヒウロ達の戦闘を見ていたディスカルが呟いた。魔界。王の間である。ディスカルの前には四柱神が跪いていた。空間に映像が浮かんでいる。
「見たか、四柱神。ファネルを一捻りだ」
 笑う。肩が揺れている。
「ここまで腕を上げるとは思わなかったぞ。さすがに勇者アレクの子孫だ。そして、その仲間。あの剣士と魔法使いはまだまだ強くなるな」
「ディスカル様、ファネルは弱い魔族ではありません。それを、アレクの子孫は簡単に倒してしまいました」
 四柱神のリーダー格、サベルが言った。
「何が言いたい?」
「並の成長速度ではありません」
 無論、四柱神の実力にはまだ程遠い。ましてや、ディスカル様など。サベルはそう思った。
「楽しみが増えるというものだ。それより、お前達も見たであろう。音速の剣士と呼ばれている人間が居るらしいぞ」
 ディスカルが鼻で笑う。ファネルとの戦いを見ていた。あの程度で音速の剣士。笑わせる。人間(クズ)の底の浅さには同情すら湧いてくる。
「どうされるのですか?」
「私に考えがある。面白い事になりそうだ」
 ディスカルが二ヤリと笑った。
「考え、ですか?」
「あぁ、側近のダールを使う」
 ダール。魔王ディスカルの側近だ。魔族の世界にも人間社会と同じように階級が存在しており、人間社会で言う所の王がディスカル、大臣がダール、そして兵士長が四柱神、といった具合になっていた。ヒウロらに倒されたファネルやバーザムは、ただの一般兵士に過ぎない。中級、下級の違いはあるが、所詮は大勢の中の一人だった。
「ダール様を……」
 サベルはこれでディスカルが何をしようとしているのかを察したようだった。
「我ら、四柱神はいかが致しましょう」
「特に命じる事はない。いや、勝手な行動は起こすな、とだけ命令しておく」
 アレクの子孫はまだ殺すな、と言う事だ。それを聞いた四柱神の一人である筋肉ダルマ、大剣使いのクレイモアがピクリと動いた。クレイモアは四柱神の中では大の戦い好きだった。戦闘狂と言っても良い。戦いたい。クレイモアの心中は逸っていた。
「……サベル。メンバーをよくまとめる事だな。私はお前たちを殺したくない」
 そう言い、ディスカルが指を鳴らした。次の瞬間、ディスカルの両脇に居る女魔族の身体が同時に爆発する。肉片が辺りに飛び散った。
「お前達もこうなりたくないだろう? なぁ、クレイモア」
「……はっ」
 そうだ。魔族にとって、ディスカル様は絶対だ。クレイモアはそれを心に刻み込みなおした。
「まぁ、そう焦るな……。いずれ、アレクの子孫らとは戦う時が来る。今はまだお前達とやらせても面白い戦いにはならん。それでは楽しめんだろう」
 ディスカルが口元を緩めた。
「そう、今は楽しまねばな。音速の剣士、勇者アレクの子孫……。楽しむための材料は揃っているのだ」
 ディスカルの口調は、まさに冷淡そのものだった。
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 ルミナス王国。すでに火は鎮火し、生き残った住民たちは王国の復興作業に没頭していた。凄惨な光景だった。だが、不幸中の幸いと言うべきか、王宮には魔物達の手は及んでいなかった。そして何より、魔族に襲撃されたと言うのに、住民たちの目は活き活きとしていた。それもそのはずだ。勇者アレクの子孫が、魔物を、魔族を倒したのだ。
 ヒウロ達が魔族を倒した事は、すぐにルミナス王国全体に広まった。逃げ遅れていた住民の何人かが戦闘の経過を目撃していたのだ。そこからはあっという間だった。ライデインの現象を知っている人間が王に報告し、ルミナス王とヒウロ達は面会する事となった。そこで旅の目的や、何故ルミナスに来たのか、などのいくつかの質問をされ、それに答えた。あとは賞賛の嵐だ。人類の希望とも言われた。無論、ヒウロ達も悪い気はしなかった。
 特権も与えられた。通常、王宮に入るだけでも許可が要るのだが、ヒウロ達は王宮のどこを自由に使っても良いと言う。ヒウロ達に必要な魔族の情報や、勇者アレクの情報は王宮内の書物庫にあった。この特権は、そんなヒウロ達にとっては思わぬ幸運だ。
「ねぇ、オリアー。ちょっと良い?」
 王宮内の食堂。オリアーが一人で休憩を取っている所を、音速の剣士セシルに話しかけられた。ヒウロとメイジは、情報を得るために書物庫である。
「セシルさん。どうしたんですか?」
「その、エクスカリバーの事なんだけど」
 セシルもエクスカリバーが封印されている部屋に入る事が出来た。だが、剣には触れる事が出来なかった。つまり、セシルはエクスカリバーには選ばれなかったのだ。そして、オリアーは選ばれた。セシルは複雑な気持ちだった。
「ここ、座ってもいい?」
「えぇ、どうぞ」
 オリアーの向かい側の席にセシルは腰を下ろした。
「あなたがエクスカリバーの後継者なのね」
「実感はないですけどね」
 言って、オリアーは二コリと笑った。
「私もエクスカリバーの部屋に入る事が出来たわ」
「えぇ。クラフトさんから聞いていました。まさか、女性とは思いませんでしたよ」
 女性とは思わなかった。この言葉に、セシルはかすかな不快感を持った。男はいつもそうだ。強さ、力は男の特権だと思ってる。女をバカにする。実際にバカにしてきた男も居た。そういう男は容赦なく叩き伏せてきた。
「ですが、セシルさんは強い。ファネルとの戦いを見て、素直にそう思いました」
「そう」
「エクスカリバーが選ばなかった理由も分かる気がします」
「どういう意味?」
「セシルさんは強い。だから、必要ない。エクスカリバーは、そう判断したんだと思います」
 実際にエクスカリバーがどういう基準で判断を下したのかは分からない。だが、オリアーは素直にそう思った。それが表情に出ていた。セシルが申し訳なさそうに顔を伏せる。オリアーはセシルの実力を認めていたのだ。
「ねぇ、あなた達はどういう目的で旅をしているの? 王との謁見の時、魔族を倒すって言ってたけど」
「謁見で言った通りですよ。僕達は、魔族を倒す事を目的に旅をしているんです」
 本気なの、という言葉をセシルは飲み込んだ。ここでオリアーが嘘を吐く理由はない。それにヒウロという少年は、勇者アレクの子孫だと言っていた。にわかには信じられないが、ライデインという納得させるには十分な材料はある。そして、メイジ。偉そうな態度を取って来た男だ。でも、あの男のマホイミには助けられた。力はある。セシルはそう思った。
「その旅に私も加えて欲しい」
 セシルはそう言っていた。勢いなのか。セシルは、人々から音速の剣士と謳われていた。今までに、多くの人を、町を救ってもきた。しかし、一人だった。そこに、魔族を倒す、という目的を持っている人間が目の前に現れたのだ。ならば、自分もそれに加わりたい。セシルはそう思ったのだった。
「何となくこうなる気はしていましたが」
 オリアーが笑った。
「ダメなの?」
「いえ、僕一人で決めるわけにはいかないだけです」
 ヒウロとメイジの意見も聞く。だが、拒否する事はないだろう。同志が増える。しかも強い。断る理由はない。
「僕の方から、話をしてみます。そろそろ、書物庫に戻ろうと思ってましたから」
「えぇ、お願いするわ」
 セシルの目は決意に満ち溢れていた。
 オリアーは書物庫で、セシルが仲間になりたいと言っている、という旨をヒウロとメイジに話した。ヒウロ達は最初は戸惑っている様子だったが、すぐに受け入れた。音速の剣士と謳われている人物なのだ。戦力増強はもちろん、魔族を倒す、という共通の目的を持つ仲間が増えるのは喜ばしい事だった。
 内心、メイジは反対意見を言おうか迷っていた。セシルの性格があまり好きではないのだ。しかし、振り払った。そんな小さな事で大事を見誤るなど、愚者の極みだ。自分がセシルに合わせれば良い。そう考えた。
「それで二人とも、何か分かりましたか?」
「あぁ。この本を見てくれ」
 メイジはそう言い、机の上に本を広げた。内容は勇者アレク達と、魔族との戦いに関するもののようだ。
「ここだ」
 メイジが指差す。四つの道具らしきものが載っていた。一つは剣。一つは杖。あとの二つは何やら、丸い球体で光か何かのようだ。神器。本にはそう書かれている。
「……神器、ですか?」
 オリアーが呟いた。四つの道具。それは神が作りし武具だ。本に書いてある内容によると、勇者アレク達は、自身の力とこの神器の力によって魔族を滅ぼしたという。神器が無ければ、魔族を滅ぼす事は出来なかった、とも書かれている。
 神器は誰にでも扱えるわけではなかった。選ばれし者である必要があるのだ。さらに神器には意志があった。命と言い換えても良い。アレク達と神器は互いに信頼し合い、力を合わせた。その結果、魔族を滅ぼす事に繋がったのだ。だが、その魔族が現世に蘇った。理由は定かではないが、世界に危機が迫っているのは間違いなかった。
 神器は魔族達との戦いを制した後、自らを封印する事にした。強力すぎるその力は、世界を破滅に導きかねない、と判断したのだ。かつての使い手であったアレク達も、その選択に頷いた。そして、神器はこう言い残していた。再び、世が破滅の危機に陥りし時、我ら目覚めん、と。
「今がその時だと俺は思う」
 ヒウロが言った。他の二人も頷く。魔王ディスカルが現れた。魔族が復活したのだ。神器が言い残した言葉が本当なら、今こそ目覚める時のはずだ。
「魔族を倒すなら、俺達も神器を手に入れる必要がある。だが、それには資格が必要らしい」
 メイジが言いつつ、本のページをめくる。選ばれし者でなければ、神器は扱えないのだ。あるページでメイジが手を止めた。何かの紋章が四つ描かれている。
「……良く見ていてくれ」
 言いつつ、メイジが紋章の上に手をかざした。すると、一つ紋章が銀色に光り輝いた。本には魔法が掛けられていたのだ。そして、この輝きが示す意味。
「俺は選ばれし者、という事らしい」
 次のページには、紋章が光り輝く者こそ、神器を手に入れる資格を持つ者、と書かれていた。
 さらにヒウロが手をかざす。同じように一つの紋章が光り輝いた。つまり、ヒウロも選ばれし者、という事になる。
「オリアー、お前もやってみてくれ」
 オリアーが頷いた。手をかざす。
「……僕も、ですか」
 紋章の一つが光り輝いている。選ばれし者。ヒウロ、メイジ、オリアーの三人は神器を扱う資格がある、という事だ。
 メイジがさらにページをめくった。そこには、神器が封印されている場所が示されていた。それぞれ、違う場所に封印されているようだ。方角もバラバラだ。ルミナス王国を中心に据え、東西南北と場所が分かれている。
「一番の問題はこの部分だ」
 メイジが指差す。そこには、神器を手に入れる方法が書きしめされていた。その内容とはすなわち、資格ある者ただ一人で訪れる事。与えられた試練に打ち勝つ事。そして、その試練は過酷なものであり、命を落とす事を覚悟しなければならない事。以上の三つである。
「命を落とす、ですか。魔族と戦う前に死にたくありませんね」
「どの道、俺達が魔族に勝つには神器が必要なんだ。アレク達ですら、神器の力に頼った。答えは決まってるじゃないか」
 ヒウロが言う。それを聞いた二人は、黙って頷いた。
「メイジさん、オリアー、神器を手に入れよう」
 決意は固まった。あとは行動に移すだけだ。
「でも、後の一個の神器。この神器の選ばれし者って誰なんでしょうか」
 オリアーが言う。確かに疑問な点だ。
「セシルじゃ?」
 ヒウロがピンと来ていた。音速の剣士セシル。オリアー、メイジも納得した。十分に有り得る。
「可能性は高いな。セシルにも紋章に手をかざしてもらおう」
 メイジが言った。二人が頷く。
「僕が呼んできます」
 神器使いが一気に四人揃うかもしれない。三人の胸は高鳴っていた。
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 オリアーがセシルを呼んできた。事情を説明する。セシルもヒウロ達と同じように、神器に選ばれし者かもしれないのだ。セシルは初めは半信半疑だったようだが、実際に三人が本に手をかざしてみせると、否応なしに納得したようだ。
「私もこの本に手をかざせば良いのね?」
「えぇ、お願いします」
 セシルが手をかざす。三人の期待が高まった。しかし、何も起こらない。
「何も起こらないわ」
「そんな。もう一度、やってみてください」
 手をかざす。だが、何も起こらない。
「……どうやら、私は選ばれし者ではないようね」
 そういう物だ。セシルはそう思った。セシルは特に落胆も気落ちもしていなかった。現実とは得てしてこういう物なのだ。三人は選ばれし者。自分はそうじゃない。ただ、それだけの事だ。それに、神器に選ばれようと選ばれまいと、もう自分の道を変えようとは思っていなかった。
 だが、ヒウロ達はそうではなかった。期待していたのだ。しかし、セシルではなかった。なら、一体誰が選ばれし者なのか。ヒウロ達はそう思った。十中八九、セシルだと思っていたのだ。
「……俺達に出来る事をやろう」
 ヒウロが言った。考えて分かる事でもない。セシルは選ばれし者ではなかった。この事実だけを今は受け止めれば良い。ヒウロは単純にそう理解した。メイジなどは眉間に皺を寄せて、まだ考え続けている。
「四つの神器の内、三つは手に入れる事が出来るかもしれない。なら、まずはこの三つから手に入れよう」
 オリアーが頷く。
「……あぁ、そうだな」
 メイジが言った。
「だが、ヒウロ。問題は、その神器を手に入れる方法だ。封印されている場所には一人で行く必要がある」
 その通りだった。本によると、資格ある者ただ一人で、神器が封印されている場所に出向かなければならないのだ。つまり、三人が別行動となる。やり方としては、あらかじめ合流地点を決めておき、三人が同時に出発する。神器を手に入れ次第、それぞれが合流地点に戻ってくる、というのが最も効率的だった。魔族達はこうしている間にも力を蓄えている可能性が高いのだ。ヒウロ達としては、あまり時間をかけたくはない。だが、ルミナスは一度、魔族の襲撃を受けていた。自分達がルミナスを去って、再び魔族に襲撃された場合、どうなるのか。
「私がルミナスを守るわ」
 セシル。三人の考えを読み取っていた。
「一人ずつ、順番に神器を手に入れるのは時間が掛かり過ぎるでしょ。やはり、ここは三人同時に出発するべきよ」
「ですが、セシルさん一人で」
「オリアー、私の強さを認めてくれたんじゃないの? 私は音速の剣士よ」
 オリアーがうつむく。そういう問題ではない。
「……良いんじゃないか。俺は賛成だ」
 メイジが言った。オリアーが顔を上げ、メイジの目を見た。あえて、メイジは目を合わせない。
「俺達には時間がない。魔族と俺達の差は、現時点で相当なものだ。時間が掛かれば掛かるほど、俺達の不利になる。ならば、最短で神器を手に入れるべきだ」
「ですが」
「神器を手に入れている間、ルミナスが襲撃されるとは決まっていない。それに、もし襲撃されてもセシルなら守れる。そうだろ?」
 命に代えても守り抜け。メイジは目でそう言った。それぐらいの覚悟は必要だ。魔族と戦うのだ。生半可な覚悟では困る。それはセシルも分かっているはずだ。
「もちろんよ」
「セシルさん」
「決まりだ。あとは俺達が神器を手に入れるだけだ。時間が惜しい。すぐにでも出発しよう。合流地点はルミナスで良いな?」
 ルミナス王国を中心に据えて、東西南北に神器の封印されている場所が分かれているのだ。ルミナスを合流地点にするのが最も理にかなっていた。
「セシル、俺達が戻ってくるまで、ルミナスを頼んだよ」
 ヒウロが言う。
「えぇ」
「……セシルさん、すぐに戻ってきます。無理はしないでください」
「あなたも心配性ね。あなたこそ、しくじったら許さないわよ」
 オリアーが頷く。
「さぁ、行って」
 こうして三人は、それぞれの神器の元へと出発した。果たして、無事に神器を手に入れる事が出来るのか。ルミナスは襲撃されずに済むのか。襲撃されたとして、セシルに守り抜く事が出来るのか。四人はそれぞれの不安を抱えていた。
 神器。メイジは王宮の廊下を歩きながら、神器について考えていた。
 書物庫で見つけた本には、神が作りし道具、とあった。もしこれが本当の事ならば、相当な力を秘めているに違いない。だが、自分にそれを扱う事が出来るのか。本の紋章は輝いた。つまり、メイジは選ばれし者であるという事だ。しかし、それを扱うに値する力は持っていないのではないか。いや、まだ持っていないのでは、と言った方が正しい。
 確かにメイジはリーガルの修行で魔法使いとしての実力は上げた。だが、扱える呪文が未だに中等級止まりなのである。一般的な見地からすれば、メイジの中等級呪文の威力は、常人の上等級呪文の威力を上回っていた。魔力、という一つの力に関しては、すでにその才を開花させているのだ。
 だが、メイジは、まだ真の実力の半分も発揮できていない。そう感じていた。根拠は無い。傍から見れば、出来過ぎなぐらいではあるが、メイジ自身はそうは思えなかった。
「あら、あなたは?」
 考え事をしているメイジと、ある女性がすれ違った。
「……ん」
 その声を聞いて、メイジが顔をあげる。
「あぁ、これは。失礼しました」
 メイジが姿勢を正した。それもそのはずである。この女性はルミナス王国の第一王女である、エミリア姫なのだ。容姿端麗で礼儀正しく、誰にでも優しく接する人柄からか、民からの人気も高い。次期国王であるとされる、第一王子の人気をも凌ぐ、とも噂されていた。
「いえ。気難しそうな顔をされてましたけど、大丈夫かしら?」
「えぇ、こちらの話です」
 エミリアがジロジロとメイジを見ている。何か変なものでも付いているのか? そう思うとメイジは少々、落ち着かない。
「……あなたがヒウロさん?」
 エミリアがメイジの顔を覗き込むように言った。それを聞いたメイジが、気まずそうに笑顔を作った。
「いえ、残念ながら。私はヒウロの友人のメイジですよ」
「そう……。でも、何かしら。あなたから、とても懐かしいというか、何か親近感を覚えます」
 エミリアとメイジの目が合った。その瞬間だった。メイジも何かを感じ取った。それが何かは分からない。だが、悪い感じではない。むしろ、エミリアの言う親近感、という言葉がしっくり来る。
「あの、メイジさん。どこかでお会いしましたか?」
 会っていない。全くの初対面である。メイジも姫の名前ぐらいは知ってはいたが、実際に会ったのは今この場だ。
「ごめんなさい。何だか私、変な事を言ってますね」
 照れくさそうにエミリアが笑った。窓から差し込む光が、背まで伸びるプラチナ色の髪を照らしている。
「メイジさん、あなたは魔法使いですか?」
「えぇ、そうです。まだまだ未熟ではありますが」
「やっぱり、魔法使いだったんですね。実は私も呪文が使えるんです」
 エミリアもメイジと同じように、幼い頃から魔力を備えていた。そして、治癒系統の呪文を得意としている。だが、攻撃呪文は一切、扱えなかった。詳しい理由は不明だが、素質の問題ともされていた。
「その呪文で、多くの民を救った、と聞いています」
 エミリは治癒呪文以外にも、呪いを解く呪文や解毒呪文など、聖なる力を持つ呪文も扱う事が出来た。そして、この力を民に惜しみなく使う。そのおかげか、エミリアは民から絶大な支持を得ていた。
「えぇ。これからも、それは変わりません」
 言って、二コリと笑う。
「……あら、ごめんなさい。こんな所で立ち話をさせてしまって」
 ハッとしたようにエミリアが言った。
「いえ。エミリア姫とお話ができ、光栄ですよ」
「どうもありがとう。では、私はこれで」
「えぇ」
 深くお辞儀をして、エミリアは歩いて行った。その背を見ながら、メイジは考えた。目が合った瞬間に感じた親近感。あれは一体? エミリアとは初対面のはずだが、そうではないという気もする。一体、何なのか。
「……いや、考えて分かるものではないか」
 そう呟き、メイジが歩き出す。今は神器だ。そう思い直したのだった。
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