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燃えるルミナス王国〜

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 ヒウロはアレンのバシルーラによって、ルミナス周辺の草原に吹き飛ばされていた。空間追放呪文、バシルーラ。その効果は、強制的に対象者をどこかへ吹き飛ばすというものだが、アレンはある程度、その場所をコントロールしたようだった。
「赤い髪、黒いローブ……。あれは一体?」
 ヒウロが呟いた。アレンとの戦闘中の出来事だ。
 アレンとヒウロの勝負自体はすでに決着がついていた。ヒウロの切り札であるライデインがアレンには通用しなかったのだ。そしてアレンは、ヒウロに自分を超えろ、と言った。その物言いはどこか悲痛で、心の叫びのようにも聞こえた。
 そんな時、ほこらの入り口が吹き飛ばされた。そこから出てきたのは、赤い長髪を生やし、黒いローブを着た何者かだったのだ。次の瞬間、ヒウロはバシルーラで吹き飛ばされた。何が起こったのか。ヒウロはそう思った。
「……俺は、弱い」
 ヒウロはアレンとの戦闘で、自分の弱さを実感していた。剣も呪文も、切り札であるライデインすらも通用しなかったのだ。本当に自分は勇者アレクの子孫なのか。神器に選ばれし者なのか。ヒウロは何度も自問した。だが、答えは出ない。いや、強くなるしかない。ヒウロはそう思った。
 ふと、何かが崩れる音が聞こえた。音は遠い。ヒウロが顔をそちらの方に向ける。黒煙。ルミナス王国から、黒煙が巻き上げられていた。
「あれは……!?」
 まさか魔族か。襲撃されているのか。だとすれば、いつから。セシルは? 様々な疑問が浮かんでくる。
「助けにいかないと」
 だが、神器が。ヒウロは一瞬、考えた。だが、すぐに答えを出した。ルミナス王国だ。神器はその後で良い。
「セシル……今行く!」
 ヒウロが走る。

 妖しく紫色に輝く魔法剣が、人々を、ルミナスを地獄へと誘(いざな)おうとしていた。
 死の音速の剣士。セシルはダールの手によって、おぞましい変貌を遂げていた。全身に邪気を纏わせ、その目からは殺意が満ち溢れている。
 魔王ディスカルの側近、ダール。ダールは特殊な力を持っていた。その力とは、闇の力によって人の光の心を食い潰し、人間を魔族へと変化させる力だ。そして変化に伴い、その対象者の記憶までも改変させられる。人間の時の記憶が、魔族の記憶に塗り替えられるのだ。
「アハハハ!」
 セシルが笑う。その声からは、どこか狂気を感じさせていた。
「お、お、音速の剣士様……! そ、そんな」
 町人。腰が抜けている。ズリズリと後退りしながら、恐怖で顔を歪ませる。
「ここにもクズが居たか」
 セシルが口元を緩めた。
「ど、どうして」
「どうして? アハハハ! 何を言ってる?」
 セシルが魔法剣を振り上げる。
「死ね、クズ」
 振り下ろす。刹那、火花が飛び散った。魔法剣が弾き飛ばされたのだ。
「セシル、何やってるんだ!?」
 稲妻の剣。ヒウロだ。町人の前に立ちはだかる。
「なんだ、お前は」
「……? セシル?」
「私の名を気安く口にするな。ゴミクズがッ」
 違う。いつものセシルじゃない。どうなってる。ヒウロはそう思った。
「セシル? どうしたんだ!?」
 ヒウロが言う。だが、本当にセシルなのか。何かが違う。雰囲気か。目か。
「クズが私の名を呼ぶなぁっ」
 セシルが魔法剣を振り上げた。怒りで目が血走っている。殺気。そんなバカな。本気で自分を殺そうとしている。ヒウロはそう思った。
「一体、何があったんだ!」
 魔法剣が振り下ろされる。それをヒウロが稲妻の剣で弾き飛ばした。ヒウロが困惑する。どうなってる。訳が分からない。
「そこをどけっ」
 セシルが吐き捨てるように言った。ヒウロの後ろで、腰を抜かしている町人を殺そうとしているのだ。
「さっきから何を言ってるんだ!」
「ひ、ひぃぃぃ」
 町人が呻いた。恐怖で全身が竦んでいるようだ。
「ここは俺に任せるんだ。さぁ、早く逃げて」
 ヒウロが言う。それを聞いた町人が慌てふためきながら、逃げていく。
「貴様、あくまで私の邪魔をするのかッ」
「セシル、何を考えてるんだ!?」
「私は死の音速の剣士だ。クズどもを根絶やしにしてやるッ」
 瞬間、セシルの全身から邪気が溢れ出した。紫色に輝く魔法剣が、さらに大きくなる。
 セシルの手によって、ルミナスは火の海と化していた。修復中だった家屋や城壁は、無残にも崩れ去って瓦礫となり、さらには住民の死体も転がっていた。
 ヒウロが唇を噛みしめる。この破壊、この殺戮。セシルがやったのか。一体、何故。こんな事をするなんて。ヒウロはそう思った。これではまるで。
「魔族だ。セシル、お前のやった事は魔族と同じだぞッ」
「何を言ってる? 私は魔族だ」
 セシルが口元を緩めた。狂気。ヒウロがそれを感じ取る。
「お前は誰なんだ? なんでセシルの恰好をしている? セシルをどこにやった!?」
 ヒウロが稲妻の剣を構えた。
「バカな事を言う奴だ!」
 セシルが魔法剣を振る。ヒウロが稲妻の剣で受け止めた。しかし。
「こ、この力」
 強い。いや、重い。ヒウロの身体が徐々に押し込まれていく。女の、いや、人間の力ではない。
「このっ」
 ヒウロがセシルの腹を蹴った。セシルが僅かによろける。ヒウロが態勢を整えた。
「隼斬りッ」
 閃光が二度きらめく。しかし、手応えはない。魔法剣で受け止められていたのだ。
「イオッ」
 セシルの呪文。ヒウロの剣が爆発によって跳ね上げられる。セシルはその隙を見逃さない。魔法剣。袈裟斬り。肩から腰にかけて剣が振り下ろされた。
「うぐぁっ」
 鮮血。宙を舞った。さらにヒウロを蹴り飛ばす。ヒウロが瓦礫の中へ吹き飛ばされた。
「一瞬で消し飛ばすッ」
 セシルが魔法剣を頭上に掲げた。そして円を描く。魔法剣技。邪気が魔法剣に集約されていく。殺意、怨念、そういった物が渦巻いている。
「ダークネスブレイドッ」
 振り下ろした。闇。妖しく紫色に光り輝く衝撃波が、ヒウロに向かってほとばしる。
「くっ」
 瓦礫をおしのけ、ヒウロが立ち上がった。このままやられるわけには。ヒウロが衝撃波を睨みつける。そして、剣を天に突き上げた。
「ライデインッ」
 相殺してやる。ヒウロはそう思った。
「聖なる稲妻よ、いけぇッ」
 雷撃と衝撃波がぶつかり合う。
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 ルミナスが炎の渦に飲み込まれていた。家屋が燃えるパチパチという音と共に、無数の火の粉が蛍の光のように宙を舞っている。
 雷撃と衝撃波がぶつかり合っていた。ヒウロのライデインと、セシルの魔法剣技だ。
 ダールの手によってセシルは、その身体と精神を魔族へと変えられてしまっていた。無論、ヒウロはそんな事を知るはずもない。目の前に居るセシルは、本物じゃない。セシルに化けている魔族だ。ヒウロは自分にそう言い聞かせた。そして、戦う事を決意した。
「ライデインよ、いけぇッ」
 ヒウロが叫んだ。雷撃を押し込む。瞬間、衝撃波と雷撃が同時に消し飛んだ。互いの魔力が波紋のように空間を伝わって行く。それが風となり、炎を煽った。
「あの雷撃……!?」
 セシルが片膝をついた。片手で頭を押さえる。頭痛だ。何かが頭を突き刺す。
「なんだ、この痛みは!?」
 セシルの魔法剣が消える。両手で頭を押さえた。頭が割れる。何なんだ。セシルの息が荒くなる。
 あの雷撃。ライデイン。真の勇者のみに扱える聖なる呪文。自分なら、魔族なら、忌み嫌う呪文のはずだ。セシルはそう思った。しかし、この懐かしさは一体。いや、待ち望んでいた、という方が正しい。助けて欲しい。心の奥底で誰かがそう言っている。
「うるさいッ! 私は魔族だ!」
 魔法剣を作り出す。
「私は魔族なんだ! 死の音速の剣士、セシルだッ」
 魔法剣を頭上に掲げ、円を描いた。魔法剣技だ。
「私の前から消えろぉッ」
 振り下ろす。闇の衝撃波がヒウロに向かってほとばしる。
 セシル。やはりセシルなのか。ヒウロはそう思った。頭を押さえているセシルの姿は、どこか哀しかった。そして、助けを望んでいた。
「……セシル」
 ヒウロが剣を天に突き上げる。ライデインだ。二発目、そして連続使用。撃てるのか。ヒウロが考える。撃ったとして、その後に戦闘可能なのか。
「でも、ここでやられるわけには行かない」
 ヒウロは決断した。その時だった。
「空裂斬ッ」
 闘気の旋風。ヒウロと衝撃波の間に割って入った。衝撃波の軌道を捻じ曲げる。衝撃波はヒウロの横を通り過ぎ、瓦礫の山を吹き飛ばした。
 この声。ヒウロが闘気の元へ顔を向けた。
「オリアー!」
 青の鎧と兜。腰にエクスカリバー。そして、右手には。
「神器? オリアー、神器を手に入れたのか!」
「神剣・フェニックスソードです。ヒウロ、遅れました」
 オリアーが言った。そして、セシルの方に顔を向ける。
「……セシルさん」
 やはり。オリアーはそう思った。オリアーはずっと嫌な予感がしていたのだ。
「うぐっ……! ま、また頭痛だ……! お前たちは一体!?」
 セシルが呻く。その表情は強く歪んでいた。
「あ、あの戦士……! あの腰の剣……!」
 セシルが辛そうにうずくまる。息遣いも荒い。ヒウロのライデインの時よりもひどい頭痛だ。セシルは気が狂いそうになっていた。
「……オリアー、あれはセシルだ」
「えぇ、分かってます」
 オリアーが静かに言った。目は真剣だった。
「何があったのか、僕には分かりません。ですが、あれはセシルさんです」
 言いつつ、神器である神剣を鞘に収めた。そして、王剣・エクスカリバーの束に手を掛ける。
「セシルさんを助けます」
 そして、王剣を抜いた。それに呼応するかのように、セシルが叫び声をあげる。
「や、やめろ!」
 その剣を見せるな。あの戦士は誰なんだ。セシルが何度も頭の中で叫ぶ。そして、同時に心の奥底から助けて、という声が聞こえていた。気が狂う。殺してやる。全部を、何もかも、全て殺してやる。セシルはそう思った。
「オリアー、助けると言っても、どうやって!」
「……僕にも具体的な方法は分かりません。ですが、剣を交えれば分かる事もあるはずです」
 オリアーがエクスカリバーを構えた。セシルが苦痛で顔を歪ませる。
「こ、殺してやる……!」
 セシルが立ち上がった。魔法剣を構える。闇の魔法剣だ。
「殺してやる!」
 セシルがオリアーに向かって駆けた。魔法剣を振り上げる。オリアーが両手でエクスカリバーを握り締めた。刹那、剣が交わる。魔力と火花が飛び散り、ジジジ、という魔力のスパーク音が耳を突いた。二度、三度と剣がぶつかり合う。
 エクスカリバーは対魔法剣だ。あの魔人レオンの魔力ですら、弾く力を持っている。つまり、魔力で作った剣である魔法剣には絶対の力を発揮するはずだった。だが、セシルの魔法剣はエクスカリバーの影響を全く受けていなかった。それは闇の力のせいなのか、セシルがエクスカリバーと対面するにふさわしい者だからなのか。
「殺してやる!!」
「セシルさん、あなたの剣は泣いています!」
「うるさいっ」
 セシルが斬り払った。オリアーが吹き飛ばされる。力が強い。オリアーはそう思った。すぐに立ち上がる。中距離。セシルが魔法剣を頭上に掲げていた。魔法剣技が来る。
「中距離なら空裂斬でっ」
 闘気をエクスカリバーに乗せる。その瞬間。
「イオッ」
 オリアーの両手が跳ね上がった。エクスカリバーの闘気が飛び散る。
「フェイント!」
「ダークネスブレイドッ」
 瞬間、闇の衝撃波がほとばしった。だが、その標的はオリアーではない。
「ヒウロ!」
 そう、衝撃波はヒウロに向けてほとばしっていた。空裂斬。いや、間に合わない。闘気を乗せてから放つのでは遅すぎるのだ。ヒウロは自力でどうにかするしかない。すなわち、ライデインだ。その瞬間だった。
「イオナズンッ」
 大爆発。轟音。衝撃波が消し飛んだ。この魔力の波動。
「メイジさん!」
 ヒウロが叫んだ。
「ルーラで帰ってきてみれば、我ながらグッドタイミングだったようだな」
 神の杖・スペルエンペラーを携えたメイジが、二ヤリと笑っていた。
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 メイジがセシルに目を向けた。様子がおかしい。それは一目で分かった。
「メイジさんも神器を手に入れたんですね」
 ヒウロが言う。それに対し、メイジが頷いた。
「あぁ。しかし、これはどういう事だ?」
 ルミナスの城下町が燃えている。そして、目の前にはセシルだ。だが、明らかに様子がおかしい。邪気をその身にまとわせ、魔法剣は妖しく紫色に輝いているのだ。
「俺達にも分かりません。正直、セシルに何かあっとしか」
「……セシルさんの剣は泣いていました」
 オリアーが言った。剣が泣いている。オリアーはセシルの剣から、それを感じ取っていた。そして、セシルは助けを求めているはずだ。
「わ、私は魔族だ……!」
 セシルが顔を歪ませながら、魔法剣を構えた。頭痛がどんどん酷くなる。
「一体、どうすればセシルを助けられるんだ!」
 ヒウロも剣を構える。
 その時だった。メイジの神器、神の杖・スペルエンペラーが蒼く輝きだした。
「選ばれし者よ、聞こえるか」
 メイジの頭の中に声が響く。神器だ。神器が、メイジの頭の中に語りかけているのだ。
「……あぁ、聞こえる」
 メイジが頭の中で返事をした。
「今、汝が対峙している人間は、闇の力によって人の心を失おうとしている」
「……失おうとしている? なら、まだ」
「そうだ。まだ、かろうじて人の心が残っている。そしてその人の心が、闇の力に懸命に抵抗しているのだ」
 あのセシルの苦しそうな表情。頭痛はそのためか。メイジはそう思った。
「どうすれば助けられる?」
「汝と対になる力を持つ者を探せ。その力を持つ者のみが、あの闇の力を払拭できる」
 これを最後に、スペルエンペラーの輝きは消え、神器の声は聞こえなくなった。
 メイジが考える。自分と対になる力。神器入手の試練を思い出す。神器より生み出されし賢者カリフ。そのカリフの言っていた言葉。
「……神器は使い手となり得る人間を二人としていた」
 メイジが呟いた。
 すなわち、治癒呪文の正の力の持ち主と、攻撃呪文の負の力の持ち主の二人だ。そして、メイジは負の力の持ち主。その対となる力。つまり、治癒呪文の正の力だ。
「だが、その力を持つ人間を探せとは」
 ふと、メイジの頭に何かが引っ掛かった。治癒呪文。その使い手。
「まさか、エミリア姫」
 メイジがハッとした。ルミナス王国、第一王女のエミリア姫か。メイジはそう思った。エミリアは攻撃呪文が扱えない代わりに、治癒呪文を得意としていた。そして、その力で民を何度も救っている。
 メイジとエミリアは、互いに妙な親近感を覚えていた。その親近感の正体。それは、同じ神器の選ばれし者という共通点から感じる物だったのか。そして、神器はメイジを選んだ。
「ヒウロ、オリアー」
 メイジが二人の名を呼んだ。セシルと対峙している二人が振り返る。
「セシルを助ける事が出来るかもしれない」
 メイジの表情には自信があった。
 セシルを助ける事が出来るかもしれない。メイジのこの言葉に、ヒウロとオリアーが期待を乗せる。
「ここはお前達に任せて良いか?」
 メイジが言った。
 セシルを助けるには、エミリアをこの場に連れてくる必要があるのだ。エミリアの正の力でセシルを救う。そして、それが出来るのはエミリアを除いて他に居ない。これはメイジにとって、確信に近いものだった。
「セシルさんは助かるんですね?」
 オリアーが言う。目は真剣だ。
「あぁ。おそらくだがな」
「……分かりました。ここは僕達に任せて下さい」
 オリアーのこの言葉に、ヒウロも頷いた。
「あぁ、頼む」
 言いつつ、メイジがヒウロの元へ歩み寄る。そして、右手をヒウロの肩に添えた。
「マホイミ」
 瞬間、ヒウロの魔力が大きく回復した。これでライデインが撃てる。
「……すぐに戻ってくる」
 メイジが走った。直後、背後で金属音が鳴る。戦闘を再開したのだ。だが、メイジは振り返らない。今、自分がすべき事をやるだけだ。メイジはそう思った。
 メイジは走りながら、エミリアの事を考えていた。神器が封印されしほこらに行く前、エミリアと会った。そして、会話をした。そこで感じた親近感。それは、神器によって結ばれた一つの運命だったのか。エミリアも選ばれし者の一人だったのだ。しかし、神器はメイジを選んだ。だが、皮肉にも今必要なのはメイジの力ではなく、エミリアの力だった。エミリアの正の力で、セシルを救わなければならないのだ。
 しかし、メイジは不安を抱えていた。エミリアを見つけたとして、本当にセシルの元へ連れ出す事が出来るのか。エミリアはルミナス王国の第一王女だ。そんな高貴な身分の人間を、戦闘の場に連れ出せるのか。
「一つの賭けだな」
 メイジが呟いた。
 城門に辿り着いた。ルミナス騎士団の兵が入口を封鎖している。
「すまない、城に入れてくれ」
「おぉ、あなたは。ご無事でしたか。しかし、これは一体どういう事なのです?」
 兵が言った。ヒウロらは王宮を自由に出入りできるようにされていた。当然、入口の警備をしている兵もそれは知っている。
「説明している時間が惜しい。とにかく、城に入れてくれ」
 強引に押し入る。
「エミリア姫はどこだ」
 走った。さすがに王宮には火の手は届いていないようだ。だが、城下町は燃え盛っている。王宮の廊下は、城下町から逃げてきた住民達で溢れかえっていた。涙を流す者、呆然とする者、恐怖で震える者。様々な住民が居た。
「みなさん、気を強く持ってください。すぐに助けが来ます。勇者アレクの子孫である、ヒウロさんが来てくれます」
 この声。清く美しい声だ。だが、芯の強さも感じさせる。
「エミリア姫だ」
 メイジが声のする方へ向かって走る。居た。エミリア姫だ。住民達を元気付けている。
「エミリア姫!」
 言って、メイジがその場で平伏した。
「あら、あなたは。メイジさん?」
「そうです。姫、お願いがございます」
 ありのままを話す。それが一番だ。メイジはそう思った。エミリアは芯が強く、清廉な人物だ。下手に誤魔化して説得するよりも、真実をそのまま話して助けを求めた方が良い。
「仲間を、セシルを助けて下さい」
 メイジが言った。平伏はしたままだった。
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 炎が渦巻くルミナスの城下町を、メイジとエミリアが疾走していた。セシルを救うためである。メイジがエミリアの手を引き、道を先導する形で走っている。
 メイジはエミリアの説得に成功していた。メイジは正直に全てを話したのだ。今の状況、エミリアの力の事、そしてそれが今必要である事。簡潔ではあったが、メイジは理路整然と説明した。エミリアは少しの沈黙の後、頷いた。そして、王宮を飛びだした。王の許しも乞わず、兵たちの制止も聞かずにだ。
「本当に、私の力で、セシルさんを救う事が、出来るのですね」
 エミリアが息を切らしながら言う。
「はい。神器の言っている事と俺の予測が正しければ、救えるはずです」
 無論、保証は無い。だが、メイジは確信に近いものを持っていた。神器が自分に教えた事。自分が感じた親近感。そして、エミリアの正の力。納得できるだけの材料はある。
 金属音が聞こえてきた。ヒウロ達とセシルが交戦している音だ。
「ヒウロ、オリアー!」
 メイジが叫んだ。セシルの魔法剣と、オリアーの剣がぶつかり合っている。ヒウロは片膝を付き、剣を杖に踏ん張っていた。
「メ、メイジさん……!」
 ヒウロが辛そうに言った。脚を震わせながら立ち上がる。
「状況は芳しくないな」
「はい。セシルは俺達を殺そうと剣を振っています。でも、俺達は……!」
 殺意の有無。これは時に絶大な実力差となり得る。
「本当にセシルさんなのですね……」
 エミリアが呟いた。声色が哀しい。
「あ、エ、エミリア姫? メイジさん、これは」
 ヒウロが少し困惑したように言った。
「エミリア姫が鍵だ」
 メイジが言う。だが、どうすれば良い。
「……確かにセシルさんの心から邪悪なる力を感じます。それはとてつもなく深く、強い闇の力です」
 セシルを見ながら、エミリアが言った。
「どうすれば助ける事が出来ますか?」
「私の聖なる呪文で、闇の力を退けます。そのために、セシルさんの動きを止めてください」
 セシルの動きを止める。それは生半可な事ではない。
「ヒウロ、セシルの動きが鈍くなったり、魔法剣の輝きが色あせるといった事はなかったか?」
「……ありません」
 ヒウロが答える。セシルの魔力切れは期待できない。メイジはそう思った。魔法剣士は戦闘時間が短いという欠点を持っていた。魔力がある時しか、その力が発揮できないのである。魔力が無くなれば、魔法剣も消えるのだ。だが、セシルはその欠点を克服している。それは闇の力の影響なのか。
「力ずくで行くしかない。ヒウロ、まだやれるか?」
 メイジの問いに、ヒウロが頷いた。目に闘志が宿っている。まだ戦える。
「エミリア姫、俺達が何とかしてセシルの動きを止めます。その後、エミリア姫の力でセシルを」
「……はい」
「行くぞ、ヒウロ」
 メイジとヒウロが駆ける。
 オリアーのエクスカリバーとセシルの魔法剣が馳せる。
「セシルさん、正気に戻ってください!」
「私に話しかけるなッ」
 セシルが頭痛に顔を歪めつつ、魔法剣を振り下ろした。オリアーがそれを受け流す。しかし、このままでは。オリアーはそう思った。防戦一方なのだ。いずれ限界が来る。そして、それは近い。
「オリアー!」
 メイジの声。オリアーが振り返る。
「セシルを助けるぞ。まずは動きを止める」
 やっと進展が見えた。オリアーはそう思った。そして頷いた。セシルを助ける。オリアーはこの言葉を待っていた。方法などは二の次だ。とにかく自分は動きを止めれば良い。オリアーは単純にそう考えた。
 オリアーの目に闘志が宿る。セシルの魔法剣。振り下ろしを避ける。その隙を付いて、エクスカリバーで魔法剣を跳ね上げた。
「イオッ」
 追撃。メイジの爆発系下等級呪文。セシルが態勢を崩す。
「セシルさんッ」
 瞬間、オリアーのエクスカリバーに闘気が宿った。神器入手の試練で会得した剣技。自らの闘気を相手に撃ち付け、身体の自由を奪う剣技。
「海破斬!」
 オリアーの剣が横に流れた。闘気が津波の如く、セシルを撃ち付ける。セシルが顔を歪めた。海破斬のダメージだ。だが、威力は加減している。
「このっ。!?」
 セシルが魔法剣を振ろうとする。しかし、腕が上がらない。オリアーの闘気がセシルの身体を縛りつけているのだ。そして。
「隼斬りッ」
 ヒウロの稲妻の剣。みね打ちで放つ。電撃がセシルの身体を貫く。瞬間、セシルは気を失った。
「セシルさん……!」
 崩れ落ちるセシルを、オリアーが慌てて抱きとめた。セシルの顔は苦痛で歪んでいる。
 オリアーは心が締め付けられるような思いだった。セシルの剣は泣いていた。そして、心の奥底で助けを求めていた。それなのに、自分の力ではどうする事も出来なかったのだ。オリアーは唇を噛みしめながら、そっとセシルの身体を地面に下した。
「エミリア姫、頼みます」
 メイジが言った。それを聞いたエミリアが静かに頷く。表情は真剣だ。ゆっくりとセシルに歩み寄り、しゃがみ込んだ。そして、強く目を瞑る。
「……セシルさん」
 エミリアが両手を突き出す。その両手が白い光で包まれた。淡く、優しい光だ。そして、どこか温かい。その光がセシルの身体を包み込んでいく。
「闇の力を除去します」
 エミリアがさらに強く目を瞑った。
「シャナク!」
 解呪呪文。聖なる力により、呪いや闇の力を浄化する呪文だ。セシルの胸の辺りに、白い光が集中していく。光が熱い。
「うぅ……」
 セシルがうめいた。眉間にシワを寄せ、歯を食い縛っている。だが、目はつむったままだ。白い光が少しずつ、上へと持ち上がって行く。それに引っ張られるかのように、ドス黒い何かの塊がセシルの胸からにじみ出てきた。
「……これが、闇の力」
 メイジが呟いた。ドス黒い塊は蜃気楼のように揺らめいており、凄まじい禍々しさを漂わせていた。そして、その塊を白い光が覆い尽くしていく。
「……!」
 エミリアが強く念じた。その瞬間、白い光がドス黒い塊を押し潰した。光の粒子のようなものが、空中へ舞い上がって行く。
「……大丈夫です。これで、セシルさんは助かるはずです」
 エミリアが大きく息を吐いた。額には大粒の汗が浮かんでいる。
「セシルさんっ」
 オリアーがセシルに呼び掛けた。
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「セシルさんっ」
 オリアーがセシルに呼び掛けた。しかし、返事はない。表情は苦痛に歪んだままだ。オリアーがセシルの上半身を抱き起こす。
「セシルさん」
 もう一度、呼び掛けた。すると、セシルの眉が微かに動いた。
「……うぅ」
 声が漏れる。オリアーがセシルの肩を強く握った。目を開けてください。心の中で呟く。そして。
「オリ……アー?」
 セシルが微かに目を開けて、かすれるような小さな声で言った。
「セシルさん……!」
 オリアーが目を強く瞑り、震えつつ言った。良かった。オリアーは心からそう思った。エミリアが大きく息を吐く。ヒウロが笑顔を作り、メイジがオリアーの肩に手を置いた。
「やったな、オリアー。エミリア姫に感謝しろよ」
 メイジはそう言いつつ、口元を緩めた。エミリアは微笑んでいる。
「……私は、大変な事を……」
 セシルが震えだした。そして、涙を流す。
 セシルは、今まで自分が何をやっていたのかを記憶していた。ルミナスを破壊した事、民を殺した事、オリアー達と戦った事。闇の力に支配されている時にしていた事の全てを、セシルは覚えていたのだ。そして、それらをやっている時、セシルは快楽を感じていた。
 特に、ルミナスの破壊と民を殺している時、セシルは快楽で狂いそうになっていた。もう一人の自分とでも表現すれば良いのか。闇の力によって、そのもう一人の自分が形成されたのだ。そのもう一人の自分と、セシルは心の中で懸命に戦った。だが、勝てなかった。破壊する快楽。殺す快楽。これらに屈しようとしていた。そんな時、ヒウロやオリアー、メイジが現れた。そして、エミリアに助けられた。
「……私は、どうすれば良いの……」
 セシルが泣きながら言う。その声は悲痛だった。
「記憶が、あるんだな?」
 メイジが言った。
「……とりあえず、俺達は王に報告に行こう。エミリア姫、良いですね?」
 メイジの言葉に、エミリアは困惑したように頷いた。セシルの事はそれだけで済ませるのか。確かにメイジの判断は正しいのかもしれない。でも、余りにも冷たすぎる。エミリアはそう思ったのだ。
「オリアー、お前はセシルの傍に居てやれ」
 メイジが言う。セシルはプライドの高い女だ。真に心を許した人間以外に、弱い所を見せたくないだろう。メイジはそう考えたのだった。そして、セシルにとってオリアーは、本当に心を許している仲間だった。
「でも、メイジさん」
 ヒウロも困惑している。
「二人にしてやれ。それが、今のセシルにとって一番良い」
 メイジが言った。そして、エミリアもメイジの意図を読み取った。
「……お優しいのですね」
 メイジが照れくさそうに俯く。
「さぁ、王宮に行きましょう」
 ヒウロとメイジは、エミリアと共に王宮へ赴き、ルミナス王へ事の成り行きを報告していた。セシルの件。さすがに王もこれには怒りの色を示した。しかし、ヒウロ達を責めても仕方がないと判断したのか、すぐに冷静に戻った。憎むべきはヒウロ達ではなく、魔族なのだ。
 エミリアを連れ出した件についても、王はそれほど怒りを感じているようではなさそうだった。王が納得できる結果だったのだろう。そして何より、エミリアがヒウロ達を上手く擁護したのだった。
 一方のオリアーとセシルは、城下町の空き家を借り、そこで休息を取っていた。特にセシルは闇の力に支配されていた事もあり、精神的な疲労が激しい。それに加え、ルミナスで自分がした事に恐怖し、絶望を感じていた。
 ルミナスの城下町はひどい有様だった。半壊状態なのである。修復するにしても、ずいぶんと時がかかるだろう。民も多く死んだ。そして、人々は恐怖を刻み込まれた。本当に魔族に勝てるのか。勇者アレクの子孫の力で、魔族を滅ぼせるのか。この疑惑を抱くには、今回の件は十分すぎる程の出来事だった。
 メイジとヒウロは王への報告を終え、オリアーとセシルの居る空き家へ戻った。エミリアも一緒だ。セシルの様子を見に来たのである。しかし、椅子に座ったまま、セシルは憔悴していた。罪悪感で自分を失いかけているのだ。その様子を、オリアーは黙って見ていた。いや、そうする事しか出来なかった。今のセシルには、どんな言葉も意味を成さないのだ。
 セシルは考えれば考える程、自身の罪悪感が膨らんでいくのを感じていた。許されるはずがない。こんな自分が生きていて良いはずがない。死ぬべきだ。セシルはそう思った。
「……死んで償うしかない」
 呟いた。そして魔法剣を作り出す。
「!? おい」
 メイジが目を見開いた。セシルが魔法剣を自分の喉元に向ける。死ぬ気だ。セシルが目を瞑る。やめろ。メイジとヒウロがそう叫んだ。次の瞬間、一本の剣が魔法剣を消し飛ばした。白銀の刀身、王剣・エクスカリバーだ。
「何をする気ですか」
 オリアーが言う。声は静かで落ち着いていた。しかし、哀しみの色がある。
「死なせて」
 セシルの目から涙が溢れ出した。
「……セシルさん、確かにあなたがやった事は許される事ではないかもしれません」
「死なせて欲しい……!」
「死んだからと言って、その罪が償われるのですか。きっと、それは違う。僕はそう思います。生きて償うんです。魔族を滅ぼすんです」
 オリアーがエクスカリバーを鞘に納める。
「セシルさん、話してください。このルミナスに魔族が来たはずです。その時の出来ごとを、話してください」
 オリアーが声を絞り出すようにして言った。セシルの気持ちは痛いほどに分かる。だが、魔族を滅ぼさねばならない。そのためにも、セシルの力は必要だった。そして、セシルが対峙した魔族。その魔族は何者なのか。それを知る必要がある。
「……私は」
「セシル。オリアーの言う通りだ。お前が今ここで死んだとして、喜ぶのは魔族だけだ」
 メイジが言った。
「俺達と一緒に行こう。そして、魔族を倒すんだ」
 ヒウロのこの言葉に、メイジとオリアーが頷いた。
 沈黙。セシルは俯いたままだ。涙が点々と床に落ちている。だが、セシルの心は決まっていた。オリアーの言葉が、セシルに決心をさせたのだ。生きて償う。今、自分に出来る事はそれだけだ。セシルはそう思ったのだ。
「……私が対峙した魔族は、赤い長髪を生やし、漆黒のローブを身にまとっていた」
 セシルが口を開いた。赤い長髪。漆黒のローブ。ヒウロがハッとした。
「そんな、まさか」
 ヒウロの唇は震えていた。
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 ヒウロは一人で草原を走っていた。向かう先は神器が封印されしほこらだ。
 セシルの話を聞いて、ヒウロは居ても立ってもいられなくった。赤い長髪、漆黒のローブを身にまとった魔族。名はダール。その魔族によって、セシルは闇の力を植え付けられたとの事だった。そして、その魔族の容姿。
「アレン……父さんと戦っていた時に現れた奴と一緒だ」 
 ヒウロはすぐにアレンのバシルーラで飛ばされたため、その魔族の顔や細かな部分までは見る事は出来なかった。だが、大まかな特徴は酷似しているのだ。もし、あの魔族がダールだとしたら。そして、アレンがダールに負けてしまったら。
「そんな事があるものか!」
 ヒウロが思わず口に出す。信じたい。あのアレンが、魔族なんかに屈するはずがない。アレンの強さは相当なものだったのだ。それはヒウロ自身が肌で感じた。剣も魔法も、切り札であるライデインすらも通用しなかった。そのアレンが、魔族に負けるはずがない。
 神器が封印されしほこらに到着した。そして、ヒウロは絶望した。
「……そんな」
 ほこらは半壊状態だった。激しい戦闘の形跡も見られる。床には生々しい血の痕がこびり付いていた。人間の赤い血だった。
「まさか、本当に」
 死体は無い。だとすれば、ダールに連れ去られたのか。いや、そんなはずは無い。ヒウロはそう思った。いや、そう願いたいのだ。そもそもで、あの魔族がダールだと決まったわけではない。アレンの死体も無いのだ。証拠が無い。アレンが死んだ証拠も、あの魔族がダールである証拠も。だが、次々に不安と恐怖が湧きあがってくる。
 愕然としているヒウロの背後から、走ってくる足音が聞こえてきた。メイジである。血相を変えて飛び出したヒウロを心配して、後を追ってきたのだ。
「……ヒウロ」
 メイジが静かに呼び掛けた。ヒウロが振り返る。
「メイジさん……。すいません、勝手に飛び出したりして」
「何があった?」
「……いえ、何も」
「話せ。俺の目には何も映っていないが、お前には何か見えているんだろう」
 神器が封印されしほこらは、その神器に選ばれし者にしか見えないのだ。
「確証がありません」
「良いか、ヒウロ。お前は何でも一人で抱え込み過ぎだ。俺達を頼れ。お前は確かにアレクの子孫で、勇者かもしれない。だが、お前は弱い」
 メイジがハッキリと言った。弱い。この言葉が、ヒウロに心に突き刺さる。
「……俺は、神器を入手できなかった。試練を乗り越える事が出来なかったんです」
 メイジがヒウロの目を見つめる。
「そして、試練が終わろうとしていた時、赤い長髪を生やし、漆黒のローブを着た男が」
「……セシルの話にあったダールか」
「はい……」
「お前の試練の内容は?」
「父と、アレンと戦って勝つ、というものでした……」
 メイジが眼を地面にやる。ヒウロの父。神器の守り手だったのか。メイジはそう思った。そして何より、その父がダールに屈したとしたら。
「ヒウロ、ひとまずルミナスに戻るぞ。みんなが心配している」
「……はい」
 ヒウロはそう言い、ほこらに眼をやった。ただの廃墟。ヒウロはそう思った。最初に訪れた時に感じた聖なる力もすでに無い。本当にアレンは、やられたのか。いや、違う。そんなはずは無い。ヒウロは、何度も自分にそう言い聞かせていた。
 一方、魔界ではダールが魔族化させたアレンを王の間に連れ出していた。魔族の王、ディスカルと面会させるためだ。
「……お前の名は?」
 左右に女魔族を侍らせているディスカルが静かに言った。アレンの姿をジッと見つめる。凄まじい力だ。ディスカルはそう思った。四柱神の力など、ゆうに超えている。勇者アレクの子孫である潜在的な力に、ダールの闇の力が加わったのだ。さらに力を開花させれば、側近であるダールにすら逼迫する可能性がある。
「アレン。闇の勇者」
 そう言い、アレンが不敵な笑みを浮かべた。目に殺気をこもらせている。今にもディスカルに飛び掛かりそうな殺気だ。
「お前の主は誰だ? 言ってみろ」
 ディスカルがアレンを睨みつけた。殺気を感じ取ったのだ。
「我に主など居ない。我が最強だ」
 瞬間、アレンの身体から憎悪と殺気が吹きだした。陽炎の如く、アレンの全身が揺らめき出す。
「……ダール、しっかりと躾をしておけ」
 ディスカルが立ち上がった。拳を握り込む。
「クク、申し訳ありません」
 ダールが一歩、後ろへ下がった。
「貴様が魔族の王か。我がその椅子に座る。どけ」
「間抜けめ。貴様のようなゴミ屑が私に楯突くか」
「ゴミ屑?」
 アレンの目が血走った。
「我を愚弄するなッ」
 飛び掛かる。同時に剣を抜いた。
「思い知らせてやる。誰が王なのかをな」
 ディスカルの髪が揺れた。アレンが大きく剣を振りかぶる。ディスカルを斬るつもりだ。次の瞬間、アレンの剣はディスカルではなく、その隣の女魔族に向かって振り下ろされていた。女魔族の身体が綺麗に縦に両断される。
「……!?」
 アレンが困惑した。すぐに横に居るディスカルへ向かって剣を薙ぐ。今度こそ。アレンはそう思った。しかし、またもや剣はディスカルではなく、もう片方の女魔族に向かって振られていた。
「そんなに女魔族が憎いのか?」
「き、貴様……!」
 アレンが思わず距離を取った。剣を天に突き上げる。
「我の力を思い知れッ!」
 アレンの剣が、色濃く濁った紫色に輝き出した。闇のエネルギーが溢れ出す。闇のいかずち。暗黒の稲妻。
「ジゴスパークッ」
 閃光。次の瞬間だった。
「バ、バカ……な」
 アレンは、自身の身体をジゴスパークで貫いていた。訳がわからない。アレンがその場で倒れ伏した。気を失ったのだ。アレンの全身は焼かれ、煙が巻き上がっていた。
「ダール」
 ディスカルが王座に座りつつ、ダールの名を呼んだ。ダールがその場で跪く。
「そろそろ、人間界の国を一つ滅ぼすぞ」
「……それはそれは。本格的に始まるのですね。ゴミ掃除が」
「あぁ、そうだ。そして、勇者アレクの子孫らを魔界に呼び寄せる」
 ディスカルが頬杖をついた。
「ほう?」
「私が思うに、奴らは何らかのパワーアップを果たした。士気、機会ともに揃ったと言って良いだろう。だが、まだ力を隠し持っているはずだ」
「では、どうされるのです?」
「アレンとビエルに国を襲撃させるのだ。そして、アレンに勇者アレクの子孫らの相手をさせる」
「……それは、面白い事になりそうですね。しかし、あのビエルですか」
 ダールのこの言葉に、ディスカルが二ヤリと笑った。
「そう、あの狂人だ」
 ビエルはディスカルのもう一人の側近だった。ダールと並ぶ実力の持ち主だが、性格に問題があった。一言でいえば、狂人だ。そのビエルを人間界に送り込む。これがどのような結果を生むのか。ディスカルは、その結果をすでに見通しているかのようだった。
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 ヒウロ達はルミナスの空き家で消沈していた。アレンの件である。もし、あの魔族がダールだとしたら。そして、アレンがダールに屈してしまったとしたら。そんな事を考えていたのである。
「しかし、俺達の目的はあくまで魔族を倒す事だ」
 メイジが言った。そしてそれは、正論だった。魔族を倒すために、ヒウロ達はここまで来たのだ。そのために神器を手に入れ、自身らの実力も上げてきた。アレンの件は確かに気掛かりだが、旅は続けなければならない。
「ヒウロ、気休めかもしれないけれど……あなたのお父さんなら、きっと大丈夫よ」
 セシルが言った。セシル自身も闇の力に支配された。だからではないが、見える事実、わかる事実がある。真に自分の意志を持っていれば、闇の力に打ち勝つ事が出来るかもしれない。セシルはそう思った。だが、キッカケが必要だ。闇の力によって、人間である自分は封じ込められてしまうのだ。それを呼び覚ますには、何らかのキッカケが必要だった。そしてセシルは、ライデイン・オリアー・エクスカリバー等がキッカケとなった。
「ヒウロさん、あなたのお父様も私の力で」
 エミリアが控えめな口調で言った。先述のキッカケの件も重要だが、最終的にはエミリアの力が確実だった。聖なる力によって、闇の力を除去するのだ。だが、エミリアはルミナスの第一王女だった。ルミナスから出る事はもちろん、魔族を倒す旅に加わるのは難しい事だろう。
「みんな、ありがとう。大丈夫。俺はそこまで、気落ちしてないよ」
 ヒウロはそう言いつつ、笑顔を作った。しかし、内心は言葉通りでは無かった。アレンの件もそうだが、ヒウロは神器を手に入れる事が出来なかったのである。メイジやオリアーは、神器を手に入れた事に加え、実力も大幅に上げて帰って来た。所が、ヒウロはそうではない。この事実が、ヒウロを苦しめていた。自身の強さにコンプレックスを抱いているヒウロにとって、今の状況はとても平静でいられるようなものではなかった。
 ふと、外がガヤガヤと騒がしい事に気が付いた。人の声である。不審に思ったメイジが窓を開け、外に目をやった。人だかりが出来ている。
「ル、ルミナス王に、あ、会わせてくれ……っ」
 人だかりの中心で、傷だらけの兵士が呻いていた。兵装から見て、他国の兵のようだ。ただ事ではない。ヒウロ達はそう思った。
「外に出るぞ」
 メイジがそう言い、ヒウロ達も頷いた。外に出る。
「た、頼む!」
 兵が息を荒げながら呻く。ヒウロ達が人ゴミの中を進み、兵の傍に寄った。
「大丈夫ですか」
 エミリアが慌てて回復呪文をかける。
「あ、あなたはルミナス王国の第一王女の……」
「エミリアです。どうされたのです?」
「私はラオール王国第一師団所属の兵士です。姫、ルミナス王に会わせて下さい」
 ラオール王国。この世界は、三つの大陸によって形成されていた。その大陸とはすなわち、ラウ大陸、ディ大陸、ロス大陸の三つだ。各大陸には首都があり、ルミナス王国はラウ大陸の首都だった。ルミナスは強大な武力や魔法などの英知には乏しいが、富と情報が溢れ、各王国の中でもトップクラスの治安を誇っていた。
 一方のこの兵士の国であるラオールは、ディ大陸の首都だった。ラオール王国は世界最大の軍事国家として謳われ、勇者アレクの時代にもその力で魔族とも長く抗戦をしたと言う。そして、もう一つはロス大陸のファルス王国だ。この国の歴史は古く、魔法大国として名を馳せていた。
「ディ大陸に、魔族が襲撃してきたのです」
 兵が言った。ヒウロ達に緊張が走る。
「ラオールは魔族を迎え撃っています。現在、ラオール王国の南の関所にて魔族と交戦していますが、状況は芳しくありません」
 エミリアが立ち上がる。回復が終わったのだ。
「願わくば、ラオールに救援を! このお願いのため、私は戦線離脱して参ったのです!」
 兵がその場で平伏した。
「……魔族の数と、その指揮者の特徴は?」
 メイジが言った。口調は冷静だ。
「およそ二百。ですが、これはあくまで先鋒でしょう。後詰にもっと多くの魔族が控えていると予想されます。指揮者の特徴は、鼻の下と顎に髭を蓄え、黒いマントを羽織っておりました。……変な事を言うとお思いかもしれませんが、私には魔族というより人間に見えました」
 ヒウロの心臓の鼓動が高鳴った。父、アレンの特徴とそっくりだ。
「……ヒウロ」
 メイジがヒウロの目を見た。
「父さん……父さんかもしれない」
 ヒウロの声は震えていた。
「ぬぅ……」
 ルミナス王が唸っていた。ラオール王国に魔族が襲撃してきている件だ。ラオールの兵が援軍を求めているのである。だが、ルミナスには援軍を送る余裕が無かった。魔族ファネルの襲撃、ダールとセシルの戦闘などによって、ルミナスは半壊状態になっているのだ。この状態で兵を出してしまうと、自国の防衛すらままならない。
「俺達が行きます」
 ヒウロが前に出て、王の前で跪いた。
「ルミナスには援軍を送る余裕がないはず。それなら、俺達がラオール王国を救いに行きます」
 ヒウロがハッキリと言った。そして、これが最も理にかなっていた。ルミナスの兵はラオール王国の兵に比べると、戦闘能力は高くはない。援軍に出たとしても、戦況をひっくり返す要素にはなりにくいのだ。しかし、ヒウロ達は違う。ライデインのような魔族に対する絶対的な武器に加え、神器もあるのだ。そして何より、ヒウロはアレンの事が気掛かりだった。ラオールを襲撃している魔族の指揮者の特徴が、アレンにそっくりなのである。
「……ぬぅ。……正直、ルミナスからの援軍は難しい。ヒウロ殿、その申し出に甘えてもよろしいか?」
 ルミナス王が心苦しそうに言った。本来ならば、ヒウロ達は民間人なのだ。その民間人に頼らなければならない。ルミナス王は一国の王として、それを恥じた。
「はい。……では」
 ヒウロが立ち上がった。メイジ、オリアー、セシルの三人も立ち上がる。
「それでは、私のルーラで」
 ラオールの兵が言った。その時だった。
「お待ちください、私も、私も行きます」
 王座の脇で控えていたエミリアが言った。真剣な表情だ。
「な、何を言っておる?」
 ルミナス王の声が裏返る。
「お父様、私は癒しの力を持っています。ラオール王国の兵士は傷ついているはず。私の力は無駄にはならないはずです」
「バカな事を言うな!」
 王が怒鳴った。しかし、エミリアは表情を変えない。
「お前は一国の王女だ。ルミナスから出る事は許さん。ただでさえ、先日に戦闘の場に出たのだぞ。王女の自覚を持て」
「お父様、今は王族の事など気にしている時ではないはずです。それにヒウロさん達だって、無敵ではありません。私の癒しの力が必要になるはずです」
「エミリア」
「私は、皆様のお役に立ちたいのです」
 エミリアが王の目をジッと見つめた。その眼差しは強い。
「……もう、何を言っても聞かぬだろうな」
 王がため息をついた。
「わかった。ただし、条件がある。危なくなったら、すぐに逃げる事。ラオール王国を救ったら、すぐに帰ってくる事。この二つが条件だ」
 エミリアが頷いた。
「ありがとうございます、お父様」
 エミリアが王座から離れ、王に向かってお辞儀をした。
「さぁ、皆さん、行きましょう」
 エミリアのこの言葉に、ヒウロらが頷く。
「では、私につかまってください」
 ラオール兵が言った。
「行きますよ。ルーラ!」
 瞬間移動呪文。ヒウロ達は淡い光に包まれ、風と共に空の彼方へと飛んで行った。
「……エミリアのあの芯の強さ。お前譲りだな」
 歴代王妃の肖像画を見ながら、王は呟いていた。
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