その日の夜、僕は彼女を家に招いた。なんてことはない普通の家デートである。ただ、僕がずっと涙をこらえていること以外は。彼女に悟られないように必死に話しかける。本当は泣きたい。彼女の胸に飛び込みたい。でもできない。彼女を心配させてしまうではないか。高校のときから、2年間も一緒にいた僕の最愛の人。僕が死んでしまうと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろう。
そうだ。一番大切なことを忘れていたじゃないか。今日は二人で写真を撮るために彼女を招いたんだ。恐らく二人で撮る最後の、ツーショットを。
僕が声を掛けると彼女はめんどくさそうに応答し、こっちを向いて目を丸くさせた。
「あっ!カメラじゃん!
なに?てっちゃんまたカメラマン目指すの?」
その言葉が、その言葉がとてつもなく痛かった。こう言われることはわかっていたが、言われてみるとやはり辛い。あのね。「目指す」んじゃないんだ。僕はもう、「目指せない」んだよ。
「まあそんなところ。ちょっと写真とらせてよ」と、僕は泣きそうになりながら答える。大丈夫。悟られてはないはずだ。演技力には結構自信があるんだ。
「じゃあてっちゃんも一緒に撮ろうっ!」
うん。僕も一緒に撮りたいよ。
なかなか綺麗に撮れたが、僕の顔は前髪でよく見えない。でもこれで良かったのかも。泣きそうな顔が映ってたら困るから。
「てっちゃん髪ぼさぼさー」
「切りに行くのが面倒くさいんだよ」
このやりとりはずっと繰り返して来た。二人が付き合い始める前から、ずっと。くそったれ。
なんで今日に限って……辛いことが、ありすぎる……
死にたく、ない。でもしょうがない。どうしようもない。僕に出来ることは、今を楽しむことだけなんだから。
「さてっと…明日朝から仕事だから今日は帰るねっ」
あいかわらず彼女はこういう所はしっかりしている。僕なら絶対泊まっていくね。絶対。
「今日は…家まで送っていくよ。」
ガラにも無いことを言ってしまった。
「えぇっ?珍しいね。
でもいいよ。車だし」
「いや、僕が送りたいんだ。
帰りはタクシーで帰るからさ。送らせてくれ。」
しばらく「いいっていいって」の言い合いで遅くなったが、今日は送っていくことになった。彼女を送るのなんて久しぶりだな。
「いつぶりかな…君を送るなんて。まだ二人とも免許持ってなくて、
僕が原チャリ無免許で家まで送ろうとして警察に追い回されたっけ。」
「あったあった!あの時は死ぬかと思ったんだから。
てっちゃんの運転荒すぎるよっ」
楽しいな。こんな時が何時までも続けばどれだけ幸せなことか。いや、考えるのはよそう。今はただ楽しもう。この瞬間を。
……ん?なんだあれ?
猫?道の真中で危ないだろうが。全く、僕みたいに早死にしてもしらんぞ。
彼女は動物を大事にする。僕の自慢の彼女です。
道に猫がいたら慌ててハンドルを切る。そんな女の人です。
目が覚めて最初に目にしたものは白い天井。そして次に白いベッド。白いカーテン。白い包帯。病院だ。僕はなぜこんなところにいるんだっけ。えーっと、えーっと。
国道
猫
彼女
電柱
思い出した。彼女は、彼女はどこにいるんだ。心配で探しまわった。病棟の隅々まで。いないみたいだ。どうやら大丈夫だったみたいだな。
「あのー?もし
青山さんですよね?」
振り返ると白衣の男がいた。
「よかった。目がさめたのなら呼んでくださればよかったのに。
あなた3日も眠りっぱなしだったんですよ。さ、病室に行きましょう」
「…え?ちょっと待ってください」
「なにか?」
「僕が3日眠り続けてたって…どういう事ですか?」
3日だと?冗談だ。冗談に決まっている。冗談であってくれ。
3日眠っていたのなら、僕の寿命が…あと3日しか残っていないことになる。
「…? 言葉通りの意味ですが」
頭の中が、真っ白になった。
3日…3日だと!?僕の時間、僕の命。3日分が無駄になった。最悪だ。これから楽しみたいこと、彼女とやりたいこと、たくさんあったのに。
「あの…青山さん?」
半分、半分になってしまった。僕の命が。時間が。
「青山さん?」
「うっせぇなぁ!!少し黙ってろ!!」
…………あ。
やってしまった。
「す…すいません。少し取り乱してしまって…なんでしょうか。」
「い…いえ大丈夫です。単独とはいえ交通事故ですので、警察の方がお話を伺いに来ると思うのですが、お気になさらぬようにしてください。」
「え?運転していたのは僕の彼女なのですが。」
「あ…はい…そういう事なのですが、一応…」
「どこの病室にもいないってことは大丈夫なんですよね。
お見舞いには来てくれてましたか?」
「…」
おい。なんで何も言わないんだ。答えろ。この胸騒ぎはなんなんだ。答えろよ。早く。
「じ…実はですね青山さん…」
なんだよ。早く言え。安心させてくれ。僕を、早く。
「お連れ様は…運転席でお亡くなりになられていました。」
「………………え……?」
3日寝ていたことなど最悪ではなかった。最悪は、他にあったのだ。