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第一回(アグヤバニ作)

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 それは突然現れた。
 静寂を突き破る轟音、月光を曇らす爆炎、清楚な夜を歪ませる醜い悪魔。その全てが異常で、世界を狂わせる。
 『ソレ』は一歩を踏み出した、自分の粉砕した壁の穴へ手を掛けて。赤眼の求むは逃げた子兎、自分と同じく黒に身を包んだ小さな獲物。
 しかし、この狭い部屋の中、獲物は見当たらない。隠れているのだろうと本能的に思考した。
 そこから紡ぎ出す結論は破壊、破壊、破壊。隠れるならば隠れ身ごと破壊する。実にケモノらしい単純思考。
 結論が出たなら実行するのみと、自分の思考に納得したのか大気を震わす咆哮一つ。
 次の瞬間、その口からは熱の塊が吐き出された。
 黒く醜い顔から迸るは炎弾。それは月明かりのみが照明の部屋を照らし、己の黒く歪んだ体を曝け出し、着弾点を破壊する。
 幾度か同じ事を繰り返すと、獲物は自分から身を投げ出した。その姿はやはり、自分と同じ黒色で。
 その事実に満足し、悪魔は煙立ち上る口でにたりと嗤う。
 しかし、先ほどとは何かが違った。根本的な何かが、全てを覆す何かが。
 だがケモノ如きには違いなど、判りはしなかったのだ。


 小さな倉庫に人影一つ、闇に溶ける様な黒い姿の青年がコンテナを背に座り込んでいる。
 決して高いとは言えぬ背、適当に伸ばした黒い髪、そして学生の証である学ランに身を包む。極普通、どこにでもいる高校生。
 違う所と言えば、今はコンテナに立て掛けられた抜き身の刀。その刃すらも黒く、鈍く光を放っている。
 荒れた息を整え溜息一つ。青年はこれまでの事を思い返す。
 友人との遊びの帰り道、不意打ちとは言え不覚にも『アイツ』の気配に気が付かず急襲を受けた。
 至急本部に問い合わせたら、こちらでも未観測の悪魔だと言う。ロクな情報も渡さず愛刀だけを転送して寄越した腐れ縁のオペレーターは、
『と、いうことなんで頑張っちゃってくださいね!』
 なんて明るく言い放つと通信を途絶えさせた。
「馬っ鹿、どうしろってんだよ……!」
 ガァン!と後頭部をコンテナに打ち付ける。直ぐにやってきた鈍い痛みは、熱くなった思考を急速に冷やしていく。
 ふう、と息をついて周りを見渡すと状況を段々飲み込み始める。
「適当に逃げ込んじまったけど、港の倉庫か……」
 微かに香る塩の匂いが、ここが港だと教えてくれる。輸入品や輸出品なんかを一時保存して置く為の倉庫だろうか。
 もう少し状況を把握しておこうと立ち上がったその時、
「っ、わ」
 大音響と共に倉庫の側面、大きな壁がブチ破られた。
「む、っちゃすんなぁ!」
 愛刀を手に駆け出す青年。コンテナの間を擦り抜け、更に倉庫の奥へ逃げる。
 その最中、振り向き様に見たのは人の二倍の背丈はあろう黒い悪魔。先ほど青年を襲った『アイツ』そのものである。
「見たところフツーの悪魔だな……」
 赤い眼をギラつかせながら己を探す悪魔に、青年はそうコメントする。
 そんな酷評も知らず、悪魔は青年を探す。その姿は二足歩行の黒い塊、という表現がしっくりくる。
 頬まで裂けた口に赤眼、そして人々の想像する悪魔のシンボルである禍々しい羽。誰が見ても「悪魔だ」と口々に叫ぶであろう図体だ。
「これなら本部からの応援が無くても――」
 直後、炎弾が青年の隣を駆ける。真っ直ぐに飛ぶそれは暫く先のコンテナにぶつかると爆散し、破片を撒き散らす。
 一つ二つと同じモノが倉庫内を駆け巡り、倉庫内を黒焦げにしてゆく。幾つかの内の一つは、青年が身を隠すコンテナまでも破壊して。
 暫く破壊の嵐は巻き起こり、瞬く間に倉庫はゲヘナと化す。それは真に悪魔の蔓延る地獄、その地の様。
 そんな異界に、場違いな声が響く。
「――ったく、おっせーよ」
 場違いな青年は、場違いな黒い翼を背に瓦礫を掻き分け立ち上がる。
『すいませーん、場所の特定と対象悪魔のカテゴライズに手間取りましたー』
 全てを黒に染める青年は『獲物』と同じ赤眼を光らせ、堕天の翼を広げ空へ。
『マテリアライズブレード"コテツ"と黒翼"アン・ゼリカ"の転送確認、オールグリーン問題無く起動中ですー』
「オーケイオーケイ、こっちもノープロブレムだ。今日も華麗にオペレーション頼むぜ?愛しのオペレーターさんよ!」
 今までの不機嫌を振り払うかの様に、刀を一振り。青年は全てを切り裂く堕天使と変わる。
『はーい!日当たり良好、ノープロブレムでーす!』
 二つの黒が睨み合う。しかし、その緊迫も長くは続かない。
 そんな時間は惜しいとばかりに堕ちた天使は肩を竦め、刀を構える。





「さぁ、始めようか?」
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