第四回(ベニー作)
ぼくは、三ヶ月前、どんな気持ちでいただろう。
四月――猛勉強が報われ、この高校に入学した時、ぼくは、満ち足りていた。今が、これからが、
人生で最良の時期になると確信していた。
実際、立ち上がりは上手く行ったと思う。明るい人柄をアピールするために、自己紹介は思い切
りテンションを上げて臨んだ。それが功を奏し、男女問わず、友人はたくさんできたはずだった。
はず、だった――
時が止まっている。今、ぼくはそう言い切りたい。
沈黙の、教室。
先生の、黒板に白チョークを擦る音だけが響く空間。時計は見る気もしない。どうせ、さほど進
んではいないのだから。
誰もしゃべらない。授業中だからいいことではある。本来は。
それにしても、しゃべらなさすぎる。
「桐生、33ページの五行目から読んで」
「あ、はい……」
別段、驚きはない。ぼくは椅子を立った。椅子を引く音がする。ぼくの立ち上がる音がする。そ
れしかしない。
先生は、ぼくしか指さない。国語の先生だけではない。英語も、数学も、現代社会も、全て同じ。
指されるのはぼくだけだ。
指しても、誰も話そうとしないから。
先生方は普通なのに。他のクラスの人達は普通なのに。
このクラスだけ、おかしい。
そして、ぼくだけ、おかしくない。
ぼくのせいなのだろうと、思うようになってきた。
特別なことをした憶えはない。でも、それは、自分が気付いていないだけのことで、間違いなく
何かをしたのだろう。だって、ぼくだけが普通なのだから。
もし、これが事件にでもなれば、真っ先に疑われるのはぼくだろう。ぼくが警察でもそう思う。
こいつだけ普通だ、こいつだけ他と違う。違う!?「他が」違うんだぞ! とぼくは叫びたい。で
も叫べない。そんなことをしてもなんにもならないから。
ふつう、ふつう、ふつうふつうふつう……
…「ふつう」になりたい。
帰り道、そんなことばかり、毎日思う。
皆が急に話さなくなったのは、いつだったっけ。確か、一月前にはもうこの状態になっていた。
はじめは、ああ、ぼくは嫌われたんだ。と、そう、思った。だがすぐに、どうやらそうではなさそ
うだと気付いた。誰も、一切、全く、声を発しないのだから。
なぜそうなったのか、もちろん考えに考えた。一時期は、毎日のように考えていた。今は、そん
な気力もない。
足取りも覚束ない。河川敷のところを歩いていて、人とぶつかった。夏なのに、真っ黒な格好を
した人だった。
その人は、
「お前、蔦谷高の学生か?」
そう言った。そして、少し視線を落した。また上げた。
「一年三組……こりゃ、運がいい」
運がいい。そう言った。
「何が、いいって言うんだ」
ぼくは、自分の内側が煮えてくる感覚を覚えた。
「ぼくがこんなに苦しんでいるっていうのに、何がいいって――」
「仕事がしやすいからさ」
「…仕事?」
「俺は、トウヤ。簡単に言えば……悪魔退治をしてる」
トウヤと名乗った男は、その気に食わない顔を笑顔で歪ませたのだ。