第1話 ~
各駅停車でしか電車の停まらない小さな漁師町。
彼はその小さな駅前の寿司屋の長男として生まれた。
幼稚園の時、園の掲示板に貼り出された「みんなの夢」
野球選手やパイロット、ケーキ屋さん等の華やかな職業の中で異色を放った彼の夢は
「寿司屋」
親の背中を見て子は育つ
とはよく言ったもので、彼の目に映る白い割烹着姿の父親の背中は当時のどんな華やかな職業よりも格好良く見えた。
家業を継ぐという点で他の誰よりも夢を実現させる可能性が高いと思われたが、そんな彼の無垢な夢も小学校入学を間近に控えた頃に不確かなものと形を変え始めた。
職人としての腕は良かった父親だが、寿司屋として致命的な欠点があった。
『朝が弱い』
朝がとにかく弱かった父親は仕入れの為に朝早くから仕度をするのが兎に角苦手で、
母親がどんなに怒鳴ろうが揺すろうが全く目覚めなかったらしい。
店を始めた当初こそ気が張っていたので大丈夫だったらしいが、店の経営が軌道に乗った途端その悪癖が出始めた。
仕入れに行けなければネタも当然無い。
ネタの無い寿司屋が営業出来るはずも無く、臨時休業を繰り返す有様で客足は当然遠のいてゆき閉店となった。
寿司屋の看板を降ろした後、父親は店舗を改装し、駄菓子屋なのか雑貨屋なのかよく分らない卸問屋の真似事みたいな店を開いたが、
それも長くは続かず閉店し、結局は自分の職人としての腕で稼ぐしか道は無く、大手回転寿司チェーン店の雇われ店長として就職する事となった。
この父親、若い頃から結構な遊び人で、女にだらしなく家庭を省みない性格であった為、会社員として勤め出してからというと家に帰るのは日付が変わってからというのはザラ、2、3日顔を見ない日もあった。
この頃から両親の喧嘩が絶える事は無く、物心付いたばかりの息子も日に日に悪化していく家庭環境に底知れぬ不安を抱くようになった。