第六章「新都社でも読まれる小説を書くために(上)」+プチおまけ
今回は漫画作者にとっては興味のない話になるかもしれませんが、小説作者への理解の助けにでもなれたら幸いです。
新都社で小説を書いてもなかなかコメントは貰えません。その理由を百個ほど列挙しようとしましたが、憂鬱になってきたのでやめました。
ですが、それでも人気作家というのは存在します。「コメントがつかないのは小説だから。新都社は漫画メインの投稿サイトなんだから仕方がない」というのは言い訳に過ぎません。「俺には才能がないから」「時代に合ってない」「自己満足でやっているんだからどうでもいい」そんなありふれた言葉に逃げている内に、本当に腐ってしまっては勿体ないです。少なくとも「縦書きで読めないから」とは言えなくなりました。漫画作品と違って読者総数は少ないからこそ、その少ない読者に目に留めて貰うよう、読み続けて貰うよう、あらゆる努力を惜しまずやっていかねばなりません。
そのため、基本的な小説の書き方などに触れていくこともありますが、既に小説の書き方なんてマスターしている、という方は読み飛ばしてもらって構いません。
<投稿小説サイトの抱える問題点>
新都社は「WEB漫画と小説の投稿サイト」と銘打っています。小説専門の投稿サイトは数多くある中、「漫画メインでありながら小説も受け付ける」というのが新都社の特異な点で、他のWEB漫画サイトよりも隆盛を極めているのはここにあるのでは、と個人的には思っています。
小説とは文字さえ打てれば誰にでも書けるため、非常に書き手が多いジャンルです。絵の場合、真っ直ぐな線や、丸い顔の輪郭を描くことですら、初めての場合案外難しいものです。漫画を読むのは好きだけれど、自分で描くことは考えたことがない、という人は、いざ絵を描こうとするとその大変さに嫌気が差してしまうことが多いからではないでしょうか。
しかし、言葉は誰もが普段から使っており、ネット上の掲示板やチャットなどでいくらでも書いています。そこから小説執筆への移行は非常に小さな飛躍で済みます。「小説なんて国語の授業でしか読んだことがない」という人にだって書けてしまうのです。
素人が初めて漫画を描こうとして絵を描いた際、自分の絵と、たとえば井上雄彦の絵との違いは一目瞭然でしょう。専門的な知識などなくても、身の程を知ることは出来るのです。しかし文章の場合、同じ日本語で書かれて、とりあえず意味も通っていれば、自分の文章と村上春樹の文章に一体どれほどの違いがあるのか、といったところはうまく理解出来なかったりします。拙い文章が必ずしも悪いといったことはなく、その方が却って読者の胸を打つということもあるので、更に問題はややこしくなります。
書き手の数は膨大なものの、読者はそれらを全て読みこなせるほどの時間の余裕もなく、寛大でもありません。小説投稿サイトでは、ごく一部の作家の作品だけが人気を集めたり、感想を義務づけるとギスギスとした雰囲気になったりと、どこも問題を抱えています。たとえ良作が投稿されても、次々と投稿されていく新作に埋もれてしまいます。
投げられる作品が多いというのも小説作品の特徴です(実際は漫画作品も数多く投げられていますが)。漫画の場合、一話描くのに丸一日どころか一週間、丁寧に仕上げる人なら一ヶ月かかったりします。しかし小説は、速い人なら一話十分でだって書き上げることが出来ます。一ヶ月分の努力を投げ出すのと、十分の努力を投げ出すのと、どちらが気軽に出来るかは明白です。
さらに、WEB上や携帯電話で読むより、やはり本で読む方が読みやすい、わざわざ素人の書く完結するかどうか分からない話を読むより、図書館で名作を無料で借りて来た方が有意義だ、といった、否定しようのない事実もあります。iPadの普及などでひょっとしたら変わっていくかもしれませんが。
素人が拙い絵で描いても、アップすればとりあえずは何人か目を通してくれる漫画と違い、小説の場合下手すると誰にも読まれないということもあります。
新都社で小説を書く、いや、「小説を書く」という行為自体に、そのようなハンデがあります。人気作家になるためには「面白い作品を書く」だけではとても足りないのです。何か特別なもの、「読者が共感しまくる」「密度の濃い文章で頻繁に更新し、クオリティが落ちない」「処女作ゆえに込められた『この物語を誰かに伝えたい』という強烈な気持ち」といったものが必要となってきます。が、そんなものは人に教えられて出来ることでもありません。
正直に書きますと、どうすれば新都社で小説を書いて人気を得ることが出来るようになるのか、私には分かりません。
ですので、人気作家になるための方策などではなく、小説作家さんたちの地力の底上げを目指したいと思います。
小説を書き始めてまだ間もない人、執筆歴はそこそこあるが伸び悩んでいる人、これからひょっとして書くかもしれない人のために、基本的なアドバイスなどを記していこうと思います。自分では気付いていなかったことが一つでもあれば幸いと願います。
<初期投資>
漫画を描く場合、ペンや紙、インク、スクリーントーン、定規、あるいはペンタブレット、スキャナー、各種ソフトなど、様々な道具が必要です(ペイント+マウスでも描けないことはないですが)。それに比べ小説を書く場合、極端な話メモ帳だけで事足りてしまいます。それだけでも面白い作品を書ける人はいますが、幾つかの道具があるだけで、効率が上がったり、文章力上達の助けになったりします。
・日本語入力ソフト
私はATOKを使用しています。WINDOWSならMS-IMEが標準で搭載されていますが、私の場合、正直MS-IMEではすらすらと文章を打てません。後述の「一太郎」と共に、学生割引などでも購入出来るので、試したこともないという方は、一度検討してみてください。
・電子辞書
小説は言葉によって書かれます。言葉の数は膨大で、一つの言葉にも複数の意味が与えられています。それら全て把握して書いている人はいないでしょう。少しでも疑問が浮かべば、どんどん辞書を引くべきです。しかし紙の辞書では重労働になってしまいます。電子辞書は各種辞書が収録され、持ち運びも出来ますので非常に便利です。暇な時は電子辞書で適当な言葉を引いているだけで「こんな言葉があったんだ」と驚くことも出来ます。かといって身の丈に合わない言葉を文中に使っても浮いてしまいますので、気をつけてください。
持ってはいるものの活用している人が少なかったりで、ヤフーオークションなどで安く買えるかもしれません。
類語辞典も入っていれば便利ですが、都合よくいい機種がない場合、それだけでも紙の辞書で揃えると重宝します(そうは言いつつも、この連載ではあまりややこしい表現などは使わないようにしているので、辞書使用率は低いのですが)。
・ワープロソフトについている校正機能
Microsoft Word、一太郎などのワープロソフトは、多機能で便利ではありますが、動作が重かったりして、印刷の時くらいにしか使っていない人も多いのではないでしょうか。私も普段はほとんど起動させていませんが、校正機能が意外と使えます。簡単な誤字脱字チェックや、回りくどい表現をしすぎて何が何だかわからなくなっている文章などに警告を発してくれます。設定を厳しくすると「う、うん」などの「う」にまで赤を入れてきますが。
ただし、誤変換までは教えてくれませんので、そこは自力で。
・テキストエディタ
メモ帳の類です。縦書き機能付き、原稿用紙風など、様々なテキストエディタがあります。スタイルを変えたりフォントを変えたりで気分転換にもなります。目に優しい設定を模索していけば、長時間の執筆も苦になりません。フリーソフトもシェアウェアも、色々なものを試してみて、自分に合うのを見つけると良いでしょう。ちなみに私はO'sEditor2を使用しています。
・ポメラ
文章執筆に特化したデジタルメモツールです。ノートパソコンのように様々なことは出来ませんが、持ち運びに便利で、起動にも時間がかかりません。キーボードの大きさなど慣れるのに時間がかかるかもしれませんが、いつでもどこでも執筆したい! という方は購入も検討されてはいかがでしょうか。
・メモ帳(紙)
執筆は何もデジタルである必要はありません。携帯電話でぽちぽち打つよりも手早くメモを取れます。簡単なアイデア、ふと思いついた新しい物語の冒頭など、忘れてしまっては勿体ないので、いつでもどこでもメモ出来るように持ち歩いていると役立ちます。
<執筆編>
・冒頭編
これを読んでいるあなたはおそらく、村上春樹や伊坂幸太郎や西尾維新ではないでしょう。たくさんのファンが発売と同時に単行本を購入し、すぐに最初から最後まで読み通してくれる、というわけでもないと思います。そんなあなたが、冒頭から説明的な文章で世界観をじっくりと解説したり、いつまでも物語が始まらなかったり、よく売れているライトノベルをお手本にしたような、気怠い自己紹介から始めたりしても、読者は魅力を感じてくれたりはしません。最初から全力で飛ばしましょう。他のどこよりも文章を磨き込みましょう。事件を起こすなりぶっ飛んだ展開にするなりして読者を惹きつけましょう。主人公が朝起きて歯を磨いて食卓につくまでを、律儀に書き込む必要もありません。
素人の書く作品は、はっきりいって冒頭が全てとも言えます。そこを越えてもらわなければ、とても最後まで読み通してもらえないのですから。「序盤はゆるやかだけど、終盤でものすごく盛り上がる構成」というのは、大物になってから試みるべきです。
・文章作法について
段落ごとに一マス開ける、三点リーダー(「…」)は「……」という風に、二つ続けて使う(※ 現状、「縦書きで読む」機能を使って読むと、三点リーダーは二点リーダーに強制変換されてしまいます)、「!」「?」の後には一マス空ける、といった基本的なことです。これらは守るに越したことはありません。ですが、携帯小説など、発表媒体が多種多様化した現在、頻繁な一マス空けは見た目がガタガタになってしまって読みにくかったり、プロの方でも厳密に守っているわけでもなかったりします。「内容さえわかれば文章作法なんてどうでもいいじゃん」といった意見もよく聞かれます。
しかし、面白い小説でさえあれば、多少のルール逸脱も許容されますが、「文章作法のなってない作品は読む気にならない」といった読者からは敬遠されてしまいます。そしてそういう読者は決して少なくありません。元々少ない小説読者を自分から突き放してしまうことにメリットはありません。
文章作法を身につける、というのは、小綺麗な身なりをすることに似ているかもしれません。さっぱりした髪型で清潔な服装で身を固めたからといって、すぐさまモテるようになったり、面接に合格したりするわけではないでしょうが、ボサボサの髪で洗っていない服を着ているよりは良く見られるでしょう。文章作法を身につけたからといって極端に読者が増えるわけでもありませんが、「文章作法を守っていない作品は読む気にならない」という読者に読まれないという、マイナス要素は消すことが出来ます。
・比喩編
たった今、文章作法と清潔な身なりの喩えを出しましたが、本来、作品中に比喩はあまり使うべきではないと私は考えています。中には「比喩こそが小説表現の肝である」と信じて乱発する方もいますが、よほど上手く出来ていないと読者は引いてしまいます。中には、それまでは軽い文体で書かれていたのに、比喩の部分だけ古風な文章になって、浮いてしまっているものもあります。素晴らしい比喩を思いついた場合であっても、せいぜい一話に一回とか、一章に二、三回程度に留めるべきです。もちろん、比喩を多用するきらびやかな文体を選ぶならば(平野啓一郎好きの方など)、どんどん多用していただいても構いません。まだ小説自体書き慣れていない、という方の場合は、ひとまず比喩表現について少し抑えてみることをお勧めします。理由はいくつかあります。
まず、比喩というのは事実ではありません。「彼女の唇はまるでマシュマロのようで」と言われても、唇は唇でしかありません。「彼の男根は天を突くようにそそり立っていた」と言われても男根は天まで届きません。小説という虚構を紡いでいる最中に、表現上とはいえわざわざ嘘を挿入すると、読者の作品への没入を阻害しかねません。
ありふれた比喩、とっくに使い古された比喩を使われても読者は興醒めしてしまいます。目が滑ります。「たわわに実った果実のような、胸の二つの膨らみ」と書くくらいなら、「今にも超新星爆発を起こしそうな彼女のおっぱいに向けて、宇宙服も着込まず飛びこんでいく裸の僕は、イカロスを越えようとしていた」とでも書いた方がいいです。意味は分かりませんが。
ともあれ、比喩は失敗しやすい表現です。覚悟もなく「ここは何となく比喩だなあ」などと安易に使うと、作品の質が著しく低下してしまいます。小説を書き慣れるまではあまり使わず、慣れてもなるべく使わず、を心がけるといいでしょう。
次回<推敲編><鍛錬編><読書編>など。割とすぐに更新予定。
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