終章:神様の言ったこと
すべてをきき終わると、神様は言った。
「そういうことならわたしはお前を殺せない。
なぜなら、そうしたチカラを持つものはわたしの同類、すなわち神族であるからだ」
「『えっ?!』」
ぼくたちはおどろいた。
「お前たちはヒトのイノチを奪ってしまったといっているが、そのチカラでどれだけの者たちが救われたと思っている?
さまよえる魂を自らの身体に迎え入れ、その想いを全うさせてやる。それがお前たち一族の使命なのだ。お前たちは奪ったのではない、与えたのだ。なにも恥じることや、まして罪悪感に苦しむ必要はない」
『あたしたちは……』
「ぼくたちはいいことをしていたんですか……」
神様はうなずいた。
「けれど。
ぼくの弱さで、先日は大変なことに……」
アリスは考えているのか沈黙している。ひょっとしたら死ぬつもりがなくなったのかもしれない。
でも、ぼくは言いたかった。またあんなことになる恐れを抱えたまま、なお生きるのは不安だと。
「もうあんなことは繰り返したくないんです。
それにもしも、ぼく自身がああなってしまったら……」
すると神様はきっぱり言った。
「それはありえない。
暴力の結果を、その痛みをお前は感じ取ることのできる人間だ。
優しさの結果とそのもたらす幸せも。
お前は善良な男だ、ひょっとしたら神なんかよりも。
今だってココロが揺れているはずだ、自分の持つ力を活かし、助けられるひとを助けたいと。
負けぬつよさが必要なら、しばらくはこれをつかうといい」
神様はいきなり立ち上がると、ぼくの眉間に手を触れた。
きらりと輝きがみえて、一瞬の清涼感。
「あの……?」
「わたしのチカラのカケラを埋め込んだ。これで百年はだれにものっとられることはないだろう」
「百年?」
「百年すればお前ももっと強くなっている。それまでの間のことだ」
「ぼくたちはそんなに生きるんですか?!」
「うまくすれば永遠にも生きるだろう。
我らは神聖なるもの。神聖とはすなわち不可侵ということであるからな」
『でも……
わたしたちは人間よ。すくなくともこのココロは。
それがそんなに長く生きられるなんて、思えないわ』
「案ずるな。
疲れたらこの地でそれを癒せばいい。
もしそれでも追いつかぬほどに疲れ果ててしまったなら。その魂はわたしが導こう」
「そういうことなら。もうすこしがんばってみよう……かな……」
言いきりそうになって気がついた。
この身体とイノチはいまぼくだけのものではない。アリスのものでもあるのだ。
というのに、ぼくがひとり決めをするのはよくない。
ぼくたちはもともと死ぬためにここにきたのだ。アリスはどう考えているのだろう。
きこうと思ったらその矢先に、アリスは自分から声を上げてくれた。
『あたしも。今更都合がいいかもしれないけれど、じゃあここから、彼の中から手助けをしてあげたいの』
「よし。ならば今日からはここがお前たちの家だ。疲れたらこの地に戻り、傷を癒したらまた旅立つがいい。
お前たちは孤独ではない。わたしがいる。そして、同じ使命を帯びた仲間たちもいる」
神様はぼく(たち)を連れて、家の外へ出た。
そこに広がっていた光景にぼくはあっと驚いた。
「ようこそ!」「ようこそ同胞!」
何十人いるのだろう、たくさんのひとたちが、にこにこしてぼくたちに声をかけてきた。
老若男女、髪の色も肌の色も多様なひとたち。
たくさんの犬や猫、鳥たちといった動物たちもみな、友好的にこっちをみている。
「いらっしゃい!」「待ってたよ!!」
そのなかから何人もが歩み寄ってきて、暖かく肩を叩いてくれた。
小鳥たちは頭や肩に止まり、犬たち猫たちがあるいはしっぽを振り、あるいは喉を鳴らしつつ足元に擦り寄ってきてくれる。
にぎやかであたたかい歓迎の、そのなかにはまだ幼い子供もいた。
出会った頃の、メアリィやアンディをほうふつとさせる、小さな女の子と男の子。
二人はてててっ、とかけよってくると、こんなことを言ってきた。
「ひさしぶりね、クレフ! あえてよかった!!」
「なんだよ、おれたちのことわかんないの?
生まれたときからずーっと一緒の村で暮らしてたのにさ」
ぼくは、まじまじとふたりの顔を見た。
そしてあっと声を上げてしまった。
その顔はあまりにみおぼえのあるもの。
そこには、子供のころのリアナとロビンがいた。
「ど……ど、どうしてふたりが?!」
「ふふっ。わたしたちね、天のくにの神さまのところにいったの。
それで、クレフをしあわせにしてあげてってお願いしたの」
「そしたらかみさまはいったんだ。
“クレフはやさしいから、まわりに愛されて、それなりにしあわせにはなれるはずだ。
クレフがかわいそうなのは、自分とおなじひと、わかってくれるひとがだれもいなくて、ひとりで苦しまなきゃいけないコトなんだ”て。
だからおれたち、だったらおれたちがクレフのとこにいってあげますっていったんだ」
「そしたら神さまはね。
“もしもおまえたちが、クレフとおなじになってその苦しみを分かち合ってやれるなら、クレフはずいぶんとしあわせになれる。
ラクな生き方ではない。けれどそのカクゴがあるなら、おまえたちを今すぐ、生まれかわらせてやろう”ていったの。
だからわたしたち、だいじょうぶですっていったの」
「おれたち、クレフがそうるいーたー(ここ、微妙に口が回っていなかった。まさにこの頃のロビンだ……)だからケッコンできたろ。
だからおんなじになって、クレフやみんなをたすけてあげたいっておもったんだ。いいよな?」
ふたりは無邪気な顔で、にっこり笑った。
「そんな………
大変なことなんだよ?! 悪い人にのっとられちゃったり、それで悪いことさせられたり、するかもしれないんだよ?!」
だからぼくはあわてて言った。
ぼくを心から案じてくれた、たいせつなたいせつなふたり。
この笑顔が恐怖やかなしみでゆがむような、そんなことにはさせたくない。
しかし当の二人は自信たっぷりに言い切る。
「だいじょうぶよ!
わたしたちも、輝ける神さまのおちからをもらったもの!」
「それにおれたちにはクレフがいる。
クレフがこまったときはおれたちがたすけるし、おれたちがピンチになったら、クレフがたすけてくれる。そうだろ?」
「で……で、でも……」
そのときぼくのなかからアリスが叫んだ。
『だ――ったくもうさっきから聞いてれば!! 往生際が悪い!!
だったらこのカラダ、あたしがもらうわっ。そしてふたりとあんたを守ってあげる。
あんたはそこでおとなしくしてなさい!!』
「そ、そんなあ!」
そのやりとりにまわりのひとたち(神様までも。)がどっと笑った。
「まあ、時間は必要なのだ。
お前たちがココロのキズを癒す時間も、そのふたりが旅にたえられるようになるまで、成長するための時間も。
だからそう慌てずに、ゆっくりと話し合うがいい。
だが、そんなにのんびりはしていられないぞ。子供はすぐに大きくなるからな。
ふたりに追い抜かれぬよう、心しておくのだな、クレフよ」
神様はそういってぽんとぼくの肩を叩いた。
その手は大きく暖かくて、遠い記憶のお父さんの手のようだった。
ぼくは思わず言っていた。
「あの、神様。あなたにもいろいろ、話を聞かせてもらってもいいですか?」
「無論だ」
神様は笑顔で大きくうなずいてくれた。
~おわり~