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第6話『第515小隊(後)』

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 砲口がこちらに向けられた、その時。
突然、肩部の装甲が派手に吹き飛んだ。
『な――!?』
奇襲を受けて動揺している彼女を映した画面にノイズが混ざる。
それ相応の威力を持った武器で破壊されたという事は、容易に想像できた。
しかし、
「……一体誰が?」
そんな疑問が頭を過ぎる。
いきなりこの戦域に乱入してくる理由もよくわからない。
「まさか三つ巴で戦う事になんてならないよな」
『彼』がそんな言葉を呟いた時だった。
 『――間に合ったみたいだな』
その声と共に、画面に新たな映像が映し出された。
「お前は――さっきの!」
そこに表示されたのは、更衣室に入る前、少女と話している時にやってきた少年だった。
『何だかやばい事になってるみたいだったから助けに来た。
 ああ、もしかして邪魔だった?』
少年に尋ねられ、『彼』は首を振った。
「――いや、助かった。
 おかげで何とか戦えそうだ。
 ありがとう」
『どういたしまして。
 とりあえず、手っ取り早く片付けてあっちの世界へ戻るとしようか』
彼はそう言って音声通信のみに切り替えた。
 『まったく、どうしてこうも邪魔してくるかなあ』
もう1つの画面にいる少女が、少し苛立ったような口調で言う。
同時に、前方の敵機が移動を再開した。
『――どうやら、貴方達にはきつーい御仕置きが必要みたいね。
 私に打ち倒され、大いに反省しなさい』
『頭を冷やせ、隊長。
 お前がやるべき事は新人への教習で、こういう嫌がらせじゃないだろう』
彼の諌めの言葉も気にせず、彼女は吼えた。
『問答無用!
 見敵必殺、眼前の目標を駆逐するのみ!!』
その言葉と共に、背中に折り畳まれていた砲身が再び展開する。
「また来る……!」
『ったく、隊長は逆上せると制御が利かなくなるからな』
彼は呆れたように言うと、『彼』に命令した。
『俺が注意を引いている間に近づいて一撃で決めろ。
 一撃でだ』
「わかった、やってみる」
『何だか頼りないな。
 やってみるなんて言葉じゃなく、やると言えよ』
 再び、どこからか弾丸が飛来した。
今度はふくらはぎ部分の装甲をやや抉るようにして、向こう側へと抜ける。
敵機は狙撃された方向へと向きを変えるや、グレネードを撃ち放った。
爆発と共に、スリムな体型の機体が赤い炎に照らされて輝いた。
その機影に対し、敵機が重機関砲を連射する。
「おい!
 大丈夫か!!」
『大した事はない。
 それより、早くあいつの懐に潜り込め!』
心配する『彼』に対し、少年は鋭い声で命じた。
見れば、相手はやや遠方にいる少年の機体に集中するあまり、『彼』の存在を忘れているようだ。
今なら難なく肉薄できる、そんな気がする。
「うおおおおおおおお――――っ!!!!」
『彼』はナイフを構え、敵に向かって全力で突進した。
機体の急加速により、体がシートに強く押し付けられる。
強く歯を食い縛り、『彼』はブースターの出力を全開まで上げた。
敵機との距離がぐんぐん縮まっていく。
 と、突然敵機がこちらに向きを変え始めた。
まさか、気づかれたのか。
『そう簡単に接近さ(よら)れてたまるかぁっ!!』
彼女の声がコックピット内で反響する。
だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。
 敵の機関砲から、弾丸が吐き出され始める。
だが、まだ完全に向き直れていない為に、その弾道はやや前方よりに逸れている。
『彼』は微妙に軌道を変えつつ、速度を落とす事無く彼女の懐に突っ込んだ。
『きゃあっ……!?』
画面内の彼女が大きく揺さぶられ、シートに叩きつけられる。
と同時に、『彼』の方も大きく回転しつつ衝撃を受けた。
「――――っ!!!!」
2,3度大きく跳ねるような振動で、左右に大きく揺られる。
 やがて横倒しになった状態で揺れが収まった。
『彼』は上体をゆっくりと起こし、周囲を見回した。
ディスプレイにはややノイズ交じりで外部の映像が投影されている。
少女との通信は、既に切断された状態になっていた。
「うっ、くっ――――」
頭に鈍い痛みを感じ、頭に手をやる。
どうやら機体が倒れた際の衝撃でどこかに頭をぶつけたらしい。
まさか血が出ているんじゃないか、と一瞬考えもしたが、ここは仮想の空間だ。
流血なんて事がある訳ないという勝手な結論に達し、『彼』はひとまず安心した。
 その時、少年が通信を使って呼びかけてきた。
『――おーい、生きてるか?』
「なんとか……」
『彼』は返事を返した。
その声がどこか弱々しく聞こえ、何だか情けない気分になる。
相手は安心したらしく、気楽な調子で話しかけた。
『初撃墜おめでとさん。
 ――まあ、こんな形で話すのも嫌だろう。
 とりあえず現実世界に戻るか』
「戻るって……どうやって?」
『コンソールのどこかに離脱スイッチがある筈だ。
 そいつを押せばいい』
『彼』はレバーの間に挟まれるようにして取り付けられたコンソール部分に目を向けた。
タッチパネルやトグル式スイッチなどが規則的に並ぶ、その下端部に『Escape』と表示されたボタンを見つける。
「これか」
『彼』はコンソールに手を伸ばすと、そのボタンを押し込んだ。
『現領域から離脱します――』
機械音声がそう告げた瞬間、『彼』は後方へと強く引き戻されるような感覚に陥った。
同時に、視界が徐々にぼやけ、暗くなっていく。

 視界が暗転し――暫くして、大きくぼやけた何かが視界に入ってきた。
「――――……?」
『彼』は目をしばたかせた。
直後、空気が抜けるような音と共に目の前を覆っていた物が持ち上がった。
開けた視界の中に、天井の眩い光が入ってくる。
「うっ……。
 ――戻って、きたのか」
『彼』は起き上がると、額に手をやった。
――何故だかわからないが、風邪を引いた時のように頭が重い。
しかし、それ以外の異常は特に見当たらなかった。
「大丈夫か」
横合いから声をかけられる。
隣の装置から降りてきた少年に、『彼』は軽く頷いてみせた。
 その時、もう片側の装置が勢いよく開き、少女が飛び出してきた。
彼女は『彼』の前を過ぎると、苦笑を浮かべながら逃げようとする少年を捕らえ、胸倉を掴んだ。
「余計な事してくれたわね……!
 この前は多めに見てあげたけど、今回ばかりはそうもいかないわよ」
「待てよ、待てって!」
彼女の気迫に押されながらも彼は反論した。
「その、なんだ。
 別に邪魔をしようと思って乱入したわけじゃないんだよ。
 俺はただお前の暴走を止めなきゃいけないと思ってだな――」
「別に暴走なんかしてないわよ!
 あれはただの指導!!」
「嘘つけ!
 あれは俺達がヘマをやらかした時にやらされる『地獄のお説教・お仕置きコース』だろ!」
いつの間にか、2人は『彼』の事など忘れ、激しい口論に夢中になっている。
罵声が飛び交う中、『彼』は為す術もなくその場に立ち尽くしていた。
「ああ、いたいた」
そう言って、大人びた顔立ちの少女がこちらにやって来た。
緩いパーマのかかった髪が肩先でふわふわと揺れている。
「貴方が本日付で本隊に着任した隊員ね。
 階級は軍曹――だったかしら」
「いや、俺も詳細はまったく聞いてなくて」
『彼』が困惑気味に答える。
訳も分からず連れて行かれ、あれを見せられたのが昨日の事である。
詳細どころか、これに関わる話は何一つとして聞かされていないのだ。
「でしょうね。
 貴方がここを訪れるのは、本来なら一週間先の事だった。
 ――予想外の事態さえ起こらなければね」
彼女はそう言ってため息をついた。
「戦争が始まったから……?」
『彼』が訊き返すと、彼女は頷いて答えた。
「その通り。
 異例のスケジュールになって申し訳なかったわね」
彼女はまだ口喧嘩をしている2人をチラッと見、『彼』に視線を戻した。
「紹介がまだだったわね。
 私は高城ミイコ、階級は少尉よ。
 ウチの隊の副隊長を務めているわ。
 ――まあ、実質隊長みたいなものだけれど」
彼女――高城はそう言って笑みを浮かべた。
 と、つい先程まで少年の首根っこを掴んで喚き散らしていた少女がこちらにやって来た。
いかにも聞捨てならない、といった表情で彼女を睨みつける。
「ちょっと!
 隊長は私よ!!」
「だったら少しは隊長らしい振る舞いを心がけたらどう?
 口では偉そうな事を言っていても、行動が伴わなければ無意味じゃない」
そう言って高城は笑った。
「前の隊長があんな事にならなければ、貴方もまだ副隊長の地位に甘んじていられたでしょうに」
「うぅ……」
少女が悔しそうに唸る。
「副隊長ぉー。
 ヒサナ先輩とナギサちゃん連れてきたよー」
階段の方から、どこか気の抜けたような声が聞こえてきた。
高城はそちらに振り返ると声を掛けた。
「ご苦労様。
 ――彼が新しく加わった隊員よ」
彼女が『彼』を手で指し示す。
今しがたやって来たばかりの少女達――朗らかな印象の少女と、無口そうな少女、そしてここにいるメンバーの中では最も年下に見える少女――は、それぞれお辞儀を返した。
「ウチの隊員を紹介するわ。
 暢気な雰囲気の子が津山カオリ曹長」
そう言って、彼女は中央に立つ少女を指差した。
「よろしくー」
「小柄な子が鹿屋ナギサ曹長。
 今のところウチで最年少の隊員よ」
「あの、よ、宜しくお願いします」
少し緊張した面持ちを浮かべ、右側に立っていた少女が大きく頭を下げる。
「いかにも喋らなさそうな子が屋久ヒサナ准尉。
 ――作戦中はちゃんと喋ってくれるから安心して」
「……」
左側に立つ少女が頭を下げた。
何やらボソボソとした声が聞こえたような気がしたものの、その内容を聞き取る事はできなかった。
 高城は『彼』の方に向き直ると、後ろにいる少年を指差した。
「そこのクソガキは佐ノ川トオル少尉。
 ――『腕は』確かよ」
そう言って、彼女があからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「『腕も』、だ。
 ったく、クソガキ呼ばわりするなよ」
少年――佐ノ川はため息をつくと、『彼』に向かって手を差し出した。
「改めて、宜しく頼む」
「こちらこそ」
『彼』はそう言って握手を交わした。
「でもって、そこで拗ねているのが――」
彼女が言いかけたところで、少女がこちらに向き直った。
彼女は、佐ノ川の手を跳ね除けるようにして『彼』と握手を交わすと言った。
「犬飼コウよ。
 階級は中尉。
 この部隊の『正式な』隊長を務めているわ」
「唯のお飾りともいうけどな」
佐ノ川がぼやくと、彼女は握手している手に力を込めた。
「佐ノ川ァ~?
 後で私と居残り訓練したいのかしら?」
彼女の声が凄みを帯びる。
どこからか「ドドド」という擬音が聞こえてきそうだ。
「あれ、どこかから物騒な言葉が聞こえてきたような……」
 とぼけた顔をする佐ノ川に掴みかかろうとしている彼女を押さえながら、高城は『彼』に尋ねた。
「そういえば現在の戦況を教えていなかったわね。
 防衛省(あちら)ではどこまで見せてもらったか知らないけれど、知っているかしら」
「一応……かつての38度線付近まで攻められていたところまでなら」
『彼』が答える。
彼女は、ようやく大人しくなった犬飼を放すと言った。
「そう、それなら話が早いわね。
 今のところ――韓国軍は敵の侵攻を食い止めるので精一杯、といったところかしら。
 アメリカが在韓部隊を強化する形で援軍を派遣しているけれど、多勢に無勢という状況は未だに覆せずにいる。
 このまま戦力が消耗していけば、いずれ押し切られると見られているわ」
「日本は――自衛隊は、どう動く気なんだ」
『彼』が尋ねると、彼女は軽くため息をついた。
「暫くの間は静観を余儀なくされるでしょうね。
 表に出ていた時と違って軍事行動の自由度は格段に増しているけれど、該当国の要請無しには動かせないのよ。
 いずれ派遣されるでしょうけれど、今はただ待つしかないわ」
「待ってる間に訓練して強くならなきゃねー」
ほのぼのとした口調で津山が言う。
彼女は頷くと、『彼』の顔を見つめながら言った。
「まあ、深く考える必要は無いわ。
 これからは隊の一員として、お互い仲良くやっていきましょう」
「……ああ。
 宜しく」
彼女の差し出した手を、『彼』は戸惑いながらも握り返した。
「ちょっと、何上手くまとめてるのよ?
 そういうのは隊長の仕事だって――」
「別にいいじゃないか。
 そうだ、鈴森さんにお茶とケーキでも用意してもらったらどうだ?
 せっかく隊員が入ったんだし、歓迎会くらいはやらないとさ」
「賛成ー。
 私、顧問に話してくるよー」
そう言って、津山が店へと繋がる扉に向かう。
佐ノ川は『彼』に声を掛けた。
「着替えたら、店の方に出てきてくれ」
「分かった」
「隊長。
 お前も着替えてこないと駄目だぞ」
彼の言葉に対し、犬飼はぶっきらぼうに答えた。
「分かってるわよ。
 じゃ、また後で」
まったくもって、変な部隊だ。
更衣室へと歩いていく彼女を見送りながら、『彼』はそんな事を思った。
「ん、どうしたんだよ?」
「――いや、何でもない」
佐ノ川の問いかけに答えると、『彼』は更衣室に向かって足を進めた。

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『初陣』
もう、日常へ引き返す事はできない。
7

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