03.赤ドラ「ざまぁwww」
一から教えねばならんかと思っていたが、案外にも三人は牌の種類、一通りの役は覚えていた。
そのあたりをわかっていてもらえると、教えやすくて助かる。
「ロン」とクリヤが手を倒した。「センテン? タンヤオ?」
七筒と二萬のシャンポン。
「それはダメだ。アガれない」
「どうして?」
「おまえの捨て牌に七筒があるだろう」
「でも、わたし、二萬でアガった。シマノが、二萬を捨てたから」
「いいか、よく聞けよ、てめえら」
俺は深く息を吸った。
「フリテンというのは、自分の捨てた牌ではアガれないことだとさっき説明した。この手は七筒と二萬がアガり牌だが、河に七筒がある。そういう場合、二萬でもアガれないのだ。
おまえらにわかりやすく説明するためにフリテンとは自分の捨てた牌ではアガれないこと、と定義したが、正しくはアガり牌が自分の河になる時、ロンできない、その権利を失っている、ということだ。……わかったか?」
アサノは首をひねっていた。クリヤは頬を膨らませて、不満げだ。ナガセだけが、じっと俺の言葉に耳を傾け、頷いてくれた。
俺は一息に喋り終わると、それだけで疲れてしまった。
実戦形式で卓を囲み、いつの間にか日が暮れていた。
俺の部屋に時計はないから、今が日没一時間後なのか、夜明け前なのか、わからない。
俺はコタツを片付けて、部屋の隅に寄せてあった万年床を引っ張り出した。
もうずっと洗っていないから、枕カバーに俺の頭の形をした黄色い染みが浮かんでいる。
俺は鬱陶しい視線の棘を振り払って、叫んだ。
「俺は寝る! てめえらもとっとと寝て、明日から働いて来い」
「どこで寝ていい?」
「どこでもいいさ。キッチンの床でも、トイレの前でも、風呂ん中でもな」
それきり俺は電気を消して寝てしまった。
夜明け前に一度トイレに立つと、キッチンの床に、一枚きりの毛布の中で三人が身を寄せ合って眠っていた。
俺は自分の寝床を一度見やり、糞を垂れ、次に起きると昼だった。
三人はまだ俺の部屋にいた。
「俺は」できる限り突発憤激しないように気をつけて喋る。
「おまえらに、働いてこいと、言ったはずだ」
「今日は土曜日」とナガセがいった。他の二人は力なくうな垂れている。
「月曜日から働く」
「ほう、てめえらどこの馬の骨だか知らんが、休日があるのか。
へっ、それじゃよっぽど俺も外国に行ったほうが仕事があるかもな」
それからひとしきり怒鳴り、とうとう再び隣人に壁を蹴られたらしき音がし、俺はまた渋々麻雀講座に戻った。
「これは何?」
クリヤがジャン牌ケースから赤ウーピンを出して、しげしげと手の平でいじくった。中央にガラス玉がくっついてるやつだ。
俺は赤ドラなしのルールで教えていた。
「赤ドラだ。どんなときも無条件でドラになる糞ったれな牌だ」
そいつが俺の手牌にあった記憶がほとんどない。
手牌とツモ合わせて平均13+17で30牌。
おや、こう考えてみると136牌の中に三つある赤ドラが来ないことも不思議じゃないように思えて……こない。
「どうしていれないの?」
それは俺の趣味というほかは無い。俺が打ちまくっていた頃、一番好んだ局面が、小場だった。千点、二千点で四位と一位がひっくり返るデッドヒート。
赤ドラはそれを容易く破壊する。だから嫌いだ。
「嫌いだからだ。だが、入れたかったら好きにしろ」
「どうして嫌いなの?」
どうしてばかりだな、糞ガキどもが。
「俺には運がないからだ。赤ドラを引いてこれない。他人を楽にするだけだ」
苦笑しながら言ってやったが、なぜだか無性に恥ずかしくなる。
赤ドラも引けない男なんて。
卓に散った三枚と赤ドラを交換し、続けた。
アサノがピンフのみでリーチをかけた。流局後、俺は説教した。
「ピンフでリーチはかけるな」
どうして、といわれる前に畳み掛ける。
「さっき、赤ドラがないときは、ガンガンリーチにいって圧迫しろと教えた。
だが赤ドラがある局面では別だ。自分の手にドラがないピンフは、つまり他家と残りの山にドラがたまっているということだ。
たとえば、対面が赤3のオールスター。下家が東アンコのドラ3。
ピンフのみで追っかけていっても、オリないし打てば大惨事だ。
ではオリないのだから、リーチにいって打ってもらえれば裏も乗るしおいしいではないか、おまえらはそう思うだろう。
だが麻雀において当たり牌というのはあたらない牌よりも多いのだ。
打ちなれてくるとそのあまりの放銃数に面食らってウンザリするものだが、そういうときはそういうとき、そうでないときも少なくない。
リーチにブレーキはないのだ。一度走り出したら必ずアガる、あるいはオロすと決めてかからねばならん、わかったか?」
一気に喋る俺に、クリヤが唖然としていた。アサノは首をひねる。ナガセは頷く。
だいたい、いつもこのパターンだ。
そして俺はいつもこの言葉で締めくくる。
「気に入らなかったら実践なんかしなくていい。どうせ俺は負けた男だ。俺のセオリーなんぞは役に立たない」
だが、俺よりも運があるやつなら、ひょっとすると俺よりも上手く、俺の闘い方を使ってくれるかもしれない。
とてもこの三人が、俺より運があるツラには見えないけれど。
月曜日、まずナガセが出て行った。
「おまえらはいかないのか」
「僕は明日から」とアサノがいう。クリヤはそっぽを向いている。
「好きにしろ――」
どうせこいつらがただ一月ばかりうちに居座っていたって、生活費は支給されているのだ。
桐原の言葉通り、俺の損にはなりようがない。
というより、損が発生するような財産も未来も、俺にはない。
三人麻雀をしつつ四人麻雀のセオリーの説明、というややこしいことをしていると、ナガセが帰ってきた。
クリヤとアサノが大きな声で異国の言葉を叫んだ。
おかえり、という意味かもしれない。
俺はナガセの長い髪を見ながら、こいつらは俺が帰ってきたとき、おかえりといってくれるだろうか、と考えていた。
笑ってくれてかまわんよ。