こんばんは。
千世子です。
彼と話しました。
陽が落ちる前、少し涼しくなってきたころ、初めて家に呼んだときのように駅で待ち合わせました。
「こんばんは」
ちょっと他人行儀な感じでしたが、自然に挨拶できました。ぎくしゃくしたらイヤだなぁとは思っていましたが、杞憂でした。
そしてそのまま、ウォーキングのコースを歩きました。最近はこの時間にウォーキングをしています。この季節のこの時間帯は空気の鮮度が良いような気がします。
私たちの間にはほんの少しだけ、隙間がありました。
手、繋いでいませんでした。
ここ、ウォーキングのコースなんだよ?
この辺りは、春になると桜がすごいんだよ。
この季節、ここに吹く風が気持ちいいんだよ。
秋になったら、この広場でお祭りがあるんだよ。
このケーキ屋、クリスマス時期はちょっと値上げするんだよ
しゃべりたいことはいろいろありましたが、頭の中のモヤモヤが邪魔をして、言葉にできませんでした。
歩けば歩くほど、気が重くなっていました。
しばらく歩くと、ちょっと広めの公園に着きました。ここは昔、ウォーキングの折り返し地点にしていたところでした。柔軟や体操もしていたんですが、すぐにやらなくなりましたね……
「ここ、座ろっか」
ようやく口が動きました。ベンチに座ると、やっぱり隙間がありました。
私は、前に書いた2つの昔話をしました。ゆっくりゆっくり、相手にも、自分にも確認させるように、話していきました。
浮気されたこと。
気持ちが他人に傾きかけたこと。
遠距離恋愛で、失敗したこと。
彼は黙って聞いていました。私はふぅっと、一息つきました。
「だからね」
「遠距離恋愛って、無理だと思う」
たくさん考えました。何度も考えました。
「でも、別れたくない」
これが私の答えでした。
「ちゃんと会って、ちゃんと連絡して」
「お互いがお互いを愛し続ければ」
「きっと、無理じゃ、ない……よね?」
「私は、キミのことを、信じる」
「……だから、私のこと、信じてくれる?」
目の周りが熱くなっていました。ちょっと気を抜けば泣いてしまいそうでした。
ぎゅっと唇を閉じて我慢しました。そして、彼からの返事を待ちました。
「えーと、千世子さん」
すごく困った声でした。
「先に言っておけば良かったんですが……」
「転職することになったんで、どこにも行きませんよ?」
驚き過ぎて、言葉がありませんでした。
「いろいろ考えましたが、部署を変えるよりも、そもそも会社を変えるほうがいいかなぁと。
それで、気に入られているところに、引き抜きという形で転職することになりました。
まだ桐子さんにしか言ってなかったんですが……」
……思い出し怒りしてきました。
「ばかっ」
……本当に言っちゃいました。
「ばかっ」
「あ、はい……」
「ばーかっ」
「すみません……」
「正座」
「え、え?」
「私の前で、正座っ」
……本当に正座させました。
「何で黙ってたの?」
「先方に話しが通るか不安だったもので……」
「ふーん、桐子さんには言うんだ?」
「ちょ、直上の人ですので……」
こつんと、軽く頭を小突きました。嫉妬です、桐子さんに嫉妬しましたっ。
「転職して生活が安定するまで、どれぐらいかかると思ってるの?」
「けっこう臨機応変にできるんで大丈夫ですよ」
「そんな男に、女性が愛想尽かさないとでも?」
「千世子さんのこと、信じてますから」
ここでも、こつん。何だか恥ずかしくなっちゃったからですっ。
「もっと早く言ってくれれば、昔の話なんてせずにすんだのに……」
「ついつい聞き入っちゃいました」
ここも、こつん。
もう一度、こつん。
「ほら、ここに座って」
真横に座らせました。ようやく、距離がなくなりました。
「転職、本当に良かったの?」
「まあ、遅かれ早かれやってたと思いますんで」
「私がきっかけ、だったりするよね……?」
「まあ、多少は……」
ぎゅっ。
繋いだ手から、やわらかなぬくもりを感じました。
「ほんと、ばかなんだから」
ぎりぎり。
力の限り握り締めました。
「千世子さん……痛いです」
「ばーかっ」
「照れ隠しですか?」
「ば、ばーかっ」
それからずっと、何度も何度も「ばーか」と言っちゃいました……
本当は、もっと大切なこと、言いたかったのに……
そのあと、近くのチェーンの居酒屋に行きました。今日はずっとビールを呑んでいました。ひさしぶりにお酒を楽しんだ気がしますっ。
明日は普通に月曜日なので、彼は帰宅しちゃいました……明日がちょっと待ち遠しいです。
あのとき、すごく照れちゃって言えなかったことがあります。直接言いたいので、明日の帰り道まで待とうと思いますが……あーっ、でも、テンションが変です! 今日はここで言います!
「ありがとうっ。好き、だよ!」