俺は走っていた
暗い、暗い夜の狭い路地を。周りは溝臭かった。体も溝臭くなっていた
辺りには誰もいない、こんな路地に居ても困るがな。逃走の邪魔だし
「はぁ・・・はぁ・・・」
もうどれくらい走っただろうか、学校のマラソンでもここまで走らない
これなら溝くさくなるのも理解できるわけだ
タッタッタッ、と小さな足音が近づいてるのが分かる
後ろにはまだ仮面をした女がいた
そいつは俺を追っていた
何故?理由簡単、俺が女の素顔を見たから。その仮面の女にはある噂があった
――――仮面女の素顔を見れば殺される――――
――――仮面の中には化物が入っている――――
化物なんかは無かった、そこには人の顔があった
化物と言うには可愛すぎるくらいの顔だ
いや、逆に可愛すぎるから化物か?
「くっ・・・」
信じてはいなかったのでこれは急すぎる、会いたくもない仮面にあってしまうとは
偶然は怖いものだと身をもって体験した
だが俺も生き物だ、死にたくはないし死ぬつもりもない、やり残した事もある
俺は渾身の力でポケットにあった最後のナイフを投げつけた
キンッ!
刃物と刃物が交じり合う音がした
「後はっ・・・逃げるっ・・・だけかっ・・・」
右左右左、これを何回繰り返した?
右左右左、右左右・・・・
「行き・・・どまり」
目の前には緑色の新しいフェンスがあった
俺は絶望を感じた
が、絶望を感じても死にたくない、死ぬつもりもない
「ちっ・・・」
俺はすこし後ろに下がり助走をつけてフェンスを蹴り飛び越えた
タッ、と着地をした
「っ・・・!」
着地の途端足が悲鳴をあげた、かなりの時間走ったツケが回ってきた
だがアイツはまだ追ってくる
タッタッタッ・・・
足音がした、小さな音だ
そしてフェンス越しに仮面女を見た
「チェックだ、少年」
「どう、かな?・・・まだ・・・走れるぜ・・・」
「今にも倒れそうだぞ?後ろを見ろ」
俺は後ろを見た
そこには壁があった、普段なら乗り越えられるが今は無理だ
「くそっ・・・」
「それに壁がなかったとしても」
ギュィィィィン!ズシャァァン!!
とてつもない音と共にフェンスが真っ二つになっていた
手にはチェーンソーがあった
「その足じゃ逃げられない」
仮面女がチェーンソーを振りかざした
おいおい、ここで俺が死ぬのか?
冗談じゃない、まだやるべきことは沢山残っている
仲間に別れも言ってない
・・・それにまだ童貞も卒業してない
それに、今死んであの世でじぃさんに何て言えばいいんだ?
だが死は突然やってきて命を奪う
親を奪われたときと同じ
じぃさんを奪われたときと同じ
俺は覚悟した、死ぬ覚悟を
けれど・・・・・まだだ、覚悟はしない
俺の心の奥底には人が居る、そいつに任せるしかない
けれど、次にそれをやったら本当に死ぬ覚悟をしなければならない
けど仕方が無い、やるしかない
俺は行動に出ようとした・・・その瞬間―――――
バンバン!
銃声、目の前の女は腕と足から血を流していた
俺はその銃声があった場所にゆっくりと目を向けた
目の先には壁、その上に人が居た
その姿は魔女に見えた
魔女のような帽子をかぶり、黒い服、黒いスカート
魔女とは違うのは持っているのが箒ではなく銃という所だけだ
「あなたは切り裂きジャック・・・かしら?」
バン!銃声がまた一つ
「誰だ?」
「自分で考えたら?」
バン!銃声がまた一つ
「私は切り裂きジャックなどではない、私は仮面だよ」
「チェーンソー持って人殺してるあんたが切り裂きジャックじゃないって言って誰が信じる」
「切り裂きジャックなどすでに滅んだ」
「ふふ、知ってるよ、ちょっと試しただけ」
タッ、壁に居た人が降りてきた
月明かりがスポットライトのように仮面の女を照らした
狐の仮面がすこし暗い印象を与えていた
仮面の女は言った
「お前の名は?」
「人に名乗るときは・・・」
「『仮面』だ」
「仮面?それが名前?」
「ああ、貴方の名前は?」
月明かりのスポットライトは銃を持った人を照らした
「殺し屋・・・ヨル」
ヨルと名乗った人は女性だった、男の俺から見て凄い綺麗な人だった
雑誌に載っても違和感がないような人だった
だがそれは一瞬、月が隠れて顔が見えなくなった
ヨルは仮面に銃を向けた
「その子を渡して」
「駄目だ、コイツは顔を見た」
「いいじゃない顔くらい」
「駄目だ、顔だけは」
「・・・あー、わかった、コンプレックスとかそこら辺ね、きっと」
「いや、凄い可愛かったぞ」
ヨルはそう言って俺に銃を向けた――
「えぇ!?」
「どっちが可愛い?」
「いやどっちも・・・」
「コロス」
「えー」
「嘘よ、大丈夫よ殺さないわ」
「いや、殺す」
仮面は再びチェーンソーを構えた
ギュィィィン!
チェーンソーが唸りをあげる
バンバンバン!
銃声がしてやがてチェーンソウが止まった
「何も見なかったことにしてもらうから」
「駄目だ」
「困るのよ殺されちゃ、パートナーにするもの」
パートナーと言う言葉で仮面が反応した
仮面はチェーンソーを投げ捨て元来た道に帰っていった
「次ぎあう時生きていれば手合わせ、頼む」
「はいよー」
仮面の声とヨルの声が響き渡った
いつの間にかチェーンソーが無くなっていた
「立てる?」
「あ、ああ」
俺は立ち上がった、と思ったがうまく足が動かなかった
「あら?足痛めてるの?」
「多分」
「なら私が特別におんぶして上げるよ」
「えっ、いや、別に」
「いいって、いいって!」
と、おんぶされる形になってしまった
恥ずかしい、とてつもなく恥ずかしい、唯一の救いは周りに人が居ないことだ
普通だったら男がするだろ?これ、男のロマンの一つだろ!!
「あの・・・ありがとうございます」
「いいよ、ただしお礼はしてね」
「はは、分かっていますよ、命の恩人ですからね」
「ふふ、そうね・・・けどあなた凄いね、人の死んだとこ見ても何にも反応しないじゃん」
そう言ったヨルの声は少し暗く殺気が含まれていた
その言い方は『本当』の「殺し屋」の雰囲気を漂わせていた
「まぁ馴れてるんで」
「ふふ、馴れてるなんて若いのに苦労してるのね・・・名前は?」
「神持月人です、あなたは?」
「神持君ね、覚えとくよ。これからのパートナーだからね」
俺はその時パートナーと言う言葉の意味が分からなかった
俺は段々と意識を失っていった
だが俺は後々後悔する、あのまま斬られてた方が良かったと
いや、斬られていなかったからこそいい事もあるかもしれない
ただ路地でヨルと会った一週間後、これから良い事があるかは分からない