一体全体なにがなんなのか、なぜここまで危機感を覚えているのかナイトウには分からなかった。分からなかった、が、嫌な予感だけがナイトウの行動を抑止させていた。
(なんだよ……なんなんだよ……)
サングラス越しにラルロを睨み付ける。
彼女は依然としてその可愛らしい顔を歪ませて気味の悪い微笑を作っている。ナイトウはその未知なる表情に凍えるような寒さを感じて足がガクガクと震えた。
そして、薄ら寒い表情を作っているヤツがもう一人いるという事にナイトウは気付いた。
(ラグノォ……テメェまでなんで……)
視界に映る人々の中で、ラルロとラグノだけが何故か笑っている。それは自己完結型の満足感ではおよそありえない。あの瞳は、何者かを陥れた時の恍惚感からくる悪魔の微笑み、それをナイトウは経験則で知っていた。幼少の頃、過ごした記憶から。
だからナイトウは考える。
一体あの二人は何に対して笑っているのか、を。
「あちゃー。最後の最後まで僕は平民かぁ」
と、その当事者の一人、ラグノは『先程と同じ笑顔』のままで両肩をガクッと落として見せた。そのラグノの発言でこの短時間内で積み上げていたナイトウの予想は即座に崩れた。
崩れた中身とは、ラグノが神のカードを引き当て、最後の面接ゲームである三回戦目、ラグノはナイトウに対して無理難題をふっかけ、不合格ラインまで下げるというものだった。
王は最終的に一人しかなれない。ならば有能なヤツは落とせる時に落としたほうがいい、とうのは鉄板の考え方だ。だから先程の笑みは神のカードを引き当てた故の笑みだったのかと思っていたが、平民のカードを引き当てた今となってはその可能性は完全に〇パーセント。むしろナイトウが神のカードを引き当て、まさに先程の案でラグノを突き落とす可能性だって出てきたのに……。
ナイトウは必至に考える。
絶対に負ける事は許されない戦い故に、必至に考えた。
そして――、
一つの疑問が脳裏に浮かび上がった。
(今のあいつの態度を見て何かを狙っているのは間違いない。それならば二回戦目の最後の発言……あれは、おかしくないか?)
最後の発言、とはラグノがピザタを褒めた事である。
神が平民を褒めるのではなく、平民が神を褒める。それはラルロの説明する図式だとどうにも不可思議だ。不可思議なんだが、
(褒められたピザタの点数は0点……)
ここがどうにも引っかかる、とナイトウは不恰好な姿勢のままで考える。
(なぜラグノは神を褒めたのだろうか、なんで神であるピザタが0点なのだろうか)
再びナイトウは思考の檻に篭り、考える。
猶予は少ない、試合が始まってから気付くのでは遅い。
「チッ!」
考えに考え、そして考えても仮説すらも思いつかない事に、思わず舌打ちがでる。切羽詰まった状況に立たされているのかもしれない、そういう事態だと分かっているからこそ余計にこの状況に対してストレスが溜まる。
(クソッ! オレは万が一にも負けるわけにはいかないんだ……。それこそこの国の神を殺さないといけないっていうのに初戦で相手の策略も分からない、な、んて……?)
その時、突如湧き上がる違和感。まるで、問題の答えが分かっているのに記入すべき解答欄が分からないといった様な不思議な感覚。掻痒感にも近い。
ナイトウはその原因を明らかにする為、必至に手繰った。
細く、拙いその糸を。
(オレはさっきなんて言ったんだ?)
ナイトウは必至にもがく。
(えーと、なんだっけ……オレは万が一にも負けるわけにはいかないんだ)
この糸が天<ゴール>にと繋がっている事を祈り、手繰る、手繰る、手繰る……!
負けたくない、負けられない。
そんな思いで必至に糸を手繰り、そして、
(それこそ、この国の神を殺さないといけない、の……に?)
突如としてナイトウの脳内で散り散りとなっていた思考の欠片は、急速に纏まり始める。
まるで崩したジクソーパズルの映像を巻き戻していくかの様な感覚。
全ての点が点と繋がり線と成り、その線と他の線が繋がっていく感覚。
スローモーションから始まった映像は、次第に倍速に、高速にと流れ。
散乱した最後のピースが物理法則に反し枠縁に嵌った瞬間。
ナイトウの脳内を、電流が駆け抜けた。
それと同時に自分が立っている足場が不安定だという事を知る。
今まで堂々と屹立していた足場は欠陥工事の橋の上、固いはずのコンクリートはグラグラと波打ち、いつ倒壊してもおかしくない。まさに砂上の楼閣、そんな不安定な場所で悠然と仁王立ちしていたんだという事実を、ナイトウは初めて理解した。
理解して、ナイトウは瞳孔を震わせながら小さく呟いた。
――神は、殺せる。