弛緩する空気。調和のとれた雰囲気。穏当なる言葉達。世界は、平和の様相を呈していた。
誰も他人を貶す事もなく、皆が皆を褒める。
短所の探しあい等という醜い自己顕示の橋頭堡を築く者は誰もいない。
皆は長所を探して、褒めちぎった。
それは偽りの虚構世界と分かっていてもすこぶる居心地が良さそうだった。
作り物の笑顔でも、人は笑えば幸せになるそうだ。内臓心理学でそんな一節を見た事がある
人は幸せだから笑うんじゃなくて、笑うから幸福感を覚えるらしい。
それを思えば、この虚構世界は人類の理想を模しているのではないのだろうか? 腹に黒いモノを据えていたとしても、喧嘩も、論争も、戦争も何もない。
そこには、澄み渡る天国があった。
永劫輪廻、皆が幸せな気持ちになれるそんな世界。
欠陥があるとするならばそれは『死』という概念。
しかし、それは必要悪である。言わば天人五衰の理念。
結局は幸せの循環がその世界にはあった。
そんな世界をナイトウは外界から眺めていた。
傍観。
幸福の輪<リング>からつま弾きをくらったナイトウは、ただ傍観を強いられた。
皆が皆を褒めあうその姿を。延々、と。
神としてのアピールも、試験者としてのアピールも、凡ての権利を奪われた。
――いや、放棄した。
目の前に権利はぶらさがっているのに、ナイトウは掴まなかった。
世界が、憎かった。
自分という存在がいるのにも関わらず、幸せそうに回る世界が。
それは本当に天国なのだろうか。
皆が皆、ハッピーエンドを迎えられる世界を天国と呼ぶのではないのだろうか。
ならどうして自分は一人なのか。
(オレが、必要悪だから……か)
皆が皆、幸せになれるわけがないじゃないか。
もし全ての人が幸せを享受したならば、それは幸せではなく普通と化すのだろう。それならば幸せってやつを享受するには対照的な存在が必ず存在しなければいけない。そりゃそうだ。何せ極楽と形容される天界にも『死』という概念があるのだから。
この場に置いてナイトウの役回りは神ではなく『死』だ。
もはやナイトウは、穢れた存在へと変わっていたのだった。
黄泉比良坂を超えた向こう、死の世界の神へと。
だから――
「オレもチョコさんは凄いと思ってたんだよ!」
「いやいや! 寡聞な身の僕にその言葉は身に余ります。やはりピザタさんの能弁っぷには敵いませんよ!」
継続して賞嘆の言葉が縦横無尽に往来する中、ナイトウは一つ咳払いをする。
しかし皆はそれに気付かない。
「でね、僕もあの時そう思ってたんですよ」
「あーーーさすがですねぇ!」
それでも構わずに、ナイトウは席を後ろに引いた。
否、本当は疎外感に傷つきながらも、けどゆっくりと、確かにナイトウは立ち上がった。