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終了、そして

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 最終決戦は、ナイトウの勝ち鬨で幕が下ろされた。
 それと共に劇場には、静けさが流れ込む。
 重くて深い暗闇。
 しかしそれは、舞台から降りる役者達のざわめきによってすぐに霧消した。
 辺りは、穏やかな明るさに包まれた。
「…………他人の寝言なんて始めて聞いたよ」
 そんな穏当な雰囲気に反するかの如くラグノは静かに口端を上げた。
 怪訝な表情。
 誇大妄想野郎というレッテル貼り。
 冷ややかな侮蔑の目線。
 疑惑の心を持って。
「…………自分の寝言は聞いた事あんのか? それは凄いな」
 ナイトウは、それを茶化すように往なした。
「ぜひ今度その様子をみせてくれよ」
「悪いけど、そいつはできないな」
「どうしてだ?」
 片眉を上げて訝るナイトウ。
「当たり前だろ?」
 ラグノは悠然と答えた。
「お前はここで『消える』んだから」
 最終戦である三回戦で何も出来ず、後半は見るに耐えない程の醜態を晒したナイトウ。
 故にラグノは自己の勝利を確信。それは忌々しいこの男を屠ることに成功したという事でもあった。自然と頬が弛む。
「………………ぷっ……ぷくくくく」
 しかし、声を出して笑ったのはナイトウの方だった。
「……何が可笑しい?」
 不適に笑い出したナイトウにラグノは恐怖を覚える。これから『消えて』しまう、言わば人生の終焉を迎えようとしているのに平然と笑うなんて正気の沙汰ではない。
「……いや、なるほどね」
 しかし、ラグノには思い当たる出来事があった。これと似た光景を幼少の頃、目の当たりにした事がある。宗教紛争に巻き込まれた、凄惨なあの時。
 幼いラグノは両親や親戚と一緒に襲い掛かる兵士から逃げ惑っていた。
 その頃のラグノは何が起こっているのかがわからなかったが、いつも通りに起床して眺めた窓から飛び込んできた噴煙と煌々とする炎は、それだけでとても大変な事が起きているという事を認識させられた。しかし偶然にも……いや、敵はこの日を狙っていたのだろう。紛争が起きたその日は、ラグノ達が信仰するジャドゥー神教の戒律により、一日を家の中で過ごさなければならない日だったのだ。頑是ないラグノにはそれが儀式の一つなのかと思い、じっと窓を眺めていた時に母親が凄い剣幕で手を掴み、市外地に広がる大森林へと駆け出したのだった。
 その森に差し掛かるすんでのところで、まずおじさんが殺された。
 ラグノにとってあまり面識のない人だったが、両親が泣き叫び名前を呼ぶ姿を見て、ラグノは泣きだした。よく分からないが悲しい事が起きたのだと感じた。けど、ゆっくりと別れを悲しむ時間は皆には残されてはいない。泣き崩れ、おじさんの亡骸にと駆け寄るおばさんを尻目に、皆は走りだした。ラグノが走りながらも後ろを振り返ると、おばさんの頭には銃口が突きつけられていた。その後の事は、覚えていない。
 銃声と阿鼻叫喚が反響する森をラグノ一家は走り続けた。その頃には皆が神経質になり、ラグノが声を上げて泣き出そうとすると頬を思いっきり殴りつけられ、黙らせた。そんな状態だったからこそ、皆が次第に譫妄状態にと誘われたのは無理からぬ話だったのだろう。
 木々と葉群が作り出す死角に怯え、風で起きる葉音に慄いて過ごした幾日の夜。疲弊しきった体を人工の光によって照らされたその時、皆は笑ったのだ。瞳に宿る光を無くしながら両手を空にと掲げ、狂ったように。狂ったように。
「お前、気狂いを起こしたんだろ」
 だから、ラグノはナイトウを哀れんだ。
 こいつも同じだ。現実逃避の為に笑うんだ、と。
 しかし、それは違った。
 ナイトウはサングラスを外し、『煌々と輝く瞳』をラグノにと向けた……!
「ちげぇよ。俺は『正常』だ。『正常』の思考で笑ったんだよ」
 ナイトウはその瞳でラグノを睨み付ける。
「だって、俺が勝つんだからな……!!」
 はったりはよせ、とラグノは言いかけたが、なぜだか言葉が口からでなかった。
 それは、こいつが心の底から勝利を確信しているからであり、その瞳にはまだ希望が残っているのが分かったから。
「まあ信じれないかもしれないが、結果はすぐに発表だ」
 ナイトウは頬を大きく吊り上げながらラグノの横を通り過ぎ、皆が集まるラルロの前へと歩き出した。
「祈っとけ、せめて慈悲に包まれた消え方ができるように」
 捨て台詞を吐いて歩くナイトウの背中を見つめ、ラグノはその後に続くように歩き出した。
(そんなバカな事があるか……僕はトップで合格するんだ。あいつは転落。僕は死なない……っ)
 何度もそんな事を復唱しつつ、これから死に行くナイトウの背中を見つめながら。


「一位はナイトウさん、二位はチョコさんです」


 ラグノの視界が歪む。
「どういう……事だ……?」
 うろたえるラグノ。彼はその言葉が信じられないといった様子でゆっくりとラルロの前にと歩き出した。それをナイトウが制止する。
「……お前、邪魔するつもりか?」
「やめておけ、不平不満を言っても結果は変わらない」
 ナイトウはラグノの瞳を見据える
「もう、『天邪鬼のルール』は終ったんだ。最後の最後で変な団結感を出して本気を出したのが仇になったんだよ」
「なっ……なんだよそれは、あれくらいの事で真面目に取られるのか?! それじゃなんだよ、お前なんて本気で熱くなって自己主張してたじゃないか。それならお前も同じく点数が下がるはずだ。それなのになんでお前はトップなんだよ!」
「簡単な話だ。ただ褒められるだけならまだしも、それを『高慢に受け入れたら』どうなると思う? 俺は聖人から一気に卑俗的な存在へと堕ち、お前らは高飛車な上司を平身低頭で褒め続ける健気な部下という位置に変わるわけだ。そんなの、どっちが最低かなんて分かるだろう?」
 手にしたグラサンのテンプルをナイトウは小さく弄る。
「……それにな、この作戦が上手くいくっていう確信が俺にはあったんだ」
「なんだよ、それは」
 わなわなと怨嗟のこもる瞳でラグノはナイトウを睨みつける。
「それはな、俺が一回目にキレた時の事だ。正直、あれは演技じゃない。本気だ。あの時オレは勝負を捨てた。けど……ピンチの後にはチャンスあるってな、キレたオレをラルロが思いっきりぶん殴った後に彼女はこう言ったんだよ」

 ――いい!? 今度こんな事起こしたら間違いなく『減点』しますよ!?

「つまり、それは『またやれ、そうすれば加点してやる』って事にならないか?」
「…………」
 ラグノの口が開いた。
「その後の事は分かるな? もう一度キレる事ができる機会をまって、その時がきたときお前らがそれに食いつくのを待つ。そして魚が食いついたらその言葉を全て受け入れる。逆転、立場がひっくり返る。それで、オレの勝ちだ」
「ああ……ぁあ……あああああああ~~~~……ッ」
 醜い咆哮を上げ、ラグノは膝から倒れこんだ。
「こ、こいつが僕よりも優れているなんて認めない…………そうだよ。ゲーム中、僕はイカサマをしたんだ。この試験官と打ち合わせてナイトウに神のカードを引かせたんだ。これって最高にクズのやる事だろ!? なぁ、そこんところちゃんと計算したのか!? 答えろ! ラルロ!」
「…………」
 ラルロの足に縋り付くラグノを彼女は何を思ったのか、少しの間睥睨すると、その足を振り上げてラグノの顔面を蹴り抜いた。
 声にならない程の短い悲鳴を上げて地を転がるラグノ。そのラグノが壁に頭をぶつけると同時にラルロが裂帛のフィンガースナップを鳴らすと、ドアからは数十人の兵士が面接会場にとなだれ込む。
「撤っっ収!」
 その兵士たちはそのラルロの合図により、ナイトウとチョコ以外の人間を次々と縛り上げていく。それは機械の様に冷徹なもので、泣き喚く声など一切耳に入れていないかの如く、一瞬の躊躇もないものだった。
「……改めて、おめでとうございます。ナイトウさん、チョコさん」
 未だ室内が騒然としている中、ラルロはそれを露ほども気に掛けずに話しを再開した。
「いやー説明してもらってよかったですよ。彼、きっと私の口からだともっとねちっこく食い下がってくると思うのでライバル視していたナイトウさんからガツンと言ってもらってよかったです。ほんと、ありがとうございましたっ」
 悲鳴が入り乱れる最中、それに反するラルロの笑顔と明るい声は、逆に彼女をこの阿鼻地獄の世界から浮き上がらせて余計に恐怖を感じさせる。
「……それよりも、本当にイカサマなんてやってたんだな」
 過度の恐怖が一週回ってしまったのか、ナイトウは阿修羅の如く頬を吊り上げるラルロの目を見据えた。
「えぇ、だって、その方が面白そうだったんですもの」
「そう、か……」
「そんな顔しないでよー。だから公平をもって貴方にちゃんとヒントをあげたんでしょー? いつまでも怪訝な顔してると、お姉さんが再びぶっ飛ばしちゃいますよ?」
 そういうと彼女は笑顔のまま握りこぶしを突き出して笑った。
(わ、笑えネェ……)
 ナイトウは腫れた頬を撫で擦りながらも笑顔を返した。大分それは引き攣っているかのように思えたが、それでもラルロはその苦笑いをうんうんと受け入れると、微笑んだ。
「いやー、ここのグループはまあ面白かったですよ? ナイトウさんの判断の良さと、チョコさんの天邪鬼。あそこまでの裏切りは中々見れたものじゃないですしそれのおかげで見事な逆転劇もみてましたしね。だからお二人とも、最後は握手してしめましょう!」
 途端、空気が凍りついた。
 他の試験者達は兵士により全員が室内から撤収されていたので、その無音は余計に際立つ。
「……あれ? 合格者同士なんだから最後は仲良く手を繋ぎましょう?」
 やはりラルロは背景がどうなろうと関係なしにその明るい人格を発揮している。
 それでもナイトウとチョコはお互いに見合おうとはしなかった。
「ん~~~……困りましたね……それじゃ二回戦は突破できないですよ?」
「…………どういう事だ?」
 彼女の発言にナイトウが口を開く。
 次の試験の情報が少しでも得られるのならば聞いておきたかった。それはチョコも同じなようで、口は閉ざしながらもチラチラとラルロを見ている様子が伺える。
「え~~~~っと……そこまで知りたいっていうんでしたらしょうがないですね。本当はまだ伝えちゃいけないのですが……」
 ラルロはもったいつけるように身をくねくねとさせてしばらく思案すると、「もう教えちゃえ」という風に笑顔で口を開いた。
「二回戦目は、一回戦で勝ち抜いた二人がペアになって試合に挑んでもらいます!」
「なっ!」
「えっ!」
 驚愕する二人。
 ナイトウの二回戦目は、のっけから波乱に満であろう事が容易に想像できた。


 第一部 了 
20, 19

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