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千堂と死

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 僕も続いて教室に入る。中はしいんとなっていた。人がいないのではない。確かに部活の朝練の時間ではあるが、僕ら以外全員がそうかと言えばそんなわけはない。また、一番早く教室に着く程早いわけでもない。しっかり人は、クラスメートたちはそこにいて、しかし僕らを見た刹那黙りこんでしまったのだった。
 いや、正確には千堂が教室に入った瞬間である。彼らの冷たい視線が僕の前、つまり彼女に向かって送られた。それを気にすることなく席に座るのは流石と言ったところだ。
 そう、千堂は敬遠されているのだった。会話することはもちろんだが、しかし虐められることさえないのだ。つまり一切の関係を拒まれている。無視と言ってもいい。
 無視は十分虐めの類だと思う人もいるだろう。それは正しいと思う。が、そういう無視とは一線を画すものがあると僕は考えている。
 ストレスを発散したり邪魔なものを排除したり。ある種の快楽を得る目的でやるのが一般に言う虐めだろう。けれど、彼女に対しての虐めは違う。関係することを恐れているが為に見えた。故の無視、つまり拒否や拒絶だ。自己防衛のためのような。僕にはなぜそこまでするかよく解らない。そんなに怖がる相手じゃないだろう。まぁ、これは僕の所感であって正しいとは言えない。僕の友達が虐められているという事実をどうにかしたいがためにこじつけたことかもしれない。
 当の千堂はといえば彼らがどうあろうと変わらず凛とした風で、さも見えていないかのように相手にはしていなかった。否、相手にすらなっていないのだろう。だからか、ここまで無視されながらも千堂に対して可哀想とか痛々しいとか、逆にクラスメートたちを酷いとか最低とは思えないのだった。負けてはいない。いや、むしろ圧倒しているとさえ思われる。だからこそ、僕が先のように考えている節もあるのだけれど。
 だがしかし、今日は一段と突き刺す視線が鋭く重いような気がした。
 数秒後、教室は騒がしくなる。止まった時間が再び流れだすように。今度は逆に千堂など居ないかのように彼らはふるまう。
 僕は自分の机に鞄を置き、千堂の机に向かおうとした。しかし行こうとする直前、肩に手がかかる。
「止めておきなさい」
 振り向くといたのは綿貫だった。楕円レンズの眼鏡の奥にのぞける目は鋭く、神妙な顔でこっちを見てくる。僕よりも多少背が高いために生ずる上からの視線もあいまって、凍らせるような威圧を感じる。整った顔をした顔はカッコイイと言うよりは格好良いというような感想だ。だが、セミロングの綺麗に整った黒髪は女らしさを醸している。性別なんてものはそれ以前、制服を見れば解るのだけど。
 彼女は僕の後ろの机に座る生徒会の長。すなわち生徒会長である。
「何を」
 かかった手を振りほどくように綿貫の方を振り向いて、僕は問いかけた。
「もう千堂さんと行動を共にするのは止めておきなさいと言う話よ」
 間髪いれずにぴしゃりと返事が返ってくる。抑揚は無い。ただ文字を読んでいるだけのような感じだ。機械と話しているようで気味が悪かった。
「どうして」
「国原が死んだのは知っているわね? 貴方達は友達だったもの」
「で?」
 だからどうしたのだ。大体千堂とは何も関係ないじゃないか。意味が解らない。僕はうっとおしそうな目を向ける。だが、綿貫の表情が変わるはずもない。
「千堂さんとも友達だったということ。やはり彼女には付き合わない方がいいわ」
 確かに国原と千堂は友達だった。だとして、未だに話は見えてこない。
「どうしてだよ。千堂が犯人なわけじゃないだろう」
「確かに。けれど」
「何だよ」
 僕がつっぱねるようにそう言うと、無表情の顔を少し下に傾けて眼鏡の位置を指で直した。そうすることで一拍、間を空けたのだ。僕の態度に内心いらついたのかもしれないし、興味を引きよせるためかもしれない。
「殺人と何度も関係する人間なんてそういないでしょう」
 続いた言葉はやはり淡々としていた。言葉さえ、無表情。だが僕の興味を引くのには必要なかった。言葉の意味が、問題だ。
「え?」
 僕は息を飲む。殺人と何度もっていうことは千堂は以前に、中学校までに別の殺人事件に遭遇していたと言うのか。
「貴方は高校になってからこの町に来たんだったわね。なら知らないのかもしれないけど、有名な話よ。千堂さんは呪われてるってね」
「どうして、だよ」
 殺人事件と過去に遭遇していたとしても、だからってなんで呪われているなんてそんな大げさな噂が付くんだ。
「ああ、知りたいのね」
 綿貫の全く微動だにしなかった顔が、ニヤリと、口角を上げて三日月のように口をあける。瞳孔が開いた眼がこちらを向く。とても嬉しそうな顔、だが、笑顔と言うにはいささか気味が悪過ぎた。
「どうしても何も、彼女と関係した人は全て死んでいるのよ。しかもどれも無残に」
 愉快そうに、楽しそうにケタケタと嗤うように、綿貫は言った。
「は?」
「父親も母親も姉も弟も祖父も祖母も親戚もみぃぃぃぃんなね。実の姉に至っては自らの手で殺したそうよ。しかも、首をバッサリと」
 そう言った後にあははははと、薄い嗤い声を上げた。
「いやいやいや」
 ちょっとまてと、たまらず僕はツッコミを入れる。
「噂にしてもチープ過ぎるな。あほらしい」
「そうかしら?」
「もし本当に姉を殺したのだとしたら、捕まってんだろうが」
「ふむ、まぁそれもそうね」
 さっきまでの表情は全くなく、再び無表情に戻った。嘘だったと思うくらい。
「だろう?」
「けれどね。お姉さんのことはともかく、関係したものが全て酷い死に様で命を落としているのは事実よ」
 再び口角が上がり、綿貫が歪んだ笑顔に成りかけた時、彼女の背中に飛び移る小さいものがあった。いや、ものでなく女の子だ。
「まーまー。わたちゃん」
「夕凪?」
 背中に張り付いた夕凪は無邪気に笑う。さっきの綿貫のそれとは違い、本物の純真な笑顔だ。しかしどう見ても高校二年生のものではなかった。ランドセルを背負っていてもおかしくは無い。
「そうこわーいことばっかり言うもんじゃないよー。みんなもっとせんちゃんのこときらっちゃうでしょー」
 せんちゃん……って千堂のことか。なんて言うか、安易だな。
「なぁ、夕凪。綿貫の言っていることは本当なのか?」
「んーとねー。お姉ちゃんの話は本当かよくわかんないんだけどー。とりあえずせんちゃんと仲良かった人はみーんな殺されちゃってるってのは本当だよー」
 ちょっと待て。ならおかしいぞ。僕は考える。
 千堂は探偵ごっこを始める時になんて言った? そう、死とはもっと引きずるものだと思っていた、だ。
 まるで誰かの死が初めてだったかのように。家族や親戚が全員死んでいるのが本当ならば一体何故あんな言い方をしたのだろう。
「どうした?」
 よほど顔をしかめていたのか、綿貫がやや心配そうな声音で声をかけてきた。
「ああ、ちょっと考えていただけだ。なんでもない」
14, 13

  

「そうか。とにかくもう千堂にかかわるのは止めておいた方がいい」
「あ、ああ。ご忠告どうも」
「では、私は少しすることがあるから。夕凪、行くわよ」
「はーい」
 綿貫は夕凪を連れて教室を出て行った。僕は出て行くまで目で追い、その後自分の席に着席する。
 そのまま休み時間に千堂の所へ行くこともなく、午前の授業を過ごした。
 午前の間、ずっと考えていたのだ。結局綿貫が置いていったこの問題を、どうするべきなのだろう。果たして、これは千堂に確かめるべきことなのだろうか。
 まず、本当か嘘か。これを考えるべきだろう。
 もし嘘だとするなら、夕凪もグルだったということになる。到底そんな奴には見えない。仮に虚言を吐ける奴だったとして、このタイミングで僕に伝える理由は何だ? 僕達の分断か? 犯人探しの妨害?
 だとすればこの事件、あの二人が怪しい。生徒会である以上国原とも付き合いがあったのだ。生徒会の仕事とかのたまわって適当な所に呼びだすこともできるし、付き合いがある分恨みを持つ、つまり動機が発生する確率も多分にある。容疑者としては十分要素がそろっている。
 千堂が犯人探しをしていると気付いて妨害しようとしている。だから僕たちを分断する。一応筋は通る。いや、気付いていなくともありうるか。僕と千堂を分断、すなわち孤立させてしまえば調査するのは難しい。つまり犯人探しを始めてない段階でも予防策になる。
 これは学校で起きた事件。生徒に拒絶されている千堂が調べるには困難が山以上に累積する場所だ。あえて言うなら榊田は助けになりうるが、しかし僕でさえ千堂と榊田が二人で話しているのは見たことがない。いうなれば僕を介して繋がっているようなものだ。
 もしかしたら千堂を犯人に仕立て上げようとしているのかもしれない。
 僕が疑いを持つことで千堂を調べ、何か千堂を容疑者とできるような事実を探し当てさせようとしたのかも。友達だからこそ関係を持つからこそ、そこにいくばくかの恨みや嫉みは生まれやすい。こじつけであっても動機のようなものさえみつかれば、警察が逮捕まではいかなくとも、この学校全体が疑いを持つには十分だ。現在時点でさえ千堂の学校での立ち位置は悪過ぎる。誰も庇ったりはしない。そうなれば疑いの目が千堂へと向く。最終的に犯人に仕立て上げられなくとも、犯人のカモフラージュにはなるだろう。目先が他点に向いている間が時間稼ぎになる。
 いや、でももしも本当だったら? 綿貫達が善意で僕に忠告していたのだとしたら? 
 第一、彼女たちがそんな少し調べただけで発覚するような嘘をつくだろうか? 殺人であるなら十分に資料は残っているはずだろう。学校外の人だって知っているはずだ。特に千堂の近所の人は。人殺しなどと言う大事だ。ならば僕が調べる可能性だって大いに認められるはず。綿貫がそんなことも考慮しない奴には思えない。それを計算して行う意味もない。
 それにもし本当ならここまで千堂が敬遠されている理由も解る。僕は、言っていることが真実なら、事件後にこの町に来た。事件を知らないからこそ千堂と普通に付き合っていける。それもまた、筋が通る。いや、むしろこっちの方が――。

「ちょっといいか」

 昼休み。僕は未だ席に座り続け、論理を展開していた。しかし未だ結論には至っておらず、それどころか情報が少なすぎるために堂々巡りしていた所で。
 千堂が、僕に声をかけた。
「いいけど、どうした?」
 なるべく平生を装う。だが、それも数瞬として持たなかった。
「朝方、綿貫達と話していたな」
「ああ」
「お前、何か吹き込まれただろう」
 途端僕は停止する。まだ思考の整理が僕自身ついてないがために反応できなかった。どう返事をしたらいいか解らない。歯車と歯車の間に突然何かが挟まれたように回路が回らない。回せない。思考の迷路に迷う以前、その場に立ち尽くしている。
 けれど千堂に対しては言葉にしなくても伝わってしまうのだった。そのことさえ僕はこの時忘れていた。だから、表情に関して無防備。駄々漏れだ。見過ごしてくれるはずはない。先送りにするなんてそんな非合理的なことを、こいつはしない。
「なるほど。私の過去のことか」
 寂しそうに俯いて。千堂はポツリと言った。
「あ、ああ」
 大した返事はできなかった。気まずい雰囲気とは言えない。そんな言葉で茶化せるほど誤魔化せるほど、余裕のある状態ではない。呼吸するのさえ苦しい。重い。肺が奥底へ沈みそうだ。
 いや、待て。そこで僕は数秒前の言動を思い出す。現実逃避の為の回想かもしれない。さっき千堂は何て言った? 確か「私の過去のこと」。そうだ。そう言った。
 ということは、と僕は理解する。
 つまり。
 つまり、綿貫達が言っていたことは――
「そう、本当だ」
 吐き捨てるように彼女は言う。
 願わくばそうでなければと思っていた。しかし、実際はどうやらそうらしい。僕に都合よくは改変が起きるなんてことは無い。現実は非情だ。究極的に客観的。であるが故の冷徹さ。現実は何もしてくれない。起こったことを受け入れるだけだった。
 どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい? 
 ここで深く聞くべきか? それともはぐらかして逃げるべきか? 僕は動かない歯車を無理やり回転させる。歯が欠けてもいい。とにかく答えを考えろ。考えるんだ。
 ああ、きっとこの思考も読まれてるんだろう。顔に出ている自信がある。本来は隠すべき焦燥。隠さねばならない動揺。でも多分、今の僕を見れば千堂でなくとも焦っていると解る。だからこそ、千堂は解りすぎるほどに解っているだろう。隠し立てしようとすること自体、もう無駄なのかもしれない。
「それについて話がある。できるだけ聞かれたくない。そうだな……屋上にでも行こうか」
 千堂は僕から目線を外し先程綿貫達が出て行った方とは逆、つまり黒板側の扉から出て行った。
 結局僕はそれに付いていくこと以外できなかった。
 なんて、情けない。
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