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知るべきことと選ぶべきもの

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「よぉ」
「久しぶりだな」
 榊田は手を上げる。病院のベッドの上に彼はいた。あれから一週間経ち、警察の事情聴取も落ち着いてきた頃合いだったのでお見舞いに来た次第だ。綿貫の葬儀ももうそろそろあると聞いたので、そっちにも顔は出すつもりだ。
「お前も来たのか」
「邪魔するぞ」
 僕と千堂はスツール型の椅子をベッドの横に置き腰を下ろした。個室と言うわけではないので周りを囲えるカーテンを引いた。
「確か転校するんだったか」
「ああ、来学期からな」
「って言ってもさ、高校生なんて三年もすれば出ていくんだからそんなに邪険にしなくても放っておいてくれればいいのにな」
「例えば、お前が家で三年間毎日ゴキブリとこんにちはする羽目になるとしたら我慢できるか?」
「……成程」
 自分をゴキブリにたとえられる神経は流石だと思った。こうしていると、昔と同じ感じがしてくる。
「さて」
 ひとしきり挨拶も済んだところで、榊田が話を始めた。
「色々と説明しなきゃならないな」
「そうだな」
「……ああ。決着はつけなきゃならない」
 千堂はどこか物憂げだった。余韻がまだ抜けきっていないのか。榊田はそれを一瞥すると、ややうつむき加減で目を細めた。が、すぐに顔を上げて話す。
「まずはどこからだろう。国原の話からかな」
「ああ」
 僕たちは首肯する。
「あれは偶然だ。バイト帰りにたまたま見てしまった」
「偶……然……?」
「ああ。たまたま時間が合ったんだ。唖然としたよ」
「見ていて止めなかったのか」
 千堂が憤りを抑えた口調で言う。
「いや、見たのはすべて終わった後だった。知ってるか? 綿貫は女だが、そりゃもう強いんだぜ。力じゃなくて技術なんだろうな。後々食らってみて分かったことだけどよ、国原もあんなので殴られたらああなるのも当然だ」
「じゃなければお前が負けるはずもないからな」
「ああ」
 そう言って、榊田は包帯の巻かれている傷口の周辺をさすった。
「ところで、何故あんなところで殺したのだろうな」
 質問は息つく間もない。
「さてね。しかし殺し方を見てもそうだが、あいつは頭も回る。もし技術のある奴が本気で殺すことだけを考えていればもっと小さい外傷で済むはずだ。けどやたらめったら殴打したのは犯行を男に見せるためだったのだと思う」
「ふむ、そうか」
 答えを聞くと押し黙った。僕も僕で聞きたいことがあまりに多すぎるのでどこから手を付けていいやらわからない。
「あ」
 ふと思いつく。
「お前のあの言葉の意味はどういうことなんだ?」
「あの言葉?」
「『お前はもう普通になろうだなんて、二度と、望むな』」
 僕はそのままに復唱する。
「それはだな……」
 歯切れが悪かった。言いにくいことなのは分かっている。出なければあの時はっきり言っているはずなのだ。
「自分たちと縁を切れということだろう?」
 代弁したのは千堂だった。
「まず、だ。お前は自分がどうしようもなく異常だということが分かっているか?」
「何言いだすんだよ急に」
「急じゃない。榊田だってこいつのおかしさは分かっていただろう?」
「ああ」
 低いはっきりとした肯定だった。
「だって僕は普通ってことが……」
「『完全に普通であることは普通ではない』」
 聞き覚えのある言葉だ。それはかつてのクラスメイトに言われた言葉。今度は彼女の声で再生される。
「お前は普通ではない。だが異常かと言われれば、異常にしては普通すぎる」
「何を言っているんだお前は」
「千堂が言いたいのはお前が特殊な異常だということだ」
 榊田が口をだした。
「多分お前は異常だ。普通に対して異常な憧れを持ち、普通であることを願い、普通になった。気持ち悪いほどに平均点な人間になった」
「だから僕は普通だって言ってんだろ。そんなの言いがかりじゃないか」
「私たちと付き合えている。逆に言って、私たち以外とは付き合いはない。それが証明だ」
「それはあまり言いたくなかったな」
「だが事実だろう?」
「確かに」
 見合ってくすりと笑っているのをよそにただぽかんとするばかり。
 二人の会話に、僕はついていけなかった。自分のことのはずなのに意味が分からない。だって今までの僕を否定しかねないから。
「私たちのような異常と付き合えて、普通の人間とは付き合えない。これが理由。お前は分からないかもしれないが、そういうことなんだ」
「そういうことって……」
「もう一つ大事なことがある。それは、私たちから見てもお前は異常だってことだ」
 千堂は厳しいまなざしでこちらを見る。串刺しにされたような感覚。蛇に睨まれた蛙だ。逃げるな、と言われているような気がした。
「なんだよ……」
 精一杯いきがって見せる。
「お前は異常だが、友達を作ることができる。まるで普通のように友達を作って見せる。まるで異常から見ればまるで普通みたいに見える」
「は?」
 やっぱり普通なんじゃないか。友達を作るなんてたかがそんなことで何を言ってる。
「想定通りの反応だが、以前のお前が来たばかりの頃の私たちを思ってみてくれれば分かるはずだ。私は……榊田だって一人ぼっちだった。異常っていうのは、本来友達を作れないものなのだ。個性が過ぎるってレベルじゃない。人が受け入れられるレベルを超えているんだ」
「そんなことないだろう。お前たちだって、そりゃ変なところはあるかもしれないが普通じゃないなんてことは――」
「ゴキブリと友達になれるのか?」
「いや、それは無理だけど。言葉も通じないし」
「言語の問題じゃあないんだよ。じゃあなぜお前はゴキブリが嫌いなんだ?」
「理由って言われるとはっきりとは言えないんだけど、とにかくだって怖いだろアレ」
 飛んだときとか特にさ。大体の人間はゴキブリにトラウマを植え付けられたという過去があるというよりは最初から怖い。
「同じだ。『嫌いな理由はっきりと言えないけどダメ』。そういう生物なんだよ私たちは。私個人についてはいわく付きというのもあるがな。ある種いわくが付いてしまうのも異常の内なのかもしれない。とにかく、本質は私たちがそういうものだということ。異常同士だって同じだ。お互いがお互いを怖がっている。事実、私と榊田、それに国原とだってお前が居ないときに一緒にいたことはないよ」
 一度たりとも。と念を押された。
「異常なんかと友達になれる。そんな普通と異常の両取り……いや、中間かな。いうなれば境界に住まうような奴がお前なんだ」
「中間?」
「どちらにも属し、ゆえにどちらでもない。逆説的もいいところだが、あいのこと言えば分るかな。お前は異常と異常を、本来別々にしかあるはずのないそれらを結びつけることができる」
「だったとして、だからどうなんだよ。もうわけのわからない話はたくさんだ……!」
 つい、少し声を大きくしてしまう。病室だということを失念してしまった。あたりがざわつきだしたのが分かる。
「……ごめん」
 でも、わけのわからない話をされて、しかし話題は僕自身のことと言うことだけは分かる。苛立ちがついたまってしまったんだ。仕方ないだろう。
「すまない。直接的に言った方がよかったな」
 ため息を一つ吐いて千堂は言った。
「お前が友達を作ろうなんて普通なことをしなければ、綿貫とお前が関係することもなかった。ひいては綿貫と私や榊田、国原が関係することはなかった。ゆえに、もちろんお前に責任は一片たりともないが、それでもお前がもしもいなかったのなら今回の事件は起きなかったんだよ」
「え? それってどういう……」
 僕が居なければ事件は起きない? ってつまり……。
「「お前がいたから事件は起きた」」
 二人は声を揃えた。まるで僕の心を見透かしたかのように。
「もう終わりにしよう。私たちがつながっている限り、また何かが起きてもおかしくない。もちろんみんなでいるのは楽しかった。でも温い湯につかっていてはのぼせてしまうってことが分かったんだ。あるべき状態へ、一人ぼっちに、もうそろそろ戻る時だ」
 だから、と再び榊田も口を合わせる。
「「さよならだ」」

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