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ついにやってきたアホガキ共

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口の中でほどよい柔らかさのじゃがいもが、つぶれる。
それと同時に染み渡っていた出汁の匂いが、味が、口の中に広がる。

私が今食べているのは、大家さんからもらった肉じゃがだ。

大家さんがアパートを引っ越す前日に貰った、肉じゃがだ。
管理人になってくれる?と言われ、いやいや引き受けて三日。
いつのまにか、アパートには一〇二号室の私しか入居者がいなくなっていた。
どこの部屋もドアが開き、ガランとした部屋が丸見えになっている。

そして、今日。
ついにアホガキ共がやってくる。







ついにやってきたアホガキ共








「…ビールが切れた」

朝起きて、いつものように顔を洗って、パソコンの前に向かう。
いつものように小説の良いネタは思い浮かばなくて、気晴らしにビールを飲もうとした。
一人暮らし用の小さい冷蔵庫の前にしゃがんで、中を覗き込んでも、ビールは無かった。

ただでさえ、今日は嫌な日なのに、なんてツイてないんだろう。

私は溜息をつくと、ビールの変わりに緑茶をコップの中に注ぎこんだ。
ビールほどではないが、それなりに美味しくて、私はもう一つ溜息をついた。

「…管理人って、何するんだろう」

独り言が小さな部屋に響く。
でも一人暮らしをしていたら慣れてしまう、独り言。

よいしょ、と立ち上がり、私はまたパソコンの前に座った。
良いネタが思い浮かんだのかって?違う違う。学生寮の管理人がどんなものか、調べるんだよ。
ああどうか、すごく楽な仕事でありますように。そう願って、マウスを動かす。


「……マジですか」

一つのページがエラーとなって表示できなくて、
もう一つ気になって私が開いたページには、細かく管理人の仕事内容が書かれていた。


・学生寮管理人は何をするの?

【学生寮の点検になります。どこか不具合があればすぐに治す。】
【急病の時に看病】
【住んでいる寮生が仕事や勉強を快適に続けていく手助け】
【日頃から積極的に寮生に話しかけて寮生一人一人の性格を把握する】
【普段と様子が違う寮生には必要に応じてアドバイスするなどの気配りが大切】



「無理無理無理無理」

私は思わずパソコンの電源を切った。
急病のときに看病?我が子供でもない奴らの看病?
勉強を快適に続けていく手助けって何だよ!一人一人の性格なんて把握できるか!

コップに残っていたお茶をグイッと一気飲みする。
コンッとコップをテーブルに叩きつけたとき、背後でチャイムの音がした。

ハッ、と玄関の方を見る。嫌な予感が恐ろしいほど溢れてくる。
うわさをすればナントカ…って、よく言うもんな、日本では。

「…は、はーい…」

最低限の愛想を持ちながら、玄関へと向かう。
どうかどうか、ガキ共じゃありませんように…!

「どちらさま…」

ガチャッと、薄い扉を開くとそこには、
小柄なセーラー服を着た女の子がちょこんと立っていた。

「あ、あの…」

高いけれど小さい声、上目遣いで私を見る。
ショートの黒髪と大きい瞳がうるうると潤んでいる。

「あ…今週からこの寮に住む事になった者です。挨拶を…」

「え、あ、ああー、ど、どうぞ!…とりあえず、あがります?」

何で高校生に敬語なんだ私は、と自分に喝を入れる。
ありがとうございます、失礼します、と礼儀正しいその子は、小さな靴を綺麗に並べて、
部屋の中に入る。大家さんとは大違い。
そこら辺に座って良いよ、と私が言うと、失礼します、と遠慮がちにその子は座った。

「……え、えっと…」

沈黙が怖くて、つい口を開いてしまう。
しかし初対面のガキと話す話題なんて何も持っていない。
今人気のアイドルの話でもしようと思ったけど、私はテレビを見ないから分からない。

「……私さ、管理人、初めてなんだよね…だから、色々…出来ない事あると思う」

だから出来る限り学生とは触れない様な生活を送るから!よろしく!さよなら!
と言えない自分が悔しい。

私がうつむいていると、その子の笑い声が聞こえてきた。
え?え?何か言った?私。

「いえ…面白いなぁ、と思って。でも大丈夫ですよ、管理人さんのお仕事なんて、学生達のお世話だけですから」

「あ、ああ、そう?」

はい、と微笑むその子は、確かに可愛かった。
礼儀も良いし、五月蝿くないし、全員こんな子達が入ってこればいいのに。
というかむしろ、学生なんて入ってこなければいいのに。

「…管理人さん、お名前は?」

管理人さん、が自分をさしている言葉とは一瞬気付かなかった。
しかしニコニコと笑っているその子は、その事に気付いていないらしい。
今週から管理人になったという事を知らないのだろう。私だって信じられない。

「若林、忍です」

「何歳なんですか?」

「……三十」

「えっ、見えないです!」

どうせお世辞だろ、とか思いながら、私は一応、その子にも聞き返した。
君の名前は?と言うと、スカートを一度直し、私の目を見てはっきりと言った。

「石井隼乃介です」

「ああ、しゅんのすけね………しゅんのすけ?」

「しゅんのすけです。しんのすけではなく、しゅんのすけ」

思考が止まった。隼乃介って、今はもう女の子の名前になってるのか?
いやいや、そんなわけない。そんなわけないだろ。

「……あれ?君…女じゃ」

「ああ、僕、男なんですよ、すいません」

はっ?と抜けた声が出た。しかし目の前にいるこの女の子が男の子ですーって言われて、
ああそうですかー男ですかー付いてるんですかーと言える人は少ないだろう。

「…男?え?じゃあなんでセーラー服…」

「母親の趣味です」

おかしい母親を持って災難だったね、と言う余裕も無く、私の頭の中はこんがらがっていた。
入居してくる子が礼儀正しい可愛らしい女の子だと思っていたら、男で。
セーラー服を着ているこの女の子は、男で。
そして、唖然としている私の前で、他の奴も呼んでいいですか?と言った。
もう部屋の前で待っているんです、と、可愛らしい笑顔を向けながら。
しかし私はこんな笑顔に構っていられない。

「えっ!?他の奴って、ほかの入居者?なんでもういるんだよ!」

思わずよそよそしい敬語が抜けた。

「学校が、トラブルを阻止するために出来る限り同じ日に寮に入居しなさいって事だから」

疑問をニコッと笑顔で跳ね返される。
おーい、入っていいぞー!と隼乃介が玄関の方へ叫ぶ。
ちょっと待て!と立ち上がっても、隼乃介は表情一つ変えなかった。

そしてその隼乃介の声で、ガチャッと部屋の奥で玄関が開く音がした。
足音の響く音がだんだん近くなって、廊下からワンルームへと入る扉が開かれた。

雪崩の様に入ってきたガキ共は、男女混合で、私はなぜか眩暈がした。
ザワザワと小さい部屋にガキ共の声が響いて、頭を抱えてもその声は消えない。

「じゃあ僕がみんなの紹介しますね」

隼乃介はウキウキといった表情で、私を見ている。

「一番左が富田智、二年です」

ちらり、と一番左を見ると、前髪で顔のほとんどが見えなくて、猫背の暗い奴が立っていた。
挨拶も何もしない、会釈もしない。こんな奴も入居するのかよ!どう見てもひきこもりだろこいつ。


「んで、その隣の黒髪でツインテールしてるのが、中琳美。一年で留学生です」

「ちょ…まってまって、留学生?」

「中国カラ!中国カラヨ」

そのツインテールの子は、髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、いきなり私に抱きついてきた。
うおっ、と思わず声が出てしまう。「ヨロシクネー」とその中国人は笑う。
人見知りをしなさすぎるというのも、どうかと思う。

「その隣が佐々木彩です。琳美と同クラスです」

「よろしくおねがいします」

琳美とは違い、その佐々木さんはとてもおとなしかった。
ニコニコと黒髪を揺らしながら笑って、琳美を見ている。この子どうにかして、と言っても、笑ってるだけ。

「佐々木の隣が横田直。一年生です」

「よろしくー管理人さんー」

ボテーッとした喋り方の、小さい男の子。
悪いがそれしか感想がない。

「横田の隣が安田龍です。僕と富田と同じ二年です」

そいつは部屋に入ってきた時から目に付いていた金髪野朗だった。
ピアスもつけて、眉が短くて、私が一番嫌いとするガキだった。

「お前が管理人か!女だと分かって嬉しかったけど、ババアじゃねえか!やる気無くなったわ」

「なっ…!」

ムカッときて、そいつをにらみつける。
なんだこいつ殴ってやろうか!学校に言いつけるほうがダメージが大きいか?

グッと手を握り締めると、まぁまぁと隼乃介が私をなだめるように肩に手を置いた。

「あいつはあんな事言ってるけど、良い奴ですから。女好きってイメージありますけど、全然そんな事ないですし」

何言ってんだよ隼乃介!とギャアギャアと騒ぐ金髪野朗。
すると、その隣にいるのっぽの眼鏡が金髪をなだめた。
すっかりおとなしくなった金髪野朗を私はまだ睨んでいる。大人のしつこさをなめるんじゃないぞ。

「あ、あいつは上野啓太です。龍と仲が良いんですよ」

「…変なこと言うな、別に仲が良いわけじゃない」

のっぽは、ぺこりと私の目を見ると、頭を下げた。
金髪とは大違い、おとなしくて、危害のなさそうな奴だった。

私がのっぽを見ていると、いきなり隼乃介が大きい声を出した。
ちょっと、近所迷惑だろ、と言おうとしたけれど、近所さんは居ないのだ。

「えーと、それじゃあ皆に紹介します。管理人の若林忍さんでーす!」

隼乃介が私を指差す。
パチパチパチ、となぜか拍手が起きて、私はもう死にたくて、思わず顔を伏せる。

だって、やってきたアホガキ共が、女装男子と中国人と、ニコニコしてるだけの女と
根暗で一言も喋らない奴とただ小さい奴と金髪で生意気な奴とノッポでメガネな奴なんだから。


























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