OUTSIDE(8)
***アキノ:@ラボ なう***
俺が目を開けるとそこは見覚えのない場所だった。
そして、白衣を着た男女――リーダーと思しき、どこか見覚えのある男と、見覚えのない男女がそこにいた。
リーダーらしき男は言った。
「気がつかれましたか?」
「あんたは?」
俺がそういったとたん、残り二人が息を飲んで俺を見た。
やつもやや驚いたようだが、それを表には出さないようにしているのだろう、温和げに微笑む。
「失礼しました。私はユズキサトシ。
ユズキ脳神経外科クリニックの院長で、ヒカリの父です。
ここは私の病院です。
あなたはヒカリと、ミサキちゃんに連れられてここにいらしたのですよ。
あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
俺はSF書きだ。つまり、SF読みでもある。
よってここまでで状況は飲み込めた。
証拠のビデオを見てミサはヒカリに助けを求め、ヒカリが医師である父をたよってここに来た。
で、なんらかの方法で俺を覚醒させた、と。
それはおそらく、今俺の左手に刺さっている点滴。
「俺はアキノ、です」
「そうですか。お会いできてよかったです」
ユズキ氏はやたらとさわやかな笑顔でのたまう――いや俺は別にこいつ知らないし。
しかし、ミサとヒカリがこいつを頼ったってことは、とりあえずは俺もこいつに、一定の敬意を払わねばなるまい。
俺は突っ込みはいれず、敬語で謝罪し質問した。
「こちらこそ失礼しました。
よかったということは、俺とミサが会える方法がわかったんですか」
「ええ。大体の目星がつきました。
詳しい原因は不明ですが、あなたがこうして、その身体を使って話したりできるかどうか――つまり、身体の主導権を握れるかどうかは、あるホルモンの血中濃度に関係があるようです」
「メラトニン、ですか」
メラトニン。睡眠をつかさどるホルモン。
暗くなると脳からこいつが出てくる。すると人間は眠くなる。そういうシロモノだ。
「その通りです。
夜が更けて、血中メラトニン濃度が一定まで高まったときに限り、あなたはこうして自分の意志で身体を使うことができる。
しかしもっと時間がたって、もっとメラトニンの濃度が高くなると、身体は眠りに落ちてしまう。
そのために、あなたは真夜中の数時間に限り、このように会話や行動が出来る、というわけです」
「つまり血中メラトニン濃度を調整すれば、俺とミサを短時間で切り替え、さらにそのタイムラグをなんらかの機器で補うことで、直接にちかいカタチで会話をすることが可能になるということですか」
「さすがはSF作家さんですね。
ええ、可能です――理論上は、ですが。
ご存知の通り、メラトニンは人体の日内リズムに深く関係しています。
それに手を加える、それも短時間でということは、身体への悪影響も懸念されます。
人格交代を人工的に操作する、という観点からは、人道上の問題も指摘されえます。
よってこれは、言ってしまえば、危険を伴う人体実験となります。
ただ――
今現在、我々はあなたのメラトニン血中濃度をモニタリングし、一定に保つことで、あなたを覚醒させ、その状態を維持し、会話をしています。
つまり、すでに手遅れ、とも言えるのですが。」
おいおい、ヒカリのおじさんよ。さわやかな笑顔で言い切っていいのか医師がそれを。
「これまでの話はご理解いただけてますでしょうか?」
「ええ。
このカラダは、本来ミサのものです。だから、それが危険にさらされることは、俺は正直気が進まない。
でも、ミサがそれを押しても、俺に会いたいといってくれているなら、俺はそれを拒めません。
俺もミサに会いたい。
だから、危険が少なくてすむ方法を探してください。
ミサが、そうしてくれというなら。
もし、ミサがそれは怖いから嫌というなら、俺はその意志に従います。
ミサが望むようにしてやってください。それが俺の意志です」
「そうですか。
――ミサキちゃんも同じことを言っていました。
会いたい、けれどあなたになにか害があるようで、それをあなたが怖く思ったり、嫌だと思ったりしたら、べつの方法を探したい、と。
本当に、愛し合っているんですね、あなたがたは」
感にたえない、といった様子でユズキ氏は、眼鏡を押し上げた。