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Phase 1

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INSIDE(1)

『属性つきノベルジャンキーたちは明日を夢見ることができるか?』
 Act1. 願うノベルジャンキーたち


~アキラの場合~

 真っ暗な中俺は目を開けた。
 蛍光式の時計の針は、真夜中を回っている。
 いつもの、かすかな頭痛を引きずりながら身体を起こした。
 電気はつけない。机の上のノートパソコンの電源を入れる。
 隠してあったショートカットで、これまたDドライブの深層に隠してあったフォルダを開く。メモエディタを起動、新規ファイルを作成、タイトルをつける。ここまで数秒。
 あとは、脳内に構築してあった文章を打ち込むだけ。
 俺には、そんなに時間がない。
 どうやら右手親指の爪の一部が割れているようだが、構ってはいられない――そのへんは“姉さん”の担当だし。
 俺が自分で身体をいじると“姉さん”はパニックを起こす(気づかないことも多かったが)。
 だから身体のメンテは今では全面的に“姉さん”に任せているのだ。

 小一時間後、今回ぶんが書きあがった。推敲はいらない。意識はあっても身体を自由にできない十数時間は、ほとんどすべてそれに費やされているのだから。
 いつものように校正のみを終え、俺はそれを投稿した。
 これでとりあえずはよし。大きく息をついた。
 コメページをチェックすると、うれしいことにコメが来ていた。
 言葉を選び、レスをアップした。
 そして、タイトル一覧からあいつの名前を探す――あった。

『MI/KA』。

 少し前、たまたまこいつの作品を読んでから、俺はこの作者が気になってしょうがなかった。
 題材や着眼点が、俺と似ているように思えて仕方がない。
 しかし、そいつの文章を読むと、なんというか――
 朝日の差し込む窓をこの手で開けて、深呼吸したような、そんな気分になるのだ。
(いや、実際そんな体験は俺にはないが)
 やつの持っている感性は俺にはない。
 あの独特の表現は、俺には真似出来そうにない。

 ひとつ残念なことに、どうやら通勤途中にケータイであせって書いてるくさいそいつの作品は、ときどき文章がおかしい。
(コメレスにはそういうエラーはほぼない。つまりそこだけは帰宅後にパソでやっているのだろう)
 もう少し丁寧に推敲しろよ、もったいない。
 お前には時間があるんだろう。
 一日ほんの数時間しか、身体を使うことのできない俺なんかより。
 しかし、それをつっこむ時間は俺にはない。
 またしても眠気が襲ってくる。
 今日も小説がかけた。コメがもらえた。そして、あいつの小説が読めた。

 これが、これだけが、俺の生きる糧、生きる証。


 しかし、最近は思うのだ。
 もしも。もしもかなうなら――



~実加の場合 <月曜日>~

 これで最後。これで最後だ。
 親指のシロップネイルは、わりと気に入ってたけど、激しいキーの連打でいま割れてしまった。
 でも、構うものか。
 わたしはケータイでないと、しかも電車の中でないと、小説がかけないのだ。
 だから今、書いておかないといけない。
 わたしは頭の中に練り上げておいた構想を全速力で文章に変換し続けた。

 わたしには変なクセがある。電車の中で、しかもケータイでないと、小説がかけないのだ。
 そのせいで執筆ペースはとろいのだが、書けないものは仕方がない。
 あと少しで降りる駅についてしまう。ケータイを持つ手も痛い。あとは明日にしようか。
 いや、そんなことしたら最後だ。

 投稿小説サイト中毒のわたしは、駅を降りたらうちへダッシュし、まあ手洗いうがいは仕方ないやるとして、真っ先やるのはそのサイトのチェックなのだ。
 うちかえってネットあけて、コメもらえてるかチェックして、もしもあったらコメレスして、ご飯食べてお風呂入って最後に、あのひとの小説を読んで――
 落ち込む。
 そしたらきっと、続きなんか書けずもう、投稿できずに今書いていたデータも消し、ひょっとしたら作品自体も削除してしまうかもしれない。

 でも、そうしたら本当に、おしまいだ。
 勉強もスポーツも、ほかの実技もひとなみだったわたし。
 仕事だってフツーのOL。容姿にも不満はけっこうある。
 唯一、ちょっとマシなのは、文章を書くことができる、ということだけ。
 いや、それにしたって大したレベルじゃないけれど。

 とにかくいま、わたしを支えてくれてるのは、ごくたまーにもらえるコメだけなのだ。
 それを失ったら、わたしはもう。


 実はわたしには、ひとりライバル視している作者がいる。
『晶<アキラ>』というそのひとは、作品がなんかどっかわたしと似ているのだ。
 でも、ちょっとレベルは、上。
 なんていうか、毎回短い文章なんだけど、ストーリーの運びにも描写にも、練りこまれた緻密さが感じられる。
 それがものすごくうらやましいし、読んでても正直おもしろい。
 けどコメント数はわたしと同じくらいで。
 なんかこう、コンプレックスを刺激されるのだ。
 このひとには負けたくない。

 わたしの小説は、はっきり言ってプロになれるレベルじゃない。着眼点も発想も、いいとこ並みよりちょっと下。
 そしてこのさき一生書き続けていても、それは変わらない。そんなのはわかりきっている。
 それでも。いやそれだからこそ、目の前のこのひとにだけは負けたくない。
 もうちょっとで手の届きそうな、そんな感じのするあのひと。
 いまわたしを支えているのはその思いだけだ。

 ――晶<アキラ>に勝てたなら、もう死んだっていい――

 必死の思いでわたしは今回分、最後の一文をうちこんだ。
 ざっくりと推敲して、えいやっと投稿。
 これで今日の“戦い”はおわり。わたしはケータイをとじると、電車のドアにもたれため息をついた。
 このドアが開いたらダッシュだ。
 うちかえってネットあけて、コメもらえてるかチェックして、もしもあったらコメレスして、ご飯食べてお風呂入って最後に、あのひとの作品を読もう。
 読んでる間はすごくすごくおもしろくて、でも読み終わるとすごく悲しくむなしくなって、そのまま泣きながら眠ってしまう、いやそれはひとえにわたしのせいなんだけど、とにかくそんな、あのひとの作品を読んで一日を終えよう。


 はたしてあのひとの作品は、今日も短かったけれど、今日もやっぱり面白かった。
 そしてコメも入ってた。わたしのには入ってなかった。
 ああ、
 どうしてこのひとの作品はこんな面白いのかな。
 どうしてわたしの作品はこんなつまんないのかな。
 胸をえぐられるみたく苦しいカタマリが突き上げてきた。
 ノートパソコンをいつもみたく休止モードで、落とす。
 カタマリがこぼれだす前に、すばやくパソのふたを閉めて、ベッドにもぐりこんだ。
 みじめでひたすら悲しくて、わたしは身体を丸めて泣いていた。
 寝ていよう、明日のお日様がのぼるまで。
 この部屋にお日様が差し込めば。
 きっとすこしはキモチも晴れるはずだから。


 でも、最近は思うのだ。
 もしも。もしもかなうなら――


OUTSIDE(1)

***アキノ:@自宅パソ前 なう***

 約束どおり、ヒカリは文章を作ってくれた。
 ヒカリとの連絡用に設置した、隠し掲示板。
 俺のカキコミ(今回ぶんの文章だ)の次に、それはかきこまれていた。
 意外に早いな。などと思いつつその文章を見て、俺は驚いた。

 誰だ文章能力なんかないとかいっていたヤツは。
 正直ミサキに匹敵するレベルだぞ、これは。
 それどころか、いつものミサキの文章にあるような、変換ミスや文脈のおかしさすらない。
 ありがたいことに分量も豊富だ。
 丁寧なことにちゃんと、見出しもついていたがこちらも文句ない――
 様式もあわせてあるし、プロットにあわせた情報(曜日)も盛り込んである。

 俺の手直しなんかいらない。このまま投稿させてもよかったくらいだ。
 まあ、それは様子を見てだろう。ビギナーズラックということもないではない。

 約束の時間が来たので、これまた隠しリンクから、チャットへ入室した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アキノ がログインしました。


ピカりん☆: おおうきたきたきた!!
で、どうだったピカのぶんしょー?

アキノ: 乙。つかお前ホントは書いてたろ?

ピカりん☆: 触れないで黒歴史(T^T)
ガチBL書きだったなんて口が裂けても(ry

アキノ: スマソm(__)m
大丈夫探さない俺ガチはちょっとだから

ピカりん☆: あり♪ で、どーだった?

アキノ: 正直驚いた
少なくとも今回は手直しとか不要
コピペで使わせてもらうわ

ピカりん☆: きゃほーい!

アキノ: シロップネイルとか俺だったら思いつかなかった
頼んでマジよかった

ピカりん☆: いぇい。それでわアップは頼んだ☆

アキノ: お前との連名にしなくていいのか? したほうがいいと思うんだが

ピカりん☆: いいっていいって。
このお話は、ミサに説明するためのものでしょ?
そこに別のオンナの影(爆)がからんだらややこしくなるじゃん。通る説明も通らなくなる。
もし心配ならテキトーなとこいじっといて。じゃなきゃこのチャットのログデータ保存しとけばいいよ

アキノ: TNX。そうさせてもらう
じゃまた

ピカりん☆: おつかれ~♪


 アキノ がログアウトしました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 相変わらずテンションの高いやつだ。
 まあいい。それはいいんだ。
 ログデータを保存した俺は、もう一度掲示板に戻り、ヒカリの文章をコピーした。
 俺の書いた文とあわせ、章タイトルをつけ、ひとつのテキストファイルとして保存。
 今一度、校正。よし、OK。
 俺はいつものように『NyaatNovel』作品新規登録ページを開き、さくさくと連載登録をした。
 そして今作ったばかりのファイルをアップする。
 表示確認――OK。
 大きく息をついて俺は編集ページからログオフした。
 画面が切り替わり、作品一覧ページになる。
 その一番上には、俺(たち)の作品が表示されていた。
 タイトルは――

『属性つきノベルジャンキーたちは明日を夢見ることができるか?』


4, 3

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