目白
「たった二日だ。たった二日俺が休んでる間に、新橋、五反田。それに渋谷までもが彼女持ちになったとでも言うのか! 答えろ貴様等ァ!」
大塚は妙に芝居がかった口調で嘆き、喚いた。
それに対し、新橋はもう訂正するのも面倒なのか、机に突っ伏し「へーへー勝手に言うがいいさー」とふて腐れている。
「ああ」五反田は話を聞いているのか聞いてないのかわからない。さっきからずっと必死に携帯を片手で弄くり回している。
「あの子は彼女じゃなくて何て言うか……居候?」渋谷。苦笑を浮かべて否定するも、男子学生の一人暮らしに女の子の居候というのはあまりにもナメた展開だ。
「助けた猫が人の姿になって恩返しに来たって、そんな事あるもんなんだね……」
神田は信じられないと言った顔をしている。それを見た目白は笑みをこぼし、いつものように神田で遊ぶ。
「渋谷に限ってエロゲのやりすぎって事はねーからな。ムッツリの神田なら妄想乙で終わりだけど」
「僕はエロゲとかやんないってば!」
「じゃあお前の鞄の中にあったアレは何なんだよ?」
「それ入れたの目白じゃない! て言うかアレサッカーゲームじゃないの!?」
いつもならそのやり取りを笑ってみてる俺も、今日は「うるさい奴等だ」としか感想が出てこない。
「四谷」
「あん?」
声の主は上野。とっさに反応する俺の声は不機嫌を隠せなかった。
「お前もその場にいたんだって?」
「ああ、猫を助ける所からアパートに乗り込んで来た所まで見事に一部始終を見てた。
あの時猫を助けていたのが俺だったら、今頃は学校なんざ休んで猫娘とにゃんにゃんしてたかもしれない……」
説明してる内に、情けないことに少し泣きそうになった。
あの後、俺は家に帰って何度も何度も後悔して枕を濡らしていた。今でも後悔とシミュレートと妄想をローテーションで繰り返している。
「それは気の毒だったな。まあ、お前が渋谷を助けなかったら二人仲良くあの世行きだっただろうから。よくやったよ」
そう言って肩を叩いてくれた。
……当然、渋谷を助けた事に関しては微塵も後悔していない。
「恩人の恩人は恩人も同然、とか言ってチューの一つでも貰ってくるとか、胸を揉みしだいてくれば良かったのに」
おどけた口調で言う。あくまでも無表情なのが少しシュールだが、触れないでおいた。
「『アホ猫』って言ってたのが聞かれてたのと、渋谷に殺意を向けてたのを警戒されたみたいだ。酷く嫌われて、近づいたら腕を噛まれた」
右腕を肘まで捲って見せると、まだ歯形が薄く残っていた。
腕はそこまで痛くは無かったが、ハートに受けたダメージは未だ完治していない。
「へぇ、良かったじゃあないか。俺も噛まれたかったな」
……ああ。価値観の相違、って奴か。
「て言うか四谷って噛みつきで削れるんだ」
携帯から目を離さず呟く五反田。
人をはぐれメタルみたいに言うもんじゃあない。
その日も次の日も何にも事件は起こらず、ただ全員で彼女持ち三人の状況の進展を気にするばかりだった。
新橋と隣の女子は相変わらず些細なことで喧嘩したり意識しあったりともどかしく、見てる俺達を苛立たせる。
五反田は悪魔っ子ちゃんに携帯電話を持たせて、四六時中メールばかり打っている。本人は二人っきりになりたいようだが、家族が厳しく見張っているらしい。
渋谷は「家族が増えて嬉しいよ」と冗談めかすが、実は生活費に困っているのは知っての通り。猫娘を働かせるわけにもいかないので、いつだって渋谷は満面の苦笑いだ。
そして、週末。
今日は貯めた金でパソコンを買いに駅前へと赴いた。
都心クラスとまでは行かないが、それなりの活気のある駅ビル。服屋に電気屋、書店などが混在している。
その中の書店で時間を潰していると、ハネた茶髪が目立つ男……目白がやってきた。
「よう四谷。待たせてわりーな」
「いや、呼んだのは俺の方だからな。構わない」
目白を呼んだ理由は単純、こいつは機械に詳しい。
ヤンキーまがいの格好をして、言動もチャラい癖に、だ。
俺は普通に動かす分には問題無いが、性能や価格のことについては良くはわからないので、付き合ってもらうことにした。
エスカレーターで上に上がる途中、他愛もない会話で時間を埋めた。
「あーあ。俺にも彼女ができればいいのに。空から降ってくればいいのに」
俺は半ば独り言のように呟いた。
あんな運命じみた出会いを三度も目の前で見せつけられたら、そんな期待だって口から出てしまうというものだ。
「ははっ、お前なら受け止められるだろうしな。まあありえねぇけど」
ささやかで切実な願いは、流すように笑い飛ばされた。
「お前は彼女欲しくないのかよ?」
そう言うと、目白は答えを探すように手すりに両腕を投げかけ真上を向いた。鎖骨があらわになり、か細い喉の動きがよく見える。野郎の鎖骨なんざ見ても嬉しくないが。
「いやー……そりゃ欲しいけど。もっと普通の出会いでいっかなー……、って」
「まあ、俺も彼女が出来れば文句は言わないよ。でもさ、運命的な出会いの方が嬉しくないか? なんつーか、会うべきして会ったみたいな。赤い糸で結ばれてたみたいな」
「お前思考がオタ通り越して少女漫画だぞ……」
「うるさいな、俺は運命とか信じる方なんだよ。女の子関係は特にな」
体勢を変えずに、「あー」と声を漏らす目白。
壁にぶつかる直前でひょいと首を戻し、一言。
「俺は運命とかそーゆーのは信じねー事にしてる。他人が信じるのは勝手だがな」
何故か、その台詞はいつもの目白からは考えられないほど重々しく感じられた。
機械弄りが趣味の目白はそこの電気屋の店員とも顔見知りだったらしく、価格の割に多機能で保障が長い物を見繕って貰えた。
驚くべきことに、目白はその上で更に値段交渉を始めた。慣れた口ぶりで端数を切り落とす。
店員の方も慣れたものらしく、十秒と話さない内に千の位から下が0で埋まった。ポイントと合わせると実に二割弱が引かれる計算になる。
「凄いな……普段からこんな買い方してるのか?」
「あそこでちょくちょく買い物するからな。いちーち定価で買ったら金が無くなっちまう」
買い物が終了し、自転車を取りにロータリー周辺を歩く俺達二人。駅の中にある駐輪場は高いので、少し離れた場所に預けるのがここらの生徒間の常識になっている。
「いや、定価で買わなくても金が無くなるだろ」
「新しい物と入れ替えにヤフオクで売るんだよ。元が安く買ったからほとんどプラマイゼロだ」
さも当然のように述べる。何ともたくましい奴だ。
南口は北口に比べて人通りも少なく、タクシーの列も一行に動く気配を見せない。
駅沿いに進んでいると、宝くじ売り場から少し離れて何かテントが張ってあるのが見えた。
来る時は確か無かったはずだ。
「何だあれ?」
「ホームレスの住居……じゃねーだろーな」
気になった俺達は正面から開かれた入り口を覗き込む。
目立つような黒の明朝体で『占』の文字と、ほんの僅かの紫を含んだ、透明な水晶玉。
「お。なんですか貴方達、運命とか信じちゃう方ですか」
そして、俺達と同い年くらいの三つ編みに眼鏡をかけた少女が妖しく微笑んでいた。
大塚は妙に芝居がかった口調で嘆き、喚いた。
それに対し、新橋はもう訂正するのも面倒なのか、机に突っ伏し「へーへー勝手に言うがいいさー」とふて腐れている。
「ああ」五反田は話を聞いているのか聞いてないのかわからない。さっきからずっと必死に携帯を片手で弄くり回している。
「あの子は彼女じゃなくて何て言うか……居候?」渋谷。苦笑を浮かべて否定するも、男子学生の一人暮らしに女の子の居候というのはあまりにもナメた展開だ。
「助けた猫が人の姿になって恩返しに来たって、そんな事あるもんなんだね……」
神田は信じられないと言った顔をしている。それを見た目白は笑みをこぼし、いつものように神田で遊ぶ。
「渋谷に限ってエロゲのやりすぎって事はねーからな。ムッツリの神田なら妄想乙で終わりだけど」
「僕はエロゲとかやんないってば!」
「じゃあお前の鞄の中にあったアレは何なんだよ?」
「それ入れたの目白じゃない! て言うかアレサッカーゲームじゃないの!?」
いつもならそのやり取りを笑ってみてる俺も、今日は「うるさい奴等だ」としか感想が出てこない。
「四谷」
「あん?」
声の主は上野。とっさに反応する俺の声は不機嫌を隠せなかった。
「お前もその場にいたんだって?」
「ああ、猫を助ける所からアパートに乗り込んで来た所まで見事に一部始終を見てた。
あの時猫を助けていたのが俺だったら、今頃は学校なんざ休んで猫娘とにゃんにゃんしてたかもしれない……」
説明してる内に、情けないことに少し泣きそうになった。
あの後、俺は家に帰って何度も何度も後悔して枕を濡らしていた。今でも後悔とシミュレートと妄想をローテーションで繰り返している。
「それは気の毒だったな。まあ、お前が渋谷を助けなかったら二人仲良くあの世行きだっただろうから。よくやったよ」
そう言って肩を叩いてくれた。
……当然、渋谷を助けた事に関しては微塵も後悔していない。
「恩人の恩人は恩人も同然、とか言ってチューの一つでも貰ってくるとか、胸を揉みしだいてくれば良かったのに」
おどけた口調で言う。あくまでも無表情なのが少しシュールだが、触れないでおいた。
「『アホ猫』って言ってたのが聞かれてたのと、渋谷に殺意を向けてたのを警戒されたみたいだ。酷く嫌われて、近づいたら腕を噛まれた」
右腕を肘まで捲って見せると、まだ歯形が薄く残っていた。
腕はそこまで痛くは無かったが、ハートに受けたダメージは未だ完治していない。
「へぇ、良かったじゃあないか。俺も噛まれたかったな」
……ああ。価値観の相違、って奴か。
「て言うか四谷って噛みつきで削れるんだ」
携帯から目を離さず呟く五反田。
人をはぐれメタルみたいに言うもんじゃあない。
その日も次の日も何にも事件は起こらず、ただ全員で彼女持ち三人の状況の進展を気にするばかりだった。
新橋と隣の女子は相変わらず些細なことで喧嘩したり意識しあったりともどかしく、見てる俺達を苛立たせる。
五反田は悪魔っ子ちゃんに携帯電話を持たせて、四六時中メールばかり打っている。本人は二人っきりになりたいようだが、家族が厳しく見張っているらしい。
渋谷は「家族が増えて嬉しいよ」と冗談めかすが、実は生活費に困っているのは知っての通り。猫娘を働かせるわけにもいかないので、いつだって渋谷は満面の苦笑いだ。
そして、週末。
今日は貯めた金でパソコンを買いに駅前へと赴いた。
都心クラスとまでは行かないが、それなりの活気のある駅ビル。服屋に電気屋、書店などが混在している。
その中の書店で時間を潰していると、ハネた茶髪が目立つ男……目白がやってきた。
「よう四谷。待たせてわりーな」
「いや、呼んだのは俺の方だからな。構わない」
目白を呼んだ理由は単純、こいつは機械に詳しい。
ヤンキーまがいの格好をして、言動もチャラい癖に、だ。
俺は普通に動かす分には問題無いが、性能や価格のことについては良くはわからないので、付き合ってもらうことにした。
エスカレーターで上に上がる途中、他愛もない会話で時間を埋めた。
「あーあ。俺にも彼女ができればいいのに。空から降ってくればいいのに」
俺は半ば独り言のように呟いた。
あんな運命じみた出会いを三度も目の前で見せつけられたら、そんな期待だって口から出てしまうというものだ。
「ははっ、お前なら受け止められるだろうしな。まあありえねぇけど」
ささやかで切実な願いは、流すように笑い飛ばされた。
「お前は彼女欲しくないのかよ?」
そう言うと、目白は答えを探すように手すりに両腕を投げかけ真上を向いた。鎖骨があらわになり、か細い喉の動きがよく見える。野郎の鎖骨なんざ見ても嬉しくないが。
「いやー……そりゃ欲しいけど。もっと普通の出会いでいっかなー……、って」
「まあ、俺も彼女が出来れば文句は言わないよ。でもさ、運命的な出会いの方が嬉しくないか? なんつーか、会うべきして会ったみたいな。赤い糸で結ばれてたみたいな」
「お前思考がオタ通り越して少女漫画だぞ……」
「うるさいな、俺は運命とか信じる方なんだよ。女の子関係は特にな」
体勢を変えずに、「あー」と声を漏らす目白。
壁にぶつかる直前でひょいと首を戻し、一言。
「俺は運命とかそーゆーのは信じねー事にしてる。他人が信じるのは勝手だがな」
何故か、その台詞はいつもの目白からは考えられないほど重々しく感じられた。
機械弄りが趣味の目白はそこの電気屋の店員とも顔見知りだったらしく、価格の割に多機能で保障が長い物を見繕って貰えた。
驚くべきことに、目白はその上で更に値段交渉を始めた。慣れた口ぶりで端数を切り落とす。
店員の方も慣れたものらしく、十秒と話さない内に千の位から下が0で埋まった。ポイントと合わせると実に二割弱が引かれる計算になる。
「凄いな……普段からこんな買い方してるのか?」
「あそこでちょくちょく買い物するからな。いちーち定価で買ったら金が無くなっちまう」
買い物が終了し、自転車を取りにロータリー周辺を歩く俺達二人。駅の中にある駐輪場は高いので、少し離れた場所に預けるのがここらの生徒間の常識になっている。
「いや、定価で買わなくても金が無くなるだろ」
「新しい物と入れ替えにヤフオクで売るんだよ。元が安く買ったからほとんどプラマイゼロだ」
さも当然のように述べる。何ともたくましい奴だ。
南口は北口に比べて人通りも少なく、タクシーの列も一行に動く気配を見せない。
駅沿いに進んでいると、宝くじ売り場から少し離れて何かテントが張ってあるのが見えた。
来る時は確か無かったはずだ。
「何だあれ?」
「ホームレスの住居……じゃねーだろーな」
気になった俺達は正面から開かれた入り口を覗き込む。
目立つような黒の明朝体で『占』の文字と、ほんの僅かの紫を含んだ、透明な水晶玉。
「お。なんですか貴方達、運命とか信じちゃう方ですか」
そして、俺達と同い年くらいの三つ編みに眼鏡をかけた少女が妖しく微笑んでいた。
繰り返すが、俺は運命を信じねぇ。
この目で見た物を見たまま信じる。見えない物は酸素の存在だってロクに信じちゃあいない。
運命も、神も、幽霊も、宇宙人も。……愛も、友情も、だ。
写メで見た悪魔も話で聞いた猫娘も、直接自分の目で見るまでは、完全には信じない。
友達のために体を張れる超人類の存在は信じてるけどな。
「はい、信じます。ここで僕と貴女が出会えたのも一つの運命かと」
超人類が目を輝かせている。こいつは女に滅法弱いんだった。
「四谷、馬鹿言ってねぇで帰るぞ。こーゆーのは大方心理誘導で壺でも買わせようって魂胆だ。騙されんな」
俺はそれ以上女に近づかずに四谷を連れてとっととおさらばしようとするも、この野郎動きやしねぇ。
「いやだなぁ、壺なんて売りつけやしませんよ。どうですお兄さんも。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うじゃあないですか。別に信じなくても結構です。軽ぅい気持ちでやって、後で当たったら代金を支払って貰えれば。ねぇ」
上目遣いで俺達を見ながらねちっこい声でセールストークをする女。
喋り方と態度が気に食わないが、確かに外見は悪かない。いやらしい表情と人を舐めているような態度を差し引いても、連れ回したいくらいの可愛さだ。
しかし、厄介なことにこいつは、自分の外見の良さを自覚しているように『見える』。推測の域を出ねぇが、な。
どっちにしろ信用ならねぇ。
「興味ねーな。そんなに運命が気になるならてめーの事でも占ってろよ」
「ふぅむ、それもいいですね。貴方達に出会って私の運命がどう変化したか、占ってみましょう」
占女はくぐもった光を放つ水晶玉に両手をかざし、腕全体を波打つように揺さぶり始めた。
眼鏡が光に反射し、表情のの胡散臭さを更に押し上げている。
……このアマ、パフォーマンスのつもりか?
あまり長く留まりたくねーが、四谷も動こうとしねぇし……仕方無い、気は進まんが『見せて』もらうとしようか。
数秒の無言の後、心底楽しそうな表情で女は呟く。
「……見えました」
ふーん。俺には何も見えなかったが。
四谷の方を見てみれば、自分のことでもねーのに真剣な顔で結果を待ってやがる。
「どうやら今日この日は、私にとってまさに運命の分かれ道だったようです……」
何やら大きな話になってきたようだ。本人の中では、な。
と思っていたら隣で四谷が唾を飲む音が聞こえた。
……どうやら俺の方が少数派らしい。納得いかねぇ。
「偶然により会ってしまった。私にとって運命の人、それは……」
これがいわゆるアレか、電波って奴か。
詐欺じゃ無いなら病院に行った方が賢明だな。脳外科か精神科かは知らねーが。
四谷は瞬きの一つもせず、すっかり話に聞き入ってしまっている。
……っておい、この流れはもしかして……
「私の目の前にいる……………あなたです!」
「おおおおおおおっしゃああああああああああああああああああああ!!」
一足で地面を踏み砕き、目から涙を盛大に放出しながら目一杯のガッツポーズをする四谷。咆吼が鼓膜に痛い。
――やりやがった。
こいつぁ……やべぇぞ。四谷はこの女狐に夢中だ。こいつが言う事なら何だって聞くだろう。
私欲にまみれた人間が四谷を操ったら、どうなるか考えたくもねぇ。
どうやって四谷を説得するかを思案するも、何も案など浮かんでこない。
そして、これ以上ないと言うくらいのニヤけ面。明確な悪意を持って、女は四谷に言った。
「あ、すいません。あなたじゃなくてそっちの茶髪の方です」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
受け身など一切取らずに前に倒れ込む四谷。崩れ落ちると言った方が正しいかもな。
「あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………・・」
歓喜の雄叫びは悲痛の呻きへと変わり、次第にそれも小さくなり、やがて途絶える……ってな感じか。
て言うか俺かよ。運命の相手だぁ?
初対面の奴にこんな形で告白されるとは夢にも思わなかったぜ。
電波ちゃんでも無ければ喜んでOKなんだがな……とは思ってはいるが、俺も男。悔しい事に胸の鼓動が早くなるのは抑えられない。
更にむかつく事に、女は「あなたの心の内は全てお見通しですよ」とでも言いたげな表情に『見える』。いや、正確には『見せている』。
俺が「見た物を見たまま信じる」と言う事も含めて、だ。
この意味がわかるか?
「俺が『この女が人の心を読む』って言う事を、信じざるを得ないようにしている」わけだ。
何て奴だ……。信じられねぇ。信じたくねぇ。しかし信じないわけにもいかねぇ。悪夢だ。
「目白ぉぉぉぉ……」
地獄の底そのもののような、声。
倒れていた四谷が、ふらつきながら立ち上がった。目は虚ろで腕はだらしなく垂れている。
「お前が彼女の目の前から消えれば、俺が運命の相手だぁぁぁぁぁ……」
俺はジェットコースターのシートベルトを探してる内に発進し始めたような、そんな悪寒に包まれる。
――その発想は、なかった。
この目で見た物を見たまま信じる。見えない物は酸素の存在だってロクに信じちゃあいない。
運命も、神も、幽霊も、宇宙人も。……愛も、友情も、だ。
写メで見た悪魔も話で聞いた猫娘も、直接自分の目で見るまでは、完全には信じない。
友達のために体を張れる超人類の存在は信じてるけどな。
「はい、信じます。ここで僕と貴女が出会えたのも一つの運命かと」
超人類が目を輝かせている。こいつは女に滅法弱いんだった。
「四谷、馬鹿言ってねぇで帰るぞ。こーゆーのは大方心理誘導で壺でも買わせようって魂胆だ。騙されんな」
俺はそれ以上女に近づかずに四谷を連れてとっととおさらばしようとするも、この野郎動きやしねぇ。
「いやだなぁ、壺なんて売りつけやしませんよ。どうですお兄さんも。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うじゃあないですか。別に信じなくても結構です。軽ぅい気持ちでやって、後で当たったら代金を支払って貰えれば。ねぇ」
上目遣いで俺達を見ながらねちっこい声でセールストークをする女。
喋り方と態度が気に食わないが、確かに外見は悪かない。いやらしい表情と人を舐めているような態度を差し引いても、連れ回したいくらいの可愛さだ。
しかし、厄介なことにこいつは、自分の外見の良さを自覚しているように『見える』。推測の域を出ねぇが、な。
どっちにしろ信用ならねぇ。
「興味ねーな。そんなに運命が気になるならてめーの事でも占ってろよ」
「ふぅむ、それもいいですね。貴方達に出会って私の運命がどう変化したか、占ってみましょう」
占女はくぐもった光を放つ水晶玉に両手をかざし、腕全体を波打つように揺さぶり始めた。
眼鏡が光に反射し、表情のの胡散臭さを更に押し上げている。
……このアマ、パフォーマンスのつもりか?
あまり長く留まりたくねーが、四谷も動こうとしねぇし……仕方無い、気は進まんが『見せて』もらうとしようか。
数秒の無言の後、心底楽しそうな表情で女は呟く。
「……見えました」
ふーん。俺には何も見えなかったが。
四谷の方を見てみれば、自分のことでもねーのに真剣な顔で結果を待ってやがる。
「どうやら今日この日は、私にとってまさに運命の分かれ道だったようです……」
何やら大きな話になってきたようだ。本人の中では、な。
と思っていたら隣で四谷が唾を飲む音が聞こえた。
……どうやら俺の方が少数派らしい。納得いかねぇ。
「偶然により会ってしまった。私にとって運命の人、それは……」
これがいわゆるアレか、電波って奴か。
詐欺じゃ無いなら病院に行った方が賢明だな。脳外科か精神科かは知らねーが。
四谷は瞬きの一つもせず、すっかり話に聞き入ってしまっている。
……っておい、この流れはもしかして……
「私の目の前にいる……………あなたです!」
「おおおおおおおっしゃああああああああああああああああああああ!!」
一足で地面を踏み砕き、目から涙を盛大に放出しながら目一杯のガッツポーズをする四谷。咆吼が鼓膜に痛い。
――やりやがった。
こいつぁ……やべぇぞ。四谷はこの女狐に夢中だ。こいつが言う事なら何だって聞くだろう。
私欲にまみれた人間が四谷を操ったら、どうなるか考えたくもねぇ。
どうやって四谷を説得するかを思案するも、何も案など浮かんでこない。
そして、これ以上ないと言うくらいのニヤけ面。明確な悪意を持って、女は四谷に言った。
「あ、すいません。あなたじゃなくてそっちの茶髪の方です」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
受け身など一切取らずに前に倒れ込む四谷。崩れ落ちると言った方が正しいかもな。
「あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………・・」
歓喜の雄叫びは悲痛の呻きへと変わり、次第にそれも小さくなり、やがて途絶える……ってな感じか。
て言うか俺かよ。運命の相手だぁ?
初対面の奴にこんな形で告白されるとは夢にも思わなかったぜ。
電波ちゃんでも無ければ喜んでOKなんだがな……とは思ってはいるが、俺も男。悔しい事に胸の鼓動が早くなるのは抑えられない。
更にむかつく事に、女は「あなたの心の内は全てお見通しですよ」とでも言いたげな表情に『見える』。いや、正確には『見せている』。
俺が「見た物を見たまま信じる」と言う事も含めて、だ。
この意味がわかるか?
「俺が『この女が人の心を読む』って言う事を、信じざるを得ないようにしている」わけだ。
何て奴だ……。信じられねぇ。信じたくねぇ。しかし信じないわけにもいかねぇ。悪夢だ。
「目白ぉぉぉぉ……」
地獄の底そのもののような、声。
倒れていた四谷が、ふらつきながら立ち上がった。目は虚ろで腕はだらしなく垂れている。
「お前が彼女の目の前から消えれば、俺が運命の相手だぁぁぁぁぁ……」
俺はジェットコースターのシートベルトを探してる内に発進し始めたような、そんな悪寒に包まれる。
――その発想は、なかった。
見た物を見たまま信じる……とは言ったものの、俺はこれまで生きてきた中でそこまで多くの物を見てきたとは言えねえ。
少しばかりの家庭の事情があって、極端な遠出をしたことはほとんど無かったし、海外に行くことなど皆無だったんだ。
珍しい物と言えばせいぜい動物園や水族館に行ってきました、程度。
見解が広いわけでもねぇ、世間を知らない癖に口だけは達者な糞ガキ。それが俺だ。
そんな糞ガキの俺が二つだけ断言できることがある。
俺がこの目で見た全ての中で一番強いのは、四谷だ。
そして――
俺が考え得る全てのシチュエーションの中で、今の状況が一番最悪だ。
一帯の空気が張り詰め、静電気のような何かを頬で感じた。
四谷が飢えた狼のように低く喉を鳴らしている。
こちらを見据えるその表情に、理性など一片も見られない。
可愛い表現をするなら、それは鎖を引き千切った猛獣だった。
「ここからいなくなるしかないなぁぁ目白ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
死刑宣告。
やばいやばい、死ぬ! この世から消される! 女なんてどうでもいい、とにかくこいつを落ち着けないと……
「まっ、待て、お、おち、落ち着け四谷! おお俺はぶぇ、別に運命とかか」
落ち着かないのは俺も同じだった。舌が乾き、絡まり、攣りそうになり、口から言葉が上手く出てこねぇ。
視界の端で占い女を捉えた。俺はどうにか片目で女を見ながら、
(おいお前俺が運命の相手なんだろおいこの状況なんとかしろよ俺死ぬぞおいこら早くねぇ早く)
と視線で訴えかけ、必死に助けを求める。口で言うより遙かに早く伝達することができた。
瞬く間に『返事』が返ってくる。
(ちょっとあなたの心がぐっちゃぐちゃなのでよくわからないんですけど、多分大丈夫ですよ)
チェシャ猫のような笑みは崩さずにウィンク。ぐ、と親指を立てやがった。あー可愛い。
死ね。
死ぬ。
「動くなよぉ動くなよぉ絶っ対動くなよぉぉぉぉぉぉぉ」
言われなくても俺は動けねぇよ。
右手に手刀を作り、弓を引き絞るように、ゆっくりと、じっくりと振り上げる。
その構えには、慈悲も容赦も遠慮も手加減も一切無かった。
俺の頭の隅で臨時ニュースの如く走馬燈が流れ始める。……ああ、あまりいい人生では無かったな。
ふ、と四谷が息を吸う。
……終わった。
ひゅ、と風を切る音がした。
ほとんど同時に、落雷が目の前に落ちたような爆音も響いた。
四谷の手刀は俺の横、空を斬り……何にも接触する事無く、その動きを止めた。
結果、残ったのは無傷の俺。
それと、長さ3m程の深い爪痕が刻まれたアスファルト。
四谷は顔に日光を受け、爽やかな笑顔で言う。
「だから言ったろ? 動くな、ってさ」
俺は緊張の糸が切れると同時に、頭の中で別の何かが切れかかった……が、かろうじて繋がった。
「ざっけっんなボケ!! シャレにならねーんだよテメーがやると! 死ぬかと思ったわ!! つーか殺す気だったろ途中まで!!」
安堵と共に溢れ出る怒りを思いのままぶつけてやった。ぶん殴ってやろうかとも思ったけど痛いのは俺だけなので抑える。
「ソンナワケナイダロウメジロクン。ボクニキミヲコロスナンテデキルワケナイジャナイカ」
急に片言になりやがった。どうやら反応を見るに途中で正気に戻ったらしい。不発弾みたいなヤローだ。
「……いやマジにごめん。最近なんか本当に心をへし折られてばっかりで、ちょっと死にそうだったんだ。済まなかったな」
かと言って深く頭を下げられても反応に困るんだよ。
「……ったく、次やったら突然変異体αですって言ってNASAに売っ払うからな」
まあ、確かに気持ちは良くわかる。3人の彼女候補を逃した上にさっきのトドメだ。おかしくもなるかもな。
元凶の一人である女を見ると、相変わらずのニヤケ面。だが、僅かに冷や汗が垂れているのが確認できた。
さすがに四谷の力を目の当たりにして平常心は保てなかったか。
ざまーみやがれ。少しばかりスカッとしたぜ。今の気分は悪くねぇし、飯の奢りかなんかで許してやるか。
「じゃ、そーゆーわけだから。運命の相手は誰か他の奴を探してくれ」
俺は女の顔もロクに見ず、手を振って歩き出す。
こんな恐ろしい女にはもう関わりたくねぇ。神に出くわした無神論者の心情がよーくわかるぜ。
「特に僕なんかどうでしょう。運命感じちゃったりしません?」
そのまま戯言を吐いている四谷の髪を引っ張り、改めて帰路につく。
「心配しなくても貴方と私は近い内にまた出会うでしょう。その日までお元気で……進くん」
……どこまでも食えねぇ女だ。俺は返事の代わりに良く響く舌打ちをかました。
「なるほ……のひと……んせが……うて……」
後ろから、呟きの断片が聞こえた。……何の話だ?
随分と心身が疲れたので、その後は風呂入ってすぐ寝た。
「……これが昨日の話だ」
「運命に、読心術……か。にわかには信じがたい話だが、お前が言うなら確かなんだろうな」
大塚は真面目に考え込んでしまった。こいつは俺とは逆に、見える物が全てじゃないって考えを持っている。
話はたまに合わなくなるが、性格はそうでもねぇ。
「ま、あの電波女とは連絡先も交換せずに別れたし。二度と会う機会はねーだろーな」
「この間みたいに転校してくるんじゃあないのか?」
大塚は昨日の女を思い出すような意地の悪い笑みを浮かべる。
ちょっとばかし不快だったが、俺はそれをからからと笑い飛ばした。
「そのパターンは二回は有り得ねぇだろ。そもそも転校生が入れる席がもう無くなったからな」
「まあ、さすがにな」
「どうしたの? 何の話?」
神田が会話に割り込んできた。
「ああ、実は……」
いきさつを説明しようとした瞬間、タイミング悪く先公が戸を開けて入ってくる。
神田は名残惜しそうに着席。
運命も糞も無い、いつも通りの授業が始まる。
「あー、今日は教育実習生が来たんだ。簡単に自己紹介を頼みます」
運命も糞も無い、
「おい見ろ目白、かなり美人だぞ? 高校生くらいに見えるけど、ちょっと目つきが妖しいな……悪くない」
いつも通りの授業が、
「こんにちは、私の名前は池袋と申します。よろしくお願いしますよ」
始まる。
「池袋先生! 僕です、運命の相手の四谷孝文です! 結婚して下さい!」
……しつこいようで悪いが、俺は運命とか信じねぇからな。
少しばかりの家庭の事情があって、極端な遠出をしたことはほとんど無かったし、海外に行くことなど皆無だったんだ。
珍しい物と言えばせいぜい動物園や水族館に行ってきました、程度。
見解が広いわけでもねぇ、世間を知らない癖に口だけは達者な糞ガキ。それが俺だ。
そんな糞ガキの俺が二つだけ断言できることがある。
俺がこの目で見た全ての中で一番強いのは、四谷だ。
そして――
俺が考え得る全てのシチュエーションの中で、今の状況が一番最悪だ。
一帯の空気が張り詰め、静電気のような何かを頬で感じた。
四谷が飢えた狼のように低く喉を鳴らしている。
こちらを見据えるその表情に、理性など一片も見られない。
可愛い表現をするなら、それは鎖を引き千切った猛獣だった。
「ここからいなくなるしかないなぁぁ目白ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
死刑宣告。
やばいやばい、死ぬ! この世から消される! 女なんてどうでもいい、とにかくこいつを落ち着けないと……
「まっ、待て、お、おち、落ち着け四谷! おお俺はぶぇ、別に運命とかか」
落ち着かないのは俺も同じだった。舌が乾き、絡まり、攣りそうになり、口から言葉が上手く出てこねぇ。
視界の端で占い女を捉えた。俺はどうにか片目で女を見ながら、
(おいお前俺が運命の相手なんだろおいこの状況なんとかしろよ俺死ぬぞおいこら早くねぇ早く)
と視線で訴えかけ、必死に助けを求める。口で言うより遙かに早く伝達することができた。
瞬く間に『返事』が返ってくる。
(ちょっとあなたの心がぐっちゃぐちゃなのでよくわからないんですけど、多分大丈夫ですよ)
チェシャ猫のような笑みは崩さずにウィンク。ぐ、と親指を立てやがった。あー可愛い。
死ね。
死ぬ。
「動くなよぉ動くなよぉ絶っ対動くなよぉぉぉぉぉぉぉ」
言われなくても俺は動けねぇよ。
右手に手刀を作り、弓を引き絞るように、ゆっくりと、じっくりと振り上げる。
その構えには、慈悲も容赦も遠慮も手加減も一切無かった。
俺の頭の隅で臨時ニュースの如く走馬燈が流れ始める。……ああ、あまりいい人生では無かったな。
ふ、と四谷が息を吸う。
……終わった。
ひゅ、と風を切る音がした。
ほとんど同時に、落雷が目の前に落ちたような爆音も響いた。
四谷の手刀は俺の横、空を斬り……何にも接触する事無く、その動きを止めた。
結果、残ったのは無傷の俺。
それと、長さ3m程の深い爪痕が刻まれたアスファルト。
四谷は顔に日光を受け、爽やかな笑顔で言う。
「だから言ったろ? 動くな、ってさ」
俺は緊張の糸が切れると同時に、頭の中で別の何かが切れかかった……が、かろうじて繋がった。
「ざっけっんなボケ!! シャレにならねーんだよテメーがやると! 死ぬかと思ったわ!! つーか殺す気だったろ途中まで!!」
安堵と共に溢れ出る怒りを思いのままぶつけてやった。ぶん殴ってやろうかとも思ったけど痛いのは俺だけなので抑える。
「ソンナワケナイダロウメジロクン。ボクニキミヲコロスナンテデキルワケナイジャナイカ」
急に片言になりやがった。どうやら反応を見るに途中で正気に戻ったらしい。不発弾みたいなヤローだ。
「……いやマジにごめん。最近なんか本当に心をへし折られてばっかりで、ちょっと死にそうだったんだ。済まなかったな」
かと言って深く頭を下げられても反応に困るんだよ。
「……ったく、次やったら突然変異体αですって言ってNASAに売っ払うからな」
まあ、確かに気持ちは良くわかる。3人の彼女候補を逃した上にさっきのトドメだ。おかしくもなるかもな。
元凶の一人である女を見ると、相変わらずのニヤケ面。だが、僅かに冷や汗が垂れているのが確認できた。
さすがに四谷の力を目の当たりにして平常心は保てなかったか。
ざまーみやがれ。少しばかりスカッとしたぜ。今の気分は悪くねぇし、飯の奢りかなんかで許してやるか。
「じゃ、そーゆーわけだから。運命の相手は誰か他の奴を探してくれ」
俺は女の顔もロクに見ず、手を振って歩き出す。
こんな恐ろしい女にはもう関わりたくねぇ。神に出くわした無神論者の心情がよーくわかるぜ。
「特に僕なんかどうでしょう。運命感じちゃったりしません?」
そのまま戯言を吐いている四谷の髪を引っ張り、改めて帰路につく。
「心配しなくても貴方と私は近い内にまた出会うでしょう。その日までお元気で……進くん」
……どこまでも食えねぇ女だ。俺は返事の代わりに良く響く舌打ちをかました。
「なるほ……のひと……んせが……うて……」
後ろから、呟きの断片が聞こえた。……何の話だ?
随分と心身が疲れたので、その後は風呂入ってすぐ寝た。
「……これが昨日の話だ」
「運命に、読心術……か。にわかには信じがたい話だが、お前が言うなら確かなんだろうな」
大塚は真面目に考え込んでしまった。こいつは俺とは逆に、見える物が全てじゃないって考えを持っている。
話はたまに合わなくなるが、性格はそうでもねぇ。
「ま、あの電波女とは連絡先も交換せずに別れたし。二度と会う機会はねーだろーな」
「この間みたいに転校してくるんじゃあないのか?」
大塚は昨日の女を思い出すような意地の悪い笑みを浮かべる。
ちょっとばかし不快だったが、俺はそれをからからと笑い飛ばした。
「そのパターンは二回は有り得ねぇだろ。そもそも転校生が入れる席がもう無くなったからな」
「まあ、さすがにな」
「どうしたの? 何の話?」
神田が会話に割り込んできた。
「ああ、実は……」
いきさつを説明しようとした瞬間、タイミング悪く先公が戸を開けて入ってくる。
神田は名残惜しそうに着席。
運命も糞も無い、いつも通りの授業が始まる。
「あー、今日は教育実習生が来たんだ。簡単に自己紹介を頼みます」
運命も糞も無い、
「おい見ろ目白、かなり美人だぞ? 高校生くらいに見えるけど、ちょっと目つきが妖しいな……悪くない」
いつも通りの授業が、
「こんにちは、私の名前は池袋と申します。よろしくお願いしますよ」
始まる。
「池袋先生! 僕です、運命の相手の四谷孝文です! 結婚して下さい!」
……しつこいようで悪いが、俺は運命とか信じねぇからな。