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「天才弟と私」

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「はぁ…………」
 1週間前、2年付き合っていた彼氏に振られた私は未だ立ち直れずにいた。長い間付き合った相手に振られるショックはもちろん大きかったわけだけど、それ以外にも理由がある。
「ねぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁん」
 どたどたと2階から何者かが降りてくる足音がする。それはそのまま私のいるリビングに直行。ドアが勢いよく開け放たれ、私に抱きつかんと飛びかかってきた。
「うっせぇ!」
 私はそれを足で蹴り返す。クリティカルヒットしたらしく、ぐえと漏らし仰向けになって倒れた。私はまた、はぁとため息をつく。
 もうひとつの理由が今床に転げているこれ。弟のユズキ。こいつにかまっているせいで私は自分の傷を治すような暇など持てないのである。
 ユズキは私と6歳差。今は中2で、まさに思春期真っ只中。女の子に興味津々の彼は、私にいろいろとちょっかいをかけてくる。と言うよりセクハラか。さっきのように抱きついてきたり、下着を盗んだり、お風呂を覗こうとしてきたり。本当にもう勘弁してほしい。私のパンツを被ろうとしていた時は戦慄した。このままいけば将来は変態間違いなしである。もう十分変態だけど。あと中2にしたって低すぎる精神年齢も何とかして欲しい。けれど、どうにもユズキを嫌いなることはできなかった。嫌ってしまえば拒絶することもできるのに。全くどうしたものか。
 そんな私の悩みの種は未だ寝そべったままで微動だにしない。ちょっと強く蹴りすぎたかなぁ。……と思ったらぴくりと動いた。ちっ。
 どうやらさっき当たったのは顔、特に鼻らしい。ユズキは鼻を押さえながら身体を起こす。もう一度飛びついてくるかと思ったが、そうではなく何かを差し出してきた。何かと思って持っているものを見てみる。普通に金槌だった。
「ほら出来たんだよ。これ」
「……すんごくリアクション取りづらいんだけど。え、何? 工具入れから持ってきたの?」
 ユズキは、私の言葉が予想通りとばかりに自信満々といった表情を見せる。ということは金槌ではないのだろうが、どうでもいいものであることは目に見えている。
「ところがどっこい違うのだ!」
「じゃあ何?」
「きおくはかいそーち」
「は?」
「つまり、これで頭を殴ればそれまでの記憶が木端微塵なのだよ!」
 どういうわけかこいつは記憶破壊装置なるものを作ったらしい。でもこの見た目普通の金槌も叩けば本当に記憶が吹っ飛ぶのは間違いない。一般的な目から言えば記憶破壊装置なんてユズキの頭がおかしいように思うかもしれないが、何を隠そうこいつは中2にして発明家なのだ。そこ、胡散臭いとか言わない。
 俗に言う天才というやつ。私は昔天才というのは勉強のできるやつに対する称号だと思っていたけど、ユズキを見ているとそれは間違いだということに気付いた。しかし、天才というのはどんな形であれ妬まれるもので、学校では浮いてしまっているらしい。出る杭は打たれるというやつだ。だから遊び相手は私しかいない。ユズキのセクハラを受け続けても突き放さないのには、そういう理由もある。
 そんな天才こと、私にとったら天災の面も捨てきれないけれど、ユズキは才能こそあれ実用的なものは造れない。現にこんな記憶破壊装置なる馬鹿げたものを造っている。決して造らないのではない。過去の発明品を見てもまともに使えるものは一つもない。この金槌、特定の記憶を破壊できるならいいが、きっと昔からの記憶全てごっそり持っていくに違いない。
 例えば、超万能包丁。なんでもすっと切れるのはいいのだが、なんとまな板まで切れてしまったので倉庫にお蔵入り。他には四次元鞄。どれだけ物を入れても入る。けれど、取り出すのは難しい。四次元の広大な空間に投げ出された物を見つけることは出来ないからだ。というわけでお蔵入り。まだまだ例をあげればキリがない。おかげでうちの倉庫は破裂寸前だ。
 そう、ユズキの発明品はどれも大雑把、加減を知らないものばかりなのである。でも彼の発明はどれも素晴らしいものだと私は思っている。調子に乗るから口には出さない。私はユズキが何か造ってくる度に同じ質問をする。
「ふぅん。でもなんでこんなの造ったのさ? 」
「使うやつがいるからに決まってんだろう」
「誰さ?」
「ねーちゃん」
「なんで私が使うのさ?」
「だって、ねーちゃん、振られてへこんでたろ? だったら忘れちまえばいいじゃんか。しおらしいねーちゃんなんてらしくなさすぎだぞ。オレ、ねーちゃんにはいつも笑ってて欲しいんだ」
 モノを造る時、一番大事なものはなんだろうか? 
 実用性? 汎用性? コスト? 私は違うと思う。青臭いと言われるかもしれないが、いや確実に青臭いのだけれど、気持ちだと思っている。
 ユズキはものを造る時、必ず誰かのために造る。そして自分のために造ったことはない。少なくとも私が記憶している限りはそうだ。彼の造るものは全てが全て、実用性に乏しい代わりに誰かを想う気持ちが詰まっている。
 元来そうなのか、天才が故の孤独が人を求めてそうなったのかは知らない。どっちでもいい。そんなユズキがどうしても可愛く思えて、強く抱きしめたくなる。
「あんた馬鹿でしょ。そんなことしたらあんたのことまで忘れちまうでしょうが」
「え? あ、忘れてた」
「おいで」
「いいの? わほーい!」
 無邪気に飛び込んでくるユズキ。
「いつか、人のためにちゃんとしたものが造れるようになればいい。ユズキには才能があると思うよ。天才とかそんな知能の話じゃなくて、未来を素敵にする才能が。その時を私はずっと、待ってるよ」
 いつの間にか腕の中で眠ってしまった天才に、私はそう囁いた。

 後日談。
「ねーちゃん、新しいの出来た!」
「ん? なーに」
「もみもみマシーン!」
「嬉しいけど、生憎、私は肩凝ってないんだよね」
「違うよ」
「じゃあ何?」
「いや、この前抱きついた時も思ったんだけど、ねーちゃんは大人にしては胸が寂しーみたいだから。これで大き……」
「余計な御世話だ!」
 私はソファーの上のクッションを投げつける。真っ直ぐ飛んで行ったそれは、寸分違わずユズキの顔面を直撃した。
 ユズキめ、失礼ったらないぞ。つうか寂しいとか言うな、スレンダーと言え!

 彼が本当に人のためになるものを造れるようになるにはまだまだかかりそう。頑張れよと、心の中で言った。

 あ、そうだ。ついでにもうひとつ。
 早く思春期抜けろ、この変態!
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