午後五時半。
「まじかーるメリィ!」
画面では、小学生であろう少女が何かを叫んだかと思うと普段着から一転ファンタジーというかファンシーというか現実からかけ離れた姿をしていた。
鮮やかな赤の派手なドレスのような格好であり、スカートであるのを気にしないかのごとく箒に乗って空をとぶ。
「ねぇ、ねぇ、ママー」
例えはしたない恰好であったとして、魔法少女という響きは女の子に夢を与える存在である。メリィはアニメではなく実写である分よりその憧れを増すようだ。これがまた完成度が異様に高いらしく、本来批判を浴びそうなものだと思うが、いっさいそう言ったことは無く熱の上がったファンを増やし続けている。再放送と言えど熱気はやむことがない。
その中の一人である三井晴香は、画面に食い入るようにしながら母親を呼んだ。彼女は小学三年生。字は漢字もそこそこ書けるようになり計算も九九はとうに終わっている。場合によっては小ずるくなっていくような年頃である。
「なぁに」
夕飯の支度をしている香織は呼びかけに応じる。トントンというリズミカルな音につれて、人参はまな板の上で分割されていた。
「メリィって大人になったら魔法少女じゃなくなるのかなぁ?」
「うーんどうかしらね。晴香はどうおもう?」
「わかんない」
大人はこの頃の子供の夢は否定しない。例えばメリィになりたいという夢だって構わない。大きくなって現実的な話になれば別問題ではあるだろう。
だが、それについて質問されると途端に困ってしまう。こんな感じの、答えようもない質問だ。別の例を出すと、どうやったら魔法少女になれますか? なんて聞かれてどう答えればいいのだろう。「じゃああなたはどう思う?」と返せば大抵事なきを得るが、誤魔化せない時はどうすればいいのかはわからない。
「まぁ、そのうちに分かるわよ」
香織は娘の頭を撫でながら微笑んだ。
その夜。
晴香はもう寝てしまっていて、香織は旦那を出迎えるために起きていたところだった。
何もしないのもなんなので、リビングの真ん中に位置するこたつにぬくぬくしつつテレビをつけた。好きなドラマも終わってしまい、なんとなくつけたニュースをみる。しかし小難しい話はどうにも肌に合わないので段々と眠気が襲ってくる。こたつもそれを助長した。
「いけないいけない」
言い聞かせながら首を振って目覚めようとする。そして、このままでは確実に気付けば明日の朝になってしまうので、チャンネルを次に移すことにする。しかしあまり好きではない芸能人のドキュメンタリーだった。
仕方ないと思い、香織は何かないかと新聞に乗っている番組欄を眺める。
「はぁ、懐かしいわねぇ」
と、夕方晴香の視ていた番組の欄を見てそう漏らす。
「まさかこの歳になって昔の自分を見ることになろうとは思いもよらなかったわ。なんて恥ずかしい恰好をしていたのかしら。晴香は喜んでみてくれているようだけど、なんだかこそばゆいわね。嬉しいような、隠したいような……」
懐古しながら、少し頬を赤らめている。そしてあの頃は若かったなぁと思うと、なんだか年をとってしまった感じがしてすこし苦い顔をしてしまう。
ピンポーン。
そうしているうちに、リビングに玄関のチャイムの音が鳴る。
「あ、返ってきたみたいね」
香織は扉を開けに立った。
女の子に夢を与えてきた魔法少女。大人になったらどうやら魔法は使えなくなるらしい。
魔法少女の続きと言うなら、こんなごく普通の生活を放映することになるだろう。夢も何もない何処にでもある普通の家庭。
「おかえりなさい」
「ただいま」
寒そうに肩をすくませていそいそとリビングへかける夫の背中に隠れて、香織は温かく笑う。
それは、とても幸せそうだった。