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「最強の理由」

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 とある平和な王国、ローレンツ。最後の戦争が終結してもう100年になる。
 国民はもうすっかり平和ボケしてしまっているが、兵役はまだ残っている。と言っても実際は専ら町の警備をするくらいで危険は少ない。唯一の危険と言えばたまに町の付近に降りてくる魔物の相手くらい。しかもその魔物は決して強くはない。
 平和は国を豊かにした。兵器を開発する必要のなくなった研究者たちは皆他の分野の研究に打ち込み様々な技術を開発したのである。結果研究者たちの地位は向上。より良い環境で研究できるようになり、100年経った今、ローレンツは技術大国として名を馳せていた。
 そんなある日大事件が起きた。最近どうやらこの国で一番高い山にドラゴンが住み着いたらしいのだ。ドラゴンは本の中だけの生物だと思われていたので、人々の反応は恐怖も半分興味も半分と言った風。ただ研究者たちだけは恐怖よりもはるかに興味が勝っており、新しい研究対象に目を光らせていた。
 当然のことながら国はドラゴンの存在を放置することはできなかった。国王は大臣たちと相談し、国一番の部隊に指令を与えることにした。

「だから嫌ですってば!」
 そう言ってアルトは自分の部屋に帰ろうとする。しかし何故か進めない。ペコがアルトの服を必死に掴んでいるからだった。
「そんなこと言ったって、うちらの中でドラゴンの相手できそうなのはアルトくんくらいしかいないんだよ。やるだけやってみたけど私の弓全く効かなかったし。他の人も全く歯が立たなかったらしいし」
 ペコはとても可愛らしい女の子。そもそも女の少ない役職場なのに、更に可愛いとくれば誰が放っておくだろうか。噂ではファンクラブもあるらしい。そんな彼女に服を掴まれ、せがまれるなんて周りの人からすれば羨ましい限りなのだが、アルトにとっては鬱陶しいだけだった。
「それは一人で戦った結果でしょう! なんで複数人で行かないんですか!」
「いや、大人数対一匹って虐めみたいじゃない。で、複数人というのはアルトくんも含んでの話?」
「違います! 僕が居た所で足を引っ張るだけです!」
「大丈夫! むしろアルトくんが来なかったら終了! さぁドラゴン捕まえにレッツゴー!」
 ここまで無理やり引っ張られるのにはちゃんとした理由がある。アルトはローレンツで史上最強と謳われている剣士なのだ。国の武闘大会で史上初の5年連続優勝を飾ったのだから当然だ。しかも初優勝は最年少記録更新である。しかしアルトは一切得意げになることなくむしろ非常に謙虚。性格がとてつもなく良い彼は、誰からも好かれ人気が高かった。飛びぬけた人間は何かしら妬まれるものだが、アルトに関してはそんなことはなく、全員が全員彼を認めていたのだった。しかし欠点がないかと言えばそうでもない。そのために実力を持ちながらも隊長にすらなれていないくらいだ。逆にその完璧すぎないところがまた人に好かれている。
「しつこいです! あと、服離してください!」
「行くと言うまで離さないよ!」
「仕方ない……。とう!」
 アルトは手刀をペコの脳天に一直線に振りおろした。服を引っ張ることに集中していたペコは反応が遅れ、見事にクリティカルヒット。ぐえ、という女の子らしからぬ声を出して当たった部分を両手で押さえている。更に良く見ると目に涙を浮かべている。
「いったぁー! 女の子叩くとか酷くない? ていうか、この強さは人に向けるもんじゃない!」
「だってしょうがないじゃないですか。君だって知ってるでしょう? 僕はうまく加減ができない。僕だって本当はやりたくなかったですよ。一応言っておくと、相手は選んでます。頑丈なことに定評のあるペコちゃんならOKでしょう。」
「全然OKじゃないよ! ……本当、それどうにかできないの? アルトくんにツッコミをされたらと思うと迂闊にボケることもできないんだけど」
「僕はツッコミをする性格ではないので思う存分ボケてもらって構わないのですが。でもこれを治せというのは無理です。人は色々我慢し自らを調節するそうですけど、僕の場合このすべてを受け入れてしまう性格のおかげで我慢する事柄がそもそも存在しなかった。いや、性格のせいでと言うべきでしょう。だから僕は我慢、つまり加減することを知らないし理解のしようもないんです」
「まぁ、すぐに直せと言われて治るものでもないだろうけど。……本当に来てくれないの?」
「ええ、すいませんが」
「アルトくん大好きっ!」
「その手には乗りませんよ。」
「えー、本当なのに。そう、じゃあしょうがないな、最終手段だね」
「え?」
 ペコはにんまりと笑った。無垢な笑顔なら歓迎するところだが、どう考えても良くないことを企んでいる表情だった。
「隊、長、命、令」
 実を言えばペコは隊長である。女ながら指揮、統率の才能を買われ異例のスピードで出世を遂げた。もちろん戦闘などのその他のスキルも他の兵士に劣るわけではない。権力をふるわれてしまっては兵士を辞める以外逃げる方法はない。
「……分かりました。行きますよ」
「本当? アルトくんがいれば百人力だ!」
 やったーと片腕を突きだすペコに対して、アルトはただ深い溜息をつくばかりだった。
 3日後、アルトを含むペコ部隊は装備を整えドラゴンの所へと向かった。

「だから言ったじゃないですか。僕がいると足手まといになるって」
 アルトはペコの方を見た。ペコはあははと誤魔化し、視線を外す。
「いやー、だってここまで強いとは思わないじゃない。だってうちら誰一人まともに相手にできなかったのに」
「そりゃあ君たちには自制心がありますからね。殺生に対してブレーキがかかるんでしょう」
「アルトくんだって、うちら相手の時は手合わせしても殺さないじゃん」
「人間とそれ以外は別です。まぁ、最低限の自制心はあって助かってます」
「それにしたって……」
 アルトはドラゴンの頭の上に立っていた。ドラゴンはまだ生気の残る強い眼をしているが、その頭のあとには本来あるべきものが続いていなかった。剣によって分断された身体はもう動くことなく横たわっている。
「これで分かりましたか? 討伐ならともかく捕獲の任務に僕を置くべきじゃないんですよ。殺さないままなんてそんな手加減、僕には無理ですから。やっぱり僕は来るべきじゃなかったんです」
 そう言うアルトに対しペコは、そんなことないよ、と返した。
「うちらだけだったらそれ以前の問題だった。もしかしたらやられちゃってたかも」
「役に立てていたのならいいんですけどね。結果として指令は失敗しちゃったわけですからね」
「ぶっちゃけ失敗してもいいかなーとは思ってたし、いいよ別に」
「なんでですか?」
 アルトは首をかしげる。その言葉の意味がいまいちよくわからなかったのもそうだが、なによりその声音がいつになく真面目な風をかもしていたからだ。
「だって捕獲って。おかしいと思わない?」
「研究者たちがごねたんでしょう。今じゃ研究者は政治に口出しできるレベルに達してますからね」
「いくら初めて観測された生き物だからって、そんなに研究が大事なのかな? 弱いやつならともかく、こんな強いドラゴンを捕獲限定なんて。安全が第一でしょうに。技術の進歩ってそんな大事なもの?」
「少なくとも僕たちの命よりはそうなんでしょうね」
 技術大国なんてのは所詮そんなものです――そう続けた。実際その通りだ。人は得意なものを見つけると本来の目的を見失う。人の為に技術を向上させていたものが、技術の向上のために人を犠牲にするようになった。兵士なんていうのは所詮体のいい捨て駒だと、そういう認識だ。
「――気に入りませんか?」
 アルトはぼそりという。
「うん?」
 ペコは聞こえなかったらしく首をかしげる。アルトはもう一度、今度は大きな声で言う。真剣な顔で。いままでで一番、思いつめた表情で。
「この国が、気に入りませんか?」
「え? ええ、まぁ好きではないけれど」
 突然の問いかけに半ばたじろぎながら意志表示。それを受けてアルトは決意した。
「じゃあ潰しましょう」
 あまりの突拍子もない発言にペコの目が開く。とっさに言葉が見つからない。けれど、どうにか探し当てて言葉にする。
「いや、どうしたの? いきなり」
「嫌いなら無くそうと言ったんです。一応自然な話の流れだと思いますけど」
「そういったらそうかもしれないけどざ、国を敵に回すの? だめだよ。確かにわたしはこの国が好きじゃない。だけど、アルトくんたちがいてくれれば満足だから。それに、なんで君がそこまでするの?」
「何度も言わせないでください。僕は加減を知らないんです」
「だから、なんでわたしの為にそこまでするのってことだよ」
 アルトは息を吸いなおして、言った。
「だから。――好きな人を守るためならば、僕はなんだってするんです」
 それは間違いない、告白だった。いきなり。けれど彼にためらうような神経はそもそもない。ただ言うタイミングがなかっただけ。だからある意味、ごく自然な告白だった。
「私のことが、好き?」
「ええ、気づいていませんでしたか? 少なくとも、君が僕を好いている以上には好意を持てていると思いますが」
 沈黙。ペコは今日もう何度驚いたか分らない。だが、確実に今一番驚いていた。そして嬉しかった。ようやく笑みが漏れる。
「ははっ、なにそれ。残念ね、わたしは君が思っているよりずっと君が好きだよ。それ以上に好きって言える?」
「もちろん、加減を知りませんからね」
 アルトは間を空けず、しっかりと言った。ペコももう止める気はなくなっていた。止まらないことは分かっていたし、なにより嬉しかったから。
「まぁ、じゃあ期待しないで待っててあげる。お土産はいらないよ。史上最強の剣士の謀反なんてそれだけでお腹いっぱいだもん。あ、でもちゃんと帰ってくること。隊長命令」
「はいはい。では、行ってきます」
 お互いに手を振る。ペコはこのとき、なぜアルトが史上最強とまで謳われるかが分かった気がした。

 加減を知らないとは、なんでもできるということだ。
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