「和泉君、一体どういうことかしら?」
僕は今、担任の栗原先生によって職員室に呼び出されていた。
呼び出しの理由は、ここ数日の連続遅刻だ。
どうして連続で遅刻をしてしまったかって?
それは実に簡単な理由で、夜遅くまでゲームをやっていたからなのだけれど。
そんな事を先生に言える訳もなく、僕は必死に言い訳を考えていた。
「えーっと・・それはですね・・。」
「和泉君、あなたね、今週全部遅刻してるの。わかる?五日も連続で遅刻してるのよ?」
「はい・・すいません・・。」
先生はため息をつきながら、椅子に座ったまま煙草に火をつけた。
先生、職員室は禁煙では?
と一瞬思ったが、今は機嫌が悪そうなので突っ込みは止めておくことにした。
「あのね、和泉君。遊びたい盛りなんだし、夜更かしするのは悪いことじゃないわ。
でもね、それで学校を遅刻するとか、やっぱりそういう事になるのはいけないと思うの。」
おっしゃる通りです。
もはや返す言葉も御座いません。
でも先生、僕がゲームの世界へ現実逃避するほど、現実生活にウンザリしている事ぐらいわかってください。
「とりあえず、来週からトイレ掃除をしてもらうわ。」
「げ・・そうでした・・。」
しまった、肝心な事を忘れていた。
この学園では一ヶ月に三回以上の遅刻をした生徒は、一週間一人でトイレ掃除という地獄な掟が存在したのだ。
前にも言ったと思うが、この学園のトイレはボットン便所なため、強烈な悪臭を漂わせている。
そのトイレを一人で掃除というのは、流石の僕でも挫けそうになる。
「まぁそういう事よ。これからは遅刻しないでちゃんと来るようにね。
それと、トイレ掃除サボったりすると、お仕置きだからね。」
ちょっと美人眼鏡教師のお仕置きがどんなものか興味はあるのだが、鞭や蝋燭が出て来ると困るからサボらない事にしよう。
僕は先生に頭を下げて謝ると、職員室を後にした。
そして廊下に出た瞬間、謎な男子生徒集団に声を掛けられた。
「君、我らが栗原先生ファンクラブに入らないかい?」
「・・はぁ?」
栗原先生ファンクラブを名乗る男の集団は、全員が腕章をしていた。
栗原悠命、と書かれた腕章を。
「あぁ、いえ。そういうのに興味は無いんで結構です。」
そう言いのけると、僕はトイレ掃除のためトイレへ向かおうとした。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「待てや、糞餓鬼が。」
「・・え?」
僕が振り返った先には、鬼のような形相でこちらを睨むファンクラブ集団が居た。
またもや嫌な予感をビシビシと感じる。
あぁ、一体今までに何回嫌な予感ってやつを感じただろうか。
「お前、栗原先生に興味が無いだとぉ?」
「え・・いや、その。」
「今言ったよなぁ?確かに聞こえたぞ。興味が無いだとぉ?」
「いえ、先生に興味が無いんじゃなくって、ファンクラブに興味が無いだけで・・。」
「うっせぇボケが!逆さづりにすんぞコラァ!?」
あぁ、どうしてだ。
僕は何も悪いことなんてしていないのに。
何故か毎回ひどい目に合ってしまう。
これが主人公の宿命とやらなら、今すぐに脇役へのポジションチェンジを願いたい。
「まぁ良い、とりあえず来いや。お前の根性叩き直してやるぜ。」
「は!?」
両腕をガッチリと二人の男子生徒に捕まれる。
え、何ですかこの展開は。
僕は一体これからどこに連行されると言うのでしょう?
わかる人、居ますか?
「行くぞコラァ!」
「ちょっ・・離して下さいよ!」
「黙れコラァ!ほら、行くぞい!」
誰か助けて。
僕が拉致された先は、体育館裏にある小さな倉庫だった。
どうやらここが、栗原悠ファンクラブの本拠地のようだが。
まぁ、冷静を装って話している僕だが、実際のところは両手両足を縛られて壁に貼り付けられているのだ。
何でこんな目に?
「あの、すいません。僕はどうなるんでしょうか?」
「あぁん!?うっせぇ!総統が来るのを待ちな!」
総統ねぇ。
大方ファンクラブの会長ってとこなんだろうけど。
どこから総統なんて呼び名が出たのか謎で仕方がない。
まぁ別に命を取られる訳ではないだろうし、僕は冷静に流れに身を任せることにした。
どうやら繰り返される非日常的な生活のおかげで、少しは強い精神を持てたようである。
総統だろうが何でも来るが良い、僕は負けはしない。
そんな風に一人脳内でいろいろ考えていると、総統と思われる男が姿を現した。
「総統、おはようございます!」
「おはようございます、総統!」
「総統、おはようごぜーます!」
ファンクラブの男たちは、次々に頭を下げながら挨拶を始めた。
そして総統は、僕の前に立ちはだかった。
総統と呼ばれる男はものすごい筋肉質で、本当にもうプロレスラーかと思える程のガタイだ。
まさに大男と呼ぶのに相応しい。
ちょ、お前本当に高校生かよと突っ込みを入れたい。
「えーっと・・総統さんですよね、初めまして。」
「・・お前が栗原先生を馬鹿にした、愚か者か。」
愚か者でもなければ、先生を馬鹿にした覚えも無い。
どうしてこんなに無理矢理ストーリーを進めようとするのだ。
それも僕が不幸な目にあう方向で。
「ちょっと待ってください、僕は先生を馬鹿にしてなんていません!」
「・・言い訳など女々しいことを言いおって。」
「いや、だから言い訳とかじゃなくて!本当に馬鹿にしてなんていませんよ!」
「問答無用じゃぁ!」
そう言うと総統は大きく振りかぶり、僕の腹部目掛けておもいっきりパンチを繰り出した。
「ぐばぁっ!」
両手両足を縛られているため、ガードする事など出来る事もなく、おもいっきり直撃する。
筋肉男のパンチなんて反則じゃないのか!?
もはや吐血しそうな程の痛みに耐えながら、必死に弁解する。
このままでは命の危険を感じるからだ。
どこのどいつだ、命を取られる訳じゃないなんてのん気なこと言った奴は!
「っちょ・・ほ、本当に馬鹿にしてないんですってば・・ってか痛てぇ・・。」
どうして僕がこんな目に。
遅刻か?遅刻したのがそんなにいけなかったのか?
だからって、こんな男塾みたいな奴に殴られるなんてどんな超展開だよ。
「まーだ言い訳しよるんか、このボケがぁ。」
「・・ほ、本当に言い訳じゃなくて・・馬鹿にしてないって言ってんだろ・・!」
「もう良い。お前の話はつまらん。」
「だ、・・誰もあんたを楽しませようなんて思ってないっての!」
「うるさい奴だ・・。喋れないようにしてやる。」
「っちょ!勘弁!」
叫ぶ僕の声も虚しく、総統のパンチはまたもや僕の腹部にモロにヒットした。
まさに痛恨の一撃である。
「ぐはぁぁッ!」
やばいよこれ、もう痛いなんてもんじゃない。
今にも吐血しそうだよ、いやマジで。
ってか何だよこの展開、作品違うだろ・・。
いつもの精神的ダメージを受ける日常生活に戻ってくれよ。
物理的ダメージは、流石に耐えられん・・。
「どうじゃい、大人しくなったかい?あぁ?」
「・・大人しくなりますから、もう勘弁して下さいよ・・。」
「お前・・まだ逃げようとしよるんかい!」
総統、お願い話聞いて。
「もうええわい、お前ら!やってまえ!!」
総統の掛け声と共に、ファンクラブの男たちは一斉に僕を取り囲む。
そしてそれぞれが思い思いの方法で、僕に殴る蹴るなどの暴行を加えるのだ。
もはや、リンチ。
「っちょ!・・ぐはっっ!・・やめ・・・痛てぇ!」
死ぬって。
何だよこれ、まるで不良に絡まれてボコされる苛められっこじゃないか。
あぁ、だんだん目の前が暗くなって逝く・・。
人生苦労ばかりだったなぁ。
死んだら絶対化けて出て、新都町まるごと呪ってやる。
ファンクラブ集団の攻撃を全身に浴びせられた僕は、本気で堕ちかけていた。
もうダメだ、そう思った次の瞬間。
けたたましい音と共に、突如倉庫の入り口が勢いよく開いたのだ。
「誰じゃい、コラァ!?」
総統の雄たけびを合図に、ファンクラブ集団全員の視線が一点に集まる。
僕も霞んで見えにくい瞳で、必死に状況を把握しようと倉庫の入り口に視線を送った。
そして、そこに居たのは───。
「・・あなた達!一体何してるの!?」
そこに居たのは、間違いなく美人眼鏡教師栗原悠の姿だった。
良かった、助けが来たようである。
ちょっと遅いけどね。
「く、栗原先生!?ど、どうしてここに!?」
「あなた達が和泉君を無理矢理連行していったって目撃情報が耳に入ったのよ。」
「く・・だからって先生がどうしてここに・・!?」
「自分の生徒が酷い目に合っているのに、助けに来ない教師が居ますか?」
栗原先生は凛とした表情で、力強く総統やファンクラブ集団を威圧する。
先生を崇拝しているこの集団にとって、これ程やりにくい展開は無いと言ったところだろうか。
皆、さっきまでとは一転して大人しくなっている。
「あなた達、自分が何をしたかわかってるの!?」
「お、俺たちは・・先生を馬鹿にしたコイツが許せなくて!ほ、本当ですよ!」
いや、だから馬鹿になってしてないって。
総統も人が変わったかのように、栗原先生には下手に出ている。
何だか笑えるんですけど。
「理由はどうあれ、私の生徒を傷つけたあなた達を許すことは出来ないわ。」
そう言うと、先生はスーツの内ポケットから黒く、長い物を取り出した。
僕の意識が正しければ、あの物体は────。
鞭。
「あなた達、お仕置きよ!!」
叫ぶと、先生は右手に持った鞭を振り回し、ファンクラブの集団へと突進した。
そして逃げ惑う男たち一人一人に、その鞭による制裁を加えたのだ。
「ぎゃあああ!」
「あひぃっ・・許して下さいいぃぃ!」
ビシッビシッという痛々しい音が部屋中に鳴り響く。
先生も人が変わったかのように恐ろしい雰囲気で、だがどこか嬉しそうに鞭を撃ち続ける。
「あははは!痛い?痛いのね!?だったらもっともっと懺悔なさい!もっと強くっ!」
今までに見た事もないような、おぞましい光景だ。
僕の担任が実はこんなにエスな人だったなんて。
美しい美貌、インテリ気味な眼鏡、ミニスカートから見える白い美脚。
まさに、エムな男たちには堪らない人なのかもしれない。
僕は勘弁願いたいが。
「思い知ったわね?今度同じような事をしたら、こんなもんじゃ済まさないわよ!」
先生はとどめと言わんばかりに、虫の息で横たわる総統をハイヒールで踏みつける。
これ、何て女王様?
ぐったりしている男たちで埋め尽くされる道を歩き、先生は僕の元へと近づいて来た。
そして縛られていた両手両足を解き、倒れそうな僕を支えてくれた。
「和泉君、大丈夫?」
「・・いえ、全然大丈夫じゃありません・・。」
「そ、そうみたいね・・。先生、助けに来るの遅かったかしら?」
「・・はい、出来ればもう少し早く来て頂けると嬉しかったかもしれません・・。」
「ごめんね、和泉君・・。」
先生の腕に包まれながら、僕はもはや意識を失いそうになっていた。
先生、こんな所で謝罪とかいらないから早く僕を病院に連れて行ってくれませんか。
これは保健室でどうこうなるレベルではありません。
「じゃあ、とりあえず病院に行きましょうね。」
「・・はい、お願いします。」
そう言うと先生は僕に肩を貸してくれ、そのまま倉庫を出ようとした。
だが倉庫の出口の辺りで、急に何かを思い出したように足を止めた。
「・・せ、先生・・?早く病院に・・。」
「ダメよ。」
「・・は?」
ダメって何ですか?
先生が急に僕を突き放すと、僕はその場に尻餅をついて倒れこんでしまった。
「痛てっ・・せ、先生!?」
僕の目の前に立ちはだかる美人眼鏡教師は、とても険しい表情である。
そして少し微笑むと、その赤いハイヒールで僕を踏みつけた。
「ぐはっっ!先生、何を!?」
「和泉君、先生忘れちゃうとこだったわ・・。」
「・・は?な、何言ってるんですか!僕怪我してるんですよ!?早く病院に・・」
「トイレ掃除。」
「は?」
我が耳を疑った。
「和泉君、トイレ掃除のはずだったのよね。」
いや、それはそうだけど。
僕はトイレ掃除に向かう途中、このファンクラブ集団に拉致された訳で。
そしてそこで暴行を受け、今まさに病院へ向かおうとしているのだが。
「先生ね、トイレ掃除をサボったらお仕置きする・・って言ったわよね?」
「・・え・・?」
確かに聞いた。
確かに聞いたが、それと今の状況に何の関係も無いはずだが。
「和泉君、今何時?」
「・・えと、午後四時半です・・。」
「掃除の時間は何時だったかしら?」
「午後四時十五分から四時半までですけど・・先生、まさか・・。」
とてつもない悪寒に見舞われる。
まさか・・。
「和泉君、掃除サボっちゃったわね~・・。」
「・・い、いやサボったとかじゃなくて、先生僕の状況わかってますよね?」
「わかってるわよ~、でも結果として掃除をしなかったのは事実よね?」
「せ、せんせぇ・・?」
眼鏡をクイっと上げると、再びスーツの内ポケットから鞭を取り出す。
「和泉君、お仕置きの時間よ・・。」
何でこうなるんだろう?
掃除をサボるつもりなんて無かったし、被害者は僕なのに。
僕が先生にお仕置きされる理由なんて、これっぽっちも無いはずだ!
「先生、冗談ですよね?」
正直、冗談では無いということは半ば解っていたのだが、一応言っておいた。
いや、もし助かるなら誰でも助かりたいじゃない?
「和泉君、覚悟しなさい・・。」
「あ、やっぱり本気なんですね。」
もはや動くことも出来ない僕の体に、ビシビシと鞭が振り下ろされる。
その痛みは計り知れないもので、本当に失禁でもしそうだった。
もういいよ、何か諦めた。
「あははははは!和泉君、痛い?痛いわよねぇ!?掃除サボったりするからこういうことになっちゃうのよぉ!?」
理不尽だ。
絶対この人は、ただ僕を鞭で撃ちたいだけだ。
そうに決まってる。
絶対教育委員会にでも訴えてやるからな!
覚悟しろ、この美人眼鏡の変態女め!
「あはははは~!たっのしぃ~!!!」
その後、栗原先生のお仕置きと言う名のお楽しみは日が暮れるまで続いた。