トップに戻る

<< 前

第二十四話「青空の日」

単ページ   最大化   

「新斗~、お友達が来てくれてるわよ~!」

軽トラックに荷物を積み込んでいた僕に、母のそんな声が聞こえた。
両腕で抱えていた重いダンボール箱を荷台に積み込むと、軍手を外し、家の玄関へと向かった。

「お、来たな。」

玄関で僕を待ち構えて居たのは、春日や神無さんを始めとしたいつものメンバーだった。
どうやら最後のお別れ、という事で見送りに来てくれたようである。

だが、そこに明の姿は無かった。

「おはよう、皆。」

僕が軽くそう挨拶をすると、急に朽木が抱きついて来た。

「い、和泉君~!お、俺は寂しいだすよぉ~!」
「ど、どうしたの朽木君!?」
「和泉君が居なくなってしまうなんて、さ、寂しくて耐えられないだす~!」

別れを惜しんでくれるのは、非常に有難い。
だが、その大きな体で抱きしめるのは止めてくれないだろうか。
暑苦しくて、今にも堕ちてしまいそうだ。

「新斗さぁ~ん、今日でお別れなんですねぇ~・・。」

朽木に抱きしめられたままの僕を、悲しそうに見つめながら夕凪さんは言った。
相変わらず最後まで素晴らしい爆乳を披露して下さる。
いやぁ、最後に良い物見れましたよ。

「う、うん。まぁ、お別れだけど半年間だし・・。
 ずっと会えないって訳じゃないから・・。って言うか、朽木君離してよ!」

涙で頬を濡らす朽木を突き飛す。
全く、本当に気持ちが悪い。

「和泉先輩、アメリカに行っても元気で頑張って下さいね。」

探検部の後輩、郷田徹がそう言った。
あぁ、そう言えばこんな子も居たなぁ。
あまりにも絡みが少なすぎて、ほとんど記憶に残ってないのだけれど。

「ありがとう徹、君も元気でね。」

絡みが無さすぎた以上、挨拶の言葉も得に見つからなかったので、適当にお別れをした。
これが世の中を上手く渡るという事ではないだろうか?

「和泉君、アメリカに行くからって、向こうでプレイボーイっぷりを披露しちゃだめよ~?」

プ、プレイボーイ?
僕は彼女居ない暦=年齢の童貞なのだが。

「相坂さん、よく意味がわからないんだけど・・。」
「またまたぁ!本当はわかってるくせに!」

いや、僕は何も分かっていない。

「ま、そういう事にしてあげるよ。アメリカでも元気でね!」
「は・・はぁ・・。うん、ありがとう。」

何だか相坂さんは勘違いをしているのではないだろうか?
少しからかわれた様な気もしたが、気にすると話が長くなりそうなので止めておいた。
一応、最終回だからそんなに余計な事はしていられないからな。

「おい、和泉。」
「うん?」

春日は突然僕の肩に手を置いた。

「な、何?」
「和泉!お前は・・む、向こうに行っても俺の大事な友達だからなぁ!」

泣いてる。
春日が泣いてるよ。
いやぁ、実に意外である。
こいつがこういう場面で泣くとは、これっぽっちも予想なんて出来なかった。

「か、春日!?」
「くぅ~、寂しいぜこの野郎!向こうに行っても元気にしやがれよぉ!」

そう言うと、僕の胸を軽く殴った。
・・ただの馬鹿じゃなく、本当は熱い男だったんだな。
まぁ見た目は普通に暑苦しいが。

「僕も春日の事は大事な友達だと思ってるよ、今までありがとう。」
「へっ・・柄じゃねえよ・・。照れるだろうがよ・・。」

あぁ、本当に柄じゃないよ。
似合わなさ過ぎて笑いそうになったが、流石に場の空気を読んでおこう。

「・・和泉君。」

最後に僕に声を掛けたのは、神無さんだった。

「やぁ、神無さん。わざわざ見送りに来てくれたんだね、ありがとう。」
「い、いえ・・。」

何だか今日の神無さんは元気が無いように見える。
あぁ、そうだった。
神無さんは、僕の事が好きだったんだ。
だからなのだろうか?

「和泉君、少しお話があるんです。」
「え?」

この期に及んで話がある、だって?
一体最後の最後にどんなとんでも話をしてくれるんだろう。
頼むから、あの告白は罰ゲームでした、とかだけは止めて頂きたいものである。

「話って、どんな・・?」
「・・ここじゃちょっと・・。少し、二人になって貰えますか?」
「うん、構わないけど・・。」

別れを惜しんでくれる皆に少し待ってて、と言い残した後。
僕は神無さんと二人、自室へと上がった。

「すいません、忙しいのに・・。」
「ううん、全然大丈夫。それで、話って何かな?」
「あの・・桜井さんの事なんですけど・・。」

あ、その話か。
まぁ考えてみれば、今はその事しか無いんだろうけどね。

「明が、どうかした・・?」
「・・桜井さん今日来てないみたいですけど・・。仲直り、出来なかったんですか?」

非常に言いにくい。
まさか、また明を怒らせてしまったとは・・。
わざわざ神無さんが作ってくれた、仲直りのチャンスだったのだから。
あぁ・・だからって嘘を付けるような雰囲気ではないし・・。

「ごめん、仲直り出来なかった。」

正直に言うしか、ないだろう。

「それどころか、また明を怒らせちゃって・・。」
「・・。」
「ごめん、せっかく神無さんが仲直りのチャンスをくれたのに。」
「い、いいえ・・。それは全然良いんですけど・・。」

いや、良くないよ。
僕が良くないんだって。
どんなに申し訳無い気持ちになっているか。

「・・和泉君に聞きたいことがあるんですけど・・。」
「・・何かな・・?」
「桜井さんに、その・・あの・・。」
「明に、何かな・・?」

何だろう、すごく嫌な予感がする。
胸の奥から嫌な予感がする。
この町に来て、何度も感じた嫌な予感だ。
自慢じゃないが、僕の嫌な予感はだいたい当たる。
いや、本当にこんな事自慢じゃないんだけどね。


「桜井さんに、こ、告白はしましたか・・?」


・・は?


「え?」
「え?って言われても困ります・・。」
「あぁ、ごめん。じゃあ聞くね、告白って何かな?」
「え・・あの、普通の告白ですけど・・。」

告白?
あの好きな人に気持ちを伝える、と言う例のあの告白か?

「うん、告白ね。」
「はい、告白です。しましたか?」

しましたか?だって?
何かおかしい気がする。
そして、僕の嫌な予感はどんどん大きくなっていく。

「あのさ、神無さん。ひとつだけ聞きたいんだけど、良いかな?」
「あ、はい・・。」
「どうして、僕が明に告白するの?」
「・・え?和泉君、桜井さんの事好きだったんじゃないんですか?」

うーん。
いや、そんな事は無いんだけど。
やっぱりおかしいぞ。

「いや、僕別に明の事好きだった訳じゃないんだけど・・。」
「っ・・!そ、そうなんですか!!?」

急に大きな声を出す神無さん。
何故こんなに動揺するのか?
待て待て、少し整理しよう。
さっきの会話の流れからするに、どうも神無さんは僕が明の事を好きだと勘違いをしていた。
そして、昨日の電話で僕が明に告白をすると思っていた。
と言う事で良いのだろうか?
だが、何故そんな勘違いをしたのだろう。

「あれ、神無さん。まさか僕が明の事好きだと思ってたの・・?」
「はい・・。」
「えーっと、どうしてそう思ったのかな?」
「・・春日君が、和泉君は絶対桜井さんの事が好きだって言ってましたし・・。
 わ、私から見ても!す、すっごく仲良さそうに見えて・・えっと・・だから・・その・・。」

あぁ、やっぱり勘違いしてたんだ。
だからわざわざ仲直りのチャンスを作ってくれたりしたんだ。
うーん、昨日学園から見送られる時に「大切な事伝えて下さい」とか言ってたのはそういう意味か。
やっと謎が解けた。

謎が解けたと同時に、ひとつ大きな疑問が現れた。
まさかとは思うが、一応聞いておこう。

「ごめんなさい・・わ、私とんでもない勘違いを・・!」
「いや、その勘違いした事は別に構わないんだけどね・・。」

僕の中の嫌な予感が、どんどん巨大化していく。

「もしかして、と思うんだけど・・。」
「はい・・?」
「明にさー・・。」
「はい・・?」
「僕が明の事好き、とかそんな感じの事、言っちゃったりした?」
「・・はい、言っちゃいました・・。」

その瞬間、僕の中の嫌な予感は巨大化の限界を超え、僕から外へと飛び出した。
辺りを黒い霧が包み込む。
その黒い霧はどんどん上昇し、挙句には空一面真っ黒になった。

・・まぁ、もちろん僕のビジョンでしかないが。
それぐらいショッキングだったと言う事だ。

「ちょ、マジで明にそんな事言ったんだ・・?」
「ご、ごめんなさい!私、てっきり和泉君は桜井さんの事が好きなんだと思ってて!」

勘弁してくれぇぇぇ!
まさにベスト・オブ・勘違い!
神無さん、君の顔が可愛くさえ無ければあぁぁぁッ!

「嘘だぁぁぁ!明にそんな事言ったなんてぇぇぇ!」

もはや、僕は声にもならない叫び声を放っていた。

「ほ、本当にごめんなさいっっ!ごめんなさいっ!」

申し訳なさそうに謝り続ける神無さん。
謝らなくて良いから、その誤解を解いてくれぇぇ!!

「本当にごめんなさい!私、とんでもないことを・・!」

本当にとんでも無い事をしてくれたものだ。
だが君がいくら謝っても、今この場に明は居ない。

あー、そうか。
そうだったんだ。
今、昨日明が怒った理由が分かった気がした。

「神無さん。」
「は・・はいっ・・?」
「明って、もしかして僕の事好きだった・・とか?」
「・・はい。」

なるほどね。
そりゃあ明も怒る訳だ。
明が僕の事を好き。
神無さんから、僕が明の事を好きだと聞かされる。
きっと、電話で和泉君から大切なお話があります、みたいな感じの事を言われたんだろう。
まぁ、そうなりゃあ告白されるもんだと思っても仕方無い。
それなのに、昨日の電話の僕としたら、あんな感じだったのだ。

そりゃあ怒るわ。
でも、だからって僕が悪いのか?
まさにこれは運命の悪戯としか思えないのだが。
いや、むしろ神無さんに余計な事を吹き込んだ春日が原因な気もするが。

「ほ・・本当にごめんなさい・・。」
「ううん、もう大丈夫だよ・・。」
「・・ごめんなさい・・。勝手に余計な事しちゃって・・。」

確かに余計だが。
もう今更、全ては手遅れで。
仲直りとか、それ以前の問題であって。
そりゃあ明が、今日僕を見送りに来ないのも当然であって。

いや、しかしまさか明が僕の事好きだったなんて。
全く気づかなかったな。

だからって、もうどうにも出来はしないんだけど・・。

「新斗~!そろそろ出発するぞ~!」

窓の外から、僕を呼ぶ父の声が聞こえた。
あぁ、そうだった。
僕はこれからアメリカへと旅立つんだった。
ショッキングな事があって、すっかり忘れていたが。
何だかもうどうでも良いや。
このままアメリカへ行けば、もう明と関わることもとりあえずは無くなるのだから。
逃げるみたいで気分は良くないけれど。
仕方無い事なんだ。

「そろそろ行かなきゃ・・。」
「・・は、はい。」

僕らは無言のまま、外の駐車場へと向かった。
外ではすっかり荷物の積み込みも終わっており、父と母が車で出発の準備をしていた。
遂に、この時が来たのだ。

最後のお別れをする時が──。


僕は車に最後の手荷物を積み込むと、皆の前で話し始めた。

「皆、短い間だったけど本当にありがとう。
 転校して来たばっかりの時は、この町での暮らしが嫌で仕方無かったんだけど・・。」

そうだ。
僕は、この町での暮らしが嫌で嫌で仕方無かった。
遊ぶ所は無いし、交通は不便だし、健全な若者が暮らすには不適切すぎると思っていた。
学園へ行けば変人達に振り回されるわ、そりゃあもう、胃に穴が開くかと思ったぐらいだ。

「言いにくいんだけど・・皆の事も、変な奴ばっかりだと思ってて・・。
 関わりたく無いって思ってたし、早く都会に帰りたいって思ってたんだ。」

皆に連れまわされたせいで、成績は落ちるわ、睡眠時間は減るわで良い事なんて無かったから。
いつも馬鹿な事ばかりやらかす変人達に、心の底から疲れ果てていたから。

「でも、そんな風に思ってても。
 時間が経つにつれ、だんだんそんな暮らしが楽しく感じてきたんだ。」

どんなに遊ぶ所が無くても。
どんなにくだらない町だとしても。

「それは、皆が居てくれたから。
 皆が居てくれたから、僕はこの町で楽しく暮らすことが出来たんだと思う。」
「い、和泉・・。」

春日がまた涙を流している。
何だか僕まで泣きそうじゃないか、止めてくれ・・。

「皆、本当にありがとう。
 そして、さようなら。これからも元気でね。」

そう言い残すと、涙ながらに見送ってくれる仲間達に背を向け、車に乗り込んだ。

「新斗、もう良いのか?」
「・・うん、父さん。これ以上居ても、別れが辛くなるだけだからね・・。」
「・・じゃあ出発するぞ。」

車のエンジンが掛かる。
サイドブレーキが降ろされ、車は少しづつ加速を始めた。

さようなら、新都町。
僕は、この町で暮らす事が出来て、幸せだった。


「和泉君!」


走り出した車の後方から、神無さんの叫び声が聞こえた。
僕はとっさに車の窓から身を乗り出し、振り返る。

するとそこには、笑顔で手を振ってくれる皆の姿があった。

「私達、待ってます!
 和泉君と、また皆で楽しく笑える日が来るのを待ってますからー!」

「神無さん・・。」


皆、ありがとう──。


僕はそう呟きながら、皆に手を振った。
大切な時間を共に過ごした、大切な仲間達との別れを惜しむように。


それは、桜咲く春、青空の日の出来事だった────。
25

MNG 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前

トップに戻る