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第七話「脅威!電脳男」

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僕は今、学園への道のりを歩いている。
時間は午前十一時。
空から照らしつける太陽は、容赦なく僕の体力を奪う。
僕的には、真夏の昼間の外出は控えたいところなのだが。
何故、夏休みに学園へ向かわなければならないのか。
僕自身、決して納得のいく理由では無いのだが、僕には学園に向かわなければならない理由があった。

それは、学期末テストの補習授業である。

学期末テストの直前、明達に拉致されていたおかげか。
僕は赤点を取りまくるという、悲惨な事になってしまった。
転校前は、決して良い成績とはこそ言えなかったが、赤点なんて取ったことは無かった。
早くも変人達のおかげで、僕の穏やかで平和な人生は崩れ始めている。

まぁ、もはや新都町に引っ越してきた時点で、それは諦めることだったのかもしれないが。

だが、僕にはどうしても納得のいかない事があった。
それは、いつものメンバーの中で補習授業を受けるのは僕だけということだ。
もともと成績の良い神無さんは例外だとしてもだ。
明と春日が何故か赤点を取っていない。
全く勉強していた気配は感じなかったし、授業だって、真剣に受けているようには見えないあの二人がだ。
もはやあの二人のせいで、僕は補習を受ける破目になったと言うのに。
張本人達が赤点を取っていないということだけが、どうしても納得できなかった。

もしかして、実は頭が良いとか。

明も春日も決してそうは見えないのだが、現状僕より成績は優秀なのだろう。
悔しいが、いくら考えても恨んでも無駄なので、諦めて学園へと歩く足を速めた。


額を流れる汗を腕で拭いつつ、歩き続けること約四十分。
ようやく学園に到着した僕は、靴を履き替えると補習が行われている教室に向かう。
補習はクラス別に、特別教室などで行われる。
僕のクラス、2-Bの補習が行われるのは、旧校舎にある視聴覚室だった。
現校舎の南口から渡り廊下へ出て、旧校舎に入った僕は視聴覚室のドアを開けた。


僕はドアを開けて驚いた。
何と視聴覚室内には、僕以外後一人の人間しか居なかったのだ。
僕を含め、補習を受けなければならない学生はたった二人。
当然、その事実に対するショックも大きかった。
だが、今僕が驚いているのはこれとは別の事だった。

一番前の席に座っている、男子学生。
一生懸命に私物と思われるノートパソコンのキーボードを叩いている。
今にもはち切れそうな学生服、とても荒い鼻息。
顔中に掻いた大量の汗と油のせいで顔はテカっている。
頭に巻いたバンダナには、何のアニメかは解らないが、魔法の杖を持つ美少女が描かれている。
典型的なオタクを感じさせるルックスだった。

一度見たら二度と忘れないようなこのルックスに、僕は見覚えがあった。
名前こそ知らないが、転校初日に彼の姿を見てひどく脅威を感じたことがあったからだ。
同じクラスで一度も話したことは無いが、強烈なインパクトのせいでか見覚えはある。
彼は僕が教室に入ったことにも気づかず、無言でノートパソコンを操作していた。
遠めからその画面を覗きこむと、何やら美少女が映し出されている。
彼がエンターキーを繰り返し押している動作から、エロゲをしているのかもしれない、と僕は思った。

僕は机に鞄を置き、椅子を引いて席に着く。
すると彼はようやく僕が現れた事に気づいたのか、のっそりとした動作でこちらに振り向く。
こうなれば挨拶ぐらい交わすのが礼儀なんだろうな、やっぱり。

「おはよう。」

僕は無難に彼に挨拶の言葉を掛けた。
すると彼も僕に挨拶を返してきた。

「・・お、おいす~。」

ルックス通りの低い汚い声で彼はそう言ったのだ。
あまりにも絵になるセリフだったため、僕は思わず噴出しそうになったが笑いを堪えた。
いや、別にオタクだとかそういった人達を差別したりはしない。
でも、今のはちょっとツボに入ったというか、流石にクールな僕でも平常心では居られなかったというか。
ちなみに、僕がクールなんかじゃないって思った人も居るかもしれないが、それは気にしない。

「初めて話すよね?僕の名前は和泉新斗。君は?」

僕が世間話で場をやり過ごそうとすると、彼は無駄にキョドキョドしながら、僕の問いに答えてきた。

「お、俺の名前は朽木弥生(くちきやよい)だすわ。よろしく・・。」

何とも不気味な声で、またルックスには似つかない名前を口にする。
どうもこの学園の生徒の親達の間では、不思議な名前を付けることが流行しているのだろうか?

「朽木君だね、よろしく。」
「和泉君こそ、よ、よろしくね・・。」
「補習、僕ら二人だけみたいだね。」
「そ、そうだすね。ま、まぁ、あまり大勢は好きじゃないから、丁度良いだすわ。」
「そ、そうなんだ・・。」

何とも言えない気分になる。
僕はとてつもなく朽木と二人っきりが嫌で仕方無いのだが。

「い、和泉君は、結構モテキャラだよね・・。」
「え?僕がモテる?はは、そんな事無いよ~。」
「いやいや、桜井さんと神無さんとよくお話してるじゃないですか・・。」
「ああ、あれは友達なだけだよ。そういうのじゃないからさ。」
「お、女の子が、す、好きでも無い男子とそうそう会話なんかしたりしないだすよ・・。」
「そんなこと無いよー。クラスメイトなんだしさ。」
「い、いやいや、これは立派なフラグなんだす。」
「フラグって何?」
「フ、フラグも解らないだすか?・・今日家に帰ってからググって欲しいだす・・。」

フラグ?ググる?
全く僕には理解できない単語が次々に飛び出す。
これがオタクの世界というヤツだすか?
・・おっと、妙な口癖が感染ってしまうところだったじゃないか。

「い、和泉君は、イケメンだすよね・・。」
「え?僕がイケメン?何言ってるの。」

自慢では無いが、僕は生まれてからこれまで、格好良いなどの褒め言葉を言われた事は一度も無い。
その理由は実に簡単で、僕が格好良くないから、ということになる。

「い、いやいや、和泉君はイケメンだすよ・・。」
「だからー、そんな事無いってば。」
「ま、眉毛も整ってるだすし、髪型もちゃんと整ってるだす・・。」

眉毛と髪型が整っていればイケメンなのか?
それに、眉毛は本当に少し整えてあるだけで、今風の細眉などでも無い。
当然髪型も、たんなるミディアムなだけで、お洒落要素は全く無いと思う。
もちろん、美容院なんてお洒落な店に行ったことも無いぞ。

「い、和泉君は、きっと毎日楽しいんだすよね・・。」
「いや・・別に楽しいってことは無いよ・・。」

特にここへ引っ越して来てからはな。
今だってお前みたいな変な奴に絡まれてるんだぞ、楽しい訳があるか!
と、怒鳴りたくなったが、刺されたりするとめんどうなので止めた。

「朽木君こそ、何だかさっきから楽しそうだね。」
「ぬ?このゲームだすか?」

彼がパソコンをこちらへ向けると、やはりエロゲかギャルゲか、と思われる物だった。

「そ、そうそう。さっきから楽しそうにゲームしてるじゃない。」
「ま、まぁ、ゲームの女の子は皆可愛いし、み、皆お金も掛からないし・・。」
「だよね・・。はは・・ははは・・。」

もはやここまでリアクションに困ったのは初めてだ。
思わず乾いた笑いを放ってしまったぞ。

「い、和泉君はどんな属性の女の子に、も、萌えるんだすか・・?」
「そ、そうだな・・。」

萌える、という言葉は僕の中でも通用する言葉である。
現代の人間(ひと)たるもの、萌えを語らずして人間(ひと)にあらず。

「僕的には、ツンデレは結構好きかな。でも、大人しい、守ってあげたくなるようなロリ系の女の子も良いよね。」
「・・・。」
「ど、どうしたの?朽木君。」
「い、いや何でも無いだす。少し和泉君は幸せ者だと思っただけだす・・。」
「僕が幸せ者?ごめん、ちょっと理解できないや。」
「そのままで良いだすよ、そのままで・・グフフ。」

朽 木 は 不 気 味 な 笑 い を 放 っ た !

と、画面下部にナレーションが流れても良いような場面だった。

「い、和泉君は、絶対領域とかは興味無いだすか?」
「絶対領域って何?」
「わ、解りやすく例えを出すとだすな・・。」
「う、うん?」
「ミニスカの看護婦さんがニーソックスを履いているとして・・。」
「うんうん。」
「そのミニスカとニーソックスの間の太ももの部分とかだすかな・・。」
「あー、それはちょっと解るかも。チラリズムみたいな物だよねー。」
「・・ちょっと違うだすが、まぁ良いだす。」

違うなら説明しろよ、ボケが。
つか良くねーよ・・。

「朽木君はなかなか濃い趣味をお持ちみたいだねー。」

僕は苦笑いをしつつ、嫌味のつもりで発言した。

「い、いやいや、和泉君こそ・・。意外と変人がお好きなんだすな・・。」
「僕が変人好き?そんなこと無いよ~。」

お前の事は大嫌いだからな。

「グフフ・・。ま、まぁ、俺もあの二人は磨けば光る原石だと思うだす。」
「あの二人・・?」
「そ、そうだす。ま、まさにダイアモンドの原石だす!」

一体何を言っているのか全く理解できない。
誰だ、ダイアモンド原石の二人組みって。
僕は適当に話を合わせて、会話を終わらせる事にした。

「そうだね、あの二人は原石だねー。あはは。」
「ぬ!や、ややややっぱり和泉君もそう思うだすか!」

興奮した肉の塊・・いや朽木は急に椅子から立ち上がり、僕に駆け寄って来た。

「な、な、何?急にどうしたの?」
「や、やっぱり和泉君とは気が合いそうだすよ!」

やっぱりって何だよ、訂正してくれ、お願いだから。

「気が合いそうって、一体どういう・・」

僕が誤解を解こうと必死に弁護しようとしていると、その時教室のドアが勢いよく開いた。

「ちーっす、和泉居るか~?」

そこに現れたのは春日だった。
いつもの仲間の登場に少し僕は気を落ち着かせた。

「春日じゃないか。お前は補習じゃないだろ、どうしてここに?」
「馬鹿だな~。親友のお前を心配して見に来てやったんだよ。」

親友じゃない、とは言えるが。
心配して来てくれたなんて、ちょっと良い奴かもしれない。

「か、春日君!」
「な、何だ?朽木?いきなり・・。」
「春日君、お願いがあるだす!」

嫌な予感がする・・のは僕だけだろうか?

「どうした朽木?言ってみろ。」
「お、俺を探検部に入れて欲しいだす!」

はぁ?
僕はどこかで見たAAの様な顔になっていたと思う。

「朽木、急に探検部に入りたいなんてどうしたんだよ?」
「さ、さっきまで、い、和泉君とお話してただすが、とても和泉君と仲良くなれただす!」
「ほう。」

春日が僕に視線を送る。
僕は本当に必死に激しく一生懸命に首を横に振った。
頼む、春日。
お願いだからそんな厄介そうな奴を入部させないでくれ、と願いつつ。

「朽木、和泉を仲良くなったのは良いが、お前インドア派だろ。」

仲良くなって無いってば。

「た、確かに、俺はインドア派だす。」
「だろ?向いてないと思うぜ~。」
「だ、だすが!お、俺は和泉君と、原石とお近づきにられるためなら、アウドア派になれるだす!」
「アウドアじゃなくてアウトドアだよ、馬鹿。」
「アウトドアになるだすよ!」
「つか、お前電脳部だろー?良いのか?そこんとこ。」
「す、すぐに退部届けを出すだす!」
「ふむ。」

春日、そこ、ふむじゃないから。
何だか今日の僕は心の中で突っ込みを入れる回数が半端では無い。

「探検部は常に死と隣り合わせ。愛と友情と情熱だけが頼りの、過酷な部活動だ。」
「ぬぬ・・。」
「生半可な覚悟ではお前は何れ我を見失い、死という闇の中へ誘われてしまうだろう。」
「・・。」
「お前はそんな時も、探検部の一員であることを俺に誓い、我らの部活動に付いてこられるのか?」
「つ、ついて行くだす!」
「本当にその覚悟があるんだな?」
「か、覚悟はできてるだす!」

「・・・・。」

その場に長い静寂が訪れる。
そして、数秒後、春日は静寂を切り裂く雷神の如く、声を上げたのだ。

「良いだろう、お前朽木弥生を、我が探検部の一員とする!」
「や、や、やっただすー!」

馬鹿な。
春日、何て馬鹿な選択を!
あぁ、夢なら覚めてくれ、お母さん・・。

「か、春日、正気か・・。」

僕が思わず声を出すと、春日はとても冷静に答えた。

「ああ。正気だぜ?」
「だったら何で彼を・・。」
「ん、ああ。こいつはおもしろそうだからな。」
「それだけが理由かよ!」
「それだけが理由だ!いろいろ楽しめそうで良いじゃないか。諦めな。」

悪夢だ。
あぁ、悪夢だよ、お父さん・・。

「い、和泉君、そ、そういうことだすよ・・。」
「う・・」
「こ、これからお世話になるだす。よ、よろしくだす・・。」
「くっ・・」

もうこうなれば、腹をくくるしかない。
別に同じ部活動だからと、いつも一緒に居なければならない訳でもないし。
そうだよな・・?

「あ、ああ~。よ、よろしくね~、朽木君!」

僕は手を取り、敵と握手する。
凄い肉厚が手のひらに伝わる。

「グフフ~、これから楽しくなりそうだすよ~。」
「良かったな~、朽木。アハハハ。」

春日と敵は楽しそうに笑いあう。
僕も空気を読んでそれなりに笑顔を作っておいた。

その時、空気を読まない者が、教室のドアを開け現れる。

「よ~し、補習始めるぞ~。関係無い生徒は退出すること~。」

補習の教師Bが現れた。
Bの解説はめんどうなので、また機会があれば行うことにする。
一言で表すと、こいつも変人だということだ。

「お、補習始まるみたいだな。んじゃ、二人供頑張れよっ!」

爽やかに不細工な笑顔を残し、春日は教室を後にした。

「グフフ・・い、和泉君。ほ、補習、頑張ろうね・・。」
「う、うん。頑張ろうね。」

僕は席に着くと、ノートと教科書を開きつつ、思った。

僕はこれから、もっともっと様々な変人達に犯されていくのだろうか?
本当に僕はこれから先、この学園で、いやこの町で生活していくことができるのだろうか?
精神破壊を起こさないだろうか?

チラっと僕が朽木を見ると、彼は笑顔で僕を見つめていた。

「気分悪い・・先生、保険室行って来て良いで・・ウプっ」
「何だ~、和泉?そんなに俺の補習が嫌かぁ?」
「いや、そうじゃありませんけど・・本当に気分が・・オェっ。」

やばい、吐くって。

「せ、先生~。」
「何だ?朽木。」
「和泉君を、ぼ、僕が保健室に連れていってあげるだすよ。」
「お、そうか?仕方ないな。早めに戻って来いよ。」

余計な優しさをかもし出す朽木に、僕は支えられ保健室へ向かう。
何て最悪な展開なんだろう?
気持ち悪さはどんどん上昇して行く。

「だ、大丈夫だすか?和泉君。」
「だ、大丈夫だから・・話しかけないで・・。」
「本当に大丈夫だすか?」
「・・だ・・だま・・れ・・」

僕はそれだけ言うと意識を失い、保健室へ運ばれた。

僕はこの後数時間眠り続け、目覚めた後、たっぷりと一人で補習授業を受けさせられてしまった。
朽木さえ登場しなければ、もう少しマシな展開になったかもしれないのに・・。
次回はせめて女の子が登場する話であることを願いつつ、僕の最悪な夏休みは音を経てて始まったのであった。
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