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第一章 ドラム缶は宙へ舞うか

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――日下部は非日常に愛されている。

平凡、凡庸、普通、普遍、日常、通常、平穏、安穏。
当たり前、当然、自然。
そういった確率上当たり前の可能性で確立されるべき人生の日常が全くと言っていいほど構成されないのだ。
それが、日下部という家での僕の日常だ。

だから、宇宙人くらいたいしたことがないのである、しかたのないことなのである。

「宇宙人って触手とかあんのかな、それとも幼体が人の顔に飛びついてくる種類かな」

なんて、あるがままを受け容れているのは我が日下部家の純粋な血統であり残念ながら僕はそんなに達観してはいない、というかする気もない。
そして、残念ながらそんなSFな宇宙人は学校を爆破しない、多分。
宇宙人くらいたいしたことがない日常だって考えられるのであれば、普通だとか言う言葉に特別な幻想をみることも魅力を感じることもないのだ。
現に我が家の方たちは生来温厚な体質のせいか、それともご自分に降り注ぐ非日常に気づいておらんのか、この赤髪の妹のように実に楽しそうに『毎日』を過ごしていらっしゃる。
僕は男の生理学的見解からも、やっぱりちょっと非日常になったら取り乱すくらいが女の子はかわいらしいと思う。
ということで、絶賛宇宙人にビックリ中な僕の気持ちも考えずにいるランは僕の中のかわいい女の子認識外、おめでとうこれで僕は義理の妹属性はなくなったよ。
そしてたった今僕という主人公から見てルートがなくなった妹は、飛んできたドラム缶を転がして家に持ち帰ろうとしていた。

「姉ちゃん喜ぶよー!」

ああ、そうかい。
また今夜は野性味溢れるドラム缶料理ですか。
なんで一回料理するごとにドラム缶が使用不可になるかはわからない、非現実的な料理ですか。
俺らの姉さんはとっても育ち方を間違えてしまって、日下部家マトモな人間ベスト5に入るマトモさだ。
ちなみにウチの家族は5人家族なんでこのドラム缶を転がす妹にもベスト5の資格はありますがね。
宇宙人の存在は残念ながら妹の好奇心に触れなかったらしく、ドラム缶を転がして今日のご飯について思案する妹を見て兄としてとっても即物的な子に育ってくれたと感慨深げな気分になる。
要するに、今晩の夕食>ドラム缶>越えられない壁>宇宙人>学校>これからの人生というわけだ。
そして妹の最大の関心である今日の晩飯を想像して、胃がキリキリし始めたので妹の後を少し離れて追い家路につく。

「おぅ、姉ちゃんだ!」

視力測定不能の、マサイ族もビックリな妹がどうやら前方に新たな非日常の塊をマークしたらしくとりあえず僕の中でシステムオールレッド、危険です。
僕はため息混じりに空を見上げる。
よくわからないが宇宙船らしきものが飛んでいるのを、必死でスルーして記憶から消去した。
どうやら、地上にも空中にも僕に安息の時間はないらしい。
で、宇宙船よりもたちが悪いワールドワイドな我が家の長女が実にパンクな服装で風となってやってきた、実際台風のような人だが。

「弟よ! どうだ、今日の姉さんのポニテは?!」

なんて、後ろで学校が炎上爆発木っ端微塵、粉砕玉砕大喝采なのを完全スルーしてたずねてきた。
この人の場合、ポニーテールある故に我はありの人だから仕方ないよね全然理解できないけれど。
ああ、この人くらい神経が図太ければ人生の些事から一大事まで全て日常の平穏で済むんだろうなぁ。

「全速力で走っても乱れないポニーテールっていうのはある意味宇宙の法則を乱してる出来栄えだと思うね」

我が家の姉さんはその答えに満足したのかうむうむ、とご満悦な様子。
ランがなによコイツおべっか使っちゃって、といわんばかりに俺を睨んでいる、ああ怖い。
今のを褒め言葉として認識できるくらいうちの姉妹は歪んじゃってます、どーにかしろよ。

「あれ?」

ようやく学校の様子に気がついたのか、このポニーテール姉さま、百花は首を捻る。
しかし、ただそれだけの動作で学校が爆発しているのを許容して家に帰ろうと身体を反転する。

「って、何にも驚かないのかよ!」

耐え切れずに、僕はつっこんでしまった。
僕みたいな常識人が日下部につっこんでいたら絶対にストレスで禿げるので、絶対につっこまないようにと思っていたのに台無しだった、ぶち壊しだった。

「いや、学校が燃えてるのは……まぁ、きっと世界単位で見れば珍しくも無いだろうし。そして、学校に行かずにドラム缶を家に持ち帰ってるっていうのも割といつもどおりだし。特に世はことも無しかなぁ」

と、百花は当然のように言い切り間抜けな声とともにあくびをしやがる。
世界単位で学校が爆破されるのを珍しくないとはどこの資料を参照にしたものだろうか。
ああ、そうだった。
思い起こせば小学生の時、中学生の時、学校がそれぞれ二回ずつガス爆発と粉塵爆発(これはウチの姉妹が原因)、不発弾爆発(これは百花が火をつけて爆発させた)、テロリストによる爆発(これは僕が巻き込まれた)と確かにもう珍しくもない展開かもしれない、というか全部ウチの家族が絡んでいるから触れられたくない過去でもある。
そう考えればまだ日常の範疇、いやいやそんな訳ないだろう。


こうして入学初日、僕の平凡な日常を送るというささやかな夢物語は学び舎ごと木っ端微塵に吹き飛ばされた。







翌日、学校からの連絡網(いつ出来たのだろうか)がきて今日は休校。という通達。
残念ながらあおぞら教室なんて代物は体験できないらしい、いや全然残念じゃないよ、これが普通だし。
姉の方を見ると、宇宙人襲来?!というニュースの赤文字のテロップを見て踊っている。
これで人類は目覚めの時が来るな!と訳のわからない興奮をしており、とても扱いに困る。
妹は妹で、宇宙人ってどういうタイプなのか、と真剣にTV画面を覗き込んでいる。
二人とも、実に気にするポイントが違う。学生の本分はどうした、勉強できないことで未来へ対しての恐怖は無いのか。
しかし、こんなときに自分の未来を憂う余裕があるのはやはり僕も日下部に毒されているのだろう。
今は勉強できないかの心配ではなく、地球人類と日本の未来の心配が先かなぁ。

「でも、こういう非日常って私慣れてるんですよ」

TVからそんな声が聞こえてきた。
誰だ、非日常になれているとかって当たり前に答えるヤツは。
気になってTVを覗き込むと、僕は興味を失った。
なんてことのない、非日常になれているヤツが当たり前の発言をしているだけだったからだ。

「なんだ、凌も一丁前にかわいい女の子に興味があるのか?」

後ろからの野太い声、新聞を読みながらビーフコーヒーを飲む日下部の大黒柱が声をかけてくる。
どやらエイリアン騒動で通勤手段を失い今日は家から外に出られないらしい、というか、ビーフコーヒーってなんだよ、牛肉かよ。

「別に、単にエイリアンを普通って顔してる人間を見たかっただけさ」

そんなの誰でもそうじゃないか、と興味なさそうに呟く父親。
エイリアンがどうでもよく話題性も無い普通のトピックなんて認識できるほど世間様はまだイカれちゃいないっつーの。
地元にエイリアンが現れたんだから少しは引っ越すとかそういう選択肢を考えてよね、エイリアンは怖くないけど普通の思考をして欲しいものだ、ああそれは僕もなのか。

「って、マドカじゃない。そりゃあ凌も気になるわよ」

と、年齢不詳のうちの母上様が穏やかだった(学校が炎上していてもウチは変化のない一日を迎えている)家庭に地雷を投下してくる。

「「……弟とアイドルじゃ釣り合わない」」

不機嫌極まりないといった声で姉妹たちは否定する。
いや、まぁ当然ながら釣り合わないと思うわけだがちょっと心が傷つくぞ。

「まぁアイツも今はそんなことに構ってられるほど暇じゃなさそうだしな」

幼い頃から一緒であったどっかの馬鹿の慌てふためいて仕事に追われる姿を想像する――少しだけ癒された。
そして、MPが癒された直後に後ろから姉の延髄蹴りが決まりHPの方が削られた、理不尽だ。

「とはいえ、入学式楽しみだったのになぁ……」

ランが少し寂しそうに愚痴る。
……なんだよ、ちょっとはそういう普通な部分もあるのかよ。
僕なんて、入学式とか学校のことなんて頭になかった――それが当然で普通の思考であると思いたい、そうさこんな事態になって学校の入学式に行きたかったなんていっているヤツがおかしいに決まっている、ん、だから。

「弟よ」

不意に姉が話しかけてくる。
なんだ、またポニテの話かと先ほどの延髄蹴りがまだ痛覚に訴えている首を回して振り返ると少しだけ、本当に少しだけだけど真剣に百花は問うてきた。
脳内に少しだけ『痛い』以外の電流が流れた、ああそれを文字にしちゃいけないんだけど。

「学校に、いきたいか?」

勿論。だってそれが普通の……『普通の学生』ってヤツだろう?
僕は、僕の望みは普通であること、ただそれだけなんだから。
そして、普通であれる場所なんて僕には、ない。
日下部の家ですごす平凡な毎日は非凡であり異端であり、決して僕の求める自然な日常ではないから。

「そりゃあ、学校にいってキャッキャウフフな学園ライフを人並みに遅れてそれをいつしか青春だ、なんて振り返りたい年頃なんですよ」

遠まわしで、茶化しながらいってしまう、僕の言語野というか脳は本当にひねくれている。
ひねくれすぎてしまってメビウスの輪を描いているんじゃないかって時々そう思う、間違いではないと思う。
そうか、と姉は頷き、再び玄関の方へ向う。

「なら、取り戻してくるか」

――なにを、と問うまではないのだろうか?





4, 3

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