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04.団長と部長

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 『逃げちゃダメだ』、か……。
「おはよう。前はごめんね、見学行かなくて」
 朝一番、下駄箱で八代さんを捕まえて声をかけた。
「あっ、おはようございます」
 可愛い笑顔で答えてくれる。怒ってないのか?
「いえ……先輩とどこかに行くの、見ましたから」
 一瞬曇った顔がすぐに微笑む。
「それでもごめん。時間もあったし、声をかけるべきだった」
 気付いたのは帰ってからだったけど、と、心の中で言い訳。
「本当に気にしないでください」
 髪を揺らしながら、首を振る仕草は年齢以上に幼く見えて。
「今日の放課後は見学回りするから、その時に行くよ」
「はい、待ってますね」
 笑顔でやりとりを終えると、教室へ急いだ。
 ついには俺の席に座っている陽介。
「殿、席を暖めておきました」
「うむ、ご苦労猿。下がってよい、ぞ」
 鞄を置き、席に座る。この温もり……。気持ち悪い。
「いつも思うが、何かしらネタが必要なのか?」
「お前の気分が簡単に分かるからしてるだけだ」
 ほほぅ。
「お前は沈んでる時は反応が適当だし、考えが飛んでる時はリアクションがない」
 誰でもそうだろ。
「で、何か良い事あったん? ん?」
「別に」
 読みやすいのか? 俺の頭ん中は。
「なんとなく買ったチョコバットで、初めて三塁打が出たんだよ」
 嘘ではないので見せてやると、陽介は興味深そうに印刷されたビニールを眺めていた。


 昼、飯時。食堂で飲み物を買った帰りだった。
 彩られた空気。バトル漫画で言えば、オーラ、とでも言えばいいんだろうか。
 目の前を歩いてる人にそういう類のモノを感じていた。
 綺麗な髪に制服の上からでも分かるスレンダーな体。目立つ人だな。
 その目立つ人が俺のクラスの目の前で立ち止まる。このドア前に立たれたら向こうのドアまで行かないといけないじゃないか。
「ほれ、最強力水」
 座りながらビンを渡す。
「何これ、嫌がらせ?」
「すまん、間違えた」
 ジャワティーを渡しながら謝る。わざとだけどな。
「戻る時になんか居た」
「なんかって、何よ?」
「まだそこの前に居るかもよ?」
 立ち上がり、ドア前へ。勢いよくドアを開け――
「ハズレ」
 居たであろう人影は無く、廊下の窓から外の木が見えていた。
「なんだ、この敗北感。俺が買出しに行くべきだった!」
 自分のジャンケンの強さを恨むがいい。
「まぁ二次元にしか興味のないお前にはどうでもいい事だな」
「そうでもないぞ?」
 陽介は制服の中に手を突っ込み、手紙を取り出した。
 中にポケット無いだろ、この制服。
「性的な意味抜きで、この送り主には興味がある」
 せめて、異性として、とか……、まぁいいけどさ。
「何かあんのか?」
「手紙の中にある、今はこれが精一杯、このフレーズだな」
 手品を披露しながら、か?
「返事を要求するにも関わらず、次のアクションがある事を匂わせている」
「だから?」 
 生姜焼きは、やっぱりタレたっぷりだよな。
「さっきお前が見たという、何か、が、この手紙の主の可能性は無いだろうか」
 あー。
「あのオーラは……お前にピッタリだわ」
 箸で鼻先を指しながら。
「オーラって何っ!?」
 無視して白米をかき込んだ。


「来週中だっけ?」
 半分沈んだ太陽を目を細めて見ながら、確認してみる。
「ん、後ニ週間弱な」
「とりあえず後は……PC部だな」
 結論から言うと、科学部には入る気になれなかった。
 マッドサイエンティストが居るとか、科特部になってたとか、……ではなく、必要以上に立派な科学部だったからだ。
 何かを攪拌(かくはん)する機械がやたら高いとか、この薬品にあの薬品を混ぜると……、とか説明されてもイマイチ。
 絵に描いたような、科学者達と部室、なんて事もなくて、理科室は理路整然として清潔感もあり、部員達は爽やか。
 化け学オタクの巣窟なら、ジャンルは違うといえど、居心地は悪くなかったと思うんだがな。
「白衣の八代ちゃん、面白かったな」
 面白いというかなんというか、見学に訪れた俺達を見つけると可愛い効果音が聴こえそうな小走りで詰め寄り、
「ようこそ、科学部へっ!」
 と、まだ仮入部だというのに元気よく出迎えてくれた。
 貸してもらっているという白衣は、丈もさる事ながら袖が余りまくりでもう手を動かす度に、ふぁさふぁささせて……チビっ子先生万歳だな。
「ん? 今日はうち来んのか?」
 分かれ道を少し進んだとろこで、我に返った。
「症状が悪化してますね。お薬多めに出しておきます」
 何故かエロゲを渡された。往来でこれを出すのはどうかと思うぞ。
「面白いのか?」
 パッケージとタイトルを見ると……館系か。
「概ね。ただ欠点が一つ」
 悪い予感がするな。
「それ燃えねぇのよ、館」


 おかしいのはなんとなく分かっていた。いや、理由にも気付いている。
 誰も居ないのに鍵が開いていた事と、自室のドアが開いていた事。
 夕飯の支度をしているだろう母親が居ないのに気が付いたのは、冷蔵庫を開けた時。
 鍵のかけ忘れは考えられるが、今回がそうだと言い切れない。
「……泥棒か?」
 呟いてみると一層不安が増した。
 怖い。明確な恐怖心が膨れ上がる。
 何年も使ってない木製バットを握り締め、背を壁に預けた。
 ――家の外で誰かを待つか、通報するか。
 母さんが帰ってきても、怪我しそうだな。父親が帰ってくるまで外で待つ訳にもいかないし。……通報して間違いでしたなんて、恥ずかしいじゃないか。
 自分の心臓の音を聴きながら家の中を確認して回った。
 階段は足音を立てないように、ゆっくりと上る。
 両親の寝室、自分の部屋。そして誰も使っていない空き部屋。
 口から飛び出そうな心音が収まっていくのが分かる。
 俺は結構ヘタレなんだぜ? 何やってたんだろうな。
 うっすら滲んだ額の汗を制服の袖で拭いながら、バットを持つ手を緩めた。
 それと同時に、ガチャリ、とノブが回される金属音。
「っ!?」
 無音の悲鳴が喉からこぼれる。
 一階、この音は、……トイレ。かすかに流れる水音とそれをかき消す扉の閉まる音。
 滑るような足跡が聴こえた後、ギッ、ギッ、ギッ、と階段が軋む。
 体は固まっている。声も出ない中、辛うじてバットのグリップテープの感触を確かめた。
「――何やってんの?」
 へ?
「バットで何するのよ?」
 この声は――
「き、杏子?」
「うん」
 振り返ると、まるで珍しい動物を見るかのような目をした杏子が居た。
 うちに居る杏子を見るのはいつ以来だろうか。
 しばらくちゃんと見てなかったからだろうか、すっかり大人っぽくなっている気がする。
 整えられた眉、ぱっちり二重の目、淡い化粧に彩られた光る唇。
 知っている顔だけど、知らない人のようだ。
 ――じゃなくて!
「……なんでうちにに居るんだよ?」
「回覧板と留守番」
 はい?
「その、ちょうど良かったし」
「な、何が?」
 中身が変わってないなら、らしくない物言いだな。
「……あんたに訊きたい事があって」
 俺に?何を?
「そ、その……八代って子と付き合うの?」
「い、いや」
「そっか」
 踵を返した杏子はタン、タンとリズムよく階段を下りて、そのまま外に出る気配。
「一体なんなんだ……」
 膝を折り曲げながら、バットをそっと手放した。


 PC部は思っていたよりも何もしない部活だった。
 C言語も習わないし、ましてや簡単なゲームプログラムも組んだりしない。
 高校のホームページの作成、更新、管理し、生徒の目線で高校のPRをする部活、だそうだ。
「――から、一通りソフトの扱いさえ分かっていれば、生徒会や先生からの要望が来た時以外何もする事はないわよ」
 ディスプレイから目を離さない部長の説明を聞き終える。なんて事だろう、ある一点を除いて俺の理想にもっとも場所だったのだ。
「あの……こいつと一緒でいいですか?」
「えぇ、二人でも大丈夫」
 陽介はパソコンで見ているようで、部長との会話に目配せだけで返事していた。
「お前何してんの?」
「新作チェック」
 どうやらいつも通りげっちゅ屋のホームページで行ってるらしい。
「そういうのは家でお願いできるかしら」
 コメカミをピクピクと動かしながら静かに怒る部長。親近感っていうのかな、この感覚。
「じゃあこの紙に名前を書いて」
 言われた通りに名前を書き陽介に回す。
「小野陽介君と……上田武史君ね。私は藤崎麻子(ふじさき あさこ)、三年でこの部の部長よ」
 部長といっても君達を入れて三人。そのうちニ人が幽霊部員だけどね、と付け足された。
 あれ? 幽霊部員が許されるならどこに入っても一緒だったか?
「これは私が顧問の先生に渡しておくから、もう今日は帰っていいわ。明日また来て」
 部屋を出て、ふぅ……と深いため息。
「賢者タイムか?」
「いや、部長とどう接すればいいかなと」
 ある一点はもちろん部長の事だった。
 初めてPC部を訪れたあの時の態度というか、表情。それが喉に刺さった小骨のように引っかかる。
 でも次会った時には部に誘われて――
「んー、なるようになるべさ?」
 結局はその通りだと思った。
 どんなに俺が今まで人生で得た知識と経験を総動員しても、PC部の部長でネトゲの団長である藤崎麻子という人物についてはまともな知識が無いので答えは出ない。
 かと言ってそれで納得出来るかと言えば、そういう事もなく。
 思考はグルグルと頭の中をかき混ぜ、色という色を全て混ぜたような様を呈していた。
「ほれ、帰るぞ。」
 促されるまま歩き出すが、宙に浮いたままの考えはどこまでも俺についてきた。


 次の日の放課後、部外者を発見した。
 泥棒でも盗撮マニアでも変質者でもない、部、外者である。
 どう対応するべきか、と思案を巡らせてる俺によく通る声で名乗る部外者。
「私は金城千華(きんじょう ちか)。2年生ですわ」
 縦ロールが似合いそうな口調の、先日見たオーラの人。
「あなた! ちゃんと、あの、ラ……手紙を渡してくださったの!?」
 いきなりですね。
「えっと、その……先輩が?」
 陽介の勘は正しかった。
「そうですわ。せっかくわたくしが想いを込めて書いたのに……。あの方ったらお返事も下さらないのっ!!」 
 プンスカ! ピッタリの擬音だな。
「あのですね――」
 出来るだけ怒らせない感じで、とりあえず全部説明していく。。
 俺の話を聞いてる間中顎に手を当てがい、頷きながら徐々に赤く染まっていく端整な顔。
 話終えると、ボンっ、と音を立てるが如く喋りだした。
「まぁ、それじゃあ私が手紙の主だとお気づきになってないの? そんな、じゃあどうすれば……」
 大きな声は最初だけ。徐々に勢いが萎んでいく。
 そんな先輩を観察してると、静かに扉が開き部員の二人が入ってくる。
「あぁ、本人が来たみたいですよ」
 振り返った先輩は大層ビックリなされたんでしょう。キャーっ!!、とテンプレートな悲鳴を発して一目散に開いたドアから出て行った。
「さっきのは、……金城さん?」
「えぇ、こいつに用があったみたいです」
 訳知り顔でニヤついてた陽介を指差すと、その途端顔が、ハッ、とした。
「手紙の主か!?」
 そんな言葉を残して、一つの影が部屋から姿が消えていった。
「何があったの?」
「いや、当事者に要確認って事で俺の口からはなんとも。」
 そう、と、とりあえず聞いたものの左程興味も無いのか、部長は持ってきたプリントを手に起動しているパソコンの前に座った。
「部長、それがPC部の仕事ですか?」
「えぇ、今日は学校行事の予定ね」
「こういうの詳しいんですか?」
「……実質、これを管理してるのは私だけ。嫌でも詳しくなるわ」
「俺でもすぐに覚えれますか?――」
 俺の出した答えは、知る事である。
 結局知っているのはネットの世界の部長と眉間の皺だけなので、簡単な式でも数字をを知らなければ答えがでない計算と同じだ。
 だからまずは数字を知る事から始めようと思い、次々と質問している。
「ちょっと集中したいから黙って見てて」
 が、一蹴。どうやら邪魔だったようで止められた。
 部屋の中を支配するのはファンの音とキーボートを叩く音。
「ねぇ」
 透明な声が支配を壊す。
「上田君は、どうしてあのゲームを始めたの?」
「え? ……携帯機のをやってて、ネトゲもあるって事で」
「そう――」
「くそぉ、逃がしたぁっ!!」
 無機質な音が再度空間を独占する前に木霊したのは、陽介の間抜けな叫び声だった。

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ジョン・B 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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