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第九話

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第九話

「へー‥‥、これが、新しい歌詞、ねぇ‥‥。」
歌詞を書き上げた翌日の放課後、僕はまず、小林に歌詞を見せに来ていた。
小林と僕は今、机をはさんで向かい合わせになって座っている。正面には机の上の手書きの歌詞にゆっくりと目を走らせている小林。読み終わるのに数分を要さないであろう短い詞を目の前にして、小林はもう十分以上もずっと紙に目を落としたままだ。次第に教室に残っている生徒の数は減っていき、授業直後のにぎやかさは潮がゆっくりと引いていくようにおさまっていった。そして、夕日の色の次第に濃くなっていく教室には、今や寂しげな静寂が訪れていた。

「あの‥、さ、一つ、聞いてもいい?」
小林がようやく口を開く。
「え?あ、ああ、いいよ。」
窓の外をぼんやりと眺めて、考えるともなく昨日のことを思い出していた僕は、突然の小林の言葉で現実世界に引き戻された。小林は相変わらず机を見つめている。
「水口君‥ってさ、彼女、いる‥の?」
「えぇ?なんだよ、突然。別にいないけど。」
僕の返事に顔を上げて、少し驚いたようなそぶりを見せる小林。
「あれ?じゃあ‥‥、この歌詞は?」
「あ‥‥。いや、これは、そーゆーのじゃないよ。」
「あっ、そっ、そーなんだー。でも、じゃあ‥、水口君、片思い中ってこと?」
「片思い、か。それもちょっと違うかもな。」
再び思考の中に彼女の姿が紛れ込む。はっとして小林に再び目線を戻すと、小林は再びうつむいていた。
「お‥‥い、小林?どうしたんだ。」
「あははっ!!な、なんでもないから!突然変なこと聞いてごめんね!」
小林はうつむいたまま、突然席を立ち、歩いていってしまう。僕はあっけに取られて呆然としていた。
小林は教室を出る直前、一度だけこちらを振り返って言った。
「明日も練習だからね!忘れずに来なさいよ!」
赤みの増した夕日が差し込み、燃えるような光の洪水に飲み込まれていた教室の中で、小林は明るく笑ってそう言った。
「なんなんだよ‥‥、あいつ。」
返事をするタイミングを失った僕は、そうひとりごち、家路についた。

だんだんと暗くなってゆく帰り道。なんだか釈然としない気持ちで自転車を漕いでいた。世界すべてに赤の絵の具が満ちてしまったような夕焼けの景色から、次第に色味が失われ、灰黒色の世界に変わっていく中で、僕の思考は再び昨日の出来事をなぞり始めていた。


次の日、スタジオに到着すると、他の三人はすでに到着していた。僕は昨日のことを思い出し、どうやって声を掛けようと考えながら歩いていく。すると、こちらに気がついた小林が、挨拶してきた。
「おーっす。」
小林は、特に変わった様子もなく、いつもどおりだった。僕は自らのばかばかしい自意識過剰な心配を恥じ、思考の外に追いやり、三人に挨拶をした。

この日の練習の前に池田と保坂に歌詞を見せせると、池田は「へー、なんかよくわかんないけど、いいんじゃん?」と言いい、保坂は、相変わらず無関心そうに歌詞を眺め、「それじゃ、練習始めるか。」とだけ言った。


それから二週間強、僕らは何度もスタジオに通い、練習を重ねた。ギターの音色、リズムパターン、ベースのライン、ドラミングの雰囲気、歌い方、ギターソロの長さ、様々な部分を試行錯誤し、よりよい音を目指した。時には取っ組み合い寸前の言い争いをしたこともあった。それでも皆、目指すものは一つだった。ステージの上で、よりよい音が奏でたい。
僕は、演奏するたびに僕は満天の星空を思い描き、彼女のいくつもの表情を思い出した。そして、そのイメージを少しでも多く伝えることのできるような音をひたすら求め続けていた。



「いやー、いよいよ、明日だね!」
前日の練習を終え、小林が言う。
「おう!なんか緊張してきた~!!!」
池田は相変わらず気の抜けたことを言っている。
「ま、なんにしろ明日は今までやってきたことを出し切るだけだな。」
いつもどおりの保坂の冷静な意見。
「じゃあ、ま、明日はがんばろーぜ!!」
今までの練習で達成できたことに対する満足感と不安感半々と言った中途半端な気持ちを、吹き飛ばすように大声で言った。



いよいよ、学園祭が始まる。
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